天上の桜

乃平 悠鼓

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第二章

夕景山の揺籃歌《十四》

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 友慧ゆうけいの両親は、行商人ぎょうしょうにんだった。望まれれば商品を持って、どんな小さな村にも出向いて行く。街から街、村から村へと渡り歩き、一所に留まることがない友慧一家に家はなく、馬車を改造したもので暮らしながら商品を売り歩いていた。
 いつかは何処どこかで小さな店を持って其処そこで暮らすと言う目標を持ちながらも、山奥の小さな村々で友慧一家の馬車がやって来るのを待っていた人々が嬉しそうに集まって買い物をして行く姿を見る。こんな山奥まで来てくれる行商人はそうはいないそうで、友慧の両親はそんな村人の笑顔を見れることが行商をしていて一番嬉しいことだとよく話していた。
 一所ひとところに留まることのない友慧には友達もおらず、学ぶ機会もない。そのことを心配した両親は、大きな街で様々な本を見つけては買い与えて行くことになる。気がつけば、友慧にとっては本が友達のようになっていた。



 友慧が九歳のある夏の暑い日、いつものように馬車で行商をしていた友慧一家はある山奥の村へ行った帰り、初めて夕景山せっけいさんを通って次の街へと向かうことになった。
 夕景山に盗賊がいることは有名で、夕景山の手前にある大きな街では、山を通る旅人や商人達が集まり護衛を頼める場所がある。友慧一家も旅人や商人達と一緒になって護衛達と山越えをすることになった。
 このとき、たまたま大店おおだな隊商たいしょうが一緒であった為、護衛の人数も多くなり旅人や行商人達は大層喜んだ。これだけの護衛がいれば安全、と。だが

「逃げなさい、友慧!!」
「嫌だ、一人なんて…! 母さんと父さんも一緒じゃなきゃ!!」
「早く逃げろ!!」
「父さん!!」
「ごめんね友慧、お前だけでも生き延びて!!」

 母の手が、下が崖になっているとわかっていながら友慧の背中を押す。ふわっと身体が浮く感じがして必死に顔を母親に向ければ、なみだに濡れた母がいてその後ろに刀を振り下ろそうとしている盗賊の姿が見えた。

「母…さん!!」

 大店の隊商が一緒でなければ、その未来は変わっていただろうか。夕景山にいる盗賊対策のため、護衛を連れる者が増えれば増えるほど、誰彼だれかれ構わず襲っていた盗賊達の成功率は下がり、捕まったり命を落とす者も出てき始めた。
 その結果、一点集中で金目の物が多い大きな隊商や金持ちの旅行客を襲うことになるのだが、その情報を得るために盗賊達は各街に仲間を忍び込ませていたのだ。
 今回は大店の隊商と言うこともあって、前もって護衛の中にも仲間を入り込ませていた。夜の夕景山で、仲間の護衛と思っていたやつに毒を盛られ、ほとんどの護衛達は内側から崩れて行く。周りを取り囲まれた人々に逃げ場などない、後ろは崖だったのだから。



「い…たっ…」

 寝返りをしようとして、痛さに声を上げた。

「おきたー」
「兄ちゃん」

 隣から聞こえた幼い声にびっくりして顔を向けようとして

「いた…い」

 また痛みに顔をしかめれば

「無理するな、今母ちゃんが傷がなくなる食べ物を取りに行ってる」
「あまいのー」
「おいしいのー」
「そうだな」

 と、兄ちゃんと呼ばれていた少年が幼子の頭を撫でた。

「ここ…は」
「俺達の家だ」
「い…え?」

 其処そこは狭く、普通の家ではないことはすぐにわかった。外からも子供の声が聞こえ、なにかの羽音がしたのはそれからすぐのこと。









「そうそう、この板を置いて」
「ここか」
「こっちもね」
「クッ」

 友慧が来てから、巣の様子は変わった。あの日、自分を助けてくれたモノの姿を見て、友慧は悲鳴を上げ恐怖した。だが、すぐに子供達が “母ちゃん、母ちゃん” と言ってまとわりつく姿を見て、危険はないのかも知れないとも思った。
 此処ここは大昔に大地が崩れ落ち、少しくぼんだような所にある平場。背後は切り立った崖になっており、上から何か落ちて来ない限り侵入者はやって来れない。平場には朽ち果てた樹齢何千年と思われる大きなけやきの木が数本あり、子供達の遊び場になっている。
 その中で、一番まともで中が大きな樹洞じゅどうとなっている木が小さい子供達と母ちゃんの寝床。木の大きさは変わらないが、上部が崩れ落ち樹洞の中から空が見える二本の木は大きな子供達の寝床。皆、下に木の葉を敷き詰めた上で寝ていた。
 一番大きな兄ちゃんは十代半ばを過ぎているようだが、うまく喋ることができない。変わりに母ちゃんのように “クゥ、クッ” と鳴きながら喋っていることがある。次に大きな兄ちゃんが、大きい兄ちゃんは赤子の時から母ちゃんに育てられていたようで、自分達が来た時にはまったく人の言葉は喋れなかったと教えてくれた。
 寝床はまさに鳥の巣のようで、いくら大きな木といえど子供であっても足を伸ばして寝ることはできない。皆小さく丸まって寝ているのだ。また大きな子供達が寝床にしている木は、雨が降れば中に雨粒が降り注ぐ。
 夏を過ぎれば寒さ対策もあり、大きな枝葉をかぶせ空を見えなくして出来得る限りの雨や風の侵入を防ぐそうだが、嵐の日は皆で小さな子供達が眠る樹洞に避難するらしい。狭い樹洞に全員が入り込めば、もちろん身体を横たえることはできない。大きな子が小さい子を抱えたまま座る、又は立ったままで過ごすしかないのだ。
 あの日、母ちゃんが持って帰ってきた果物を食べさせられた友慧の怪我は、瞬く間に完治した。友慧は身振り手振りで母ちゃんに話をつけると、両親の元まで運んでもらう。
 壊れた馬車、血にまみれた沢山の亡骸なきがらの中に父と母を見つけた友慧は泣いた。泣いて泣いて母ちゃんに両親の亡骸を運んでもらい、指先を真っ黒にして寝床の近くの土の中に埋めて埋葬した。
 その後、友慧は家の代わりであった壊された馬車に戻ってもらうと、盗賊達が持って行くことがなかった書物や普段着ていた衣服、必要だと思われる物を他の馬車ものぞきこみ集めると母ちゃんに寝床に持ち帰ってもらう。
 今日は、つい先日盗賊が襲った隊商の馬車から使える物をもらい受け、空が見える欅の木に屋根をつけている。学がある友慧により、樹洞は鳥の巣から部屋に近くなって行った。
 友慧が此処で暮らし始めてからも、子供達の数は増えて行った。最近は盗賊に襲われる商体や旅人の中に人買いもいるようで、息も絶え絶えの小さな子が運ばれて来ることもある。大きな子達は働かせるため命を奪われることなく盗賊に連れて行かれ、大人の亡骸か小さな子の亡骸しか残らないからだ。
 母ちゃんに助けられた子供は人間を信用しない。自分達から親兄弟を奪った者が盗賊と言う人間であり、人買いに自分達を売ったのも、親と言う名の人間だからだ。此処にいれば、分けへだてなく母ちゃんが愛情を注いでくれ、食べ物に困ることもない。
 欅の木の背後は崖で守られ、前面はなだらかな坂になり、その先には小さな川が流れているが、子供達の行動範囲には結界がはられ守られている。此処にいれば安全だ。それに、此処にいる子供達が他で暮らす事は難しい。人らしい生活など、していないのだから。
 だからこそ、読み書きができ知識がある友慧は、自分がしっかりして皆を支えなければと思うのだ。上には一番大きな兄ちゃんや次に大きな兄ちゃん、姉ちゃん達もいるけれど、いざ人と対した時には自分が矢面に立たなければと思っていた。
 だからこそ、母ちゃんがただならぬ様子で飛び立たった後、胸騒ぎを覚え急いでその後を追ったのだ。









「此処が、俺達の寝床。皆の家だよ」

 飛天夜叉ひてんやしゃと子供達に案内され、玄奘達は彼等かれらの巣に足を踏み入れた。









********

行商人→商品を顧客がいるところへ運び販売する人
大店→大きい店。店構えが大きく、手広く商い、多額の取引のある店
隊商→キャラバン。砂漠地方などで隊を組んで旅する商人の一団
纏わりつく→そばにいて離れない。からみついて離れない
樹洞→樹木の幹や太い枝にできた洞窟状の空間
出来得る限り→できる限度。また、できる限度まで。できるだけ
学がある→学問のたしなみがある、教養がある、などの意味で用いられる語
矢面→質問や非難などをまともに受ける立場


次回投稿は10月12日か13日が目標です。
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