158 / 190
第二章
山桜桃梅《二》
しおりを挟む
その知らせを聞いた時、百角大王は
「また、とんでもない場所にいたもんだ。見当違いも甚だしいな」
と、言った。それはそうだろう、息子である金角と銀角の話によれば、玄奘三蔵一行はこの蓮華洞がある平頂山の麓の街から、西にある寺院を目指していると言うことだった。
だから、自分達が目覚めてからの日数を考えれば、人間である玄奘三蔵が進める距離はこの範囲くらいだろと思われる場所に探りれていたのだが、どの場所にも玄奘三蔵一行の僅かな痕跡さえなかった。ただ、予想よりも随分手前の夕景山には、彼等が訪れた様子が窺える。
このことから、千角大魔王は玄奘三蔵一行の行く手を阻む何かがあったのだろうと知り合いの妖怪達に協力を求めた結果、西は西でもおそらく玄奘三蔵一行が目指した西の街を通り越したであろうと思われる場所の更に先の西側に彼等はいた。当初、百角大王達が考えた場所とは大層違い、見当違いも甚だしい場所だ。百角大王は “ふぅ” と息を吐き出すと
「金角! 銀角!」
と、叫んだ。
その日は、良い天気だった。村の真ん中にある木々の上に空いた穴から心地よい風が流れてきて、洞窟の中を通り過ぎて行く。
「いいですか金角、銀角。此れを持ってお行きなさい。お菓子代わりに食べるのではありませんよ、此処ぞと言う時に使うのです」
そう言って母が二人の胸元に忍ばせた小さな袋、それを互いに顔を見合わせた金角と銀角が取り出して中を覗いて見ると
「ユスラウメのみだ!」
「おいしいやつ!」
そこにあったのは、小さくシワシワになった山桜桃梅の実を乾燥させたものだった。蓮華洞の中にある山桜桃梅は、バラ科の落葉低木。開花時期には梅や桜に似た愛らしい花をつけ、その後桜桃に似た果実をつける。耐寒性も耐暑性もあり、病気にかかりにくく育てやすいこの木は、この蓮華洞の中でもよく育っていた。
山桜桃梅の特徴でもある桜桃に似た赤い実は、味も形と同じで桜桃に似て甘酸っぱい。収穫した物は果物として食すこともできるし、甘く煮詰めて食べることもある。ただこの実は美味しく食べられる期間が短く、この村では食べきれなかった物は乾燥させ、薬として使ってきた。
山桜桃梅の果実に含まれている主な栄養成分には枸櫞酸があり、疲労回復や免疫強化、無機質分の吸収を高める効果がある。この他にも糖分や有機酸が含まれており、お酒にして食前や就寝前に適量を飲めば不眠症や低血圧、滋養強壮や疲労回復の効果があり、体調不良の時は子供から老人までが何らかの方法でこの山桜桃梅の実を口にするのだった。
特に山桜桃梅の種は、洗って乾燥させると毛桜桃《もうおうとう》という生薬になり、適量を煎じて空腹時に服用すると、緩下、利尿、肩こり、手足のむくみ、便秘などにも効く。山桜桃梅の実は捨てる所がなく、全てを使い切ることができる。
「美味しいからと言って、つまみ食いばかりしてはいけません。この一粒で、助かる命もあるのだから」
「わかってるぞ、かあちゃん」
「ここぞってときにつかう」
子供達の声に、母はニッコリと笑った。金角と銀角は母の下女が抱く小さな妹の元に近づくと
「にいちゃんたち、いってくるからな!」
「もどってきたら、いっしょにユスラウメのみをとってたべような!」
と、言った。
「いったい、何時まで出かけているつもりなの」
金角と銀角の言い方では、生まれて間もない妹が自らの手で山桜桃梅の実を取って食べられるようになるまで、戻って来れないようではないか。
「金角、銀角」
母は二人の身体を抱き寄せると “元気に戻って来るのですよ” と、その額に口づけた。
「じゃ、いってくる!」
「頼んだぞ。金角、銀角」
「まかしとけ、じいちゃん!」
「何か手に負えない事態になったら、連絡してこい」
「わかった、とうちゃん」
「かならず、うけたおんはかえしてくるからな」
小さな影が二つ、蓮華洞から西に向け旅立つ。その姿を、小さな影が見えなくなるまで、大人達は見送っていた。
「どうする、玄奘!」
「私に聞くな!」
「でも、此れをどうにかしないことには」
「此れってさ、どっかからわいて出てるのかな」
倒しても倒しても、敵の数は一向に減らない。おそらく、あの邪神が連れている斑の力だ。死者おも動かす力。生きていようが死んでいようが此方に向かってくるのだから、倒しても倒してもきりがない。
沙麼蘿が手に持つ剣の持ち方を変え、手の中で転がすように動かす様を横目で見た玄奘は
「余計な力は開放するな、やるなら兄貴を呼んでからやれ!」
と、叫ぶ。
「此処が、人が住めない地になるのと言うのは」
「さすがにまずいだろう」
玄奘や八戒や悟浄は、今までの経緯から沙麼蘿が剣を振るう時に力を開放していないことは知っていた。だが先日、“私も花薔仙女からお聞きしただけですが…” と、琅牙から沙麼蘿が持つ剣の本当の力を聞いたばかりだ。
皇がいなければ、力の開放は有り得ない。もし皇なしで沙麼蘿が自らの力を開放すれば、それは玄奘達も含めた全ての生き物の死を意味する。そんな玄奘達の言葉に、沙麼蘿が冷たい眼差しを向けた時のことだった。
「やあやあ、とうからんものはおとにきけ、ちかくばよってめにもみよ!」
と、何処かで聞いたことがある口上が聞こえて来て、思わず悟浄が “あぁ” と声を上げる。
「われらこそは、へいちょうざんはれんげとうにすむ、ひゃっかくだいおうがむすこ!」
と続く間も、“何故あいつらが此処にいる” “さぁ” と玄奘と八戒の言葉が続く。
「きんかく!」
「ぎんかく!」
二人の名が上がれば
「われら、ぎによって!」
「すけだちいたすー!」
と、この時を待っていたと言わんばかりに、二人の持つ双刀が鮮やかに舞った。
********
見当違い→推測や判断を誤ること。また、そのさま。方向を誤ること。また、そのさま
甚だしい→普通の度合いをはるかに超えている
痕跡→過去にある事物があったことを示す、あとかた
窺える→多く、推察できる、感じ取ることができる、といった意味で用いられる
阻む→進もうとするのをさまたげる。防ぎとめる。また、こばむ
大層→程度や分量がはなはだしいさま。たいへん。おおげさなさま。大規模なさま
滋養強壮→『滋養』は、からだの栄養となること。また、そのさま。『強壮』は、からだが丈夫で元気なこと。また、そのさま
口上→口頭で申し述べること。また、その内容
次回投稿は8月2日か3日が目標です。
「また、とんでもない場所にいたもんだ。見当違いも甚だしいな」
と、言った。それはそうだろう、息子である金角と銀角の話によれば、玄奘三蔵一行はこの蓮華洞がある平頂山の麓の街から、西にある寺院を目指していると言うことだった。
だから、自分達が目覚めてからの日数を考えれば、人間である玄奘三蔵が進める距離はこの範囲くらいだろと思われる場所に探りれていたのだが、どの場所にも玄奘三蔵一行の僅かな痕跡さえなかった。ただ、予想よりも随分手前の夕景山には、彼等が訪れた様子が窺える。
このことから、千角大魔王は玄奘三蔵一行の行く手を阻む何かがあったのだろうと知り合いの妖怪達に協力を求めた結果、西は西でもおそらく玄奘三蔵一行が目指した西の街を通り越したであろうと思われる場所の更に先の西側に彼等はいた。当初、百角大王達が考えた場所とは大層違い、見当違いも甚だしい場所だ。百角大王は “ふぅ” と息を吐き出すと
「金角! 銀角!」
と、叫んだ。
その日は、良い天気だった。村の真ん中にある木々の上に空いた穴から心地よい風が流れてきて、洞窟の中を通り過ぎて行く。
「いいですか金角、銀角。此れを持ってお行きなさい。お菓子代わりに食べるのではありませんよ、此処ぞと言う時に使うのです」
そう言って母が二人の胸元に忍ばせた小さな袋、それを互いに顔を見合わせた金角と銀角が取り出して中を覗いて見ると
「ユスラウメのみだ!」
「おいしいやつ!」
そこにあったのは、小さくシワシワになった山桜桃梅の実を乾燥させたものだった。蓮華洞の中にある山桜桃梅は、バラ科の落葉低木。開花時期には梅や桜に似た愛らしい花をつけ、その後桜桃に似た果実をつける。耐寒性も耐暑性もあり、病気にかかりにくく育てやすいこの木は、この蓮華洞の中でもよく育っていた。
山桜桃梅の特徴でもある桜桃に似た赤い実は、味も形と同じで桜桃に似て甘酸っぱい。収穫した物は果物として食すこともできるし、甘く煮詰めて食べることもある。ただこの実は美味しく食べられる期間が短く、この村では食べきれなかった物は乾燥させ、薬として使ってきた。
山桜桃梅の果実に含まれている主な栄養成分には枸櫞酸があり、疲労回復や免疫強化、無機質分の吸収を高める効果がある。この他にも糖分や有機酸が含まれており、お酒にして食前や就寝前に適量を飲めば不眠症や低血圧、滋養強壮や疲労回復の効果があり、体調不良の時は子供から老人までが何らかの方法でこの山桜桃梅の実を口にするのだった。
特に山桜桃梅の種は、洗って乾燥させると毛桜桃《もうおうとう》という生薬になり、適量を煎じて空腹時に服用すると、緩下、利尿、肩こり、手足のむくみ、便秘などにも効く。山桜桃梅の実は捨てる所がなく、全てを使い切ることができる。
「美味しいからと言って、つまみ食いばかりしてはいけません。この一粒で、助かる命もあるのだから」
「わかってるぞ、かあちゃん」
「ここぞってときにつかう」
子供達の声に、母はニッコリと笑った。金角と銀角は母の下女が抱く小さな妹の元に近づくと
「にいちゃんたち、いってくるからな!」
「もどってきたら、いっしょにユスラウメのみをとってたべような!」
と、言った。
「いったい、何時まで出かけているつもりなの」
金角と銀角の言い方では、生まれて間もない妹が自らの手で山桜桃梅の実を取って食べられるようになるまで、戻って来れないようではないか。
「金角、銀角」
母は二人の身体を抱き寄せると “元気に戻って来るのですよ” と、その額に口づけた。
「じゃ、いってくる!」
「頼んだぞ。金角、銀角」
「まかしとけ、じいちゃん!」
「何か手に負えない事態になったら、連絡してこい」
「わかった、とうちゃん」
「かならず、うけたおんはかえしてくるからな」
小さな影が二つ、蓮華洞から西に向け旅立つ。その姿を、小さな影が見えなくなるまで、大人達は見送っていた。
「どうする、玄奘!」
「私に聞くな!」
「でも、此れをどうにかしないことには」
「此れってさ、どっかからわいて出てるのかな」
倒しても倒しても、敵の数は一向に減らない。おそらく、あの邪神が連れている斑の力だ。死者おも動かす力。生きていようが死んでいようが此方に向かってくるのだから、倒しても倒してもきりがない。
沙麼蘿が手に持つ剣の持ち方を変え、手の中で転がすように動かす様を横目で見た玄奘は
「余計な力は開放するな、やるなら兄貴を呼んでからやれ!」
と、叫ぶ。
「此処が、人が住めない地になるのと言うのは」
「さすがにまずいだろう」
玄奘や八戒や悟浄は、今までの経緯から沙麼蘿が剣を振るう時に力を開放していないことは知っていた。だが先日、“私も花薔仙女からお聞きしただけですが…” と、琅牙から沙麼蘿が持つ剣の本当の力を聞いたばかりだ。
皇がいなければ、力の開放は有り得ない。もし皇なしで沙麼蘿が自らの力を開放すれば、それは玄奘達も含めた全ての生き物の死を意味する。そんな玄奘達の言葉に、沙麼蘿が冷たい眼差しを向けた時のことだった。
「やあやあ、とうからんものはおとにきけ、ちかくばよってめにもみよ!」
と、何処かで聞いたことがある口上が聞こえて来て、思わず悟浄が “あぁ” と声を上げる。
「われらこそは、へいちょうざんはれんげとうにすむ、ひゃっかくだいおうがむすこ!」
と続く間も、“何故あいつらが此処にいる” “さぁ” と玄奘と八戒の言葉が続く。
「きんかく!」
「ぎんかく!」
二人の名が上がれば
「われら、ぎによって!」
「すけだちいたすー!」
と、この時を待っていたと言わんばかりに、二人の持つ双刀が鮮やかに舞った。
********
見当違い→推測や判断を誤ること。また、そのさま。方向を誤ること。また、そのさま
甚だしい→普通の度合いをはるかに超えている
痕跡→過去にある事物があったことを示す、あとかた
窺える→多く、推察できる、感じ取ることができる、といった意味で用いられる
阻む→進もうとするのをさまたげる。防ぎとめる。また、こばむ
大層→程度や分量がはなはだしいさま。たいへん。おおげさなさま。大規模なさま
滋養強壮→『滋養』は、からだの栄養となること。また、そのさま。『強壮』は、からだが丈夫で元気なこと。また、そのさま
口上→口頭で申し述べること。また、その内容
次回投稿は8月2日か3日が目標です。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。
でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。
けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。
同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。
そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
浅井長政は織田信長に忠誠を誓う
ピコサイクス
歴史・時代
1570年5月24日、織田信長は朝倉義景を攻めるため越後に侵攻した。その時浅井長政は婚姻関係の織田家か古くから関係ある朝倉家どちらの味方をするか迷っていた。
出撃!特殊戦略潜水艦隊
ノデミチ
歴史・時代
海の狩人、潜水艦。
大国アメリカと短期決戦を挑む為に、連合艦隊司令山本五十六の肝入りで創設された秘匿潜水艦。
戦略潜水戦艦 伊号第500型潜水艦〜2隻。
潜水空母 伊号第400型潜水艦〜4隻。
広大な太平洋を舞台に大暴れする連合艦隊の秘密兵器。
一度書いてみたかったIF戦記物。
この機会に挑戦してみます。
武蔵要塞1945 ~ 戦艦武蔵あらため第34特別根拠地隊、沖縄の地で斯く戦えり
もろこし
歴史・時代
史実ではレイテ湾に向かう途上で沈んだ戦艦武蔵ですが、本作ではからくも生き残り、最終的に沖縄の海岸に座礁します。
海軍からは見捨てられた武蔵でしたが、戦力不足に悩む現地陸軍と手を握り沖縄防衛の中核となります。
無敵の要塞と化した武蔵は沖縄に来襲する連合軍を次々と撃破。その活躍は連合国の戦争計画を徐々に狂わせていきます。
架空戦記 旭日旗の元に
葉山宗次郎
歴史・時代
国力で遙かに勝るアメリカを相手にするべく日本は様々な手を打ってきた。各地で善戦してきたが、国力の差の前には敗退を重ねる。
そして決戦と挑んだマリアナ沖海戦に敗北。日本は終わりかと思われた。
だが、それでも起死回生のチャンスを、日本を存続させるために男達は奮闘する。
カクヨムでも投稿しています
日本が危機に?第二次日露戦争
杏
歴史・時代
2023年2月24日ロシアのウクライナ侵攻の開始から一年たった。その日ロシアの極東地域で大きな動きがあった。それはロシア海軍太平洋艦隊が黒海艦隊の援助のために主力を引き連れてウラジオストクを離れた。それと同時に日本とアメリカを牽制する為にロシアは3つの種類の新しい極超音速ミサイルの発射実験を行った。そこで事故が起きた。それはこの事故によって発生した戦争の物語である。ただし3発も間違えた方向に飛ぶのは故意だと思われた。実際には事故だったがそもそも飛ばす場所をセッティングした将校は日本に向けて飛ばすようにセッティングをわざとしていた。これは太平洋艦隊の司令官の命令だ。司令官は黒海艦隊を支援するのが不服でこれを企んだのだ。ただ実際に戦争をするとは考えていなかったし過激な思想を持っていた為普通に海の上を進んでいた。
なろう、カクヨムでも連載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる