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第4 やってきた幼い妃

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 和平の証として迎えた人間の妃は、だいぶ固い表情をしていた。
 慣れない土地に、慣れない種族。
 そこへたった1人だけで嫁いできたリュシェラは、確かまだ16歳になったばかりだと聞いている。
 
 粉を叩かれ、口紅を挿して。魔族とはまた違った綺麗な顔立ちは、化粧のおかげかだいぶ大人びて見えている。だけど、まだ子どもと言っても良い年なのだ。内心ではだいぶ不安に思っているだろう。

「お前には、誰も何も期待していない。ただ横に立っていろ」
 
 人形のように真っ直ぐに前を見つめた目に、固く引き結んだ唇が、そんな不安の表れのようだった。
 横目で捉えたリュシェラの様子に、イヴァシグスは気が付けば声を掛けていた。

 仮に何かを期待されていたとしても、嫁いだばかりで何も知らない子ども相手だ。そんな者に、期待をする者の方がおかしいのだ。
 
( 争ってきた人間相手だとしても、それを仕掛けたのはこの子ではないからな)

 和平の証として、この地に嫁いで来た妃だとしても、イヴァシグスはこの妃に1人背負い込ませる気など元々なかった。

 被った戦禍が違えば、もちろんそんな事は言っていられなかっただろう。だが、幸い魔族側は大きな痛手は受けていない。
 強欲な種族をうんざりする気持ちはあっても、こんな子どもを元より怨んでなんかいないのだ。
 だから。
 今は不安に耐えて、こうやって立っているだけでも十分なのだと、イヴァシグスは安心させたつもりだった。
 
 人形のようにただ前を見るだけだったリュシェラが、イヴァシグスの方を向いたようだった。何も言わないまま、向けられるペリドットの視線からは、何を思っているのかは分からなかった。

 遠くから聞こえる民衆の声に、部屋を慌ただしく動き回る臣下達の声に音。そんな音に溢れた部屋の中で、そのままリュシェラの視線が戻される。
 
「知っていますよ、そんなこと」
 
 そして聞こえた声は、搔き消えなかった事が不思議なくらい、淡々と小さな声だった。
 
(プライドを傷付けたか?)
 
 こうやって王族として嫁いできたのだ。王女として、帝王学を教え込まれているのかもしれない。それなら、子どもだと扱った態度は、バカにされたと腹を立てていてもおかしくない。

 イヴァシグスには、リュシェラを侮る気持ちは無いのだ。その分だけ、思わなかった反応に、イヴァシグスはリュシェラを改めて観察した。
 
 だが、人間は同じ歳の人型の魔族と比べると、下手をすれば5歳は下に見えていた。その見た目のせいで、イヴァシグスもどの程度大人として扱えば良いのか分からなかった。
 
(出来ないことを出来ないと、認めきれる程度には大人ということか)
 
 取りあえず大人として、妃として。近い臣下から進言されているように、扱うべきなのかもしれない。
 
 ただ、そうなると。この祭典の後は当然の流れとして閨になる。
 
 嫁いできた直後のリュシェラを見て、その幼さにありえないとイヴァシグスは一蹴していた。だけど、嫁ぐのに十分な歳ではあるのだ。その上、一夜の寵愛も賜れない妃に、専属の離れを手配したのでは反発が生まれると、苦言が上がっていたのも事実だった。
 
( 一人前の妃と扱うべきか、まだ未熟な子どもと扱うべきか)
 
 1人孤独に嫁いできたリュシェラなのだ。そんな風に気持ちを慮っていれば、時間になったのだろう。

「開きます!」
 
 合図が聞こえて、目の前の大きな窓を塞いでいた垂れ幕が一斉に左右に引かれていく。部屋の中に差し込んだ光りが、部屋を、リュシェラのドレスを輝かせた。

 兵士が数人がかりで窓を外へ向かって開いていく。それに伴って歓声が響き、高らかに鳴り響く音楽が聞こえてくる。
 
 この後をどうするべきかイヴァシグスが決める前に、始まった式典が、2人をバルコニーへ押し出した。その後はもう決まったスケジュールに流されて、イヴァシグスは気が付けば、リュシェラの為に準備をした、離れにある寝室の前に立っていた。
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