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12話
しおりを挟む前世では、ガケン鉱山は大陸でも有数の魔鉱石とミスリル鉱石の鉱山として有名だった。当初は銅鉱石と多少の魔鉱石が採掘されるだけであったが、ある日ミスリル鉱石が発見され、その功績からバーテンケルダー子爵家は伯爵家へ陞爵されることになったのだ。
俺はガケン鉱山に関与したことがないので、正確な月日は分からない。父上や兄達の様子――それにガイアスからこの鉱山で採掘されるのは銅鉱石と少量の魔鉱石だと言われた。
バーテンケルダー家が伯爵家に陞爵したのは俺が学園に入学して1年後のはずだ。発見からすぐに陞爵するとは考えられないので、ここ1年程度で発見されるのだろう。
……ただ情報部で調べた内容に当時のミスリル鉱石供給量が計算に合わない部分があった。全国から情報を集めていた俺達だからこそ分かったことだが、少し気になっていたのだ。
ガケン鉱山ではミスリル鉱石はまだ発掘されていないのか? それとも――、
「――――ということでお願いします、オグスト殿」
「分かっています。クレハ殿も、くれぐれも足の付かないようにお願いしますよ」
倉庫の傍に来ると倉庫の扉が開いており、馬車に荷が積み込まれている最中だった。
そしてその様子を確認する二人の人物。一人は上等な服を着た役人風の男。会話から察するにオグストだろう。――ガケン鉱山の代官もオグストと言う名だったな。
そしてもう一人の人物――青と赤のバンダナを交差させて頭に巻いている長身の女性。切れ長の目は狙った獲物を逃さない獰猛類を思わせる。バンダナから伸びる赤い髪をなびかせ、胸元を布で隠し引き締まったボディーラインを惜しげもなく晒す姿は荒くれ者や傭兵のようだ。海賊船に乗って居ればさぞ似合っているだろう。
――なんでここにいるんだよ。
「もちろんです。すぐに出立します。抜かりはありません」
「頼みます。早ければ明後日にはバーテンケルダー家から視察官が来る予定です。くれぐれも見つかることがないように」
……バッチリ見ているんだが。――はぁ、どうしたものか。いや、ここで見逃す手はないが。くっくっく。まさかこんなところで尻尾を掴めるとは。
「オグスト代官、こんなところにいましたか」
「ん? ッ! な! アノン様!? なぜここに!?」
にこやかに笑みを浮かべて二人の前に出て行くとまずオグストが俺に気づいた。屋敷で俺のことを見たのだろう。一目で気づいたのはポイントが高いな。俺は前世を合わせてもオグストに見覚えないんだが。
「――オグスト殿、こちらは、もしかして……?」
引きつった笑みを浮かべる長身の美女――クレハ。クレハ・オルフレッド。大陸に名を馳せる大商会オルフレッド商会の女会頭だ。
もっとも、この時代のオルフレッド商会はまだバラクーヌ王国とオールス連合国で取引をする行商人に毛が生えた程度の中小商会だろう。
しかし、オルフレッド商会はクレハ・オルフレッドが頭角を現すことで、数年後には大陸最大の商会連合――五大商会の一角へと成長する。
前世ではオロチの資金集めとしてオルフレッド商会と俺達情報部で密売を行っていた。
そう言えばクレハと初めて会った時に、俺が元バーテンケルダー家の者だと言ったら昔稼がせてもらっていたと言っていたな。当時はバーテンケルダー家と取引をしていたと思っていたが――これは間違いないな。
「お初にお目にかかる。バーテンケルダー子爵家が5男、アノン・バーテンケルダーだ。オルフレッド商会の若き会頭、クレハ殿にこんなところで会えるとは思っていなかった。以後、よろしく頼む」
――いろんな意味で、な。
「ッ!? は、ハハハ。いや~、まさか私のことをご存知でしたか。これでも記憶力には自信があるのですが――お会いしたこと、ありましたか?」
サッと地面に片膝をついたクレハがギロリと獲物を見定める双眼で俺を射抜く。
相変わらずだな。鉱石の横流しの現場を見られ、最悪処刑もあり得る状態でも揺るがないか。流石は犯罪者集団が相手だろうと取引を行う商人だ。
「一方的に知っているだけだ。気にするな。――クレハ殿との商談は後だな。先にこちらだ。なぁオグスト代官殿? 今積み込んでいる物について話があるんだろう?」
俺が現れたことで積み込みは止まっている。しかし積み上げられた木箱に入ったそれらはここからでも確認できる。――ミスリル鉱石。大陸でも限られた鉱山でしか採掘されない貴重な鉱石だ。
「――もちろんですとも。こちらは今回初めて見つかったミスリル鉱石の原石になります。お喜びください! この鉱山からミスリル鉱石が取れることが確認されたのです。至急領主様にご報告をしようと思ったのですが、馬車の都合が付かなかったためにオルフレッド商会に協力を要請していたのです。本日中にもお屋敷に向けて出発する予定だったのです」
オグストの言葉に笑顔で頷くクレハ。なるほど、横流しがバレそうになったので新発見ということで献上するつもりか。
クレハにしても子爵家の横流し品を受け取っていたとなればクレハ一人の首では済まない。ここはオグストの提案に乗るしかないだろう。――だがそれでは面白くない。
「ふむ、なるほど。しかし、それはおかしいな。俺はこの鉱山からミスリルが取れることをもっと前から知っているのだが? それなのにお前達は今回初めて採掘ができたというつもりか?」
「もちろんです。アノン様がなんのことを言っているのか分かりませんが、このガケン鉱山から採れたミスリル鉱石はこれらが初めてですよ」
笑顔を僅かにも崩さずにオグストが語る。クレハも表情を崩すことはない。流石の鉄仮面だ。普通の人間なら騙されているかもしれないな。
「なるほど。では聞くが、ミスリル鉱石が採掘される場所は現代では2か所しかない。エレアント聖王国とグランデア帝国だ。そしてその採掘量は厳しく管理されているのは知っているだろう? だが最近のミスリルの流通量を調べるとその2か国から採掘された量を越えているのだ。これは別のミスリル鉱山がなければあり得ないことだと思わないか?」
俺の追及にオグストがクレハを見た。聞いていた話と違うとでも言いたそうだな。
俺がこんな情報を持ち出すとは夢にも思っていないだろう。まぁ俺も実際にどれくらいの量が動いているのかは分からないが、手馴れた様子だし何度か取引をしているのは間違いないはずだ。
「まさか、バーテンケルダー子爵がミスリルの流通量を調べた? ――いや、ありえないね。そんな動きがあればアタイにも報告が上がる。それに他国の採掘場が簡単に流通量を教えるわけがない。アタイでもそんなもんを調べようと思えば少なくない時間と金がかかるんだ。バラクーヌの貴族がそんなものを調べられるわけがないだろう」
クレハの言葉使いと雰囲気が変わり、オグストが驚いて目を見開いている。俺のハッタリを見抜いて威圧しているみたいだ。――はは、やはりクレハはこうでなくてはな。
マジになった表情が山賊の頭にしか見えない。流石はオルフレッド商会の女ボスと呼ばれるだけはある。
ふぅ、ここからだな。ここでクレハを味方に引き込まないと意味がない。ここで逃せばクレハと取引することはできなくなるだろう。……ハッタリは信じ込ませれば真実になる。確かクレハに言われた言葉だったかな?
「確かにバーテンケルダー家が他国の採掘場に情報開示を命令しても追い払われるだけだろうな。――だが、調べる方法はなにも正規のルートだけじゃないだろう? 海運を取り仕切るアリババ海賊や陸路を抑えるグラウン連商から調べることもできる。それに最近のオルフレッド商会がバラクーヌ王国とオールス連合国を行き来していることを調べると答えは見えてくるだろう。この辺りに他にミスリルが採掘できる鉱山はないからな。他にも――「ヒーグ商店」を使う手だってあるだろう?」
「アリババ海賊にグラウン連商だって? いや、それはまだいい。それよりヒーグのことを知っているのかい? それも表じゃなく――」
「ヒレイン・グレオルド。グランデア帝国の暗部に属する暗殺者。主な仕事は情報収集。情報収集の一環でヒーグ商店をバラクーヌ王国の王都に開いている。そして商人の情報網を利用して情報を集めている。一部の「客」とは情報のやり取りもしており、各国が扱う商品の流通量を調べるくらい朝飯前。情報の対価は情報。……今ならエレアントの情報が割高かな? ……まだ必要か?」
「いや、十分だよ。ヒーグと取引をしているなら疑いようがない。オールス連合国での取引すら知られているならアタイの負けだね。……何が望みだい? この国での活動禁止かい? それとも賠償かい? 死刑にして終わりってわけじゃないんだろう?」
ヒーグの名を出したことでクレハはお手上げだと両手の手のひらを空に向け降参する。オグストは簡単に手のひらを返したことを信じられないとクレハを凝視している。
まぁヒーグのことを知らないならそうなるだろうな。
ヒレイン・グレオルド。オロチの情報部にいた俺が断言する。間違いなく大陸最強の暗殺者だ。単純な殺し合いなら、救国の英雄達でも勝てないだろう。
俺はオロチで活動している時にヒレイン本人と出会ったことがある。たまたまヒレインの任務と共闘関係になったため生き延びることができたが、本来ならヒレインの姿を見た者は死ぬと言われているのだ。
死神のヒーグ。最強の暗殺者。首切り殺戮者。魔人殺しの英雄。死の商人。
ヒレイン・グレオルドの二つ名を知る者はいても、その名と存在を知る者は数少ない。
ヒーグと取引ができることは一つのステータスになるほどだ。
現在のクレハでは知りえないヒーグの情報までを俺が知っていることでヒーグと取引をしていると認識しただろう。
今世では会ったことはないし、会いたいとも思わないが使える手札は使っておこう。……まぁこれくらいのことで暗殺されることはない、だろう。たぶん。
「クレハ殿に罰を与えても俺に利益はない。俺の望みはそれだよ」
俺達の傍に止まっている荷馬車を指差し、クレハとオグストに笑いかける。
クレハは俺の考えを読み解こうと眉を寄せ、オグストは俺の提案に光明を見出したのか顔色が良くなった。
「……今回の件をもみ消す代わりにミスリルの売上を回せってことかい? 今回の取引なら金貨50枚は動くが――それを渡すだけで見逃すってのかい? がめついバーテンケルダー子爵がそこまで知っておいて納得するとは思えないけどねぇ」
金貨一枚で10万G。平民の賃金は良くて月に7万Gくらいだ。今回が初犯なわけがないし、中々に横領していたみたいだな。
「安心しろ、当主様はこの件に関わっていない。この件を知っているのは俺だけだ。俺が問題ないと言えばそうなる」
そもそも父上はこの鉱山からミスリル鉱石が出ることを知らない。
もし知っていたならこの地は厳しく管理されるからな。子爵家の人間が視察にも来ないから横領がバレずに行われていたのだろう。
もっとも、ミスリルにかまけて銅鉱石の採掘量が減っていては意味がないがな。
「っ、ならあんたがヒーグと関わっているのかい? 子爵じゃなくて?」
驚愕の表情を浮かべるクレハと、俺の言葉に安堵の表情を浮かべるオグスト。
両者の思っていることにずいぶんと違いがありそうだ。
「ヒーグについて知っているのはバーテンケルダー家で俺だけだ。父上はこの鉱山でミスリルが採掘できるとは夢にも思っていないだろう。そして俺はこの件を父上に伝えるつもりはない。そんなことをしても1Gにもならないからな。だからお前達を見逃す代わりに今後取引をする際に俺にも分け前を渡せ」
俺の発言に顔を見合わせるクレハとオグスト。クレハは腕を組んで笑みを浮かべる。そしてオグストは先ほどとは打って変わって、血の気が引いた顔で地面を見つめていた。
見逃すと言っているのに絶望する理由が分からんな。借金でも抱えているのか?
俺はガケン鉱山に関与したことがないので、正確な月日は分からない。父上や兄達の様子――それにガイアスからこの鉱山で採掘されるのは銅鉱石と少量の魔鉱石だと言われた。
バーテンケルダー家が伯爵家に陞爵したのは俺が学園に入学して1年後のはずだ。発見からすぐに陞爵するとは考えられないので、ここ1年程度で発見されるのだろう。
……ただ情報部で調べた内容に当時のミスリル鉱石供給量が計算に合わない部分があった。全国から情報を集めていた俺達だからこそ分かったことだが、少し気になっていたのだ。
ガケン鉱山ではミスリル鉱石はまだ発掘されていないのか? それとも――、
「――――ということでお願いします、オグスト殿」
「分かっています。クレハ殿も、くれぐれも足の付かないようにお願いしますよ」
倉庫の傍に来ると倉庫の扉が開いており、馬車に荷が積み込まれている最中だった。
そしてその様子を確認する二人の人物。一人は上等な服を着た役人風の男。会話から察するにオグストだろう。――ガケン鉱山の代官もオグストと言う名だったな。
そしてもう一人の人物――青と赤のバンダナを交差させて頭に巻いている長身の女性。切れ長の目は狙った獲物を逃さない獰猛類を思わせる。バンダナから伸びる赤い髪をなびかせ、胸元を布で隠し引き締まったボディーラインを惜しげもなく晒す姿は荒くれ者や傭兵のようだ。海賊船に乗って居ればさぞ似合っているだろう。
――なんでここにいるんだよ。
「もちろんです。すぐに出立します。抜かりはありません」
「頼みます。早ければ明後日にはバーテンケルダー家から視察官が来る予定です。くれぐれも見つかることがないように」
……バッチリ見ているんだが。――はぁ、どうしたものか。いや、ここで見逃す手はないが。くっくっく。まさかこんなところで尻尾を掴めるとは。
「オグスト代官、こんなところにいましたか」
「ん? ッ! な! アノン様!? なぜここに!?」
にこやかに笑みを浮かべて二人の前に出て行くとまずオグストが俺に気づいた。屋敷で俺のことを見たのだろう。一目で気づいたのはポイントが高いな。俺は前世を合わせてもオグストに見覚えないんだが。
「――オグスト殿、こちらは、もしかして……?」
引きつった笑みを浮かべる長身の美女――クレハ。クレハ・オルフレッド。大陸に名を馳せる大商会オルフレッド商会の女会頭だ。
もっとも、この時代のオルフレッド商会はまだバラクーヌ王国とオールス連合国で取引をする行商人に毛が生えた程度の中小商会だろう。
しかし、オルフレッド商会はクレハ・オルフレッドが頭角を現すことで、数年後には大陸最大の商会連合――五大商会の一角へと成長する。
前世ではオロチの資金集めとしてオルフレッド商会と俺達情報部で密売を行っていた。
そう言えばクレハと初めて会った時に、俺が元バーテンケルダー家の者だと言ったら昔稼がせてもらっていたと言っていたな。当時はバーテンケルダー家と取引をしていたと思っていたが――これは間違いないな。
「お初にお目にかかる。バーテンケルダー子爵家が5男、アノン・バーテンケルダーだ。オルフレッド商会の若き会頭、クレハ殿にこんなところで会えるとは思っていなかった。以後、よろしく頼む」
――いろんな意味で、な。
「ッ!? は、ハハハ。いや~、まさか私のことをご存知でしたか。これでも記憶力には自信があるのですが――お会いしたこと、ありましたか?」
サッと地面に片膝をついたクレハがギロリと獲物を見定める双眼で俺を射抜く。
相変わらずだな。鉱石の横流しの現場を見られ、最悪処刑もあり得る状態でも揺るがないか。流石は犯罪者集団が相手だろうと取引を行う商人だ。
「一方的に知っているだけだ。気にするな。――クレハ殿との商談は後だな。先にこちらだ。なぁオグスト代官殿? 今積み込んでいる物について話があるんだろう?」
俺が現れたことで積み込みは止まっている。しかし積み上げられた木箱に入ったそれらはここからでも確認できる。――ミスリル鉱石。大陸でも限られた鉱山でしか採掘されない貴重な鉱石だ。
「――もちろんですとも。こちらは今回初めて見つかったミスリル鉱石の原石になります。お喜びください! この鉱山からミスリル鉱石が取れることが確認されたのです。至急領主様にご報告をしようと思ったのですが、馬車の都合が付かなかったためにオルフレッド商会に協力を要請していたのです。本日中にもお屋敷に向けて出発する予定だったのです」
オグストの言葉に笑顔で頷くクレハ。なるほど、横流しがバレそうになったので新発見ということで献上するつもりか。
クレハにしても子爵家の横流し品を受け取っていたとなればクレハ一人の首では済まない。ここはオグストの提案に乗るしかないだろう。――だがそれでは面白くない。
「ふむ、なるほど。しかし、それはおかしいな。俺はこの鉱山からミスリルが取れることをもっと前から知っているのだが? それなのにお前達は今回初めて採掘ができたというつもりか?」
「もちろんです。アノン様がなんのことを言っているのか分かりませんが、このガケン鉱山から採れたミスリル鉱石はこれらが初めてですよ」
笑顔を僅かにも崩さずにオグストが語る。クレハも表情を崩すことはない。流石の鉄仮面だ。普通の人間なら騙されているかもしれないな。
「なるほど。では聞くが、ミスリル鉱石が採掘される場所は現代では2か所しかない。エレアント聖王国とグランデア帝国だ。そしてその採掘量は厳しく管理されているのは知っているだろう? だが最近のミスリルの流通量を調べるとその2か国から採掘された量を越えているのだ。これは別のミスリル鉱山がなければあり得ないことだと思わないか?」
俺の追及にオグストがクレハを見た。聞いていた話と違うとでも言いたそうだな。
俺がこんな情報を持ち出すとは夢にも思っていないだろう。まぁ俺も実際にどれくらいの量が動いているのかは分からないが、手馴れた様子だし何度か取引をしているのは間違いないはずだ。
「まさか、バーテンケルダー子爵がミスリルの流通量を調べた? ――いや、ありえないね。そんな動きがあればアタイにも報告が上がる。それに他国の採掘場が簡単に流通量を教えるわけがない。アタイでもそんなもんを調べようと思えば少なくない時間と金がかかるんだ。バラクーヌの貴族がそんなものを調べられるわけがないだろう」
クレハの言葉使いと雰囲気が変わり、オグストが驚いて目を見開いている。俺のハッタリを見抜いて威圧しているみたいだ。――はは、やはりクレハはこうでなくてはな。
マジになった表情が山賊の頭にしか見えない。流石はオルフレッド商会の女ボスと呼ばれるだけはある。
ふぅ、ここからだな。ここでクレハを味方に引き込まないと意味がない。ここで逃せばクレハと取引することはできなくなるだろう。……ハッタリは信じ込ませれば真実になる。確かクレハに言われた言葉だったかな?
「確かにバーテンケルダー家が他国の採掘場に情報開示を命令しても追い払われるだけだろうな。――だが、調べる方法はなにも正規のルートだけじゃないだろう? 海運を取り仕切るアリババ海賊や陸路を抑えるグラウン連商から調べることもできる。それに最近のオルフレッド商会がバラクーヌ王国とオールス連合国を行き来していることを調べると答えは見えてくるだろう。この辺りに他にミスリルが採掘できる鉱山はないからな。他にも――「ヒーグ商店」を使う手だってあるだろう?」
「アリババ海賊にグラウン連商だって? いや、それはまだいい。それよりヒーグのことを知っているのかい? それも表じゃなく――」
「ヒレイン・グレオルド。グランデア帝国の暗部に属する暗殺者。主な仕事は情報収集。情報収集の一環でヒーグ商店をバラクーヌ王国の王都に開いている。そして商人の情報網を利用して情報を集めている。一部の「客」とは情報のやり取りもしており、各国が扱う商品の流通量を調べるくらい朝飯前。情報の対価は情報。……今ならエレアントの情報が割高かな? ……まだ必要か?」
「いや、十分だよ。ヒーグと取引をしているなら疑いようがない。オールス連合国での取引すら知られているならアタイの負けだね。……何が望みだい? この国での活動禁止かい? それとも賠償かい? 死刑にして終わりってわけじゃないんだろう?」
ヒーグの名を出したことでクレハはお手上げだと両手の手のひらを空に向け降参する。オグストは簡単に手のひらを返したことを信じられないとクレハを凝視している。
まぁヒーグのことを知らないならそうなるだろうな。
ヒレイン・グレオルド。オロチの情報部にいた俺が断言する。間違いなく大陸最強の暗殺者だ。単純な殺し合いなら、救国の英雄達でも勝てないだろう。
俺はオロチで活動している時にヒレイン本人と出会ったことがある。たまたまヒレインの任務と共闘関係になったため生き延びることができたが、本来ならヒレインの姿を見た者は死ぬと言われているのだ。
死神のヒーグ。最強の暗殺者。首切り殺戮者。魔人殺しの英雄。死の商人。
ヒレイン・グレオルドの二つ名を知る者はいても、その名と存在を知る者は数少ない。
ヒーグと取引ができることは一つのステータスになるほどだ。
現在のクレハでは知りえないヒーグの情報までを俺が知っていることでヒーグと取引をしていると認識しただろう。
今世では会ったことはないし、会いたいとも思わないが使える手札は使っておこう。……まぁこれくらいのことで暗殺されることはない、だろう。たぶん。
「クレハ殿に罰を与えても俺に利益はない。俺の望みはそれだよ」
俺達の傍に止まっている荷馬車を指差し、クレハとオグストに笑いかける。
クレハは俺の考えを読み解こうと眉を寄せ、オグストは俺の提案に光明を見出したのか顔色が良くなった。
「……今回の件をもみ消す代わりにミスリルの売上を回せってことかい? 今回の取引なら金貨50枚は動くが――それを渡すだけで見逃すってのかい? がめついバーテンケルダー子爵がそこまで知っておいて納得するとは思えないけどねぇ」
金貨一枚で10万G。平民の賃金は良くて月に7万Gくらいだ。今回が初犯なわけがないし、中々に横領していたみたいだな。
「安心しろ、当主様はこの件に関わっていない。この件を知っているのは俺だけだ。俺が問題ないと言えばそうなる」
そもそも父上はこの鉱山からミスリル鉱石が出ることを知らない。
もし知っていたならこの地は厳しく管理されるからな。子爵家の人間が視察にも来ないから横領がバレずに行われていたのだろう。
もっとも、ミスリルにかまけて銅鉱石の採掘量が減っていては意味がないがな。
「っ、ならあんたがヒーグと関わっているのかい? 子爵じゃなくて?」
驚愕の表情を浮かべるクレハと、俺の言葉に安堵の表情を浮かべるオグスト。
両者の思っていることにずいぶんと違いがありそうだ。
「ヒーグについて知っているのはバーテンケルダー家で俺だけだ。父上はこの鉱山でミスリルが採掘できるとは夢にも思っていないだろう。そして俺はこの件を父上に伝えるつもりはない。そんなことをしても1Gにもならないからな。だからお前達を見逃す代わりに今後取引をする際に俺にも分け前を渡せ」
俺の発言に顔を見合わせるクレハとオグスト。クレハは腕を組んで笑みを浮かべる。そしてオグストは先ほどとは打って変わって、血の気が引いた顔で地面を見つめていた。
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