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① 現在 (リリナシス視点)

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「今日からここに住んで下さい」

 ほとんど人が訪れない、森深く。
 佇む小さな家の前に、私は馬車から降ろされた。

「何と申し上げれば良いか……」

 言葉を切った騎士エフガァは、小さい頃から我が子のように私と、婚約者だったヴィルトス様を可愛がってくれた、王宮騎士の隊長だった。

「気にしないで。全て私が招いた事だもの」

「だからと言って、リリナシス様をこんな所へ追いやるなど……」

 そう言って言葉を切った彼から、これまでの深い愛情が伝わってくる。そんな彼を、ここまで護衛に付けてくれた王様や王妃、私の両親の愛情も、痛いぐらいに伝わっていた。

「禁忌薬を作ってしまったのは、私だもの」

 飲んだ者が持つ、最も強い感情を反転させる効果の薬。
 人の心に作用するそれは、まごう事なき禁断の薬だった。
 
 その薬を作る事は、この国を王族と一緒に支える私達。白い魔術師の一族では重罪だった。
 
 そんな罪を犯しておきながら、生き長らえて、住む所を与えてもらえたのだ。ヴィルトス様との婚約を解消されて、王城追放になったとしても、文句を言えるはずがない。

「むしろ。ここまでしてもらえて、感謝しているぐらいだわ」

 だから、そんな泣きそうな顔をしなくても良い。
 私は安心させるように笑いかけて、そっと剣で固くなったエフガァの手を握り込んだ。

「どうして、どうして、あんな薬を……」

 ますますクシャッと顔を歪めたエフガァに、私は申し訳ないと思いながらも、黙って首を横に振った。

 なぜ、こんな薬を作ったのか。
 なぜ、こんな事になったのか。

 私をよく知り、寄り添ってくれた人達は、みんな口々にそう言った。

 でも、それを知るのは、王と王妃。私の両親に一部の重臣。
 そして、当事者であるヴィルトス様だけ。
 
 真相が広まれば、私はますます惨めになる。
 そして、巻き込まれたヴィルトス様も不快な思いをするだろう。

 限られた人達の中で、留められたのは、彼等の優しさだったと思っている。だからこそ、彼等が敷いてくれた箝口令に私は甘んじていたかった。

 握った手が、痛いぐらいに握り替えされる。わずかに肩が揺れている。

『騎士たる者、つねに強くなくてはいけません』

 豪胆に笑う彼の涙なんて、今まで1度も見た事がなければ、彼自身も見られたいとは、思わないだろう。

「エフガァ……今まで、ありがとう……」

 厳しく、優しく、私とヴィルトス様を護り、時に叱って、導いてくれた人だった。きっともう2度と会えなくなる。私はこれまでの感謝とこれからの幸せを想って、エフガァに祝福の祈りを捧げた。

「リリナシス様も、お元気で……」

 その言葉を最後に、エフガァは踵を返して騎乗した。
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