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第9 ここから始まり

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「クシュン」
 
 盛大なクシャミの音だった。目覚めたリュシェラは、思わず「う~ん……」と唸ってしまった。

 身体がなぜか冷えていた。その上、あちこち痛みを感じるぐらい、バキバキに強ばってしまっている。そんな身体の不快さは、身動いだ分だけハッキリしてくる状態だった。
 
(何でこんなに身体が痛いの?)
 
 リュシェラは眠たい目を擦りながら、取りあえず大きくのびをして、周りをキョロキョロと見回した。灯心が燃え尽きた目の前のランプは、もう灯りが消えていた。
 
 だけど室内は、すっかり明るくなっている。ランプなしでも部屋の細部まで見えた部屋は、まだ見慣れない自室とも、全く違う場所だった。
 
(何でこんな所に……?)
 
 一瞬首を捻りかけて、「あぁ、そうか……」と、眠りに落ちる直前の事を思い出す。
 
 耳を澄ませて周りの様子を伺うも、昨夜と同じように、邸の中からは誰の気配も感じられない。ついさっきの小さな呟きも、ハッキリ聞き取れるぐらい、冷えた部屋の中は静かだった。

 日が変わっても昨日と同じ状況は、この状況がたまたまではなく、ずっと続いていく事を予想させた。

「これから私は、独りきりなのね……」

 改めて確認した状況に、言葉がポツリと漏れ落ちる。
 だけど、光というのはだいぶ良い。
 明るいというだけで、そんな昨日と変わらない状況でも、取りあえず動く気力だけは湧いていた。
 
 これからどうすれば良いのか。何をしなくてはいけないのか。そんな事は分からない。だけど。
 
「取りあえず、寒いし、お腹が空いた!」
 
 この不快な状況から、どうにか抜け出す必要がある。その事だけは、ハッキリ分かって、その為に動くだけの気力もあった。
 
 リュシェラはスカートの裾を摘まんで、タタタと自室へ向かって駆けだした。
 
 はしたないとか、淑やかにとか。もうそんな事はどうでも良いのだ。それに元々貧しい領地で、領民と一緒に畑を耕して生きてきたのだ。そんじょそこらの王女様のような繊細さは持っていない。
 
 駆け込んだ部屋の中で、真っ直ぐに浴室へと向かっていく。入浴の補助なんてものも、本当だったら必要ない。昨日ナイトウェアからルームドレスへ着替えたのも、リュシェラ1人でやったのだ。
 
「良かった、ちゃんとお湯が出る!」
 
 蛇口を捻って出てきたお湯に、リュシェラはよし、と頷いて服を脱ぎ始めた。
 
 明るい事も、暖かい事も大切だった。
 少しでも快適さを取り戻せば、自然と心は穏やかになる。肝心な食料は、ゆっくりとお風呂に入ってから考えよう。
 
(きっと大丈夫。どうにかなる)
 
 暖かい湯に身体を浸せば、冷えた身体があたたまる。強ばっていた身体が解れた頃には、すっかりと気力もいつものリュシェラに戻っていた。
 
 くぅ~。

 途端にお腹も切なく鳴るのだ。
 
(昨日はもうどうでも良い、って思ったのにな)
 
 リュシェラはそんな自分の現金さに、思わずクスクス笑いながら、バスタブの中から立ち上がった。
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