24 / 29
番外編
書籍化感謝編 出会った頃の二人②
しおりを挟む
「紅茶とクッキーも用意したし、あとは望月様が来るのを待つだけだ……」
田浦に貸してもらった大きめの木製トレイに、紅茶が入ったポットとマグカップを二つ、それと前日の夜に田浦に教えてもらいながら作ったクッキーを花柄の皿に乗せた。
あとはそれらを備え付けの机に置いたら準備万端だ。
数日前、桔梗からの提案で毎週日曜日、午後の三時から「初心者のための刺繍レッスン」が始まることになった。
はじめは毎週なんて申し訳ない、と断っていた楓だったが、桔梗の「私が楓に会いたいんだ」という勢いに気が付けば頷いていたのだった。
時刻は午後二時五十五分。
ー-コンコンー-
突然ノックの音が聞こえた。
その音にバクバクと胸が高鳴る。
「は、はいっ……!今、開けます」
緊張で声が上ずってしまう。
ー-きっと、僕顔赤くなってるよね……。
熱くなった頬を片手で押さえながら楓はドアノブに手をかけた。
目を閉じ大きく深呼吸を一回。ふぅー……と息を吐いたところでドアを開ける。
「やあ楓。ちょっと早かったかな……?」
そこには濃紺ジーンズにグレーのサマーニットを着た桔梗が微笑みながら立っていた。
いつものスーツ姿ももちろん似合っているがラフな姿もまるで雑誌のモデルの様で見惚れてしまう。
ー-望月様、どんな服を着ても素敵だな……。
「楓……?どうした?体調が悪いのか……?」
その言葉にはっと我に返る。
ぼんやりしていたんだろう。
眉間に皺を寄せ、心配そうな表情をした桔梗が楓の顔を覗き込んでいた。
「あっ、すみません!お待ちしていました、どうぞ中に……」
恥ずかしさのあまり赤くなった顔を見られないように部屋に招いた。
「あの……、望月様。紅茶を用意したんです。よかったら一緒にお茶しませんか……?」
「用意してくれてたんだ、嬉しいな。……でも、椅子が一つしかないけど」
楓の部屋に椅子は一つしかない。
桔梗はどうしようかと悩んでいるかのような顔を見せた。
望月様は優しいからきっと僕に椅子に座るよう言ってくるかもしれない。
でも、尊敬する望月様にそんなことはさせられない。
「望月様、どうぞ椅子に座ってください!僕はベッドに座りますから……」
初めからそうしようと思っていた。
備え付けの椅子とベッドでは少し距離はあるが、それでちょうどいい。
最近は桔梗の姿を見るだけでドキドキしてしまうのだ。
この胸の音が聴こえてしまわないように、赤くなってしまう顔に気付かれてしまわないように離れて座りたかったのだ。
……だが、楓の計画も桔梗の一言で水の泡となった。
「じゃあ、ベッドにトレイごと持っていこう。そうしたら君の横でお茶ができる」
「えっ!?零しちゃいますよ」
楓が慌てて止めるも桔梗は「大丈夫、大丈夫」と言ってトレイを持つとあっという間にベッドに移動してしまった。
そして慎重にトレイをベッドの中央に置くと、その右側に桔梗が座った。
「はい、楓はここに座って」
桔梗はにっこりと微笑みながらトレイの左側を指さした。
「は、はい……」
ーーそんな笑顔でお願いされたら拒否できないよ……。
桔梗との距離はトレイを挟んだわずか三十センチメートル。
楓は、せめてこのドキドキが伝わりませんように、と祈りながらトレイの左側に座った。
ーーーー
「ところで。どうして私のこと『望月様』って呼ぶんだ……? 前は『望月さん』だっただろう?」
楓が淹れた紅茶を飲みながら、突然桔梗が切り出した。
「それは……! 初めてお屋敷で働いた日に、田中さんから注意されてしまって……。望月様は次期当主となられる方です。それなのに僕『望月さん』なんて軽々しく呼んでしまって……。本当にごめんなさい」
「そんなこと、気にしなくていいのに。今まで通りでいいんだよ?」
「そんな、ダメです……!」
「そうか……。じゃあせめて『桔梗様』って名前で言ってくれないか?」
「名前、ですか……」
「そう、『桔梗』って。楓の声で聞きたいんだ」
「え、っと……。桔梗様……」
小声で、掠れながらも、その名を呼んだ。
「ありがとう……。名前を呼ばれるだけでこんなに幸せなんだな……」
瞬間、桔梗の目じりは下がり満足そうな笑みを浮かべた。
田浦に貸してもらった大きめの木製トレイに、紅茶が入ったポットとマグカップを二つ、それと前日の夜に田浦に教えてもらいながら作ったクッキーを花柄の皿に乗せた。
あとはそれらを備え付けの机に置いたら準備万端だ。
数日前、桔梗からの提案で毎週日曜日、午後の三時から「初心者のための刺繍レッスン」が始まることになった。
はじめは毎週なんて申し訳ない、と断っていた楓だったが、桔梗の「私が楓に会いたいんだ」という勢いに気が付けば頷いていたのだった。
時刻は午後二時五十五分。
ー-コンコンー-
突然ノックの音が聞こえた。
その音にバクバクと胸が高鳴る。
「は、はいっ……!今、開けます」
緊張で声が上ずってしまう。
ー-きっと、僕顔赤くなってるよね……。
熱くなった頬を片手で押さえながら楓はドアノブに手をかけた。
目を閉じ大きく深呼吸を一回。ふぅー……と息を吐いたところでドアを開ける。
「やあ楓。ちょっと早かったかな……?」
そこには濃紺ジーンズにグレーのサマーニットを着た桔梗が微笑みながら立っていた。
いつものスーツ姿ももちろん似合っているがラフな姿もまるで雑誌のモデルの様で見惚れてしまう。
ー-望月様、どんな服を着ても素敵だな……。
「楓……?どうした?体調が悪いのか……?」
その言葉にはっと我に返る。
ぼんやりしていたんだろう。
眉間に皺を寄せ、心配そうな表情をした桔梗が楓の顔を覗き込んでいた。
「あっ、すみません!お待ちしていました、どうぞ中に……」
恥ずかしさのあまり赤くなった顔を見られないように部屋に招いた。
「あの……、望月様。紅茶を用意したんです。よかったら一緒にお茶しませんか……?」
「用意してくれてたんだ、嬉しいな。……でも、椅子が一つしかないけど」
楓の部屋に椅子は一つしかない。
桔梗はどうしようかと悩んでいるかのような顔を見せた。
望月様は優しいからきっと僕に椅子に座るよう言ってくるかもしれない。
でも、尊敬する望月様にそんなことはさせられない。
「望月様、どうぞ椅子に座ってください!僕はベッドに座りますから……」
初めからそうしようと思っていた。
備え付けの椅子とベッドでは少し距離はあるが、それでちょうどいい。
最近は桔梗の姿を見るだけでドキドキしてしまうのだ。
この胸の音が聴こえてしまわないように、赤くなってしまう顔に気付かれてしまわないように離れて座りたかったのだ。
……だが、楓の計画も桔梗の一言で水の泡となった。
「じゃあ、ベッドにトレイごと持っていこう。そうしたら君の横でお茶ができる」
「えっ!?零しちゃいますよ」
楓が慌てて止めるも桔梗は「大丈夫、大丈夫」と言ってトレイを持つとあっという間にベッドに移動してしまった。
そして慎重にトレイをベッドの中央に置くと、その右側に桔梗が座った。
「はい、楓はここに座って」
桔梗はにっこりと微笑みながらトレイの左側を指さした。
「は、はい……」
ーーそんな笑顔でお願いされたら拒否できないよ……。
桔梗との距離はトレイを挟んだわずか三十センチメートル。
楓は、せめてこのドキドキが伝わりませんように、と祈りながらトレイの左側に座った。
ーーーー
「ところで。どうして私のこと『望月様』って呼ぶんだ……? 前は『望月さん』だっただろう?」
楓が淹れた紅茶を飲みながら、突然桔梗が切り出した。
「それは……! 初めてお屋敷で働いた日に、田中さんから注意されてしまって……。望月様は次期当主となられる方です。それなのに僕『望月さん』なんて軽々しく呼んでしまって……。本当にごめんなさい」
「そんなこと、気にしなくていいのに。今まで通りでいいんだよ?」
「そんな、ダメです……!」
「そうか……。じゃあせめて『桔梗様』って名前で言ってくれないか?」
「名前、ですか……」
「そう、『桔梗』って。楓の声で聞きたいんだ」
「え、っと……。桔梗様……」
小声で、掠れながらも、その名を呼んだ。
「ありがとう……。名前を呼ばれるだけでこんなに幸せなんだな……」
瞬間、桔梗の目じりは下がり満足そうな笑みを浮かべた。
3
お気に入りに追加
2,737
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。
全寮制の学園に行ったら運命の番に溺愛された話♡
白井由紀
BL
【BL作品】
絶対に溺愛&番たいα×絶対に平穏な日々を過ごしたいΩ
田舎育ちのオメガ、白雪ゆず。東京に憧れを持っており、全寮制私立〇〇学園に入学するために、やっとの思いで上京。しかし、私立〇〇学園にはカースト制度があり、ゆずは一般家庭で育ったため最下位。ただでさえ、いじめられるのに、カースト1位の人が運命の番だなんて…。ゆずは会いたくないのに、運命の番に出会ってしまう…。やはり運命は変えられないのか!
学園生活で繰り広げられる身分差溺愛ストーリー♡
★ハッピーエンド作品です
※この作品は、BL作品です。苦手な方はそっと回れ右してください🙏
※これは創作物です、都合がいいように解釈させていただくことがありますのでご了承ください🙇♂️
※フィクション作品です
※誤字脱字は見つけ次第訂正しますが、脳内変換、受け流してくれると幸いです
運命の番ってそんなに溺愛するもんなのぉーーー
白井由紀
BL
【BL作品】(20時30分毎日投稿)
金持ち社長・溺愛&執着 α × 貧乏・平凡&不細工だと思い込んでいる、美形Ω
幼い頃から運命の番に憧れてきたΩのゆき。自覚はしていないが小柄で美形。
ある日、ゆきは夜の街を歩いていたら、ヤンキーに絡まれてしまう。だが、偶然通りかかった運命の番、怜央が助ける。
発情期中の怜央の優しさと溺愛で恋に落ちてしまうが、自己肯定感の低いゆきには、例え、運命の番でも身分差が大きすぎると離れてしまう
離れたあと、ゆきも怜央もお互いを思う気持ちは止められない……。
すれ違っていく2人は結ばれることができるのか……
思い込みが激しいΩとΩを自分に依存させたいαの溺愛、身分差ストーリー
★ハッピーエンド作品です
※この作品は、BL作品です。苦手な方はそっと回れ右してください🙏
※これは創作物です、都合がいいように解釈させていただくことがありますのでご了承くださいm(_ _)m
※フィクション作品です
※誤字脱字は見つけ次第訂正しますが、脳内変換、受け流してくれると幸いです
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
孕めないオメガでもいいですか?
月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから……
オメガバース作品です。
風俗店で働いていたら運命の番が来ちゃいました!
白井由紀
BL
【BL作品】(20時毎日投稿)
絶対に自分のものにしたい社長α×1度も行為をしたことない風俗店のΩ
アルファ専用風俗店で働くオメガの優。
働いているが1度も客と夜の行為をしたことが無い。そのため店長や従業員から使えない認定されていた。日々の従業員からのいじめで仕事を辞めようとしていた最中、客として来てしまった運命の番に溺愛されるが、身分差が大きいのと自分はアルファに不釣り合いだと番ことを諦めてしまう。
それでも、アルファは番たいらしい
なぜ、ここまでアルファは番たいのか……
★ハッピーエンド作品です
※この作品は、BL作品です。苦手な方はそっと回れ右してください🙏
※これは創作物です、都合がいいように解釈させていただくことがありますのでご了承くださいm(_ _)m
※フィクション作品です
※誤字脱字は見つけ次第訂正しますが、脳内変換、受け流してくれると幸いです
※長編になるか短編になるかは未定です
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
成り行き番の溺愛生活
アオ
BL
タイトルそのままです
成り行きで番になってしまったら溺愛生活が待っていたというありきたりな話です
始めて投稿するので変なところが多々あると思いますがそこは勘弁してください
オメガバースで独自の設定があるかもです
27歳×16歳のカップルです
この小説の世界では法律上大丈夫です オメガバの世界だからね
それでもよければ読んでくださるとうれしいです
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
変なαとΩに両脇を包囲されたβが、色々奪われながら頑張る話
ベポ田
BL
ヒトの性別が、雄と雌、さらにα、β、Ωの三種類のバース性に分類される世界。総人口の僅か5%しか存在しないαとΩは、フェロモンの分泌器官・受容体の発達度合いで、さらにI型、II型、Ⅲ型に分類される。
βである主人公・九条博人の通う私立帝高校高校は、αやΩ、さらにI型、II型が多く所属する伝統ある名門校だった。
そんな魔境のなかで、変なI型αとII型Ωに理不尽に執着されては、色々な物を奪われ、手に入れながら頑張る不憫なβの話。
イベントにて頒布予定の合同誌サンプルです。
3部構成のうち、1部まで公開予定です。
イラストは、漫画・イラスト担当のいぽいぽさんが描いたものです。
最新はTwitterに掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。