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番外編

書籍化感謝編 出会った頃の二人②

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「紅茶とクッキーも用意したし、あとは望月様が来るのを待つだけだ……」

田浦に貸してもらった大きめの木製トレイに、紅茶が入ったポットとマグカップを二つ、それと前日の夜に田浦に教えてもらいながら作ったクッキーを花柄の皿に乗せた。
あとはそれらを備え付けの机に置いたら準備万端だ。


数日前、桔梗からの提案で毎週日曜日、午後の三時から「初心者のための刺繍レッスン」が始まることになった。

はじめは毎週なんて申し訳ない、と断っていた楓だったが、桔梗の「私が楓に会いたいんだ」という勢いに気が付けば頷いていたのだった。

時刻は午後二時五十五分。

ー-コンコンー-

突然ノックの音が聞こえた。
その音にバクバクと胸が高鳴る。

「は、はいっ……!今、開けます」

緊張で声が上ずってしまう。

ー-きっと、僕顔赤くなってるよね……。

熱くなった頬を片手で押さえながら楓はドアノブに手をかけた。
目を閉じ大きく深呼吸を一回。ふぅー……と息を吐いたところでドアを開ける。

「やあ楓。ちょっと早かったかな……?」

そこには濃紺ジーンズにグレーのサマーニットを着た桔梗が微笑みながら立っていた。
いつものスーツ姿ももちろん似合っているがラフな姿もまるで雑誌のモデルの様で見惚れてしまう。

ー-望月様、どんな服を着ても素敵だな……。

「楓……?どうした?体調が悪いのか……?」

その言葉にはっと我に返る。
ぼんやりしていたんだろう。
眉間に皺を寄せ、心配そうな表情をした桔梗が楓の顔を覗き込んでいた。

「あっ、すみません!お待ちしていました、どうぞ中に……」

恥ずかしさのあまり赤くなった顔を見られないように部屋に招いた。


「あの……、望月様。紅茶を用意したんです。よかったら一緒にお茶しませんか……?」

「用意してくれてたんだ、嬉しいな。……でも、椅子が一つしかないけど」

楓の部屋に椅子は一つしかない。
桔梗はどうしようかと悩んでいるかのような顔を見せた。
望月様は優しいからきっと僕に椅子に座るよう言ってくるかもしれない。
でも、尊敬する望月様にそんなことはさせられない。

「望月様、どうぞ椅子に座ってください!僕はベッドに座りますから……」

初めからそうしようと思っていた。
備え付けの椅子とベッドでは少し距離はあるが、それでちょうどいい。
最近は桔梗の姿を見るだけでドキドキしてしまうのだ。
この胸の音が聴こえてしまわないように、赤くなってしまう顔に気付かれてしまわないように離れて座りたかったのだ。

……だが、楓の計画も桔梗の一言で水の泡となった。

「じゃあ、ベッドにトレイごと持っていこう。そうしたら君の横でお茶ができる」

「えっ!?零しちゃいますよ」

楓が慌てて止めるも桔梗は「大丈夫、大丈夫」と言ってトレイを持つとあっという間にベッドに移動してしまった。
そして慎重にトレイをベッドの中央に置くと、その右側に桔梗が座った。

「はい、楓はここに座って」

桔梗はにっこりと微笑みながらトレイの左側を指さした。

「は、はい……」

ーーそんな笑顔でお願いされたら拒否できないよ……。

桔梗との距離はトレイを挟んだわずか三十センチメートル。
楓は、せめてこのドキドキが伝わりませんように、と祈りながらトレイの左側に座った。



ーーーー




「ところで。どうして私のこと『望月様』って呼ぶんだ……? 前は『望月さん』だっただろう?」

楓が淹れた紅茶を飲みながら、突然桔梗が切り出した。

「それは……! 初めてお屋敷で働いた日に、田中さんから注意されてしまって……。望月様は次期当主となられる方です。それなのに僕『望月さん』なんて軽々しく呼んでしまって……。本当にごめんなさい」

「そんなこと、気にしなくていいのに。今まで通りでいいんだよ?」

「そんな、ダメです……!」

「そうか……。じゃあせめて『桔梗様』って名前で言ってくれないか?」

「名前、ですか……」

「そう、『桔梗』って。楓の声で聞きたいんだ」

「え、っと……。桔梗様……」

小声で、掠れながらも、その名を呼んだ。

「ありがとう……。名前を呼ばれるだけでこんなに幸せなんだな……」

瞬間、桔梗の目じりは下がり満足そうな笑みを浮かべた。


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