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第30 あの日に出会った貴女がいない 6
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彼女がブランシャール男爵家に隠されていることが分かった後は、男爵家の内部だけを集中的に調べるようにした。そのおかげで少しは彼女の情報が手に入るようになっていた。
まぁ、正確には。エレナ=ブランシャールについてではなく、エレン嬢に似た使用人。おそらくブランシャール卿の落とし胤といった人物についての情報だった。
家人が過ごすプライベートなエリアで使用人として働いているらしい彼女が、外部と接触を取ることは難しいらしい。
『どうするんだ。中へ誰かを潜り込ませるか?』
『いざとなればな……だが、これはカナトス家というよりは俺個人の問題だ。潜入する者の危険を考えればできる限りそれは避けたい』
少しずつ彼女に対する情報を集めながら、ずっと彼女とコンタクトを取る機会を俺は狙っていた。
事故が起きたのはそんな事態がなかなか進展せずに、焦れているような最中だったのだ。
『あれはブランシャール家の……』
見慣れた馬車を思わぬタイミングで見かけて、俺は愛馬イルクスの手綱を引いた。こんな風に遭遇することは珍しい。ブランシャール男爵家の家紋が入った馬車だった。
こんな所で見かけたのも、何か意味があるのかもしれない。そんな神頼みに近いようなことを思いながら、俺は少し離れた木立の中にイルクスの手綱を繋いでその周辺を調べ出した。
どこかのギルドの倉庫なのだろう。ブランシャール卿の仕事を思えば、特に怪しいわけではない。
商会の仕入れ関係の用事だと思えば、ここを調べたとしても有効な情報が得られることはないだろう。それでも直接的にエレナにつながることでなくても、何か使えるような情報が少しでもないか気になるのだ。
それでも結局は有効なことは何も手に入らないままだった。分かっていたとはいっても、あせりと苛立ちに気が滅入りそうになる。
『とりあえず戻るか……』
疲れた、といっこうに進まない状況に俺は思わず呟いた。
『キャアァァ!!!』
そんな俺の言葉と重なるように、甲高い女性の悲鳴が聞こえてくる。
悲鳴の方を慌てて見れば、隠すように木立へ繋いでいた俺の愛馬イルクスのそばにいつの間にか女性が立っていた。
馬は繊細な生き物なのだ。突然の甲高い悲鳴なんてもってのほかだった。
そんなことは子どもだって知っている。しかも他人の馬には勝手に近付かないことも常識なはずだった。
それでケガをするのなら、本当なら不用意に近付いた側の問題だろう。だけど見えたその姿が誰か認識した瞬間、俺は思わず全力で走り出していた。
怯えたイルクスがいななき、後ろ脚で立ち上がる。いまにもその前脚を振り下ろそうとしていた女性はブランシャール男爵令嬢、その人だったのだ。
彼女がどちらなのかは分からなかった。これまでの状況を考えても、そして行為の愚かさを思ってもエレナの方とは思えなかった。
だけど万が一にでも彼女がエレナだったとしたら。
俺は一生後悔を抱えていくだろう。
とっさにイルクスの脚から庇いながら、どちらかわからないブランシャール男爵令嬢を俺は胸に抱え込んだのだ。
まぁ、正確には。エレナ=ブランシャールについてではなく、エレン嬢に似た使用人。おそらくブランシャール卿の落とし胤といった人物についての情報だった。
家人が過ごすプライベートなエリアで使用人として働いているらしい彼女が、外部と接触を取ることは難しいらしい。
『どうするんだ。中へ誰かを潜り込ませるか?』
『いざとなればな……だが、これはカナトス家というよりは俺個人の問題だ。潜入する者の危険を考えればできる限りそれは避けたい』
少しずつ彼女に対する情報を集めながら、ずっと彼女とコンタクトを取る機会を俺は狙っていた。
事故が起きたのはそんな事態がなかなか進展せずに、焦れているような最中だったのだ。
『あれはブランシャール家の……』
見慣れた馬車を思わぬタイミングで見かけて、俺は愛馬イルクスの手綱を引いた。こんな風に遭遇することは珍しい。ブランシャール男爵家の家紋が入った馬車だった。
こんな所で見かけたのも、何か意味があるのかもしれない。そんな神頼みに近いようなことを思いながら、俺は少し離れた木立の中にイルクスの手綱を繋いでその周辺を調べ出した。
どこかのギルドの倉庫なのだろう。ブランシャール卿の仕事を思えば、特に怪しいわけではない。
商会の仕入れ関係の用事だと思えば、ここを調べたとしても有効な情報が得られることはないだろう。それでも直接的にエレナにつながることでなくても、何か使えるような情報が少しでもないか気になるのだ。
それでも結局は有効なことは何も手に入らないままだった。分かっていたとはいっても、あせりと苛立ちに気が滅入りそうになる。
『とりあえず戻るか……』
疲れた、といっこうに進まない状況に俺は思わず呟いた。
『キャアァァ!!!』
そんな俺の言葉と重なるように、甲高い女性の悲鳴が聞こえてくる。
悲鳴の方を慌てて見れば、隠すように木立へ繋いでいた俺の愛馬イルクスのそばにいつの間にか女性が立っていた。
馬は繊細な生き物なのだ。突然の甲高い悲鳴なんてもってのほかだった。
そんなことは子どもだって知っている。しかも他人の馬には勝手に近付かないことも常識なはずだった。
それでケガをするのなら、本当なら不用意に近付いた側の問題だろう。だけど見えたその姿が誰か認識した瞬間、俺は思わず全力で走り出していた。
怯えたイルクスがいななき、後ろ脚で立ち上がる。いまにもその前脚を振り下ろそうとしていた女性はブランシャール男爵令嬢、その人だったのだ。
彼女がどちらなのかは分からなかった。これまでの状況を考えても、そして行為の愚かさを思ってもエレナの方とは思えなかった。
だけど万が一にでも彼女がエレナだったとしたら。
俺は一生後悔を抱えていくだろう。
とっさにイルクスの脚から庇いながら、どちらかわからないブランシャール男爵令嬢を俺は胸に抱え込んだのだ。
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