妹の身代わり人生です。愛してくれた辺境伯の腕の中さえ妹のものになるようです。

桗梛葉 (たなは)

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第31 私が生きる世界 1

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私あてだと渡された手紙の差出人を確認して、心臓がバクバクと痛いぐらいに鳴っていた。

名前も見慣れた筆跡も、実家の父のものだった。手紙を開封する手が緊張で少し汗ばんで震えている。私になんの用だろう。

まだ1年が終わるには7ヶ月近くは残っているはずだ。あの父が私を心配するはずがないのだから、私には父が連絡を寄こす理由が全く分からなかった。

開封した中に入っていたのは1枚の便せんだけだった。
そこには簡単に「数日内に戻ってこい」ただそれだけが書かれていた。そちらはどうだ、とか。元気にしているか、とか。私を気遣う言葉なんて一言も書かれてはいない。やっぱりそんなものかと、思わず笑ってしまったぐらいだった。

「どうした? 何かおもしろいことでもあったのか?」

笑った顔をリオネル様に見られてしまったらしい。少し恥ずかしかった。

「いいえ。ただ、父からの手紙があまりに思った通りだったので、我ながら冴えてるな、と思って思わず笑ってしまいました」

そう言ってクスクス笑ってごまかしてみる。

「そうか」

リオネル様が口元で小さく笑って私の頭をポンポンと撫でていく。それはマエリス様のお話を聞きそびれてしまったあの日から時々見られるリオネル様の悪癖の1つだった。

いくら髪だとはいっても、女性に気安く触れるものではないはずなのだ。でもその感触が嬉しくて、こんな時には特に泣きたくて。私はその手をダメだと言うことができないままだった。

「それでブランシャール卿は何だって?」

「あの、心配なので久しぶりに顔を見たい、と実家に呼ばれました」

「心配か、そうだな。この数ヶ月一度も顔を見せていないからな。それなら明日にでも馬車を出そう」

「そんな。カナトス家の馬車をお出し頂くなんて悪いです。乗り合いの馬車を使いますから大丈夫ですわ」

我が家だって専用の馬車は持っているけど、お父様が私へ迎えの馬車なんて寄こすはずがない。だからといってこれ以上カナトス家にご迷惑は掛けられない。

毎日奉公人にはもったいないぐらいの待遇なのだ。いくらなんでも、こんなことまで甘えるわけにはいかなかった。

「大丈夫だ。母がちょうどあちら方面に用もあるらしいからな。それに戻りがいつなのか分からなければ心配なんだ」

「心配ですか?」

はじめてそんな言葉をかけてもらった。目の奥が熱くなって、鼻の奥が痛かった。私は慌てて下を向いて、何度も目を瞬かせて浮かんできてしまいそうな涙をどうにか飲み込んだ。

私には、私を想ってくれる友人はいない。同じように働く使用人達の仲間にだってなれてはいない。家族だって私のことを想いはしない。

リオネル様が本当に心配しているのはエレンなのだと知ってはいる。だけどいま言葉を向けられたのはエレンではなくて、私エレナのはずなのだ。いまだけは私を想ってくれたのだと、そう考えていたかった。

「ありがとうございます。そう仰って頂いて嬉しいです」

ニコッと微笑んでリオネル様へお礼を言えば、リオネル様がまた私の頭をポンポンと撫でた。

「それでは馬車の手配をしてこよう」

「かしこまりました。お手間をおかけしますが、よろしくお願い致します」

「気にしないで良い。レナはここで待っていてくれ」

そう言ったリオネル様が扉の向こうへ消えていった。パタンと閉まった扉を見つめていれば、その輪郭がぼんやりと少しずつ揺れていた。

「本当に、ありがとう、ございます……」

心配をしてくれた人がいたことを私は一生忘れない。いまこの瞬間だけはエレナとしての自分に戻って、もう1度扉に向かって頭を下げた。
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