愛されていたのだと知りました。それは、あなたの愛をなくした時の事でした。

桗梛葉 (たなは)

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 薬の存在を、私が知ったのは偶然だった。

 一族の者だけが入れる書庫の中。
 何の気なし触れた本に、目を惹く所はどこにもなかった。

 本が詰まった棚の中で、たまたま指先に触れた本。

 背表紙さえも読みもせずに、それを引き抜いただけだった。そして、特に目的もなく。何となくページを捲っていた。

 そんな中で見つけた、不自然に貼り付いた複数のページ。
 それは、紙の縁が、明らかに糊付けられていた。

 ページの中を見せたくない。

 そんな意志がハッキリと伝わるようなページだった。それなのに、ページ自体を塗りつぶすわけでも、破くのでもなく。こうまでして、ひっそりと残している内容なのだ。

「それだけ重要って事かしら?」

 始めはそんな興味だった。
 だから、好奇心のままページの端を、カリカリと爪先で引っ掻いた時も。

 中が見れたら面白いのに。

 その程度の気持ちでしか、なかったのだ。

 貼り付けていた糊が、長い年月できっと劣化していたのだろう。誰かによって作られた秘密は、捲る爪先に合わせて、ペリペリッと呆気なく明るみに出た。

 そして中を読んだ時に、私はこのページが閉じられていた意味が、痛いぐらいに分かったのだ。

 ─── 飲んだ者が持つ、最も強い感情を反転させる。

 人を害する魔法を良しとしない。白い魔術師である一族に、なぜこんな薬が存在するのか。人の心を操るのは、いつの時代でも最大の禁忌なはずだった。

「……もしかしたら、この薬を作った誰かも、私と同じだったのかしら……」

 でも、その薬に縋りたくなる気持ちは、痛いぐらいに分かりすぎて。私はそのページを、何度も指でなぞっていた。



 それからは、気が付けば、本は私の手元にずっとあった。

 デビュタントの日は、一日一日迫ってくる。だからといって10年以上、拗れ続けた2人の仲が、劇的に変わるはずもない。むしろ、舞踏会へ向けて一緒に過ごす時間が増えるほど、ヴィルトス様とぶつかる事は増えていった。

 その度に、本を開いて、私はこっそりページを眺めていた。
 それこそ、本を手に入れて1週間経つ頃には、そのページを諳んじる事さえ出来るぐらい。何度も見つめたその薬は、私の心の支えになっていた。

 手を出すことは最大の禁忌。
 この国の王太子であるヴィルトス様の婚約者として、私が犯して良い罪ではない。
 分かっている。
 
 それでも。

「これさえあれば、大丈夫……」

 ヴィルトス様の冷たい目に晒されて、互いに刃となる言葉を交わした後。
 枕を涙で濡らしながら、夜中に夢から目覚める度。
 
 ただの心の支えとして、繰り返してしまった言葉だったはずなのに。私の弱さに入り込む、呪詛となるのは早かった。
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