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第5 あどけない寝顔
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扉を開けて寝室に入ったイヴァシグスが見たのは、誰も居ない寝台だった。
( 誰かに連れ去られたか!?)
魔族側への損害が大してなかったとはいえ、長期にわたった争いで、被害がゼロという訳でもない。人間を憎む者は少ないが、大半の魔族は強欲な種族を、あまり良くは思っていない。
一瞬浮かんだ考えに、幼く見えたリュシェラを思い出して気持ちが焦る。
( 何か痕跡はないか?)
湯の後に恐らく肌に擦り込まれただろう。ナイトフレグランスが漂う部屋の中。五感を研ぎ澄ませていけば、寝台の向こう。サイドチェストとの間辺りから、昼間に感じたリュシェラの気配を感じる。
( なぜそんな所に)
訝しく思いながらも、無事だった事にホッとした。
同時に心配した分だけ焦りは苛立ちへと変わってしまう。それをどうにか抑えながら、気配がする方に進めば、案の定リュシェラは、イヴァシグスに背を向けるように蹲っていた。
足音は聞こえているはずだ。それなのに、リュシェラは微動だにせず、背中をイヴァシグスへ向け続けている。身体全体を使ってイヴァシグスを拒否しているような姿に、イヴァシグスはますます苛立っていた。
「そこで何をしてるんだ。取りあえず、さっさと立ち上がれ」
初夜の花嫁として、あり得ないような振る舞いだった。それでも苛立ちを抑えながら、努めて冷静に声をかける。だけど。
「離して!!」
引き上げようとした手まで、拒絶の言葉と共に振り解かれてしまったのだ。
「お前!!」
イヴァシグスは王で、リュシェラはそんなイヴァシグスへ嫁いできた妃だった。これまでリュシェラの不敬とも言える振る舞いを、散々見逃してきたイヴァシグスだったが、さすがに大きな声を張り上げた。
「イヤっ!! 死にたくない、触らないで!!」
だけど、次に聞こえたリュシェラの声は、恐怖に引き攣った本気の悲鳴だった。
「なんだと!?」
顔を合わせてから1度だって、イヴァシグスはリュシェラを害するような態度を見せた覚えはない。むしろ遠くから嫁いだ幼い妃を、イヴァシグスなりに気遣ってやったつもりだった。
(結局はお前も、魔族は理解し合える者ではないと、野蛮な種族だと思う人間ということか)
繰り返された紛争の中で、人間が魔族を嫌悪する言葉を何度も聞いていたのだ。それを思いだし、手を振り払ったリュシェラを、イヴァシグスは睨み付けた。
だがその視線が絡むこともなく、逃れようとしたリュシェラは、目の前の寝台に潜り込む。確かに、扉に向かって逃げだそうと、窓へ向かって走ろうと。この部屋から逃れきれるはずがない。
(だからといって、布団の中とは……)
まるで叱られた子どもが逃げ出すような姿なのだ。初めからの印象もあって、プルプル震える布団の塊にイヴァシグスは毒気を抜かれた。
(16とはいえ、1人他種族へ嫁ぐにはまだ幼い)
いまこうやって、見せた振る舞いが、リュシェラの幼さを現に証明している状態だった。ならば、とイヴァシグスは溜息を吐いた。
「嫌がる女を、無理やり抱く趣味はない」
どういった形であれ、妃として嫁いだのだ。逃れられない事だろうけど。もとより今すぐに抱くつもりは無かったのだ。
幼いまま、知らない種族へ1人放り込まれたのだから。さっきのように叫んだ、リュシェラの不安も分からないではない。
( 今は見逃してやる)
この妃がそれなりの歳になる頃には、リュシェラも魔族を知り、それなりの覚悟も出来ているだろう。
妃としての務めは、その時からでも良いはずだ。
震える布団の塊を、これ以上怯えさせないように、イヴァシグスは背中を向けて転がった。意識をわずかに残しながら、浅い眠りに入り込む。
こちらを何度か伺っていたリュシェラも、1日の疲れで限界だったのだろう。その内動きが無くなって、ついには穏やかな寝息が聞こえてくる。
そこまできて、ようやくイヴァシグスは身体を起こした。
そっと布団を持ち上げて、寝苦しくないように顔を布団から出してやる。
「ぅ……ん……」
小さく声を漏らした寝顔は起きている時よりも、いっそう幼さを感じさせた。寝苦しさが緩和されたせいか、リュシェラの口元が微かに緩む。
「こんな子ども相手にどうしろと言うんだ」
ハッキリ言って色気ではなく、あどけない。そんなリュシェラの表情に、イヴァシグスは苦笑した。
( 誰かに連れ去られたか!?)
魔族側への損害が大してなかったとはいえ、長期にわたった争いで、被害がゼロという訳でもない。人間を憎む者は少ないが、大半の魔族は強欲な種族を、あまり良くは思っていない。
一瞬浮かんだ考えに、幼く見えたリュシェラを思い出して気持ちが焦る。
( 何か痕跡はないか?)
湯の後に恐らく肌に擦り込まれただろう。ナイトフレグランスが漂う部屋の中。五感を研ぎ澄ませていけば、寝台の向こう。サイドチェストとの間辺りから、昼間に感じたリュシェラの気配を感じる。
( なぜそんな所に)
訝しく思いながらも、無事だった事にホッとした。
同時に心配した分だけ焦りは苛立ちへと変わってしまう。それをどうにか抑えながら、気配がする方に進めば、案の定リュシェラは、イヴァシグスに背を向けるように蹲っていた。
足音は聞こえているはずだ。それなのに、リュシェラは微動だにせず、背中をイヴァシグスへ向け続けている。身体全体を使ってイヴァシグスを拒否しているような姿に、イヴァシグスはますます苛立っていた。
「そこで何をしてるんだ。取りあえず、さっさと立ち上がれ」
初夜の花嫁として、あり得ないような振る舞いだった。それでも苛立ちを抑えながら、努めて冷静に声をかける。だけど。
「離して!!」
引き上げようとした手まで、拒絶の言葉と共に振り解かれてしまったのだ。
「お前!!」
イヴァシグスは王で、リュシェラはそんなイヴァシグスへ嫁いできた妃だった。これまでリュシェラの不敬とも言える振る舞いを、散々見逃してきたイヴァシグスだったが、さすがに大きな声を張り上げた。
「イヤっ!! 死にたくない、触らないで!!」
だけど、次に聞こえたリュシェラの声は、恐怖に引き攣った本気の悲鳴だった。
「なんだと!?」
顔を合わせてから1度だって、イヴァシグスはリュシェラを害するような態度を見せた覚えはない。むしろ遠くから嫁いだ幼い妃を、イヴァシグスなりに気遣ってやったつもりだった。
(結局はお前も、魔族は理解し合える者ではないと、野蛮な種族だと思う人間ということか)
繰り返された紛争の中で、人間が魔族を嫌悪する言葉を何度も聞いていたのだ。それを思いだし、手を振り払ったリュシェラを、イヴァシグスは睨み付けた。
だがその視線が絡むこともなく、逃れようとしたリュシェラは、目の前の寝台に潜り込む。確かに、扉に向かって逃げだそうと、窓へ向かって走ろうと。この部屋から逃れきれるはずがない。
(だからといって、布団の中とは……)
まるで叱られた子どもが逃げ出すような姿なのだ。初めからの印象もあって、プルプル震える布団の塊にイヴァシグスは毒気を抜かれた。
(16とはいえ、1人他種族へ嫁ぐにはまだ幼い)
いまこうやって、見せた振る舞いが、リュシェラの幼さを現に証明している状態だった。ならば、とイヴァシグスは溜息を吐いた。
「嫌がる女を、無理やり抱く趣味はない」
どういった形であれ、妃として嫁いだのだ。逃れられない事だろうけど。もとより今すぐに抱くつもりは無かったのだ。
幼いまま、知らない種族へ1人放り込まれたのだから。さっきのように叫んだ、リュシェラの不安も分からないではない。
( 今は見逃してやる)
この妃がそれなりの歳になる頃には、リュシェラも魔族を知り、それなりの覚悟も出来ているだろう。
妃としての務めは、その時からでも良いはずだ。
震える布団の塊を、これ以上怯えさせないように、イヴァシグスは背中を向けて転がった。意識をわずかに残しながら、浅い眠りに入り込む。
こちらを何度か伺っていたリュシェラも、1日の疲れで限界だったのだろう。その内動きが無くなって、ついには穏やかな寝息が聞こえてくる。
そこまできて、ようやくイヴァシグスは身体を起こした。
そっと布団を持ち上げて、寝苦しくないように顔を布団から出してやる。
「ぅ……ん……」
小さく声を漏らした寝顔は起きている時よりも、いっそう幼さを感じさせた。寝苦しさが緩和されたせいか、リュシェラの口元が微かに緩む。
「こんな子ども相手にどうしろと言うんだ」
ハッキリ言って色気ではなく、あどけない。そんなリュシェラの表情に、イヴァシグスは苦笑した。
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