上 下
8 / 8

バイト先でのアクシデント

しおりを挟む

 夏の暑い時期になると、冷蔵庫の扉を開いて涼むなんてことを昔はよくした覚えがあった。
 子どもの頃の話だけれど、大人になっても、冷房が壊れたときなんかはそうしたい衝動に駆られることはあるものだ。
 暑い時期に涼しい場所で過ごしたいと思うのは至極当然のことだと思うが――それはあくまで自由に出入りすることができればの話であった。
 冷蔵庫の構造上、大抵の場合内側から開けるのは難しくなっているものだ。
 冷気を逃がさない構造にしているのだから当然だと言えた。
 とは言えそれは一般的な家庭に普及している冷蔵庫に限った話であって、人がそのまま入って作業をするような、業務用の、ファミレスといった飲食店に設置された冷凍庫には該当しないはずであった。
 なにせ冷凍庫の中は氷点下の温度で管理されているのだ。
 人が容易に出られるようになっていなければ、最悪死んでしまうこともありうる。
 だから当然、そうならないように様々な対策が採られているはずなのだけど――それらが正常に作動するのは故障等をしていない場合に限られるのだった。
 ――物は経年劣化するものだ。
 長く使えばガタが出てくる。
 危機管理意識が高い場所であればすぐさま修理をするんだろうけども、大抵の場合は、事故なんて早々起きるわけがないとタカをくくって後回しになることが多いようだった。
 気をつけて使っていれば大丈夫だろうと、そう思ってしまうからだった。
 ――誰だって自分は事故に遭うわけはないと、そう思って生きている。
 だから、事故が起こってしまった後で後悔したり慌てたりしてしまうわけだ。
 ――そう、まさに今の自分のように、である。
「……うっそだろ、おい」
 最近、バイト先にある冷凍庫の扉の調子が悪いことは知っていた。
 ミーティングみたいな場でも注意喚起の説明がされていたからだった。
 修理の予定は近々あって、それまでの間の対処方法として、冷凍庫に入る作業は二人で実施するか、つっかえ棒を用意するようにとも言われていた。
 前者はシフトの人数と作業量から基本的には無理だったため、大抵は個々人で対策をとるようになっていた。
 この状態になってから冷凍庫で作業を行うのも、これが初めてではなかった。
 だから油断していたと言われればそれまでの話だし、他人の身に起こった出来事であれば笑い話にも出来るだろうが――実際に閉じ込められる羽目に陥ってる身としてはそうもいかなかった。
 笑い事ではないのだ、マジで。
 バイトの制服は薄着めだから超寒いし、今真夏とかでもないし。閉じ込められたら季節も関係ないけども。
 幸いというべきか、今はまだ人が居る時間帯であった。
 しかし、客も居て忙しい時間に、パフェの材料が切れそうだからと冷凍庫に行った人間を探しに来るようなことはあるのだろうか?
 ……最悪、サボりと思われて終わりかもしれない。
 普通に考えれば、出すべきものの材料が切れそうなのだから、それを取りにいった人間の戻りが遅いなら代わりの人間が取りに来るだろう。
 ただ、それも注文が入ればの話であって、注文が入らなければ人は来ない可能性も十分にありうる。
 さりとて、今の自分に出来ることなど全くなかった。冷凍庫の扉は分厚く頑丈で、人の手で壊すことはまず不可能だし、叩いてみたところで音も大して出なかった。
 ……この状況で出来ることは、誰かが来ることを信じて待つことしかない。
 本当に来るかどうか、間に合うかどうかがわからないことに不安を感じるが、こればかりはどうしようもなかった。
「頼むから誰かはよ来てくれ……」
 耐え難い寒気に体を震わせつつ、思わずそう呟いた。


                         ●


 永遠のようにも感じられた冷凍庫での時間は、その実三十分程度で終わったようだった。
 どうやら冷凍庫の扉が壊れかけていることは結構重大なものだという共通認識があったらしく――まぁ当たり前と言えば当たり前なのだが――冷凍庫に行った奴が戻ってこないことはすぐに気付いたらしい。
 ではなぜ三十分も時間が空いたのかと言うと、それは単純な理由で、客からの注文が殺到していたせいらしかった。
 人命を優先するのは当然のことではあるが、客はそのことを知らないので待たせるわけにもいかなかったらしい。そんなわけで忙しい中なんとか注文を急いで処理して冷凍庫に向かったと、そんな話を後から聞いた。
 このことがきっかけで、やはり冷凍庫の現状はまずいという認識が上でも固くなったようで、工事の日程が早まったらしい。
 ……そんなことで早まるくらいならさっさとやれよ
 なんて思わなくもなかったけれど。それはさておき。
 なにはともあれ無事に出られてほっとしたものの、しばらくの間、冷凍庫での作業がちょっと怖くなったりしたのは内緒の話である。

しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜

二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。 そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。 その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。 どうも美華には不思議な力があるようで…?

砂漠の国の最恐姫 アラビアン後宮の仮寵姫と眠れぬ冷徹皇子

秦朱音|はたあかね
キャラ文芸
旧題:砂漠の国の最恐妃 ~ 前世の恋人に会うために、冷徹皇子の寵姫になります 【アルファポリス文庫より書籍発売中!】 砂漠の国アザリムの西の端、国境近くの街バラシュで暮らすリズワナ・ハイヤート。 彼女は数百年前に生きた最恐の女戦士、アディラ・シュルバジーの生まれ変わり。 今世ではバラシュの豪商の娘として生まれたリズワナは前世の記憶も力も引き継いでいたが、全て隠してひっそりと暮らしていた。 ある夜、リズワナは愛猫ルサードの姿を探しているうちに、都からバラシュを訪れていた第一皇子アーキル・アル=ラシードの天幕に迷い込んでしまう。 運悪くアーキルと鉢合わせしてしまったリズワナは、アーキルから「ランプの魔人」であると勘違いされ、アーキルの後宮に連れて行かれることに。 そこで知ったのは、隣国からも恐れられる悪名高い冷徹皇子アーキルの、意外な姿で――? 最恐ヒロインが砂漠の後宮で大活躍。前世と今世が交差する迫力いっぱいアラビアンファンタジーです。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

よんよんまる

如月芳美
キャラ文芸
東のプリンス・大路詩音。西のウルフ・大神響。 音楽界に燦然と輝く若きピアニストと作曲家。 見た目爽やか王子様(実は負けず嫌い)と、 クールなヴィジュアルの一匹狼(実は超弱気)、 イメージ正反対(中身も正反対)の二人で構成するユニット『よんよんまる』。 だが、これからという時に、二人の前にある男が現われる。 お互いやっと見つけた『欠けたピース』を手放さなければならないのか。 ※作中に登場する団体、ホール、店、コンペなどは、全て架空のものです。 ※音楽モノではありますが、音楽はただのスパイスでしかないので音楽知らない人でも大丈夫です! (医者でもないのに医療モノのドラマを見て理解するのと同じ感覚です)

身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~

椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」 私を脅して、別れを決断させた彼の両親。 彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。 私とは住む世界が違った…… 別れを命じられ、私の恋が終わった。 叶わない身分差の恋だったはずが―― ※R-15くらいなので※マークはありません。 ※視点切り替えあり。 ※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。

松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。 そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。 しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

失恋少女と狐の見廻り

紺乃未色(こんのみいろ)
キャラ文芸
失恋中の高校生、彩羽(いろは)の前にあらわれたのは、神の遣いである「千影之狐(ちかげのきつね)」だった。「協力すれば恋の願いを神へ届ける」という約束のもと、彩羽はとある旅館にスタッフとして潜り込み、「魂を盗る、人ならざる者」の調査を手伝うことに。 人生初のアルバイトにあたふたしながらも、奮闘する彩羽。そんな彼女に対して「面白い」と興味を抱く千影之狐。 一人と一匹は無事に奇妙な事件を解決できるのか? 不可思議でどこか妖しい「失恋からはじまる和風ファンタジー」

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

処理中です...