天上の桜

乃平 悠鼓

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第二章

始まりの終わり《十一》

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寒中お見舞い申し上げます
昨年はつたない文章にお付き合い下さりありがとうございました
本年もまたよろしくお願い致します
今年一年の皆様のご健康とご多幸をお祈り申し上げます


新年最初の更新だと言うのに、主人公達の登場もなければ名前がついた人物の登場もないΣ(゜∀゜ノ)ノ
なんだが、以前もこんな事があったようななかったような(^o^;)
本当は桜が天上界へ昇るところまでは行きたかったのですが、すごく長くなりそうだったので切の良い所で止めさせていただきましたm(_ _)m
次回は菩薩やら如来やら天帝がお出ましになり、聖宮や皇や沙麼蘿が出るところまでは行けるかも。あわよくば、玄奘達の登場まで。
やっと終わりが見えてきましたので、あと一話か二話で終了です。その次はいつも通り、玄奘一行の旅に戻ります\(^o^)/










********

 薄っすらと朱色に染まったような満月が姿を現した頃、久しぶりに山越えをしてこの場所にやって来た旅人は空を見上げ、“ふぅ…” とその息をはいた。
 一年前の今頃も、此処ここに来た。この山のふもとには、その昔近くの村人が数年をかけて植えたと言う見事な桜並木があり、この山を越える旅人達は皆その桜並木を見ることが楽しみの一つとなっており、春先に合わせやって来ることが多い。
 この旅人もまた商人であるが、此処に来るのは毎年春先と決めている。今年の桜は早咲きで満開は過ぎた頃かも知れないが、きっとあの一番大きく立派な桜の大木は、まだ多くの花弁はなびらをつけているに違いない。
 空に輝く月を見つめながら、旅人は早足で一本道を進んで行く。早く山のふもとにある村まで辿たどり着かなければ、いくら桜が咲く季節になったとはいえ夜は肌寒く、獣でも出ようものなら危険だ。
 旅人を導くように照らし出される月の光を頼りに、早足で歩くその人の目に入ってきたのはあの一際大きな桜の木。満月の光が降り注ぐように桜を照らし出し、満開に咲く花弁を浮き上がらせる。
 桜の大木は、思った通り満開に近い花を咲き乱れさせ、旅人を誘うようにサワサワと揺れその視線を奪う。程なく歩けば、桜の大木がある辺り一帯が見え、旅人はやっと山越えが終わり麓に辿り着いたのだとわかる。
 此処まで来れば、少しだけ離れた場所にある桜並木も、その先に小さくだが人里の明かりも見ることができた。立ち並ぶ桜並木は、思った以上に葉桜に近い姿を見せているが、数年前に突如として現れたと言うその桜の大木だけが、異様なほどに花をさかせている。
 だが、旅人か気になったのはそこではない。

「ひ…と?」

 他の桜とは比べものにもならないほど大きな桜の下、そのみきに片手を添えたたずむ何かの姿が見えた。だがそれは、何故なぜ陽炎かげろうのようでもあり薄っすらと揺らめく。
 恐る恐るその大木に近づけば、その異様さがわかる。それが村人や旅人ならば、あの桜の幹の大きさからすれば背丈はかなり小さいはずだ。
 しかし、桜の大木の横に佇むそれの背の高さは、桜並木の横に人が佇むのと変わらない。あの、桜の大木を前にして。
 ゾクリと、旅人の背中に冷たい何かが走った時、揺らめいていた陽炎が振り返ったような、そんな気がした。









 村の近くにある桜並木は有名で、桜が咲く頃には多くの人々が訪れる。コレと言った名物や特産品がなかったこの村に、桜目当ての旅人達がやって来てお金を落として行くようになったのは、何時いつからだったか。
 貧しい村から桜の名所として収入を得るようになった村人達は、桜の手入れを欠かさず道を整備して人々を出迎えた。桜は見るだけではなく食すこともでき、それに関係した土産品などもあり、一年を通して村人達の生活を支える。
 桜の観光客でにぎわう中、ある日突然桜並木の近くに大きな一本の桜の木が現れた。人々はその出現に度肝を抜かれたが、あまりの大きさ美しさに “天からのたまわり物” だと言い、それを喜んだ。
 たが、去年の桜の散り際に、その大木の下で人影を見たと言う話がまことしやかに囁かれるようになった。そして、今日。

「ひ…、ひぃ…ッ!!」

 雪の中、桜の状態を見にやって来た村人は、その光景の恐ろしさに腰を抜かし尻もちをつくと、雪の中を這うように逃げ帰って行った。



 真冬と言えど、この村の周りに雪が降ることはめったにない。それが寒さのあまり目覚めて見れば、辺りは一面の雪景色だった。外を白銀の世界へと変えた雪はしばらくの間降り続き、気がつけばかなりの雪が積もっている。
 この村にとって大事な桜の木々は大丈夫だろうか。雪の重さに耐えかねて、細い枝が折れたりはしていないだろうか。そう心配してやって来た桜並木で村人が見たものは…。
 少し離れた場所にある、雪をかぶった桜の大木。張り巡らせるように伸ばした枝には雪が降り積もり、他の桜の木のように白く染まっている。だが、他の桜の木と違うのは、白く降り積もった枝のいたる所から覗く真っ赤な蕾の数々。
 今はまだ冬で、蕾をつけている桜など何処にも無い。いや例えあったとしても、それは桜の花弁よりわずかに濃い桃色をした蕾のはずだ。
 それがどうだ。目の前に広がる光景は、血を固め作ったような赤い蕾を大量につけた桜の大木。それは、真っ白な雪に飛び散った血しぶきのようで、村人は思わずその恐怖に引きつった声を上げ、村へと逃げ帰って行った。



 チラチラと舞う雪は、止む気配がない。村を白銀の世界へと変えたあの雪は、その後大雪になることはなかったが、今は足首程まである雪は溶けることがなく、普段の冬を思えばこの天候は異常だった。
 この雪だけでも村人を不安にさせるには十分なのに、この村にはさらなる不安が押し寄せている。それは、真っ白な世界に佇む血塗れの桜。
 あの後、雪が舞い続ける寒い白銀の中、数日で桜の大木は真っ赤な血の色をした花を咲かせた。村の女達はその姿に悲鳴を上げ、男達は言葉もなく青白くなった顔で後ずさった。
 こんなにも不気味で気味の悪い血塗れの桜としか見えないモノが、この世にあるだろうか。あの禍々まがまがしい桜を旅人に見られたら、いったいどうなるか。またたく間に血塗れの桜の話は人々の耳に入り、呪われた桜•呪われた地と噂されることになるだろう。
 桜でしか収入を得る手段がないこの村では、死活問題になる。あの血塗れの如き桜を見られては、もう誰もこの地を受け入れてはくれない。桜を使った土産も工芸品も全て売れなくなる。

「いったい、どうしたら…」

 幸いと言うべきか、雪のため山越えをして此処まで来る者はない。早く何とかしなければ、村の住人以外の者に見られでもしたら。村人達が頭を悩ませ苦しんでいた時、この雪の中山越えをしてやって来たのは、まだ若い僧侶だった。










********

程なく→時があまりたたないうちに。まもなく
佇む→しばらく立ち止まっている。じっとその場所にいる
陽炎→春の天気のよい穏やかな日に、地面から炎のような揺らぎが立ちのぼる現象
賜り物→いただいた品物
まことしやか→いかにも本当らしく見せるさま
禍々しい→縁起が悪く、不気味なさまを意味する表現
死活問題→人が生きるか死ぬかと言うこと


次回投稿は、2月2日か3日が目標です
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