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6 2人で過ごす夜 中編
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風呂場を出て脱衣所で体を拭いていると浅草色の衣服が置いてあるのに気付いた。
有り難く着させてもらうことにしたが、アリンの服にしては大きいように感じた。裾も丈も少し細身なくらいでリヒテルにピッタリのサイズ。そして何よりあの甘い花のようなアリンの香りはしなかった。
ーーこれはアリンのではないのか?この家にはアリンしかいないはずなのに。
そう思うと無性に心がモヤモヤし苛ついた。
そんな気持ちのまま脱衣所のドアを開けると、暖かくなった部屋と美味しそうな匂いが漂ってきた。匂いのする方へ向かおうとすると、ドアの音に気付いたのかアリンが顔をヒョコっと覗かせた。
「お風呂どうでしたか…?着替え、サイズとか大丈夫でした?」
「あ、あぁ…大丈夫だ。ありがとう…」
「良かったっ!それお父さんのなんです。僕のだと入らないだろうなーって思って!」
「っ…!」
ーーなんだ!父親のか!…俺は父親に嫉妬していたのか。
表情にはなるべく出さないように気をつけていたが嬉しくて頬が緩んだ。
「父親の形見だろう?そんな大事な物俺に貸していいのか?」
「僕のだと小さすぎると思うから!それに…お父さんも困ってる人の為に使った方が喜ぶと思うんです。…さっ!簡単ですけどご飯つくりました!冷めないうちに食べましょっ」
アリンは大きな目を細めふにゃ~と笑いそのままキッチンの方へパタパタとかけていった。
後ろで真っ赤な顔を手で隠し俯くリヒテルに気付かないまま…
ーーだからその笑顔に弱いんだって!!
王宮の十分の一にも満たないサイズの小さなダイニングテーブルにたくさんの料理が溢れていた。
焼いた魚にサクサクのパン。野菜がゴロゴロ入ったスープ、チーズがたっぷり乗ったグラタン、デザートはうさぎの形に切ったりんごといちごの練乳がけ。
「作り置きとか簡単な物ですけど、味には自信があるんです!」
「…。」
「…あれ?どうかしました?…嫌いなものでしたか?」
「……。」
「……い、嫌ですよねっ!すいません、気づかなくて。耳とか尻尾の毛は入ってないと思いますけど、でも…」
そこまで言いかけたアリンの口に人差し指を当てて話すのを止めさせた。
「違うんだアリン。俺は今猛烈に感動している。こんなに美味しそうな料理は見たことない。食べてもいいかい?」
「もちろん!どうぞどうぞ!!」
好きな子が自分のために料理を作ってくれる。それだけで嬉しいのに。
ーー本当に美味しいっ!!こんなの王宮では出ないぞ?
優しくてまろやかな味だ…
「美味しい!アリン、とても美味しいよ!!」
「わぁ~お口にあって良かったです!ふふっ」
美味しいご飯と穏やかな会話…。こうして、和やかな食事の時間を堪能した。
食事の終盤、デザート用に用意してくれていたりんごといちごを食べている時にアリンが切り出した。
「あの、いくら今日だけと言えども、出会えたのも何かの縁だと思うんです。ずっと『あなた』っていうのも変ですし、あなたが思い出すまででいいから…名前つけませんか?」
とっくに今日だけの縁にするつもりはなかったリヒテルだが、この可愛い提案にすぐ頷いた。
「アリンがつけてくれないか?」
「えっ?僕が、ですか?」
「アリンに助けてもらった命だ。君に付けてもらいたい。」
うーん…と腕を組み眉間に皺を寄せ考え込むアリンだったが、暫くするとポンっと手を叩きリヒテルを見つめた。
「フェアン…はどうでしょう?」
「フェアン?」
「猫獣人が昔使ってた言葉で『美しい』って意味です。初めてあなたを見た時になんて綺麗なんだろうって思ったから…」
「あ、そ、そうなのか…で、ではフェアンと呼んでくれ」
アリンが自分をそう思っていたとは知らず、驚きで思わず動揺してしまった。
「じゃあフェアン、このデザート食べたら寝る部屋に案内しますね!」
ここからが、事件の始まりだった。
有り難く着させてもらうことにしたが、アリンの服にしては大きいように感じた。裾も丈も少し細身なくらいでリヒテルにピッタリのサイズ。そして何よりあの甘い花のようなアリンの香りはしなかった。
ーーこれはアリンのではないのか?この家にはアリンしかいないはずなのに。
そう思うと無性に心がモヤモヤし苛ついた。
そんな気持ちのまま脱衣所のドアを開けると、暖かくなった部屋と美味しそうな匂いが漂ってきた。匂いのする方へ向かおうとすると、ドアの音に気付いたのかアリンが顔をヒョコっと覗かせた。
「お風呂どうでしたか…?着替え、サイズとか大丈夫でした?」
「あ、あぁ…大丈夫だ。ありがとう…」
「良かったっ!それお父さんのなんです。僕のだと入らないだろうなーって思って!」
「っ…!」
ーーなんだ!父親のか!…俺は父親に嫉妬していたのか。
表情にはなるべく出さないように気をつけていたが嬉しくて頬が緩んだ。
「父親の形見だろう?そんな大事な物俺に貸していいのか?」
「僕のだと小さすぎると思うから!それに…お父さんも困ってる人の為に使った方が喜ぶと思うんです。…さっ!簡単ですけどご飯つくりました!冷めないうちに食べましょっ」
アリンは大きな目を細めふにゃ~と笑いそのままキッチンの方へパタパタとかけていった。
後ろで真っ赤な顔を手で隠し俯くリヒテルに気付かないまま…
ーーだからその笑顔に弱いんだって!!
王宮の十分の一にも満たないサイズの小さなダイニングテーブルにたくさんの料理が溢れていた。
焼いた魚にサクサクのパン。野菜がゴロゴロ入ったスープ、チーズがたっぷり乗ったグラタン、デザートはうさぎの形に切ったりんごといちごの練乳がけ。
「作り置きとか簡単な物ですけど、味には自信があるんです!」
「…。」
「…あれ?どうかしました?…嫌いなものでしたか?」
「……。」
「……い、嫌ですよねっ!すいません、気づかなくて。耳とか尻尾の毛は入ってないと思いますけど、でも…」
そこまで言いかけたアリンの口に人差し指を当てて話すのを止めさせた。
「違うんだアリン。俺は今猛烈に感動している。こんなに美味しそうな料理は見たことない。食べてもいいかい?」
「もちろん!どうぞどうぞ!!」
好きな子が自分のために料理を作ってくれる。それだけで嬉しいのに。
ーー本当に美味しいっ!!こんなの王宮では出ないぞ?
優しくてまろやかな味だ…
「美味しい!アリン、とても美味しいよ!!」
「わぁ~お口にあって良かったです!ふふっ」
美味しいご飯と穏やかな会話…。こうして、和やかな食事の時間を堪能した。
食事の終盤、デザート用に用意してくれていたりんごといちごを食べている時にアリンが切り出した。
「あの、いくら今日だけと言えども、出会えたのも何かの縁だと思うんです。ずっと『あなた』っていうのも変ですし、あなたが思い出すまででいいから…名前つけませんか?」
とっくに今日だけの縁にするつもりはなかったリヒテルだが、この可愛い提案にすぐ頷いた。
「アリンがつけてくれないか?」
「えっ?僕が、ですか?」
「アリンに助けてもらった命だ。君に付けてもらいたい。」
うーん…と腕を組み眉間に皺を寄せ考え込むアリンだったが、暫くするとポンっと手を叩きリヒテルを見つめた。
「フェアン…はどうでしょう?」
「フェアン?」
「猫獣人が昔使ってた言葉で『美しい』って意味です。初めてあなたを見た時になんて綺麗なんだろうって思ったから…」
「あ、そ、そうなのか…で、ではフェアンと呼んでくれ」
アリンが自分をそう思っていたとは知らず、驚きで思わず動揺してしまった。
「じゃあフェアン、このデザート食べたら寝る部屋に案内しますね!」
ここからが、事件の始まりだった。
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