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「それは……」

 私の手にある小瓶を見て、いったい何を思ったのだろう。
 私の方へ近付いてくるヴィルトス様の顔は、今まで見た中で1番険しく、歪んでいた。

「それほどまでにイヤなのか!?」

 声さえもいつものような冷たさではなく、ハッキリと怒気を含んでいる。それが、私に対する怒りだという事だけが、分かっていた。

 最後の最後まで。いったい何が、彼をそこまで怒らせたのか。

 近付いてくるヴィルトス様に唖然としていれば、傍に立ったヴィルトス様の大きな手が、私の手首をギュッと握った。

「いたっ」

 力任せに握られた手首の痛みに、手の平から力が抜けていく。
 ヴィルトス様は、もともとそれが目的だったのだろう。握り締めていた小瓶を、私の手の中から荒々しく奪い取った。

「死んでまで逃れたいと思うほど、俺と共にいるのが苦痛なのか!?」

 言われた言葉の意味が分からなかった。
 だけど、それを私が確認する前に、ヴィルトス様の動きの方が早かった。

「それほど共にいる事が苦痛だと言うのなら、俺の方が消えてやろう」

「待って!!!」

 何をしようとしているのか気が付いて、止めるために手を伸ばす。だけど、2人の身長の差に加えて、反対の手で身体を抑え込まれればダメだった。

 ヴィルトス様が瓶を傾け、その中身を飲み込んでいく。
 
 目の前の光景が、まるでスローモーションのように流れていた。それなのに、止められない。私の声は聞いて貰えず、はね除けられ、抑え込まれた手は届かない。

「いやぁぁぁぁ!!! 止めて下さい! 吐き出してぇぇ!!」

「リリナシス様、ヴィルトス殿下、いかがされましたか!? 入室しても、よろしいでしょうか!?」

 私の悲鳴が聞こえたのか。扉の前に立つ衛兵が、扉を激しく何度も叩いた。
 
 早く入って、ここに来て。
 お願いだから、彼を止めて。

 そんな私の考えなんかお見通しだったのか、私が声を出す前に、ヴィルトス様が瓶を投げ捨て、手の平で私の口を塞いでしまった。
 
「問題ない、入るな!!」

「し、しかし!!」

「私が問題ないと言っている!」

 いつものヴィルトス様は、そんな横柄な言い方はしなかった。
 扉の外から戸惑ったような、気配がする。
 それでも、王太子の言葉に逆らう訳にはいかないのだろう。

「そ、それでは、何かあれば、お声がけ下さい……」

 上擦ったような声で告げた後、扉の外は静かになった。

 それからわずかな時間が過ぎた後。
 大人しくなった私を、ようやくヴィルトス様は、腕の中から解放した。

 全く予想もしていなかった状況に、頭が上手く動かなかった。
 ただ、こんな状況は、少しも望んでいなかった。

「くすり……おねがい、です……くすりを、吐き出して、ください……」

 本当は、遅すぎる事は分かっている。
 わずかな振動でも溢れた魔力が煌めくぐらい、魔力を帯びた、強力な魔法薬なのだ。
 もう効果だって出ているだろう。

 顔を見るのが怖かった。

 もし仮に、愛おしそうな目が私の方に向いていても。薬で捻じ曲げられた、偽りの想いでしかないのだ。しかも、ヴィルトス様の心を踏み躙った証だった。

 だけど現実は、さらに手酷いものだった。
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