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バイト先でのアクシデント
しおりを挟む夏の暑い時期になると、冷蔵庫の扉を開いて涼むなんてことを昔はよくした覚えがあった。
子どもの頃の話だけれど、大人になっても、冷房が壊れたときなんかはそうしたい衝動に駆られることはあるものだ。
暑い時期に涼しい場所で過ごしたいと思うのは至極当然のことだと思うが――それはあくまで自由に出入りすることができればの話であった。
冷蔵庫の構造上、大抵の場合内側から開けるのは難しくなっているものだ。
冷気を逃がさない構造にしているのだから当然だと言えた。
とは言えそれは一般的な家庭に普及している冷蔵庫に限った話であって、人がそのまま入って作業をするような、業務用の、ファミレスといった飲食店に設置された冷凍庫には該当しないはずであった。
なにせ冷凍庫の中は氷点下の温度で管理されているのだ。
人が容易に出られるようになっていなければ、最悪死んでしまうこともありうる。
だから当然、そうならないように様々な対策が採られているはずなのだけど――それらが正常に作動するのは故障等をしていない場合に限られるのだった。
――物は経年劣化するものだ。
長く使えばガタが出てくる。
危機管理意識が高い場所であればすぐさま修理をするんだろうけども、大抵の場合は、事故なんて早々起きるわけがないとタカをくくって後回しになることが多いようだった。
気をつけて使っていれば大丈夫だろうと、そう思ってしまうからだった。
――誰だって自分は事故に遭うわけはないと、そう思って生きている。
だから、事故が起こってしまった後で後悔したり慌てたりしてしまうわけだ。
――そう、まさに今の自分のように、である。
「……うっそだろ、おい」
最近、バイト先にある冷凍庫の扉の調子が悪いことは知っていた。
ミーティングみたいな場でも注意喚起の説明がされていたからだった。
修理の予定は近々あって、それまでの間の対処方法として、冷凍庫に入る作業は二人で実施するか、つっかえ棒を用意するようにとも言われていた。
前者はシフトの人数と作業量から基本的には無理だったため、大抵は個々人で対策をとるようになっていた。
この状態になってから冷凍庫で作業を行うのも、これが初めてではなかった。
だから油断していたと言われればそれまでの話だし、他人の身に起こった出来事であれば笑い話にも出来るだろうが――実際に閉じ込められる羽目に陥ってる身としてはそうもいかなかった。
笑い事ではないのだ、マジで。
バイトの制服は薄着めだから超寒いし、今真夏とかでもないし。閉じ込められたら季節も関係ないけども。
幸いというべきか、今はまだ人が居る時間帯であった。
しかし、客も居て忙しい時間に、パフェの材料が切れそうだからと冷凍庫に行った人間を探しに来るようなことはあるのだろうか?
……最悪、サボりと思われて終わりかもしれない。
普通に考えれば、出すべきものの材料が切れそうなのだから、それを取りにいった人間の戻りが遅いなら代わりの人間が取りに来るだろう。
ただ、それも注文が入ればの話であって、注文が入らなければ人は来ない可能性も十分にありうる。
さりとて、今の自分に出来ることなど全くなかった。冷凍庫の扉は分厚く頑丈で、人の手で壊すことはまず不可能だし、叩いてみたところで音も大して出なかった。
……この状況で出来ることは、誰かが来ることを信じて待つことしかない。
本当に来るかどうか、間に合うかどうかがわからないことに不安を感じるが、こればかりはどうしようもなかった。
「頼むから誰かはよ来てくれ……」
耐え難い寒気に体を震わせつつ、思わずそう呟いた。
●
永遠のようにも感じられた冷凍庫での時間は、その実三十分程度で終わったようだった。
どうやら冷凍庫の扉が壊れかけていることは結構重大なものだという共通認識があったらしく――まぁ当たり前と言えば当たり前なのだが――冷凍庫に行った奴が戻ってこないことはすぐに気付いたらしい。
ではなぜ三十分も時間が空いたのかと言うと、それは単純な理由で、客からの注文が殺到していたせいらしかった。
人命を優先するのは当然のことではあるが、客はそのことを知らないので待たせるわけにもいかなかったらしい。そんなわけで忙しい中なんとか注文を急いで処理して冷凍庫に向かったと、そんな話を後から聞いた。
このことがきっかけで、やはり冷凍庫の現状はまずいという認識が上でも固くなったようで、工事の日程が早まったらしい。
……そんなことで早まるくらいならさっさとやれよ
なんて思わなくもなかったけれど。それはさておき。
なにはともあれ無事に出られてほっとしたものの、しばらくの間、冷凍庫での作業がちょっと怖くなったりしたのは内緒の話である。
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