愛されていたのだと知りました。それは、あなたの愛をなくした時の事でした。

桗梛葉 (たなは)

文字の大きさ
上 下
10 / 19

しおりを挟む
 いつもとは、少し違う雰囲気だった。
 冷たい言葉の応酬に、身構える俺の前で伏せられた目が、わずかに揺れたように見えたのだ。

 呆気に取られて動けない俺に、後を追った方が良い、と言ったのは、同じように違和感を感じた従者だった。

 その言葉に弾かれたように、俺は駆け出した。だけど、曲がった角の先には、もうリリナシスの姿はなかった。

 こんな短時間でいったいどこへ。

 戸惑って立ち止まれば、使用人達のザワつきが小さな音で聞こえてくる。

『あの、淑やかなリリナシス様が、スカートを翻して走っていた』

『どうやら、泣いていたらしい』

『なにか、思い詰めた顔をしていた』

 その言葉に、最近思い詰めた表情で、本を見てた姿を思い出す。1度だけ、チラッと見えた内容は、何か薬に関する本だった。

 俺の視線に気が付いたのか、慌てて閉じられたため、その内容までは分からない。でも、大した事のない内容なら、あえて隠したりはしないだろう。隠された事が、ただならぬ薬なのだと言っていた。

  まさか、毒薬か!?

 浮かんだ単語に、俺は再び走り出した。

 簡単に人前で泣かないリリナシスが、泣いていたのだ。それなら向かうのは、人目につかない自室だろう。

 しかも、本当にあれが毒ならば。きっとそこに、あるはずなのだ。

 そうして飛び込んだ部屋の中。
 明らかに普通とは違う薬を飲もうとしていたリリナシスに、目の前が暗くなるようだった。

 何1つ、俺には与えてくれないまま。
 お前は去ってしまうのか。

 共に居ることが、お前の笑顔も命も奪うのか。

 それなら、と思わず小瓶へ手が伸びていた。

 この国を背負う未来がありながら、この選択は間違っている。分かっていながらも、止まらなかった。

 リリナシスが、笑い、穏やかに過ごせるなら、それで良い。
 
 そんな想いで飲み干した薬は、予想したような苦しみは生まず。その代わり、オセロのコマがひっくり返って行くように、心を占める感情だけが、どんどん変わっていったのだ。

 薬の効果を聞いた時。
 崩れ落ちた姿を見た時。

 本当のリリナシスの想いにも。同じようにリリナシスが苦しみ、泣いていた事にも。気が付きながらも感情は、かつての想いを失っていた。

 だからこそ。
 必死にこの憎悪は偽りの感情だと、言い聞かせて。
 この激しさの分だけ、リリナシスを愛していたはずだ。と、感情の渦を、どうにか理性で抑え込んでいた。

「リリナシス……」

 名前を呼ぶだけで、イライラしてしまう。手を強く握り込んで、大きく息を吐き出した。

 自分の手元から離した事は、やはり正解だっただろう。だが、俺から離れた場所で、どうにか幸せになってくれ。そんな事は想いはしない。

 王太子である以上。俺は次の婚約者を選ぶ事になるだろう。それでも、遠く離れたリリナシスの幸せを祈るつもりは、全くなかった。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

愛するあなたへ最期のお願い

つぶあん
恋愛
アリシア・ベルモンド伯爵令嬢は必死で祈っていた。 婚約者のレオナルドが不治の病に冒され、生死の境を彷徨っているから。 「神様、どうかレオナルドをお救いください」 その願いは叶い、レオナルドは病を克服した。 ところが生還したレオナルドはとんでもないことを言った。 「本当に愛している人と結婚する。その為に神様は生き返らせてくれたんだ」 レオナルドはアリシアとの婚約を破棄。 ずっと片思いしていたというイザベラ・ド・モンフォール侯爵令嬢に求婚してしまう。 「あなたが奇跡の伯爵令息ですね。勿論、喜んで」 レオナルドとイザベラは婚約した。 アリシアは一人取り残され、忘れ去られた。 本当は、アリシアが自分の命と引き換えにレオナルドを救ったというのに。 レオナルドの命を救う為の契約。 それは天使に魂を捧げるというもの。 忽ち病に冒されていきながら、アリシアは再び天使に希う。 「最期に一言だけ、愛するレオナルドに伝えさせてください」 自分を捨てた婚約者への遺言。 それは…………

記憶がないなら私は……

しがと
恋愛
ずっと好きでようやく付き合えた彼が記憶を無くしてしまった。しかも私のことだけ。そして彼は以前好きだった女性に私の目の前で抱きついてしまう。もう諦めなければいけない、と彼のことを忘れる決意をしたが……。  *全4話

【完結】どうかその想いが実りますように

おもち。
恋愛
婚約者が私ではない別の女性を愛しているのは知っている。お互い恋愛感情はないけど信頼関係は築けていると思っていたのは私の独りよがりだったみたい。 学園では『愛し合う恋人の仲を引き裂くお飾りの婚約者』と陰で言われているのは分かってる。 いつまでも貴方を私に縛り付けていては可哀想だわ、だから私から貴方を解放します。 貴方のその想いが実りますように…… もう私には願う事しかできないから。 ※ざまぁは薄味となっております。(当社比)もしかしたらざまぁですらないかもしれません。汗 お読みいただく際ご注意くださいませ。 ※完結保証。全10話+番外編1話です。 ※番外編2話追加しました。 ※こちらの作品は「小説家になろう」、「カクヨム」にも掲載しています。

妹から私の旦那様と結ばれたと手紙が来ましたが、人違いだったようです

今川幸乃
恋愛
ハワード公爵家の長女クララは半年ほど前にガイラー公爵家の長男アドルフと結婚した。 が、優しく穏やかな性格で領主としての才能もあるアドルフは女性から大人気でクララの妹レイチェルも彼と結ばれたクララをしきりにうらやんでいた。 アドルフが領地に次期当主としての勉強をしに帰ったとき、突然クララにレイチェルから「アドルフと結ばれた」と手紙が来る。 だが、レイチェルは知らなかった。 ガイラー公爵家には冷酷非道で女癖が悪く勘当された、アドルフと瓜二つの長男がいたことを。 ※短め。

最近彼氏の様子がおかしい!私を溺愛し大切にしてくれる幼馴染の彼氏が急に冷たくなった衝撃の理由。

window
恋愛
ソフィア・フランチェスカ男爵令嬢はロナウド・オスバッカス子爵令息に結婚を申し込まれた。 幼馴染で恋人の二人は学園を卒業したら夫婦になる永遠の愛を誓う。超名門校のフォージャー学園に入学し恋愛と楽しい学園生活を送っていたが、学年が上がると愛する彼女の様子がおかしい事に気がつきました。 一緒に下校している時ロナウドにはソフィアが不安そうな顔をしているように見えて、心配そうな視線を向けて話しかけた。 ソフィアは彼を心配させないように無理に笑顔を作って、何でもないと答えますが本当は学園の経営者である理事長の娘アイリーン・クロフォード公爵令嬢に精神的に追い詰められていた。

虐げられた令嬢は、耐える必要がなくなりました

天宮有
恋愛
伯爵令嬢の私アニカは、妹と違い婚約者がいなかった。 妹レモノは侯爵令息との婚約が決まり、私を見下すようになる。 その後……私はレモノの嘘によって、家族から虐げられていた。 家族の命令で外に出ることとなり、私は公爵令息のジェイドと偶然出会う。 ジェイドは私を心配して、守るから耐える必要はないと言ってくれる。 耐える必要がなくなった私は、家族に反撃します。

断罪される一年前に時間を戻せたので、もう愛しません

天宮有
恋愛
侯爵令嬢の私ルリサは、元婚約者のゼノラス王子に断罪されて処刑が決まる。 私はゼノラスの命令を聞いていただけなのに、捨てられてしまったようだ。 処刑される前日、私は今まで試せなかった時間を戻す魔法を使う。 魔法は成功して一年前に戻ったから、私はゼノラスを許しません。

【完結】私の大好きな人は、親友と結婚しました

紅位碧子 kurenaiaoko
恋愛
伯爵令嬢マリアンヌには物心ついた時からずっと大好きな人がいる。 その名は、伯爵令息のロベルト・バミール。 学園卒業を控え、成績優秀で隣国への留学を許可されたマリアンヌは、その報告のために ロベルトの元をこっそり訪れると・・・。 そこでは、同じく幼馴染で、親友のオリビアとベットで抱き合う二人がいた。 傷ついたマリアンヌは、何も告げぬまま隣国へ留学するがーーー。 2年後、ロベルトが突然隣国を訪れてきて?? 1話完結です 【作者よりみなさまへ】 *誤字脱字多数あるかと思います。 *初心者につき表現稚拙ですので温かく見守ってくださいませ *ゆるふわ設定です

処理中です...