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第2部
12 | 卵と月の魔術 - ベルスタ①
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次回の注文リストとは別に、「あとこれをオンス爺さんに渡してくれるか」と手紙を託すとモルは険しい顔をした。
「一人で運べる量には限界があるんだからね」
手紙には、シュルッセル様からリクエストされた本が書かれてある。食糧品以外に荷物が増えることをモルは懸念しているのだ。
「わかってるよ」
「いーや、ベルスタはわかってない。この間なんて、こーんなにでかくて分厚い本を三冊も!」
「今回は一冊だから安心しろ」
「やっぱり追加の荷物があるんだ」
モルはうんざりという顔をして、「そんなに羊飼いの仕事はヒマなわけ? そりゃずっと一人でいるから時間は持て余すだろうけどさぁ」と言う。
「食糧以外については配達料を上乗せする」
「もちろんだよ!」
不思議なことに俺の左腕が戻ったことについてモルはなにも言わなかった。
シュルッセル様がなにか魔術を使っているのかもしれないと、次に会うときに聞こうと思っていたのに、結局、この間の満月の夜は忘れていた。
まったくそれどころではなかったからだ。
あの夜、シュルッセル様は封印が解けた魔導書に軽く目を通してから、「あとは優秀な牧羊犬に任せよう」と帰ってしまった。
任されたセルシウスはというと、三日経った今も魔導書にかかりきりで、いつもならモルが来るとすぐに新聞を取りにくるのに今日はそれどころではないらしい。
モルが帰ったあと山小屋の裏手にまわってみる。セルシウスは前脚と鼻先を器用に使って魔導書のページをめくっていた。
近づく俺の気配に気づいたのかぴくりと耳が動く。
「ベルスタ、いいところに」
「なんだ」
「今晩これをやろう」
そう言って、ぶんぶんと尻尾を振る。「どれ」と覗きこむが、文字とペンタクルが書かれてあることしかわからない。魔術用の古い文字はまだ勉強中だ。
「シュル…魔術師殿に相談もせず勝手なことをしていいのか」
「問題ない」
「というか、俺にできるのか?」
「ペンタクルを描けばいいだけだ」
「…簡単に言うなよ」
「これは土に描くやつだから、上手い下手は関係ないと思う」
「ふうん…それはどういう魔術なんだ」
セルシウスは愉快そうに、「ドラゴンの卵が召喚できる」と言った。ドラゴンって聞こえた気がしたが、聞き間違いかもしれない。
「なんの卵だって?」
「ドラゴンの卵だ」
「それはつまり…あのドラゴン? 建国の説話に出てくる?」
「この世でドラゴンと呼ばれるものは、私もそのドラゴンしか知らないな」
知っていてなぜ召喚する話になるのか。
「危険すぎる」
「問題ない。そもそも得体の知れない魔導書の封印を解くことを勧めたのはどこの羊飼いだったか」
それをなぜ知っているのか。いや、俺は勧めてはいない、はずだ。
セルシウスのとなりに座り、草の上に置かれた魔導書を取り上げてぱらぱらとめくってみた。
魔術用の文字、記号、図案、それからペンタクル。意味を理解できるものはなにもない。
「俺じゃなにか起こったときに対処できない」
「お前は見たこともないドラゴンを怖がるのか?」
「当たり前だ! 説話に出てくるドラゴンは凶暴だし、それに見たことがないから怖いんじゃないか」
「説話が事実だとは限らないだろう。私は見たことがないものは自分で見て確かめたい!」
群青色の瞳が真剣にこちらを見つめる。声だけでなく瞳の色までシュルッセル様と同じなんだな。
「わかってるのか? ドラゴンの卵だぞ」
「だから召喚したいんだ。卵を孵してその姿を見たいんだから、カッコウの卵じゃ意味がない。挿絵と同じなのか確かめたい、鱗は何色でどんな感触なのか触れてみたい」
無邪気に恐ろしいことを言う。
「卵が孵れば、俺たちは食べられて終わりだ」
「ドラゴンは人間を食べたりしない、と書いてある」
「書いてあることが事実だとは限らない」
「この魔導書はラザフォード家の人間が書いているんだ。少なくともこの魔導書が書かれた時点では嘘ではなかったはずだ。それともベルスタは領主の一族が信じられないのか?」
卑怯な聞き方をする。
「…危険だから封印されていたんじゃないのか」
「ドラゴンに強大な力があるのは事実だろうな。でも意思の疎通はとれる、と書いてある」
「書いてあったとしても…その封印を解いた魔術師殿に確認もせず召喚するのはだめだ」
「わかった」と言うからやれやれと思ったのに、「奴がいればいいんだな、すぐ呼ぼう」と言葉が続いた。だからなんでそう、無邪気に恐ろしいことを言うんだ。
「待てばいいじゃないか、次は新月の夜に来ると言われていた」
「新月では月の魔術が使えない」
だからと言って、おいそれと呼び出せる相手ではない。
「身分の違いなんて犬に言ったところでわからないだろうが…とにかく絶対に呼ぶんじゃないぞ」
「身分? お前がそんなものを気にしているとは意外だな」
「俺は犬が身分の概念を知っていて驚きだよ」
「奴はもう死んでいる、身分は関係ない」
「俺には関係あるんだよ。相談した後日に召喚すればいいじゃないか」
「あれもだめこれもだめ…私は魔導書の解読を任されているんだぞ」
不貞腐れる姿に、もしかして早く成果を上げて認めてもらいたいのだろうかと思う。
「焦らなくてもいいさ、セルシウスは十分優秀だ」
「どうした急に」
頭を撫で、それから首から胴体にかけてもわしわしと撫でる。
「一人で運べる量には限界があるんだからね」
手紙には、シュルッセル様からリクエストされた本が書かれてある。食糧品以外に荷物が増えることをモルは懸念しているのだ。
「わかってるよ」
「いーや、ベルスタはわかってない。この間なんて、こーんなにでかくて分厚い本を三冊も!」
「今回は一冊だから安心しろ」
「やっぱり追加の荷物があるんだ」
モルはうんざりという顔をして、「そんなに羊飼いの仕事はヒマなわけ? そりゃずっと一人でいるから時間は持て余すだろうけどさぁ」と言う。
「食糧以外については配達料を上乗せする」
「もちろんだよ!」
不思議なことに俺の左腕が戻ったことについてモルはなにも言わなかった。
シュルッセル様がなにか魔術を使っているのかもしれないと、次に会うときに聞こうと思っていたのに、結局、この間の満月の夜は忘れていた。
まったくそれどころではなかったからだ。
あの夜、シュルッセル様は封印が解けた魔導書に軽く目を通してから、「あとは優秀な牧羊犬に任せよう」と帰ってしまった。
任されたセルシウスはというと、三日経った今も魔導書にかかりきりで、いつもならモルが来るとすぐに新聞を取りにくるのに今日はそれどころではないらしい。
モルが帰ったあと山小屋の裏手にまわってみる。セルシウスは前脚と鼻先を器用に使って魔導書のページをめくっていた。
近づく俺の気配に気づいたのかぴくりと耳が動く。
「ベルスタ、いいところに」
「なんだ」
「今晩これをやろう」
そう言って、ぶんぶんと尻尾を振る。「どれ」と覗きこむが、文字とペンタクルが書かれてあることしかわからない。魔術用の古い文字はまだ勉強中だ。
「シュル…魔術師殿に相談もせず勝手なことをしていいのか」
「問題ない」
「というか、俺にできるのか?」
「ペンタクルを描けばいいだけだ」
「…簡単に言うなよ」
「これは土に描くやつだから、上手い下手は関係ないと思う」
「ふうん…それはどういう魔術なんだ」
セルシウスは愉快そうに、「ドラゴンの卵が召喚できる」と言った。ドラゴンって聞こえた気がしたが、聞き間違いかもしれない。
「なんの卵だって?」
「ドラゴンの卵だ」
「それはつまり…あのドラゴン? 建国の説話に出てくる?」
「この世でドラゴンと呼ばれるものは、私もそのドラゴンしか知らないな」
知っていてなぜ召喚する話になるのか。
「危険すぎる」
「問題ない。そもそも得体の知れない魔導書の封印を解くことを勧めたのはどこの羊飼いだったか」
それをなぜ知っているのか。いや、俺は勧めてはいない、はずだ。
セルシウスのとなりに座り、草の上に置かれた魔導書を取り上げてぱらぱらとめくってみた。
魔術用の文字、記号、図案、それからペンタクル。意味を理解できるものはなにもない。
「俺じゃなにか起こったときに対処できない」
「お前は見たこともないドラゴンを怖がるのか?」
「当たり前だ! 説話に出てくるドラゴンは凶暴だし、それに見たことがないから怖いんじゃないか」
「説話が事実だとは限らないだろう。私は見たことがないものは自分で見て確かめたい!」
群青色の瞳が真剣にこちらを見つめる。声だけでなく瞳の色までシュルッセル様と同じなんだな。
「わかってるのか? ドラゴンの卵だぞ」
「だから召喚したいんだ。卵を孵してその姿を見たいんだから、カッコウの卵じゃ意味がない。挿絵と同じなのか確かめたい、鱗は何色でどんな感触なのか触れてみたい」
無邪気に恐ろしいことを言う。
「卵が孵れば、俺たちは食べられて終わりだ」
「ドラゴンは人間を食べたりしない、と書いてある」
「書いてあることが事実だとは限らない」
「この魔導書はラザフォード家の人間が書いているんだ。少なくともこの魔導書が書かれた時点では嘘ではなかったはずだ。それともベルスタは領主の一族が信じられないのか?」
卑怯な聞き方をする。
「…危険だから封印されていたんじゃないのか」
「ドラゴンに強大な力があるのは事実だろうな。でも意思の疎通はとれる、と書いてある」
「書いてあったとしても…その封印を解いた魔術師殿に確認もせず召喚するのはだめだ」
「わかった」と言うからやれやれと思ったのに、「奴がいればいいんだな、すぐ呼ぼう」と言葉が続いた。だからなんでそう、無邪気に恐ろしいことを言うんだ。
「待てばいいじゃないか、次は新月の夜に来ると言われていた」
「新月では月の魔術が使えない」
だからと言って、おいそれと呼び出せる相手ではない。
「身分の違いなんて犬に言ったところでわからないだろうが…とにかく絶対に呼ぶんじゃないぞ」
「身分? お前がそんなものを気にしているとは意外だな」
「俺は犬が身分の概念を知っていて驚きだよ」
「奴はもう死んでいる、身分は関係ない」
「俺には関係あるんだよ。相談した後日に召喚すればいいじゃないか」
「あれもだめこれもだめ…私は魔導書の解読を任されているんだぞ」
不貞腐れる姿に、もしかして早く成果を上げて認めてもらいたいのだろうかと思う。
「焦らなくてもいいさ、セルシウスは十分優秀だ」
「どうした急に」
頭を撫で、それから首から胴体にかけてもわしわしと撫でる。
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