天上の桜

乃平 悠鼓

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第二章

夕景山の揺籃歌《十三》

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 年の頃は十一歳か十二歳。悟空よりも幼いが、利発りはつそうに見えた。その双眸は飛天夜叉ひてんやしゃを取り囲む人間達をにらむように見据え、口元を真一文字に結んでいる。そしてその後ろから

「俺達の母ちゃんから離れろ!」
「そうだ、離れろ!」

 現れた子供は一人ではなかった。最初に現れた子供よりさらに小さな子供達も後から姿を現したのだ。
 飛天夜叉は、修羅界しゅらかいでは阿修羅あしゅら眷属けんぞくであった。阿修羅は修羅界を離れ天上界に上るとき一部の夜叉を共に連れて行きはしたが、それはすべてではない。
 夜叉の中においては最弱とも言える飛天夜叉は、その多くは伝令の役目を担っていた。そんな力の無い飛天夜叉は阿修羅と共に天上界へ行くこともできず、修羅界で邪神と共に生きる力もなく、そのほとんどは地上に移り住んだ。
 今の前に居る飛天夜叉は、そんな地上で暮らしていた夜叉から産まれた、地上産まれ地上育ちの夜叉だった。自身は王であった阿修羅を見たことはない。それでも、今も飛天夜叉は阿修羅の眷属である。
 自らの縄張りであるこの夕景山せっけいさんの北側の住処すみかから、今まで感じたこともない阿修羅の強大な力が近づいているのを感じ取り、急いでその力の元に駆けつけた。
 それが例え人の姿をしていようとも、飛天夜叉には真の姿が見える。眷属として阿修羅一族に礼をとりその命を聞くのは、ごくごく当たり前のことだった。
 だが、住処に残してきた子供達は違った。飛天夜叉がただならぬ様子で飛びたった姿を見て、何か良くないことが起こるのではないかと言う不安にかられ、急いで後を追ってきたのだ。
 そんな子供達を見て、飛天夜叉のおとがいを捉えていた沙麼蘿さばら口角こうかくが上がった。

「おい」

 玄奘の声が響く。沙麼蘿の笑みは、善人のそれには見えない。表情のとぼしい顔でニヤリと笑う様は悪役のように見えて、子供達がどんな勘違いをしないとも限らない。
 その時、子供達の中でも一番小さな子が、“かあちゃんからはなれろ!” と木の枝を片手に走ってくる。突然の行動に一緒にいた子供が “待て!” と叫び、“クゥ” と声を上げた飛天夜叉が翼を広げて走って来た子供を包み込む。
 王たる阿修羅一族に敵意を見せるなど、とんでもないことだ。そんな様子を見て、玄奘は “それ見たことか” と思う。子供達には、沙麼蘿がさぞや悪人に見えたことだろう。
 飛天夜叉の顔は人には似ているが、それでも夜叉は夜叉。人間の女よりもその顔立ちはきつく冷たい感じだ。だが、そんな夜叉よりも表情がかけた沙麼蘿の笑みは、弱者をいたぶる強者のそれに近い。
 抱きしめるように子供を包み込んだ飛天夜叉は、他の子供達を見つめ “クック、クック” と優しく語りかけるようにく。それはまるで “大丈夫、大丈夫よ” と言っているかのようだ。それでも、睨んだままの子供達の表情は変わらない。

「よい」

 その声に、飛天夜叉は振り返って沙麼蘿を見つめた。子供達の態度など気にもしていないと言うように呟かれたその声。
 沙麼蘿にとっては、幼い子供が枝を振るうだけの一撃など蚊がとまる程度のものだ、気にもとめはしない。だが

「沙麼蘿はよくても、子供の方が駄目だろ」

 思わず、悟浄が呟く。沙麼蘿のに弾かれて、おそらく子供の方が傷つく。玄奘や悟空や八戒も、悟浄の言葉にうなずきながら同意する。
 だが、そんな悟浄の言葉を気にもとめず、沙麼蘿は視線を一番大きな子供に向けその睛眸ひとみの奥を覗き見た。飛天夜叉と子供の睛眸から、沙麼蘿が垣間見たものは。





 地上で産まれ地上で育った飛天夜叉は、巣から飛び立ちつがいを得るとある山の一角に住み着いた。産まれたばかりの子供を連れて。飛天夜叉は夫婦で子育てをする。狩りをするのも、子供を育てるのも交代交代だ。
 地上においては、夜叉は強者だった。人間よりも大きなからだをし、地上のどの鳥よりも早く大空を飛び知恵があり、阿修羅の眷属として様々な場所に入ることもできる。地上にあっては敵はいないようにも見えた。
 だが、ある日狩りを終え番いと子供が待つ巣に戻った飛天夜叉を待っていたのは、見るも無残むざんな光景だった。巣は荒らされ、子供を守ろうとしたであろう番いの躰はボロボロで、血にまみれた子供は息さえしていなかった。辺りには邪神の臭いが残り、番いが邪神と闘ったのだとわかる。
 この時、修羅界では最強のまだらを作り出すべく様々な種族に攻撃を仕掛け、生き残った物だけを邪神が修羅界に拉致していたのだ。番いと我が子を亡くした飛天夜叉は、声を上げて鳴いた。一人残された飛天夜叉にできること、それは落ちていた枝葉で巣を覆い隠し、またいつ邪神がやって来るかもわからないこの場所から逃げることだけだった。



 どれだけ飛んだ時だろうか、飛天夜叉の耳にかすかな赤子の泣き声が聞こえた。泣き声を頼りにその場所を捜せば、そこには壊れた馬車と血にまみれた人間が数人。みな亡骸なきがらだった。
 その中の一人、女が守るように抱きしめいる布の中から赤子の泣き声がする。飛天夜叉がその布の包を取り出し覗き込めば、“ふぇ…ふぇ…” と力無く声を上げる赤子がいた。
 飛天夜叉は亡くなった我が子を思い出し、思わず赤子を抱きしめると自らの乳を与えた。我が子を産んで間もなかったその躰からは、まだ乳が出る。
 飛天夜叉は赤子を連れ飛び立つと、たまたま見つけた大きなけやき樹洞じゅどうを新たな巣として、人間の赤子を育て始めた。
 飛天夜叉が暮らし始めた樹洞は夕景山せっけいさんの北側にあり、人間はまずやって来ない。動物はたくさんいるが、この山では飛天夜叉が頂点に君臨している。
 此処ここに住み始めてわかったことは、南側や東側や西側のふもとには大きな街があると言うこと。山に登ってくるほとんどの人間は、中腹までしかやって来ないと言うこと。そしてこの山にはいくつか盗賊がいて、旅人を襲うと言うことだ。
 飛天夜叉は夜空を飛ぶ時に、何度も襲われた人間の亡骸や馬車の残骸ざんがいを見た。そしてその中に息も絶え絶えの子供や、親に逃されて山の中で行き倒れている子供を見つけては巣に連れ帰り育てて行った。
 飛天夜叉は愛情深く母性があり、拾った赤子や子供達を分け隔てなく育てていたのだ。








********

利発→賢いこと。才知があって頭の回転が速いこと。また、そのさま
住処→住んでいる所。住まい
それ見たことか→忠告を聞かずに失敗した相手などに対していう言葉。それ見ろ。「~、だから気をつけろと言ったのに」
亡骸→死んで魂のぬけてしまった肉体
樹洞→木のうろ。樹木の幹や太い枝にできた洞窟状の空間
君臨→絶対的勢力を持ったものが他を圧倒すること。君主として国家を支配すること
幾つか→不定•不明な(しかしそう多くはない)数を指し示す言い方。数個程度が念頭に置かれていることが多い
残骸→原形をとどめないほどに破壊された状態で残っているもの


書いても書いても終わらない病が重症化しています(-_-;)
できる所はカットしまくっていますが、登場人物が多すぎたのかもしれません(>_<)
《十六》前後で終了予定ですので、もう少しお付き合い下さいませm(_ _)m


次回投稿は9月30日か10月1日が目標です。
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