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② 過去(リリナシス視点)
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私のデビュタントを、あと3ヶ月後に控えていた。
3回目のミスと、直前に見た光景に、苛立っていたせいだとは分かっていた。
「どうして、これぐらいのステップさえ覚えていないのですか?」
思わず口を吐いたのは、我ながら可愛くない言葉だった。
「リリナシス様」
そんな私を止めたかったのか。ダンスの教師であるティセラ嬢が、私の名前を慌てて呼んだ。
「先ほどの私との練習では、ヴィルトス殿下も完璧なステップでございました。きっと今は、お疲れなだけだと思います」
物腰が柔らかい彼女らしく、言葉も、ヴィルトス様へ向けた表情も、優しく労りに満ちている。
そんな事は知っていた。
むしろ、その光景を陰から見ていたからこそ、私とは上手くいかないヴィルトス様に、悔しくて悲しくなったのだ。
ティセラ様となら上手くいくのに。
いえ、そうじゃない。
本当なら、器用な彼は誰とでも、上手く踊りこなせてしまうのだ。ヴィルトス様がイヤイヤ踊る、嫌いな私と以外なら。
「大丈夫だティセラ嬢。どうせリリナは、私が上手くできたところで、文句しか言わないさ」
だから気にするな。とティセラ嬢へ向けた微笑みに反して、チラッと私へ向けた視線は冷たい。
ズキズキと痛む胸はいつもの事。
私はその痛みと視線から逃れるために、顔を背けて溜息を吐いた。
「あと3ヶ月しかございません。少しでも休まれて下さい」
剣術の鍛錬も、最近は厳しさを増していると聞いている。その上、次期国王として父王より、任される執務も増えていると知っていた。
身体の疲れが募る中で、精神的までとなれば辛いだろう。
苦痛の原因である、私自身が言える事でもない。
分かっていながらも、幼い頃より密かに、思い続ける人なのだ。ヴィルトス様がせめて身体だけでも、癒す時間があれば良い。
だって、どんなにヴィルトス様が辛くても、私を排除する事も、私と踊る事も避けられない。
17歳のデビュタントで、ヴィルトス様の正式な婚約者として、社交界へデビューする。それは私達が婚約した、5歳の頃からずっと決まっていた事なのだから。
「お前はいつだって、イヤミしか言えないのだな」
この雰囲気なら、もう練習にはならないだろう。そう思って、部屋を出ていこうとした私の背に、ヴィルトス様の苛立った声が聞こえてくる。
そんなつもりではなかったのに。
私の言い方が悪いのか、それともタイミングが悪いのか。はたまた、私の声自体、いや存在自体が悪いのか。
想いはいつだって、捻じ曲がってしか伝わらない。
「少しは可愛げがあれば良いのに」
私は唇をそっと噛んだ。
「……肝に銘じておきます」
言葉が震えないように、必死に感情を押し殺す。
振り向きもせず告げた私の後で、ヴィルトス様がどのような表情をしているのかは分からなかった。
こんな関係になってしまったのは、いつからだろう。
年の近い私達は、幼い頃から一緒に城内で育っていた。
一緒に駆け回って、悪戯をして、叱られる事もあったはずなのに。気が付けば、こんな関係になっていた。
好きだと想いながらも、その相手から向けられる悪意に傷付いて、優しさを返せなかったせいで、ますます事態が拗れていったのは分かっている。
城内で頻繁にいがみ合う私達に、王や王妃。そして私の両親。周りの者達から。
『少しは仲良くできないのか?』
と何度も溜息を吐かれていたし。
『いくら嫌いだからといって、そんな態度だから、相手もますますあなたを嫌うのです』
耳にタコができそうなくらい、2人ともそう言われ続けて育ったのだ。その小言を聞きながら、ヴィルトス様が何を思っていたのかは分からない。
幼い頃の私はただ、ヴィルトス様はやはり私を嫌いなのだ、と傷付き、それを隠すのに必死だった。
あの頃も今も、傷付いて。気付かれないように、必死に隠して。一人前の大人として、デビューを控えた歳なのに、なに1つ変わらない自分が情けない。
これ以上、何か言われてしまう前に、私は足早に部屋を立ち去った。
3回目のミスと、直前に見た光景に、苛立っていたせいだとは分かっていた。
「どうして、これぐらいのステップさえ覚えていないのですか?」
思わず口を吐いたのは、我ながら可愛くない言葉だった。
「リリナシス様」
そんな私を止めたかったのか。ダンスの教師であるティセラ嬢が、私の名前を慌てて呼んだ。
「先ほどの私との練習では、ヴィルトス殿下も完璧なステップでございました。きっと今は、お疲れなだけだと思います」
物腰が柔らかい彼女らしく、言葉も、ヴィルトス様へ向けた表情も、優しく労りに満ちている。
そんな事は知っていた。
むしろ、その光景を陰から見ていたからこそ、私とは上手くいかないヴィルトス様に、悔しくて悲しくなったのだ。
ティセラ様となら上手くいくのに。
いえ、そうじゃない。
本当なら、器用な彼は誰とでも、上手く踊りこなせてしまうのだ。ヴィルトス様がイヤイヤ踊る、嫌いな私と以外なら。
「大丈夫だティセラ嬢。どうせリリナは、私が上手くできたところで、文句しか言わないさ」
だから気にするな。とティセラ嬢へ向けた微笑みに反して、チラッと私へ向けた視線は冷たい。
ズキズキと痛む胸はいつもの事。
私はその痛みと視線から逃れるために、顔を背けて溜息を吐いた。
「あと3ヶ月しかございません。少しでも休まれて下さい」
剣術の鍛錬も、最近は厳しさを増していると聞いている。その上、次期国王として父王より、任される執務も増えていると知っていた。
身体の疲れが募る中で、精神的までとなれば辛いだろう。
苦痛の原因である、私自身が言える事でもない。
分かっていながらも、幼い頃より密かに、思い続ける人なのだ。ヴィルトス様がせめて身体だけでも、癒す時間があれば良い。
だって、どんなにヴィルトス様が辛くても、私を排除する事も、私と踊る事も避けられない。
17歳のデビュタントで、ヴィルトス様の正式な婚約者として、社交界へデビューする。それは私達が婚約した、5歳の頃からずっと決まっていた事なのだから。
「お前はいつだって、イヤミしか言えないのだな」
この雰囲気なら、もう練習にはならないだろう。そう思って、部屋を出ていこうとした私の背に、ヴィルトス様の苛立った声が聞こえてくる。
そんなつもりではなかったのに。
私の言い方が悪いのか、それともタイミングが悪いのか。はたまた、私の声自体、いや存在自体が悪いのか。
想いはいつだって、捻じ曲がってしか伝わらない。
「少しは可愛げがあれば良いのに」
私は唇をそっと噛んだ。
「……肝に銘じておきます」
言葉が震えないように、必死に感情を押し殺す。
振り向きもせず告げた私の後で、ヴィルトス様がどのような表情をしているのかは分からなかった。
こんな関係になってしまったのは、いつからだろう。
年の近い私達は、幼い頃から一緒に城内で育っていた。
一緒に駆け回って、悪戯をして、叱られる事もあったはずなのに。気が付けば、こんな関係になっていた。
好きだと想いながらも、その相手から向けられる悪意に傷付いて、優しさを返せなかったせいで、ますます事態が拗れていったのは分かっている。
城内で頻繁にいがみ合う私達に、王や王妃。そして私の両親。周りの者達から。
『少しは仲良くできないのか?』
と何度も溜息を吐かれていたし。
『いくら嫌いだからといって、そんな態度だから、相手もますますあなたを嫌うのです』
耳にタコができそうなくらい、2人ともそう言われ続けて育ったのだ。その小言を聞きながら、ヴィルトス様が何を思っていたのかは分からない。
幼い頃の私はただ、ヴィルトス様はやはり私を嫌いなのだ、と傷付き、それを隠すのに必死だった。
あの頃も今も、傷付いて。気付かれないように、必死に隠して。一人前の大人として、デビューを控えた歳なのに、なに1つ変わらない自分が情けない。
これ以上、何か言われてしまう前に、私は足早に部屋を立ち去った。
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