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【-現在⑥- 自分は自分だが、自分っていうのは一体どこからが自分なんだろうか】
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最悪の気分だった。全てが悪く回っているようにしか見えなかった。イビーへのプロポーズは失敗し、真珠の気持ちを裏切り、そのせいで部活がおかしくなりそうで……。俺は、一体何をやっているんだ。自分の気持ちは絶対に大切だと思う。そこだけを本当に大事にして今までやってきたつもりだ。イビーに対しても、芝居に対しても、西菜さんに対しても、気持ちに嘘偽りは一切ないと考えていた。だけどどうだ? イビーに対しても、芝居……いや、真珠に対してもまだまだ、もっともっと考えるべき余地があったじゃないか。なんで俺はこんなにダメなんだ。
目覚ましでいつも通り起きれたものの、自己否定と自己嫌悪の気持ちが冷める事なく沸き立ってきた。高校生になって初めて、本気で学校を休みたいと思った。学校に行ってもまた色々と考えて、状況が見えなくなるだけだと思った。だけどあぁ……。わかってる。わかってるよ自分。このまま学校をサボることは逃げだよな。そして、それは戦略的に、自分を落ち着かせる為に逃げる、価値のある逃げじゃないよな。わかってるよ自分……。わかってる。今から起き上がるよ。分かってる。台本だってなんだって、西菜さんとの事だって、そういうところを乗り越えて来たんだ。……今だって、今だって現状は最悪だけど、ここが底でこれから色々と良くなっていくんだ。きっと今のこの気持ちはこれから良くなるための必要な過程だ。
そう。これは過程だ。
これから良くなっていくはずだ! だってそうだろう。イビーと芝居、真珠への認識が全然だめで甘かったって気付けたんだ。だったらそれを直していけば良いだけだ。だからきっと良くなる。良くなるはずだ。と、無理矢理に思考を変換していたところに「兄やんどうしたの~」と恵乃が部屋に入ってきた。「おう。今行く!」
大丈夫。今までだって色々乗り切ってきた。プロポーズを断られても何とか生きてるし、死にはしない。芝居や真珠に対して不義理を働いたかもしれないけど、死にはしない。大丈夫。死にはしない。だから元気に、少しでも元気に。空元気でもいいから、少し元気に……。いや違う。別に空元気を出す必要なんてない。本当に元気になっちまおう。あれだ、開き直ろう。良い意味で開き直ろう。これ以上悪くならない自分ラッキーって思おう。おぉ、これはいい。これは良いぞ。そう思うと何だか今起こっている事がとても小さい事のように感じて来た。よし、これを機に先に進もう。
「兄やんは毎日毎日たいへんですな~」
「いや、恵乃違うんだ」
「なにが?」と、恵乃は真剣に返した俺に驚いている様だった。
「俺は今まで色々あった。そう、恵乃が言う通り毎日毎日色んな事が起こって大変だった。だけどそれももう大丈夫だ。全部上手くいくための過程なんだ。だから大丈夫だ」
「ちょっ、ちょっと待って兄やん意味がわからない。ちょっと落ちついて」
「大丈夫。俺は落ち着いてる」
「いや落ち着いてないって」
と、ポケットに入れていた携帯に連続して振動が入った。画面を見ると真珠からラインがトントントンと送られてきていた。
『アンタ今日は部活休んだ方がいいんじゃない?』
『佳花にも話してイビーに部活来るように話つけて貰いたいし』
『台本が完成しないと先に進めないから、台本が完成するまでアンタは部活に来ないっていう風にしようかと思うんだけど』
メッセージを確認して、良しッ。と俺は思った。
「見ろ恵乃、やっぱりポジティブでいると良いことが起こるんだよ」と言い、俺は真珠からのメッセージを恵乃に見せた。
「これのどこが良いことなの?」
「あのな恵乃、俺は今朝起きた時、本当に学校に行きたくなかったんだよ。高校に入ってから初めて本気でそう思った」
「うっ、うん」
「で、それが何でかって言うと、結局イビーと微妙なままだし、話してないけど真珠に昨日怒られてマジで部活にどうやって行けば良いんだって思ってたんだ」
「そっそう」
「だけど学校に行かないって事は逃げだと思うからやめて、何とかして気持ちを切り替えて学校に行く事にした。ここが最低で、これからは上がって行くって」
「はいぃ」
「だから今なんかうまい具合に変わって来てると思う。これはきっと大丈夫な流れのやつだ。多分なんとかなる! なんか変わったぞ! 俺はなんか変わったぞ恵乃!」
「兄やんわかったからもうちょっとボリューム下げて、ここ電車だから」
「あぁすまん。とにかく返信するわ」
と、俺は携帯をいじった。
『わかった。それじゃあ部活は休むことにする。あと、津木さんに話すって事は俺からイビーの話を聞いてるってのを真珠から話すって事でいいんだよね?』
すぐに返信がきた。
『うん』
『わかった。それじゃあよろしく頼む。実はイビーにプロポーズしてからイビーとも津木さんとも教室では話してない。助かる。迷惑を掛けて本当に申し訳ない。』
『昨日真珠と話してから俺は自分の自分勝手さを本当に反省した。本当にごめん。』
既読はすぐについたが返信は来なかった。
「ってか兄やん真珠さんとなんかあったの?」
「あぁ、イビーが多分俺のせいでこの間部活来なくって。それで俺の様子がおかしいってんで真珠と話したんだけど、部活があるのに秩序を乱す様な事をするなって感じの事を言われた」
「あぁ……。ってかイビーさん演劇部だったね。すっかり忘れてた」
「俺も忘れてた」
「はぁ?」
「プロポーズした時にそんな事浮かびもしなかった。もうそのまま本心のまま」
「うーん。なんかもう色々と兄やんヤバイ」
「そうか?」
「そうでしょ。別に何も言わないけど」
「おう」
「けどまぁ確かに兄やんの言う通りここが最低だって思えばうまくいくかもね」
「だろ」
「がんばってね」
☆★☆★
教室に着くとすぐに俺はイビー、西菜さん、道山、津木エリ、成瀬あたりの存在を確認する。その中ではいつも西菜さんの次に俺が教室にいる感じだったが今日は一番最後だった。電車を一本乗り過ごしたのでいつもと違う感じだ。教室に着いて自分の席に着くと、「恋ヶ淵くんおはよう」と、津木エリが話し掛けてきた。今までそんな事がなかったので驚きながらも俺は「おはよう」と返した。
「今日は来るの遅いね」
「あぁ、ちょっと寝坊しちゃって、てか津木さんどうしたの?」
「え?」
「いつもわざわざ挨拶しにきたりしないから」
「ってか恋ヶ淵くんはず~っと津木さんのままだね」
「あぁもうそれで呼び慣れちゃってるからなんか変な感じがして」
「そっか~。……ねぇねぇ、ユーマくんって呼んでいい?」
なんだこれどうなってる。
「いや、別にいいけどなんで」
「ユーマくんって呼びたいって思ったから」
と、俺はイビーの事が気になって様子を見たがイビーは窓の方を見ていた。
「そっか」と、俺は津木エリの変化について行けずに声なき声で返した。そこでチャイムが鳴って「またね」と津木エリは自分の席に帰っていった。訳が分からないまま俺は席に座って津木エリとイビーの方を見た。見た感じイビーと津木エリは普通にしている。なんだこれ。何がどうなってる。
朝のホームルーム後も何故か津木エリは俺の席まで来て最近はよく映画を見るようになったとか、あの俳優のここがよかっただとかの話をしていた。俺の知っている津木エリと今の津木エリで別の人と中身が入れ替わったんじゃないか? ってくらいの変わりっぷりだった。これはちょっとヤバいんじゃないかと思った俺は、一時間目が終わった後にソッコーでトイレの個室にこもり真珠に『津木さんになんて話した?』とラインした。
きっと真珠が連絡して津木さんがおかしくなったんじゃないかと思ったからだ。俺は真珠の返信を待ったがそれは来なかったし既読もつかなかった。昨日の今日で真珠に直接会いずらいが、改めてちゃんと謝って、そこから津木さんの事についても話そうと決めた。
二時間目が終わり、二十分休憩のタイミングで俺は真珠のクラスにすぐに向かった。教室に着いて真珠を呼び出し、まず昨日の事について謝った。本当に反省している事を伝え、今回真珠が部長だからという事で色々と図らって動いてくれているのは分かっているけれど、それでも本当にありがとう。最高の台本を創るからもう少し待ってくれと伝え、津木さんの事について訊いた。
「いや、わたしは佳花にまだ連絡してないけど?」
「マジで?」
「そうだけど、なんかあったの」
「いや、なんか様子がおかしいと思うんだよね」
と、俺は津木エリについて話した。
「確かにちょっとおかしいわね」
「だろ? 本当に人が変わったみたいになっちゃってんだよね」
「イビーとはどうなの?」
「全然。俺はあれからイビーと話してない」
「あんたの事じゃなくて佳花とイビーよ」
「あぁ……。いや、別に見た感じいつもと変わってないと思う」
「そう……。じゃあいいわ。今から佳花と話してくる」
「今から!?」
「そうだけど?」
急な事もそうだけど……。
「津木エリだけを呼び出してイビーが変に勘繰ったりしないかな?」
「別にあんたの事を話してるってイビーは思わないと思うけど? まぁ気になるんだったら……。そうね……。あんたから佳花に私が昼休みに話そうって言ってる事を伝えて。彼女まじめだしエアラインモード解除してないかもしれないから」
俺から? と、一瞬思ったが、俺は真珠の考えに従った。
「分かった。一緒に昼を食べようって言ってるとかとかそんな感じでいい?」
「いいよ。そしたら部室に来てって伝えて。なんか用事があっても絶対に来てって言ってるって。あんたから話を聞いたって事は佳花に伝えてもいいわよね?」
「全然いいよ。真珠に迷惑を掛けているのは俺だし。ありがとう」
「わかった。とりあえずイビーが辞めないようにするのは私でしとくから、あんたは台本を書いといて」
「了解。それじゃ」
俺は自分のクラスに戻った。
クラスに戻るや否や、道山が待っていたかのように俺に話し掛けに来た。
「おいユーマ、なんか色々おかしくねーか」
「なにが?」
「津木さんと、あと」
「あと?」
「さっき西菜さんがイビーちゃんに話し掛けに行ってたぞ」
「はぁ!?」
と俺はデカい声を出してしまった。……ん。なんで道山が西菜さんの事を俺に話してくるんだ。俺は道山には話してないはず……。
「俺はユーマと本当に仲が良いと思うし、親友だと思ってるし、ユーマの気持ちとか考えってのは分かってるつもりなんよ。西菜さんと何かあったんだと思うんだけど、ユーマ俺に話さないから訊かないようにしてた」
「そうか……ありがとう。で、西菜さんとイビーは」と、イビーの方を見る。イビーはいない。が、西菜さんは机に座って本を読んでいた。
「その……道山。さっき西菜さんとイビーは何してた?」
「遠くから見てるだけだったから分からんけど、なんか話してた」
「どっちから話し掛けに行ってた?」
「西菜さん。俺もビックリしたんだけど周りもビックリしてたぜ。西菜さんがユーマ以外の人と話してしてるところなんて見たことねーから」
「で、二人はどんな感じだった?」
「一分も話してないと思うけどなぁ~。西菜さんがちょっと話してて、それでイビーちゃんもなんか返してたとは思うけど」
そこでチャイムが鳴った。何かがおかしい。色々と何かがおかしくなっていた。
三時間目の古典の授業は全く耳に入って来なかった。考える事が沢山ありすぎた。西菜さんがイビーに話し掛けに行く事も理解できなかった。なんでイビーに話し掛けに行く必要があるんだ? そして津木エリ。津木エリも変わり過ぎだ。そもそも、だ。そもそも一昨日から様子は変だった。そこから変なんだからまずその話を聞こう。一昨日はどうしたんだって。それで、津木エリが俺のプロポーズを知っているって事はイビーが話したって事。イビーはなんて言っていたんだろう。そして、イビーが今日部活に来るのかどうか。部活に対してどう思っているかどうか。
三時間目が終わり、津木エリが話し掛けに来るだろうと思っていた俺だったが、予想に反して話し掛けに来なかった。一、二分待っても来ないので、津木エリの方を見る。津木エリはイビーと話していた。マジか。
四時間目の授業が終わったら昼休みだ。真珠との約束を果たすためには今、津木エリに話し掛けに行かなければいけない。しかしそこにはイビーもいる。マジかよ。あの後話してないし、この状態で津木エリを呼び出さないといけないのか。マジか……。だけど、真珠は昨日の今日なのに、部活の為っていうのは勿論分かっているけれど、俺がしでかした事を収めてくれようとしているんだ。だったら俺は、俺のイビーに対する気持ちとかじゃなく津木エリに話さないと。
「あの、津木さん」
と、俺は二人の前に立ち呼びかけた。当然イビーも俺に気付き、俺の事を見る。あぁ、久し振りだ。久し振りにイビーと目が合った。嬉しい気持ちももちろんあるし、やっぱりイビーの事が本当に大好きなんだと自覚した。だけど、イビーは俺だという事を認識するとすぐに気まずそうな顔をして、視線を逸らした。
「どうしたのユーマくん?」
やっぱり聞きなれない。
「ちょっといいかな」と俺は言って、隣の空き教室の方を指さした。
「ん? わかった」
隣の空き教室に津木エリを呼出している事に違和感を覚えた。だけど、ここなら周りを気にして話す必要はない。
「ユーマくんどうしたの?」
「色々と聴きたい事があって」
「なに?」と津木エリは首を傾げた。
「イビーの事なんだけど……。イビーこの間部活休んだじゃん。それで昨日は休みだったけど、今日はどうなんだろうと思って。津木さんは知ってるみたいだから話すけど、その、俺のせいで部活に来ないんじゃないかと思って」
「あぁ! そういうこと。大丈夫だよ。確かにイビーはユーマくんの事を私に話してくれたけど、この間は本当に体調が悪かったみたい。今日からは部活に行くって言ってたよ」
「ほんとう!?」
「だから部活については心配しなくて良いと思う」
「そうか~! 良かった~! いや俺本当に反省しててさ、イビーが舞台に出るのを辞めるって言い始めたらどうしようかと思ってたんだよ! 良かった~」
「そう。で、話はそれだけ?」と、津木エリは笑顔で言った。
「あっ、うんまあ一番はそこなんだけど」
真珠が一番懸念していたであろうイビーの今後は大丈夫だったので、津木エリに真珠との話を伝える必要があるのかとも思ったが、一応は伝えておこうと思った。
「あとは、もう大丈夫だとは思うんだけど、真珠がイビーが来るかどうか心配してて。それで直接イビーに話すよりはまず津木さんに話した方が良さそうってんで、昼休みに一緒にご飯でもって話があって」
「え? 私?」
「それは……。真珠に俺の様子がおかしかったって事がバレてて、それでイビーと俺との話をして……。イビーに話すよりは津木さんにって感じになんだけど……。ってか火曜日なんだったの?」と、思わず口に出てしまった。
「なにが?」
「なにがって。今もそうだけど。なんか津木さんおかしくない?」
「別におかしくないと思うけど」
いやおかしい。
「そっか。とりあえず真珠は昼休みに部室に来てくれとは言ってた。もう大丈夫かもしれないから、一応真珠に連絡してみて貰っていいかな? 津木さんはエアラインモードにしてるかもしれないって事で俺から話す事になったんだ」
「あは。真珠ちゃんすごいね~そういうとこわかってんだ」と、津木エリは笑った。「ところでユーマくん」
「ん?」
「ユーマくんはイビーがなんて言ってたかとか気にならないの?」
気になるに決まっていたが、それを聞く事が怖かった。ポジティブな方向であったならあんなに気まずそうな顔はしないだろう。
「いや、それは今度イビー本人から聞くよ」
「今の状態で? あのねユーマくん、イビーはユーマくんの事『ない』って言ってたよ」
「そっか……。それじゃあ真珠への連絡よろしく」
そう言って。俺は教室から出て行った。
目覚ましでいつも通り起きれたものの、自己否定と自己嫌悪の気持ちが冷める事なく沸き立ってきた。高校生になって初めて、本気で学校を休みたいと思った。学校に行ってもまた色々と考えて、状況が見えなくなるだけだと思った。だけどあぁ……。わかってる。わかってるよ自分。このまま学校をサボることは逃げだよな。そして、それは戦略的に、自分を落ち着かせる為に逃げる、価値のある逃げじゃないよな。わかってるよ自分……。わかってる。今から起き上がるよ。分かってる。台本だってなんだって、西菜さんとの事だって、そういうところを乗り越えて来たんだ。……今だって、今だって現状は最悪だけど、ここが底でこれから色々と良くなっていくんだ。きっと今のこの気持ちはこれから良くなるための必要な過程だ。
そう。これは過程だ。
これから良くなっていくはずだ! だってそうだろう。イビーと芝居、真珠への認識が全然だめで甘かったって気付けたんだ。だったらそれを直していけば良いだけだ。だからきっと良くなる。良くなるはずだ。と、無理矢理に思考を変換していたところに「兄やんどうしたの~」と恵乃が部屋に入ってきた。「おう。今行く!」
大丈夫。今までだって色々乗り切ってきた。プロポーズを断られても何とか生きてるし、死にはしない。芝居や真珠に対して不義理を働いたかもしれないけど、死にはしない。大丈夫。死にはしない。だから元気に、少しでも元気に。空元気でもいいから、少し元気に……。いや違う。別に空元気を出す必要なんてない。本当に元気になっちまおう。あれだ、開き直ろう。良い意味で開き直ろう。これ以上悪くならない自分ラッキーって思おう。おぉ、これはいい。これは良いぞ。そう思うと何だか今起こっている事がとても小さい事のように感じて来た。よし、これを機に先に進もう。
「兄やんは毎日毎日たいへんですな~」
「いや、恵乃違うんだ」
「なにが?」と、恵乃は真剣に返した俺に驚いている様だった。
「俺は今まで色々あった。そう、恵乃が言う通り毎日毎日色んな事が起こって大変だった。だけどそれももう大丈夫だ。全部上手くいくための過程なんだ。だから大丈夫だ」
「ちょっ、ちょっと待って兄やん意味がわからない。ちょっと落ちついて」
「大丈夫。俺は落ち着いてる」
「いや落ち着いてないって」
と、ポケットに入れていた携帯に連続して振動が入った。画面を見ると真珠からラインがトントントンと送られてきていた。
『アンタ今日は部活休んだ方がいいんじゃない?』
『佳花にも話してイビーに部活来るように話つけて貰いたいし』
『台本が完成しないと先に進めないから、台本が完成するまでアンタは部活に来ないっていう風にしようかと思うんだけど』
メッセージを確認して、良しッ。と俺は思った。
「見ろ恵乃、やっぱりポジティブでいると良いことが起こるんだよ」と言い、俺は真珠からのメッセージを恵乃に見せた。
「これのどこが良いことなの?」
「あのな恵乃、俺は今朝起きた時、本当に学校に行きたくなかったんだよ。高校に入ってから初めて本気でそう思った」
「うっ、うん」
「で、それが何でかって言うと、結局イビーと微妙なままだし、話してないけど真珠に昨日怒られてマジで部活にどうやって行けば良いんだって思ってたんだ」
「そっそう」
「だけど学校に行かないって事は逃げだと思うからやめて、何とかして気持ちを切り替えて学校に行く事にした。ここが最低で、これからは上がって行くって」
「はいぃ」
「だから今なんかうまい具合に変わって来てると思う。これはきっと大丈夫な流れのやつだ。多分なんとかなる! なんか変わったぞ! 俺はなんか変わったぞ恵乃!」
「兄やんわかったからもうちょっとボリューム下げて、ここ電車だから」
「あぁすまん。とにかく返信するわ」
と、俺は携帯をいじった。
『わかった。それじゃあ部活は休むことにする。あと、津木さんに話すって事は俺からイビーの話を聞いてるってのを真珠から話すって事でいいんだよね?』
すぐに返信がきた。
『うん』
『わかった。それじゃあよろしく頼む。実はイビーにプロポーズしてからイビーとも津木さんとも教室では話してない。助かる。迷惑を掛けて本当に申し訳ない。』
『昨日真珠と話してから俺は自分の自分勝手さを本当に反省した。本当にごめん。』
既読はすぐについたが返信は来なかった。
「ってか兄やん真珠さんとなんかあったの?」
「あぁ、イビーが多分俺のせいでこの間部活来なくって。それで俺の様子がおかしいってんで真珠と話したんだけど、部活があるのに秩序を乱す様な事をするなって感じの事を言われた」
「あぁ……。ってかイビーさん演劇部だったね。すっかり忘れてた」
「俺も忘れてた」
「はぁ?」
「プロポーズした時にそんな事浮かびもしなかった。もうそのまま本心のまま」
「うーん。なんかもう色々と兄やんヤバイ」
「そうか?」
「そうでしょ。別に何も言わないけど」
「おう」
「けどまぁ確かに兄やんの言う通りここが最低だって思えばうまくいくかもね」
「だろ」
「がんばってね」
☆★☆★
教室に着くとすぐに俺はイビー、西菜さん、道山、津木エリ、成瀬あたりの存在を確認する。その中ではいつも西菜さんの次に俺が教室にいる感じだったが今日は一番最後だった。電車を一本乗り過ごしたのでいつもと違う感じだ。教室に着いて自分の席に着くと、「恋ヶ淵くんおはよう」と、津木エリが話し掛けてきた。今までそんな事がなかったので驚きながらも俺は「おはよう」と返した。
「今日は来るの遅いね」
「あぁ、ちょっと寝坊しちゃって、てか津木さんどうしたの?」
「え?」
「いつもわざわざ挨拶しにきたりしないから」
「ってか恋ヶ淵くんはず~っと津木さんのままだね」
「あぁもうそれで呼び慣れちゃってるからなんか変な感じがして」
「そっか~。……ねぇねぇ、ユーマくんって呼んでいい?」
なんだこれどうなってる。
「いや、別にいいけどなんで」
「ユーマくんって呼びたいって思ったから」
と、俺はイビーの事が気になって様子を見たがイビーは窓の方を見ていた。
「そっか」と、俺は津木エリの変化について行けずに声なき声で返した。そこでチャイムが鳴って「またね」と津木エリは自分の席に帰っていった。訳が分からないまま俺は席に座って津木エリとイビーの方を見た。見た感じイビーと津木エリは普通にしている。なんだこれ。何がどうなってる。
朝のホームルーム後も何故か津木エリは俺の席まで来て最近はよく映画を見るようになったとか、あの俳優のここがよかっただとかの話をしていた。俺の知っている津木エリと今の津木エリで別の人と中身が入れ替わったんじゃないか? ってくらいの変わりっぷりだった。これはちょっとヤバいんじゃないかと思った俺は、一時間目が終わった後にソッコーでトイレの個室にこもり真珠に『津木さんになんて話した?』とラインした。
きっと真珠が連絡して津木さんがおかしくなったんじゃないかと思ったからだ。俺は真珠の返信を待ったがそれは来なかったし既読もつかなかった。昨日の今日で真珠に直接会いずらいが、改めてちゃんと謝って、そこから津木さんの事についても話そうと決めた。
二時間目が終わり、二十分休憩のタイミングで俺は真珠のクラスにすぐに向かった。教室に着いて真珠を呼び出し、まず昨日の事について謝った。本当に反省している事を伝え、今回真珠が部長だからという事で色々と図らって動いてくれているのは分かっているけれど、それでも本当にありがとう。最高の台本を創るからもう少し待ってくれと伝え、津木さんの事について訊いた。
「いや、わたしは佳花にまだ連絡してないけど?」
「マジで?」
「そうだけど、なんかあったの」
「いや、なんか様子がおかしいと思うんだよね」
と、俺は津木エリについて話した。
「確かにちょっとおかしいわね」
「だろ? 本当に人が変わったみたいになっちゃってんだよね」
「イビーとはどうなの?」
「全然。俺はあれからイビーと話してない」
「あんたの事じゃなくて佳花とイビーよ」
「あぁ……。いや、別に見た感じいつもと変わってないと思う」
「そう……。じゃあいいわ。今から佳花と話してくる」
「今から!?」
「そうだけど?」
急な事もそうだけど……。
「津木エリだけを呼び出してイビーが変に勘繰ったりしないかな?」
「別にあんたの事を話してるってイビーは思わないと思うけど? まぁ気になるんだったら……。そうね……。あんたから佳花に私が昼休みに話そうって言ってる事を伝えて。彼女まじめだしエアラインモード解除してないかもしれないから」
俺から? と、一瞬思ったが、俺は真珠の考えに従った。
「分かった。一緒に昼を食べようって言ってるとかとかそんな感じでいい?」
「いいよ。そしたら部室に来てって伝えて。なんか用事があっても絶対に来てって言ってるって。あんたから話を聞いたって事は佳花に伝えてもいいわよね?」
「全然いいよ。真珠に迷惑を掛けているのは俺だし。ありがとう」
「わかった。とりあえずイビーが辞めないようにするのは私でしとくから、あんたは台本を書いといて」
「了解。それじゃ」
俺は自分のクラスに戻った。
クラスに戻るや否や、道山が待っていたかのように俺に話し掛けに来た。
「おいユーマ、なんか色々おかしくねーか」
「なにが?」
「津木さんと、あと」
「あと?」
「さっき西菜さんがイビーちゃんに話し掛けに行ってたぞ」
「はぁ!?」
と俺はデカい声を出してしまった。……ん。なんで道山が西菜さんの事を俺に話してくるんだ。俺は道山には話してないはず……。
「俺はユーマと本当に仲が良いと思うし、親友だと思ってるし、ユーマの気持ちとか考えってのは分かってるつもりなんよ。西菜さんと何かあったんだと思うんだけど、ユーマ俺に話さないから訊かないようにしてた」
「そうか……ありがとう。で、西菜さんとイビーは」と、イビーの方を見る。イビーはいない。が、西菜さんは机に座って本を読んでいた。
「その……道山。さっき西菜さんとイビーは何してた?」
「遠くから見てるだけだったから分からんけど、なんか話してた」
「どっちから話し掛けに行ってた?」
「西菜さん。俺もビックリしたんだけど周りもビックリしてたぜ。西菜さんがユーマ以外の人と話してしてるところなんて見たことねーから」
「で、二人はどんな感じだった?」
「一分も話してないと思うけどなぁ~。西菜さんがちょっと話してて、それでイビーちゃんもなんか返してたとは思うけど」
そこでチャイムが鳴った。何かがおかしい。色々と何かがおかしくなっていた。
三時間目の古典の授業は全く耳に入って来なかった。考える事が沢山ありすぎた。西菜さんがイビーに話し掛けに行く事も理解できなかった。なんでイビーに話し掛けに行く必要があるんだ? そして津木エリ。津木エリも変わり過ぎだ。そもそも、だ。そもそも一昨日から様子は変だった。そこから変なんだからまずその話を聞こう。一昨日はどうしたんだって。それで、津木エリが俺のプロポーズを知っているって事はイビーが話したって事。イビーはなんて言っていたんだろう。そして、イビーが今日部活に来るのかどうか。部活に対してどう思っているかどうか。
三時間目が終わり、津木エリが話し掛けに来るだろうと思っていた俺だったが、予想に反して話し掛けに来なかった。一、二分待っても来ないので、津木エリの方を見る。津木エリはイビーと話していた。マジか。
四時間目の授業が終わったら昼休みだ。真珠との約束を果たすためには今、津木エリに話し掛けに行かなければいけない。しかしそこにはイビーもいる。マジかよ。あの後話してないし、この状態で津木エリを呼び出さないといけないのか。マジか……。だけど、真珠は昨日の今日なのに、部活の為っていうのは勿論分かっているけれど、俺がしでかした事を収めてくれようとしているんだ。だったら俺は、俺のイビーに対する気持ちとかじゃなく津木エリに話さないと。
「あの、津木さん」
と、俺は二人の前に立ち呼びかけた。当然イビーも俺に気付き、俺の事を見る。あぁ、久し振りだ。久し振りにイビーと目が合った。嬉しい気持ちももちろんあるし、やっぱりイビーの事が本当に大好きなんだと自覚した。だけど、イビーは俺だという事を認識するとすぐに気まずそうな顔をして、視線を逸らした。
「どうしたのユーマくん?」
やっぱり聞きなれない。
「ちょっといいかな」と俺は言って、隣の空き教室の方を指さした。
「ん? わかった」
隣の空き教室に津木エリを呼出している事に違和感を覚えた。だけど、ここなら周りを気にして話す必要はない。
「ユーマくんどうしたの?」
「色々と聴きたい事があって」
「なに?」と津木エリは首を傾げた。
「イビーの事なんだけど……。イビーこの間部活休んだじゃん。それで昨日は休みだったけど、今日はどうなんだろうと思って。津木さんは知ってるみたいだから話すけど、その、俺のせいで部活に来ないんじゃないかと思って」
「あぁ! そういうこと。大丈夫だよ。確かにイビーはユーマくんの事を私に話してくれたけど、この間は本当に体調が悪かったみたい。今日からは部活に行くって言ってたよ」
「ほんとう!?」
「だから部活については心配しなくて良いと思う」
「そうか~! 良かった~! いや俺本当に反省しててさ、イビーが舞台に出るのを辞めるって言い始めたらどうしようかと思ってたんだよ! 良かった~」
「そう。で、話はそれだけ?」と、津木エリは笑顔で言った。
「あっ、うんまあ一番はそこなんだけど」
真珠が一番懸念していたであろうイビーの今後は大丈夫だったので、津木エリに真珠との話を伝える必要があるのかとも思ったが、一応は伝えておこうと思った。
「あとは、もう大丈夫だとは思うんだけど、真珠がイビーが来るかどうか心配してて。それで直接イビーに話すよりはまず津木さんに話した方が良さそうってんで、昼休みに一緒にご飯でもって話があって」
「え? 私?」
「それは……。真珠に俺の様子がおかしかったって事がバレてて、それでイビーと俺との話をして……。イビーに話すよりは津木さんにって感じになんだけど……。ってか火曜日なんだったの?」と、思わず口に出てしまった。
「なにが?」
「なにがって。今もそうだけど。なんか津木さんおかしくない?」
「別におかしくないと思うけど」
いやおかしい。
「そっか。とりあえず真珠は昼休みに部室に来てくれとは言ってた。もう大丈夫かもしれないから、一応真珠に連絡してみて貰っていいかな? 津木さんはエアラインモードにしてるかもしれないって事で俺から話す事になったんだ」
「あは。真珠ちゃんすごいね~そういうとこわかってんだ」と、津木エリは笑った。「ところでユーマくん」
「ん?」
「ユーマくんはイビーがなんて言ってたかとか気にならないの?」
気になるに決まっていたが、それを聞く事が怖かった。ポジティブな方向であったならあんなに気まずそうな顔はしないだろう。
「いや、それは今度イビー本人から聞くよ」
「今の状態で? あのねユーマくん、イビーはユーマくんの事『ない』って言ってたよ」
「そっか……。それじゃあ真珠への連絡よろしく」
そう言って。俺は教室から出て行った。
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