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⑫ 5年後(リリナシス視点)
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少し前まで紅く色づいていた森には、もうほとんど葉は残っていなかった。
ここに来て、5回目の冬がやってくる。
「リリナさん、こちらで以上で良いですか?」
ぼんやりと窓の外を見ていた私は、その声にハッと我に返った。
「あっ、ごめんなさい」
慌てて視線を部屋の中に戻せば。いつの間に終わっていたのだろう。
初老の商人であるアンガルドさんによって、机の上には色々な物が、所狭しと並べられていた。
大半はいつも通り、調薬や呪いに使う材料だが、いつもと違って数が多い。それから燻製肉やチーズの塊。そういった食料品や日用品も、かなりの量になっていた。
「こんなに沢山ごめんなさい。かなり大変だったでしょう?」
なにせ、冬を越すための3ヶ月分の品だ。月1回、お願いしている量とは違う。
商人として鍛えてはいても、初老の身体には、だいぶ負担になったはずなのだ。
「いえいえ、こちらこそ。来られない冬の間の薬を、一気に仕上げてもらってすみません」
そう言って笑うアンガルドさんは、どこかエフガァのようだった。
ホッと心を和ませて、思わず一緒に笑顔になる。
それでも、もの寂しい季節のせいか。
5年前に会ったきりのエフガァの姿を思い出せば、いつもより少し切なかった。
「アンガルドさんって、やっぱり私の知り合いに、似ているわ」
エフガァの方が少し歳は上だろうけど。記憶の中の面影は、別れた日から変わらない。それに気が付いて、また少し胸が痛んだ。
「リリナさんが、ここへ越して来る前の知り合いですか?」
「えぇ」
越して来る前もなにも。ここは、人がろくにやって来ない、辺鄙な場所なのだ。定期的に足を運んでくれるのは、この商人の彼ぐらいなのに。知り合いと呼べる人なんて、そうそう出来ようがない。
そんな彼さえ。私がここで過ごすようになった頃、たまたま出会っただけだったのだ。
『森で迷っていて、困っていたんだ』
シワが刻まれた顔に、ホッとしたような表情を浮かべていた。
この歳まで経験を積んだ商人が、そんな事もあるんだろうか。
世間知らずな私だって、少しは不審に思っていた。でも、害意があれば反応するはずの保護結界が、何の反応もしなかったのだ。それに加えて、エフガァを思わせる雰囲気となれば。私の警戒心を解くには、十分だった。
「小さな頃から、ずっと見守ってくれていた人なの。それなのに、最後まで心配をかけてしまったの……情けないわね……」
「でもリリナさんは、こんなに立派に薬師として頑張ってるじゃないですか」
ほら。
そう言ってアンガルドさんが、棚にある小瓶を指差していた。
そこにある薬は、3年前。何度も失敗を繰り返しながら、私が開発した薬だった。
「あの解毒薬のお陰で、だいぶ助かった人も多いですよ」
自分の力が、誰かの助けになるのは、嬉しい。
でも。その言葉を素直に受け止める事が出来ずに、私は曖昧に微笑んだ。
だって。
あの薬は、ただ自分の後悔を打ち消したくて。
縋るように作っただけの薬なのだ。
いつか、これをヴィルトス様が飲んでくれたら。
いつか、失った想いが戻ってくれたら。
あり得ないいつかを、私は夢見て。縋るように、薬を作っただけなのだ。
「ありがとうございます……でも……本当は、自分の為に作った薬なんです……」
だから、そんな風に言ってもらう資格は、私にはなかった。
もう2年も前に、ヴィルトス様には新しい婚約者ができたと風の便りに聞いている。
それなのに、私だけが、昔も、いまも、変われない。
可能性はゼロなのに、解毒薬を常に棚に準備し続けて。その薬をまた、心の支えにしてるのだ。
そんな自分が、みっともなくて、思わず乾いた笑いが出てしまう。
「……でも、そんな薬だからこそ、買い求めたい。そう思っている方も居りますよ」
えっ、それは?
戸惑って見上げたアンガルドさんは、なぜか嬉しそうに笑っていた。
ここに来て、5回目の冬がやってくる。
「リリナさん、こちらで以上で良いですか?」
ぼんやりと窓の外を見ていた私は、その声にハッと我に返った。
「あっ、ごめんなさい」
慌てて視線を部屋の中に戻せば。いつの間に終わっていたのだろう。
初老の商人であるアンガルドさんによって、机の上には色々な物が、所狭しと並べられていた。
大半はいつも通り、調薬や呪いに使う材料だが、いつもと違って数が多い。それから燻製肉やチーズの塊。そういった食料品や日用品も、かなりの量になっていた。
「こんなに沢山ごめんなさい。かなり大変だったでしょう?」
なにせ、冬を越すための3ヶ月分の品だ。月1回、お願いしている量とは違う。
商人として鍛えてはいても、初老の身体には、だいぶ負担になったはずなのだ。
「いえいえ、こちらこそ。来られない冬の間の薬を、一気に仕上げてもらってすみません」
そう言って笑うアンガルドさんは、どこかエフガァのようだった。
ホッと心を和ませて、思わず一緒に笑顔になる。
それでも、もの寂しい季節のせいか。
5年前に会ったきりのエフガァの姿を思い出せば、いつもより少し切なかった。
「アンガルドさんって、やっぱり私の知り合いに、似ているわ」
エフガァの方が少し歳は上だろうけど。記憶の中の面影は、別れた日から変わらない。それに気が付いて、また少し胸が痛んだ。
「リリナさんが、ここへ越して来る前の知り合いですか?」
「えぇ」
越して来る前もなにも。ここは、人がろくにやって来ない、辺鄙な場所なのだ。定期的に足を運んでくれるのは、この商人の彼ぐらいなのに。知り合いと呼べる人なんて、そうそう出来ようがない。
そんな彼さえ。私がここで過ごすようになった頃、たまたま出会っただけだったのだ。
『森で迷っていて、困っていたんだ』
シワが刻まれた顔に、ホッとしたような表情を浮かべていた。
この歳まで経験を積んだ商人が、そんな事もあるんだろうか。
世間知らずな私だって、少しは不審に思っていた。でも、害意があれば反応するはずの保護結界が、何の反応もしなかったのだ。それに加えて、エフガァを思わせる雰囲気となれば。私の警戒心を解くには、十分だった。
「小さな頃から、ずっと見守ってくれていた人なの。それなのに、最後まで心配をかけてしまったの……情けないわね……」
「でもリリナさんは、こんなに立派に薬師として頑張ってるじゃないですか」
ほら。
そう言ってアンガルドさんが、棚にある小瓶を指差していた。
そこにある薬は、3年前。何度も失敗を繰り返しながら、私が開発した薬だった。
「あの解毒薬のお陰で、だいぶ助かった人も多いですよ」
自分の力が、誰かの助けになるのは、嬉しい。
でも。その言葉を素直に受け止める事が出来ずに、私は曖昧に微笑んだ。
だって。
あの薬は、ただ自分の後悔を打ち消したくて。
縋るように作っただけの薬なのだ。
いつか、これをヴィルトス様が飲んでくれたら。
いつか、失った想いが戻ってくれたら。
あり得ないいつかを、私は夢見て。縋るように、薬を作っただけなのだ。
「ありがとうございます……でも……本当は、自分の為に作った薬なんです……」
だから、そんな風に言ってもらう資格は、私にはなかった。
もう2年も前に、ヴィルトス様には新しい婚約者ができたと風の便りに聞いている。
それなのに、私だけが、昔も、いまも、変われない。
可能性はゼロなのに、解毒薬を常に棚に準備し続けて。その薬をまた、心の支えにしてるのだ。
そんな自分が、みっともなくて、思わず乾いた笑いが出てしまう。
「……でも、そんな薬だからこそ、買い求めたい。そう思っている方も居りますよ」
えっ、それは?
戸惑って見上げたアンガルドさんは、なぜか嬉しそうに笑っていた。
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