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第二章
徒の催花雨《三》
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邪神の大男が手に持つ大斧が振り下ろされる。もとから人の倍はあろうかと言うこの男は、今回の闘いの指揮官でもある。
身体だけでも見上げる程大きいと言うのに、その手に持つ大斧は見たことがない程巨大で長い。にも関わらず、この邪神は俊敏に動き、大斧を軽々と動かす。
巨大で長い大斧は、哪吒や皇に近づくこともなく攻撃することができる。しかもこの大斧は、見た目よりも更に重い。一度大斧を剣で受け止めた皇は、その衝撃で身体が動かなくなった程だ。
途中、鬼神に足を傷つけれた哪吒の片腕を持ち移動していた皇には、邪神の大男が振り下ろす大斧を避けるすべがなかった。
「私を置いて行って下さい! 二人共やられる訳には行かない、皇と蒼宮軍は一旦引いて陣形を立て直して下さい!!」
「もう遅い!!」
皇と哪吒に向かって振り下ろされる大斧、“これなら簡単に二人の道神を斬り捨てられる” と下卑た笑いを見せる邪神と皇の間に、何かが飛び出して来る。
「須格泉! 来るな!!」
それは、見事な金色の毛並みを持つ大神。このままでは皇が危ないと、須格泉は自らの体を差し出す覚悟で振り下ろされる大斧の前に出た。皇を傷つさせる訳には行かない、それならば自分が、と。
「須格泉!!」
皇の、悲痛な叫び声が辺りに響き渡る。その時だ、まるで皇の叫び声に反応するかのように空気が揺らぐ。そしてちょうど須格泉の真横、何もないはずの空間から白く細い指先が現れ、そっと優しく須格泉の頭を押した。
その指先は、空間を押し開く様に掌、手首、猩々緋色の長い衣の袖と次々と姿を現していく。途中、まるで長い衣の袖の中から出てきたように銀色の毛並みが現れて、須格泉の体を皇の横へと押しやる。そのおかげで、須格泉は大斧で傷つけられることなく、銀色の毛並みを持つ双子の片割れである琉格泉によって、皇の少し後方へと着地した。
そして須格泉頭に置かれていた指先が皇の腕に伸びそれを掴み取ると、空間から皇と同じ灰簾石色に輝く長い髪が見え、人の上半身が姿を現す。その長い髪の女は、皇の腕を掴んだまま顔を邪神に向けた。大斧を振り上げる邪神と、空間から徐々に身体を出して来る沙麼蘿の視線が合う。
邪神から見れば、その見た目は前にいる同じ猩々緋色の衣を着た道神の男と同じに見えなくもない。身に纏う衣も髪も双眸も顔型も男と瓜二つの様に見えるのに、その口元に見せる笑みの何と悍ましいことか。重なり合った視線の先の睛眸には、狂喜にも似た光が見え隠れしてる。これが、道神である筈がない。
沙麼蘿の指先が現れて邪神と顔を合わせるまでの間は、瞬き一つ分にも満たない僅かな時間。だが、沙麼蘿の身体が皇の前に出て、左手は皇の腕を掴んだまま右手を邪神の方に向かって上げた。
沙麼蘿の掌に集まった薄絹程の霊氣の上に、大男が振るう大斧が振り下ろされる。キーンと何かがぶつかる音がして、沙麼蘿の美しい灰簾石色の髪が白金色に変わり、同じく灰簾石色だった双眸が鳩の血色に変わった。修羅界に住む者で、この色の意味を知らない者などいない。
「阿修羅一族の、化け物がぁー!!」
自分が振り下ろした大斧を、僅か片腕一本、右手の掌だけで受け止めた阿修羅一族の女。見る者が見れば、その女の異様さは一目で分かる。耳飾と腕釧だけなら、目の前の道神も身につけていた。だがこの女はどうだ、その二つ以外にも瓔珞や臂釧まで身につけている。だがそれは外から見える物だけで、この女からはさらなる力を感じる。
これが全てが宝具、華魂から作られた物なのだ。これだけの宝具を身につけて平静を保っていられるものなのか、一番恐ろしいのはこの宝具を闘うためではなく、その力を押さえつけるために使っているとしたらと言うことだ。
軽々と受け止められた大斧を、再び邪神の大男が振り上げる。大斧が手から離れた瞬間、元の灰簾石色の髪と双眸に戻った沙麼蘿は皇を見た。沙麼蘿の左手から送られた力によって傷は消えている、だが花薔が作った薬を飲む必要はあるだろう。
皇から手を離した沙麼蘿がくるりと身体を回転させ邪神に向き直ると、ちょうど大男が振り上げた大斧を先程の何倍もの力で振り下ろすところだった。沙麼蘿が広げた右手の掌に、手首の白金色の腕釧から溢れ出た細かな粒子が光を放ちながら集結する。そしてそれは、一つの形を作り始めた。現れたのは、美しい輝きを放つ白刃。
その剣が、再び大男が振り下ろした大斧を受け止め沙麼蘿の見た目が鬼神に変わると、二人の霊氣がブワッと辺りに飛び散る。大斧と細身の剣がぶつかり合い離れると、沙麼蘿は酷く冷たい睛眸で邪神を見つめ、口角を上げニヤリと笑った。
それは、道神や仏神が見せる笑みではない。姿形は道神であるにも関わらず、その笑みだけは鬼神や邪神が見せる下卑た笑いに近い。闘いを好み、闘うことだけを愉しむ。これが天上界の神とは笑わせる、所詮は鬼神と大男が更なる一撃を振り下ろす。
二人の霊氣が、剣と大斧がぶつかり合うたびに弾け飛ぶ。けれど、沙麼蘿の剣は大斧をものともせず、それを弾き返す。大男が振るう大斧を、細身の女が片手だけで受け押し返すのだ。沙麼蘿は笑いながら、見下すように大男達を見つめこう言った
「私は、皇の様に優しくはない。お前達は私の大切な者を傷つけた。皇が負ったかすり傷の一つに至るまで、須格泉の毛並みを傷つけたその一毛に至るまで、お前達の命を持って償え!!」
と。
********
大斧→長柄断切武器。マサカリのこと。一般には大斧は2メートル前後の柄を使っているが、5メートルの柄を持つものもある。三国志で魏の名将、徐晃が持っている武器
俊敏→才知がすぐれていて判断や行動がすばやいこと。また、そのさま
下卑た笑い→聞いている人に不快感を覚えさせるような下品な笑い方
悍ましい→いかにも嫌な感じがする。ゾッとするほど、いとわしい。たけだけしく恐ろしい
所詮→最後に落ち着くところ
一毛→ひと筋の毛。転じて、きわめて軽いもの。わずかなもの
次回投稿は4月4日か5日が目標です。
身体だけでも見上げる程大きいと言うのに、その手に持つ大斧は見たことがない程巨大で長い。にも関わらず、この邪神は俊敏に動き、大斧を軽々と動かす。
巨大で長い大斧は、哪吒や皇に近づくこともなく攻撃することができる。しかもこの大斧は、見た目よりも更に重い。一度大斧を剣で受け止めた皇は、その衝撃で身体が動かなくなった程だ。
途中、鬼神に足を傷つけれた哪吒の片腕を持ち移動していた皇には、邪神の大男が振り下ろす大斧を避けるすべがなかった。
「私を置いて行って下さい! 二人共やられる訳には行かない、皇と蒼宮軍は一旦引いて陣形を立て直して下さい!!」
「もう遅い!!」
皇と哪吒に向かって振り下ろされる大斧、“これなら簡単に二人の道神を斬り捨てられる” と下卑た笑いを見せる邪神と皇の間に、何かが飛び出して来る。
「須格泉! 来るな!!」
それは、見事な金色の毛並みを持つ大神。このままでは皇が危ないと、須格泉は自らの体を差し出す覚悟で振り下ろされる大斧の前に出た。皇を傷つさせる訳には行かない、それならば自分が、と。
「須格泉!!」
皇の、悲痛な叫び声が辺りに響き渡る。その時だ、まるで皇の叫び声に反応するかのように空気が揺らぐ。そしてちょうど須格泉の真横、何もないはずの空間から白く細い指先が現れ、そっと優しく須格泉の頭を押した。
その指先は、空間を押し開く様に掌、手首、猩々緋色の長い衣の袖と次々と姿を現していく。途中、まるで長い衣の袖の中から出てきたように銀色の毛並みが現れて、須格泉の体を皇の横へと押しやる。そのおかげで、須格泉は大斧で傷つけられることなく、銀色の毛並みを持つ双子の片割れである琉格泉によって、皇の少し後方へと着地した。
そして須格泉頭に置かれていた指先が皇の腕に伸びそれを掴み取ると、空間から皇と同じ灰簾石色に輝く長い髪が見え、人の上半身が姿を現す。その長い髪の女は、皇の腕を掴んだまま顔を邪神に向けた。大斧を振り上げる邪神と、空間から徐々に身体を出して来る沙麼蘿の視線が合う。
邪神から見れば、その見た目は前にいる同じ猩々緋色の衣を着た道神の男と同じに見えなくもない。身に纏う衣も髪も双眸も顔型も男と瓜二つの様に見えるのに、その口元に見せる笑みの何と悍ましいことか。重なり合った視線の先の睛眸には、狂喜にも似た光が見え隠れしてる。これが、道神である筈がない。
沙麼蘿の指先が現れて邪神と顔を合わせるまでの間は、瞬き一つ分にも満たない僅かな時間。だが、沙麼蘿の身体が皇の前に出て、左手は皇の腕を掴んだまま右手を邪神の方に向かって上げた。
沙麼蘿の掌に集まった薄絹程の霊氣の上に、大男が振るう大斧が振り下ろされる。キーンと何かがぶつかる音がして、沙麼蘿の美しい灰簾石色の髪が白金色に変わり、同じく灰簾石色だった双眸が鳩の血色に変わった。修羅界に住む者で、この色の意味を知らない者などいない。
「阿修羅一族の、化け物がぁー!!」
自分が振り下ろした大斧を、僅か片腕一本、右手の掌だけで受け止めた阿修羅一族の女。見る者が見れば、その女の異様さは一目で分かる。耳飾と腕釧だけなら、目の前の道神も身につけていた。だがこの女はどうだ、その二つ以外にも瓔珞や臂釧まで身につけている。だがそれは外から見える物だけで、この女からはさらなる力を感じる。
これが全てが宝具、華魂から作られた物なのだ。これだけの宝具を身につけて平静を保っていられるものなのか、一番恐ろしいのはこの宝具を闘うためではなく、その力を押さえつけるために使っているとしたらと言うことだ。
軽々と受け止められた大斧を、再び邪神の大男が振り上げる。大斧が手から離れた瞬間、元の灰簾石色の髪と双眸に戻った沙麼蘿は皇を見た。沙麼蘿の左手から送られた力によって傷は消えている、だが花薔が作った薬を飲む必要はあるだろう。
皇から手を離した沙麼蘿がくるりと身体を回転させ邪神に向き直ると、ちょうど大男が振り上げた大斧を先程の何倍もの力で振り下ろすところだった。沙麼蘿が広げた右手の掌に、手首の白金色の腕釧から溢れ出た細かな粒子が光を放ちながら集結する。そしてそれは、一つの形を作り始めた。現れたのは、美しい輝きを放つ白刃。
その剣が、再び大男が振り下ろした大斧を受け止め沙麼蘿の見た目が鬼神に変わると、二人の霊氣がブワッと辺りに飛び散る。大斧と細身の剣がぶつかり合い離れると、沙麼蘿は酷く冷たい睛眸で邪神を見つめ、口角を上げニヤリと笑った。
それは、道神や仏神が見せる笑みではない。姿形は道神であるにも関わらず、その笑みだけは鬼神や邪神が見せる下卑た笑いに近い。闘いを好み、闘うことだけを愉しむ。これが天上界の神とは笑わせる、所詮は鬼神と大男が更なる一撃を振り下ろす。
二人の霊氣が、剣と大斧がぶつかり合うたびに弾け飛ぶ。けれど、沙麼蘿の剣は大斧をものともせず、それを弾き返す。大男が振るう大斧を、細身の女が片手だけで受け押し返すのだ。沙麼蘿は笑いながら、見下すように大男達を見つめこう言った
「私は、皇の様に優しくはない。お前達は私の大切な者を傷つけた。皇が負ったかすり傷の一つに至るまで、須格泉の毛並みを傷つけたその一毛に至るまで、お前達の命を持って償え!!」
と。
********
大斧→長柄断切武器。マサカリのこと。一般には大斧は2メートル前後の柄を使っているが、5メートルの柄を持つものもある。三国志で魏の名将、徐晃が持っている武器
俊敏→才知がすぐれていて判断や行動がすばやいこと。また、そのさま
下卑た笑い→聞いている人に不快感を覚えさせるような下品な笑い方
悍ましい→いかにも嫌な感じがする。ゾッとするほど、いとわしい。たけだけしく恐ろしい
所詮→最後に落ち着くところ
一毛→ひと筋の毛。転じて、きわめて軽いもの。わずかなもの
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