131 / 189
第二章
夕景山の揺籃歌《六》
しおりを挟む
「ッ……」
血だらけの左手首を右手で押さえた叔母が、苦痛に歪む表情でその場に座り込む。そんな中、血に染まった腕釧を持ち叔父達に冷ややかな笑みを見せた八戒の表情は、邪神が弱者をいたぶる時の顔にも似て冷酷無残にしか見えない。
「弟妹達を納屋に行かせて、正解だったな」
「あぁ、子供達には見せられねぇ」
八戒が叔母一家が暮らす家に行くと言った時、玄奘はこっそりと悟空に耳打ちし “家についたら弟妹達と納屋に行っておけ” と言った。こうなるであろうことが、わかっていたからだ。
だが、その言葉の意味がわからず “なんでだ” と一人首を傾けた悟空のそばで、“ぴゅ!” と、玉龍だけが片手を上げ返事をしていた。
土足で家の中に上がり込んだ八戒の睛眸が、叔母夫婦の娘の首元を捉える。本来なら、桂英の首元にあるはずの母の形見の首飾りは、今はそこにあった。
ほぼ無意識に八戒の手が動き、容赦なく首飾りを掴み取り引きちぎるように引っ張る。
「いッ!!」
いとも簡単に、言葉を発する間もなく、娘の身体は前と倒れ込むように動く。だがそれに反して、娘が倒れ込むことはなかった。八戒の手が、今度は娘の首を釣り上げるように高々と上げられたからだ。娘の首に、首飾りが食い込む。
「や…だッ! 痛、い! やめ…、てッ!!」
「桂英も、お前に言わなかったか。やめて!と」
その声は、憎しみすら含んでいた。それはそうだろう、桂英のためにと八戒が選んで送った衣は、今はこの娘が着ているのだから。
まだ幼い桂英の衣服が、この娘の身体に合うはずがない。だからなのか、何枚もの衣服をほどき新たに繋ぎ合わせて作られたソレは、この娘には不釣り合いにも見える。
だが、さぞや着心地はいいことだろう。寂しい思いをさせていると思えばこそ、八戒が桂英と明陽のために選び送る物はどれも質の良い物ばかりだった。
自分が我慢することはあっても、幼い弟妹達にはできるだけ我慢はさせたくないと。無論、叔母一家にも金子の他に反物なども送っていた。それなのに、桂英と明陽には何一つ届いていなかった。
肌触りの良い衣も、暖かな外套も、歩きやすそうな履物も、何一つ。すべて叔母一家が使っていた。
「首…が、ちぎれ…、るッ!」
「こんなことでちぎれる首なら、いらないだろう」
まるで、傍若無人の悪神かと見間違えるような八戒の行動に、自分の手首を押さえ座り込んでいた叔母だったが、娘の苦しむ声を聞いて
「や、やめてちょうだい! 八戒、お願いよ!!」
と叫びながら走り寄ってきて、八戒の右手に縋り付いた。その行動に “ハッ” と我に返った叔父も
「頼む八戒、やめてくれ!!」
と、叫ぶ。
「今更人間ぶるなどと。お前達のような者でも、我が子は可愛いとでも言うつもりか! ならば何故、その我が子よりも幼い桂英と明陽に千分の一、いや万分の一でも情けをかけてくれなかった!! 私だって、最初からお前達に良くして貰えるなどとは思っていなかった。だからこそ! お前達には金子や物を十分に送っていたはずだ! それなのに何故、二人から奪い取るたけ奪い取り、食べ物さえ与えなかった! この私が、頭巾を取って村の中を歩いてもいいんだぞ!!」
八戒が問答無用に叔母の手を振り払いそう言えば、叔母と叔父は顔を真っ青にして “やめて、それだけはやめて!” “俺達が悪かった。だから、それだけは…!” と、床に頭をこすりつけるようにして八戒に懇願する。
まだ幼い桂英と明陽とは違い八戒の髪色は、邪神の色である深碧色をひくとわかる色になっている。そんな八戒が村の中を頭巾なしで歩き回ればどうなるか。
幾ら姉の子供と言えど邪神の血を引く者が親族にいると知れたら、この村に住まわせていたことが知られたら、自分達はもう村で暮らすことができなくなる。それがわかっていて、金子に目がくらんで桂英と明陽を預かったのだ。
人間である黒髪の母と邪神である父を持つ八戒は、子供の頃はまだ桂英や明陽のように母よりの髪色でごまかしがきいた。だが成長するに連れ緑色が出て、今では納戸色になっている。
この髪色では同族以外には受け入れられない、だからこそ朱子深衣と言う服装をして頭巾で髪を隠し、旅をしていたのだ。双眸はまだ髪色に比べれば錆鉄御納戸色に近く、そのままで生活していても何とかごまかすことができている。
「ねぇ、姉ちゃん…」
姉がまるで首をしめられるように釣り上げれている姿をみて、叔母夫婦の息子も恐怖でその場から動けずにいる。叔母夫婦だってわかっていた。だから、八戒から桂英と明陽を迎えに行くと手紙がくれば、綺麗な衣を着せ満足のいく食事を与えるつもりだった。
山に囲まれ紅葉の季節以外はこれと言った楽しみもなく、ひたすら畑を耕す毎日。自給自足のような生活だが、決して生活が苦しいわけではない。それでも、八戒が見せた金子は近年の生活では見たこともない金額だった。
八戒が毎月金子と一緒に送ってくる品物は珍しい物ばかりだったし、欲が出たのだ。何処にも行き場のない、姉の子と言えど邪神の子供を密かに預かってやっている。いつ村人に知れるかもわからないと言う危険をはらみながら。
こんなに気を使って預かってやっているのだから、少しくらい余分にもらってもバチは当たらない。子供が持つにしては贅沢な飾り物や持ち物、この辺りでは手に入れることもできない品々。自分達の物にしたって、わかりはしないと。
「ぐ…っ…」
いよいよ、首を釣り上げられた娘の意識が飛びそうになった時
「八戒」
そう言って、玄奘が首飾りを握りしめる八戒の手首を掴んだ。
********
冷酷無残→思いやりがなく冷酷であること。冷たく無慈悲で乱暴なこと
捉える→生き物をつかまえる。捕獲する。逃げる人を取り押さえる。離すまいと手でしっかりつかむ
傍若無人→人のことなどまるで気にかけず、遊び、騒いで勝手に振る舞うこと。また、そのさま
頭巾→被り物の一種で、主として布を袋形に、あるいは折り畳み、頭部や顔面を覆い包むもの
問答無用→あれこれ議論してもなんの利益もないこと。また、もはや議論する必要のないこと
懇願→ねんごろに願うこと。ひたすらお願いすること
読み方
•深碧色→しんぺきいろ
•納戸色→なんどいろ
•錆鉄御納戸色→さびてつなんどいろ
次回投稿は6月8日か9日が目標です。
血だらけの左手首を右手で押さえた叔母が、苦痛に歪む表情でその場に座り込む。そんな中、血に染まった腕釧を持ち叔父達に冷ややかな笑みを見せた八戒の表情は、邪神が弱者をいたぶる時の顔にも似て冷酷無残にしか見えない。
「弟妹達を納屋に行かせて、正解だったな」
「あぁ、子供達には見せられねぇ」
八戒が叔母一家が暮らす家に行くと言った時、玄奘はこっそりと悟空に耳打ちし “家についたら弟妹達と納屋に行っておけ” と言った。こうなるであろうことが、わかっていたからだ。
だが、その言葉の意味がわからず “なんでだ” と一人首を傾けた悟空のそばで、“ぴゅ!” と、玉龍だけが片手を上げ返事をしていた。
土足で家の中に上がり込んだ八戒の睛眸が、叔母夫婦の娘の首元を捉える。本来なら、桂英の首元にあるはずの母の形見の首飾りは、今はそこにあった。
ほぼ無意識に八戒の手が動き、容赦なく首飾りを掴み取り引きちぎるように引っ張る。
「いッ!!」
いとも簡単に、言葉を発する間もなく、娘の身体は前と倒れ込むように動く。だがそれに反して、娘が倒れ込むことはなかった。八戒の手が、今度は娘の首を釣り上げるように高々と上げられたからだ。娘の首に、首飾りが食い込む。
「や…だッ! 痛、い! やめ…、てッ!!」
「桂英も、お前に言わなかったか。やめて!と」
その声は、憎しみすら含んでいた。それはそうだろう、桂英のためにと八戒が選んで送った衣は、今はこの娘が着ているのだから。
まだ幼い桂英の衣服が、この娘の身体に合うはずがない。だからなのか、何枚もの衣服をほどき新たに繋ぎ合わせて作られたソレは、この娘には不釣り合いにも見える。
だが、さぞや着心地はいいことだろう。寂しい思いをさせていると思えばこそ、八戒が桂英と明陽のために選び送る物はどれも質の良い物ばかりだった。
自分が我慢することはあっても、幼い弟妹達にはできるだけ我慢はさせたくないと。無論、叔母一家にも金子の他に反物なども送っていた。それなのに、桂英と明陽には何一つ届いていなかった。
肌触りの良い衣も、暖かな外套も、歩きやすそうな履物も、何一つ。すべて叔母一家が使っていた。
「首…が、ちぎれ…、るッ!」
「こんなことでちぎれる首なら、いらないだろう」
まるで、傍若無人の悪神かと見間違えるような八戒の行動に、自分の手首を押さえ座り込んでいた叔母だったが、娘の苦しむ声を聞いて
「や、やめてちょうだい! 八戒、お願いよ!!」
と叫びながら走り寄ってきて、八戒の右手に縋り付いた。その行動に “ハッ” と我に返った叔父も
「頼む八戒、やめてくれ!!」
と、叫ぶ。
「今更人間ぶるなどと。お前達のような者でも、我が子は可愛いとでも言うつもりか! ならば何故、その我が子よりも幼い桂英と明陽に千分の一、いや万分の一でも情けをかけてくれなかった!! 私だって、最初からお前達に良くして貰えるなどとは思っていなかった。だからこそ! お前達には金子や物を十分に送っていたはずだ! それなのに何故、二人から奪い取るたけ奪い取り、食べ物さえ与えなかった! この私が、頭巾を取って村の中を歩いてもいいんだぞ!!」
八戒が問答無用に叔母の手を振り払いそう言えば、叔母と叔父は顔を真っ青にして “やめて、それだけはやめて!” “俺達が悪かった。だから、それだけは…!” と、床に頭をこすりつけるようにして八戒に懇願する。
まだ幼い桂英と明陽とは違い八戒の髪色は、邪神の色である深碧色をひくとわかる色になっている。そんな八戒が村の中を頭巾なしで歩き回ればどうなるか。
幾ら姉の子供と言えど邪神の血を引く者が親族にいると知れたら、この村に住まわせていたことが知られたら、自分達はもう村で暮らすことができなくなる。それがわかっていて、金子に目がくらんで桂英と明陽を預かったのだ。
人間である黒髪の母と邪神である父を持つ八戒は、子供の頃はまだ桂英や明陽のように母よりの髪色でごまかしがきいた。だが成長するに連れ緑色が出て、今では納戸色になっている。
この髪色では同族以外には受け入れられない、だからこそ朱子深衣と言う服装をして頭巾で髪を隠し、旅をしていたのだ。双眸はまだ髪色に比べれば錆鉄御納戸色に近く、そのままで生活していても何とかごまかすことができている。
「ねぇ、姉ちゃん…」
姉がまるで首をしめられるように釣り上げれている姿をみて、叔母夫婦の息子も恐怖でその場から動けずにいる。叔母夫婦だってわかっていた。だから、八戒から桂英と明陽を迎えに行くと手紙がくれば、綺麗な衣を着せ満足のいく食事を与えるつもりだった。
山に囲まれ紅葉の季節以外はこれと言った楽しみもなく、ひたすら畑を耕す毎日。自給自足のような生活だが、決して生活が苦しいわけではない。それでも、八戒が見せた金子は近年の生活では見たこともない金額だった。
八戒が毎月金子と一緒に送ってくる品物は珍しい物ばかりだったし、欲が出たのだ。何処にも行き場のない、姉の子と言えど邪神の子供を密かに預かってやっている。いつ村人に知れるかもわからないと言う危険をはらみながら。
こんなに気を使って預かってやっているのだから、少しくらい余分にもらってもバチは当たらない。子供が持つにしては贅沢な飾り物や持ち物、この辺りでは手に入れることもできない品々。自分達の物にしたって、わかりはしないと。
「ぐ…っ…」
いよいよ、首を釣り上げられた娘の意識が飛びそうになった時
「八戒」
そう言って、玄奘が首飾りを握りしめる八戒の手首を掴んだ。
********
冷酷無残→思いやりがなく冷酷であること。冷たく無慈悲で乱暴なこと
捉える→生き物をつかまえる。捕獲する。逃げる人を取り押さえる。離すまいと手でしっかりつかむ
傍若無人→人のことなどまるで気にかけず、遊び、騒いで勝手に振る舞うこと。また、そのさま
頭巾→被り物の一種で、主として布を袋形に、あるいは折り畳み、頭部や顔面を覆い包むもの
問答無用→あれこれ議論してもなんの利益もないこと。また、もはや議論する必要のないこと
懇願→ねんごろに願うこと。ひたすらお願いすること
読み方
•深碧色→しんぺきいろ
•納戸色→なんどいろ
•錆鉄御納戸色→さびてつなんどいろ
次回投稿は6月8日か9日が目標です。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる