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第二章
始まりの終わり《三》
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しばらくは“天上の桜”誕生秘話となりますので、玄奘一行の登場場面はありませんm(_ _)m
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山奥にある小さな村。その昔はこの集落には沢山の鬼が住み、賑わい栄えていたと言うが、今その面影は何処にもない。
各地に存在し交流し合っていた鬼の里もその数を減らし、今や僅かに手紙のやり取りがあるのみ。東西に長い作りの村は、住人が減るに従い住居は東側のみとなり、西側は廃墟の状態となっていた。
「母さん、俺が行ってくるよ」
「でも…」
「大丈夫、貰って来るだけでしょ!」
「えぇ、そうよ。でも…、やっぱり母さんが行って来るわ」
鬼が住む集落の西側にある小さな家。本来なら誰も住むはずのないその場所に、人間の母親と頭に一本だけ角を生やした子供が暮らしていた。
この廃墟しかない西側の一番東寄りの家を修理し、人間の女を連れた鬼が住み始めたのは今から十五年ほど前のこと。村の近くで始まった戦に参戦していた鬼の一人が、人間の女を連れ戻って来たのだ。
その昔、鬼がなだらかに数を減らし始めた頃、鬼達は生存の危機を感じ他種族から伴侶を娶めとることも試してみた。だが、それはうまくは行かず、他種族との間に生まれた子供は鬼とは認められなかった。
それ以来、余程の変わり者でもない限り他種族から伴侶を娶る者はおらず、鬼とは認められない他種族との子供は、いつの間にか蔑みの対象にさえなっていた。
『角が二本ない者は鬼ではない。力のない者、知識のない者は鬼ではない。何より、我らの半分も生きられぬ者は鬼ではない』
嘗て言われたその言葉は、決して蔑みの為の言葉ではなかった。だが長い年月がたち、その言葉を発した者の真意は失われて行った。
最初、人間の女を連れ帰った鬼は皆と同じく集落の東側に住んでいた。しかし、女が鬼ではないと言う理由だけで他の鬼からよく思われていないと知ると、一人東側の外れ西側の廃墟で一番東寄りの中で使えそうな家に手を加え、二人でそちらに移り住んだのだった。
鬼は昼間は皆と狩りに行ったり東側で仕事をし、女は家の裏に鬼が作った畑を耕すなどして二人で暮らしていたが、そこに変化が現れたのは数年後、女が息子を産んでからのことだった。
その頃各地では激しい戦が始まり、それはまたもや鬼達の集落を脅かす所までやって来ていた。集落の中でも力が強く、先の戦いでも戦場に赴いた鬼は、度々女と子供を残し戦いに参戦することになる。
戦に出たり戻ったりを繰り返していたある日、鬼が亡骸となり帰って来た。その日以来、女と子は二人だけで西側に住み暮らしていたのだ。
「母さん!」
家を出て行こうとしていた母親の身体がグラリと揺れる。息子は驚いて母親に近寄ると
「俺が、俺が行ってくるから。母さんは休んでて」
と言って、元気よく家を出て行った。
親子の食事の殆どは、裏庭にある畑を耕して収穫した物だけだった。だが月に二度は、鬼達が狩りで手に入れた肉や山の果物が親子に配られる。
戦で戦死した鬼は、その息を引き取る直前 “自分亡き後は、くれぐれも妻と息子を頼む” と、親友の鬼に言い残していた。村を守るため戦に出てその命を落とした鬼の言葉は村の長老達に伝えられ、残された親子のことは親友であった鬼を中心に村全体で面倒を見ると決められた。
ただそれでも、鬼しかいないこの村では人間である母親や、半分しか鬼の血を持たない子供は異分子でしかない。言葉を交わすこともなく、冷たい視線を浴びることも多い。
だから、二人はずっと西側の家で暮らし、親友の鬼が肉や果物を親子に運んでいた。だが、親友の鬼が忙しく来れないこともある。そんな時は、母親が食料を貰いに行っていたのだ。
「半端者だ!」
「何しに来た、こっちに来るな!」
親子に対し、大人達はまるでない者のように扱う。何も言われることがないそれは、ある意味気が楽と言えば楽だった。
だが、子供達は違う。彼等は、自分達とは違う者に対しては容赦がなく残酷だった。親から西側に住む親子について何も聞かされておらず、角のない母親や一本しか角を持たない子供はよそ者でしかない。
自分達とは違う容姿を持ったよそ者に対して、子供達は良い感情を持たなかった。それは、自分達の親の態度から感じ取ったものかも知れないが、一本角の子供に向ける彼等の視線は厳しい。
「力もないよそ者の癖に、帰れ!」
そんな言葉と共に何かが飛んできて、ゴツンと額にあたる。途端傷みが襲い、思わず一本しか角を持たない子供は額を押さえた。
「何をしている、お前達!!」
突然子供達の後ろから大人の声がして、“わ~っ!” と声を上げ子供達は蜘蛛の子を散らすように駆け出して行く。
「大丈夫か」
「は…い」
大きな手で額に手を当てたのは、父親の親友だと言う身体の大きな鬼だった。子供にとって、父親の面影は殆ど無い。なんとなく、誰か大きな男の人の膝の上に座っていた思い出があるだけだ。
「手当をしよう」
鬼であれば、石をぶつけられたくらいでは傷がつくことも血が流れることもない。だが、半分しか鬼の血を引いていない子供は弱く、簡単に傷がつく。
「家に上げないで下さいね」
辿り着いた鬼の家で、親友の妻は冷たく言い放った。“半端者を家に上げるなんてとんでもない” そんな声が聞こえ、子供は鬼の後をついて裏庭へと回る。
「これでいい。今日は、母さんはどうしたんだ」
母親が、こちらに子供を越させたくないことはよく知っている。我が子がどんな目に合うか、分かっているからだ。額の手当を終えた鬼の言葉に
「ちょっと、気分が悪そうだったから」
うつ向き加減に喋る子供に、“そうか” とだけ答えると、子供が持つには大きな包みを鬼は手渡した。
「肉を多めに入れてある。うまいもんを母さんに作って貰って、二人とも栄養をつけろ。お前がもう少し大きくなれば、母さんの助けにもなるし、生活も楽になるはずだ。いいか、気をつけて帰れよ」
大きな手が子供の頭を撫で、“うん” と頷いた子供は、鬼に見送られ家へと帰って行った。
********
面影→記憶によって心に思い浮かべる顔や姿。あるものを思い起こさせる顔つき•ようす
廃墟→建物、集落、都市、鉄道等の施設が長期間使われず、荒廃した状態になっているもの
蔑む→他人を、自分より能力•人格の劣るもの、価値の低いものとみなす。見下げる。見くだす
嘗て→過去のある一時期を表す語。以前。昔
赴く→その方向へゆく•向かって行くことを意味する語
亡骸→死んで魂の抜けてしまったからだ。死体。しかばね。遺体
異分子→一団の中で周囲の多数のものと性質•種類などが異なっているもののこと
容赦ない→遠慮や、情による手加減などがないさま。情け容赦がないさまなどを表現する語
蜘蛛の子を散らす→蜘蛛の子ははいっている袋をやぶって四方八方に散ることから、大勢のものが散り散りに逃げることを言うたとえ
次回投稿は11日か12日が目標です。
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山奥にある小さな村。その昔はこの集落には沢山の鬼が住み、賑わい栄えていたと言うが、今その面影は何処にもない。
各地に存在し交流し合っていた鬼の里もその数を減らし、今や僅かに手紙のやり取りがあるのみ。東西に長い作りの村は、住人が減るに従い住居は東側のみとなり、西側は廃墟の状態となっていた。
「母さん、俺が行ってくるよ」
「でも…」
「大丈夫、貰って来るだけでしょ!」
「えぇ、そうよ。でも…、やっぱり母さんが行って来るわ」
鬼が住む集落の西側にある小さな家。本来なら誰も住むはずのないその場所に、人間の母親と頭に一本だけ角を生やした子供が暮らしていた。
この廃墟しかない西側の一番東寄りの家を修理し、人間の女を連れた鬼が住み始めたのは今から十五年ほど前のこと。村の近くで始まった戦に参戦していた鬼の一人が、人間の女を連れ戻って来たのだ。
その昔、鬼がなだらかに数を減らし始めた頃、鬼達は生存の危機を感じ他種族から伴侶を娶めとることも試してみた。だが、それはうまくは行かず、他種族との間に生まれた子供は鬼とは認められなかった。
それ以来、余程の変わり者でもない限り他種族から伴侶を娶る者はおらず、鬼とは認められない他種族との子供は、いつの間にか蔑みの対象にさえなっていた。
『角が二本ない者は鬼ではない。力のない者、知識のない者は鬼ではない。何より、我らの半分も生きられぬ者は鬼ではない』
嘗て言われたその言葉は、決して蔑みの為の言葉ではなかった。だが長い年月がたち、その言葉を発した者の真意は失われて行った。
最初、人間の女を連れ帰った鬼は皆と同じく集落の東側に住んでいた。しかし、女が鬼ではないと言う理由だけで他の鬼からよく思われていないと知ると、一人東側の外れ西側の廃墟で一番東寄りの中で使えそうな家に手を加え、二人でそちらに移り住んだのだった。
鬼は昼間は皆と狩りに行ったり東側で仕事をし、女は家の裏に鬼が作った畑を耕すなどして二人で暮らしていたが、そこに変化が現れたのは数年後、女が息子を産んでからのことだった。
その頃各地では激しい戦が始まり、それはまたもや鬼達の集落を脅かす所までやって来ていた。集落の中でも力が強く、先の戦いでも戦場に赴いた鬼は、度々女と子供を残し戦いに参戦することになる。
戦に出たり戻ったりを繰り返していたある日、鬼が亡骸となり帰って来た。その日以来、女と子は二人だけで西側に住み暮らしていたのだ。
「母さん!」
家を出て行こうとしていた母親の身体がグラリと揺れる。息子は驚いて母親に近寄ると
「俺が、俺が行ってくるから。母さんは休んでて」
と言って、元気よく家を出て行った。
親子の食事の殆どは、裏庭にある畑を耕して収穫した物だけだった。だが月に二度は、鬼達が狩りで手に入れた肉や山の果物が親子に配られる。
戦で戦死した鬼は、その息を引き取る直前 “自分亡き後は、くれぐれも妻と息子を頼む” と、親友の鬼に言い残していた。村を守るため戦に出てその命を落とした鬼の言葉は村の長老達に伝えられ、残された親子のことは親友であった鬼を中心に村全体で面倒を見ると決められた。
ただそれでも、鬼しかいないこの村では人間である母親や、半分しか鬼の血を持たない子供は異分子でしかない。言葉を交わすこともなく、冷たい視線を浴びることも多い。
だから、二人はずっと西側の家で暮らし、親友の鬼が肉や果物を親子に運んでいた。だが、親友の鬼が忙しく来れないこともある。そんな時は、母親が食料を貰いに行っていたのだ。
「半端者だ!」
「何しに来た、こっちに来るな!」
親子に対し、大人達はまるでない者のように扱う。何も言われることがないそれは、ある意味気が楽と言えば楽だった。
だが、子供達は違う。彼等は、自分達とは違う者に対しては容赦がなく残酷だった。親から西側に住む親子について何も聞かされておらず、角のない母親や一本しか角を持たない子供はよそ者でしかない。
自分達とは違う容姿を持ったよそ者に対して、子供達は良い感情を持たなかった。それは、自分達の親の態度から感じ取ったものかも知れないが、一本角の子供に向ける彼等の視線は厳しい。
「力もないよそ者の癖に、帰れ!」
そんな言葉と共に何かが飛んできて、ゴツンと額にあたる。途端傷みが襲い、思わず一本しか角を持たない子供は額を押さえた。
「何をしている、お前達!!」
突然子供達の後ろから大人の声がして、“わ~っ!” と声を上げ子供達は蜘蛛の子を散らすように駆け出して行く。
「大丈夫か」
「は…い」
大きな手で額に手を当てたのは、父親の親友だと言う身体の大きな鬼だった。子供にとって、父親の面影は殆ど無い。なんとなく、誰か大きな男の人の膝の上に座っていた思い出があるだけだ。
「手当をしよう」
鬼であれば、石をぶつけられたくらいでは傷がつくことも血が流れることもない。だが、半分しか鬼の血を引いていない子供は弱く、簡単に傷がつく。
「家に上げないで下さいね」
辿り着いた鬼の家で、親友の妻は冷たく言い放った。“半端者を家に上げるなんてとんでもない” そんな声が聞こえ、子供は鬼の後をついて裏庭へと回る。
「これでいい。今日は、母さんはどうしたんだ」
母親が、こちらに子供を越させたくないことはよく知っている。我が子がどんな目に合うか、分かっているからだ。額の手当を終えた鬼の言葉に
「ちょっと、気分が悪そうだったから」
うつ向き加減に喋る子供に、“そうか” とだけ答えると、子供が持つには大きな包みを鬼は手渡した。
「肉を多めに入れてある。うまいもんを母さんに作って貰って、二人とも栄養をつけろ。お前がもう少し大きくなれば、母さんの助けにもなるし、生活も楽になるはずだ。いいか、気をつけて帰れよ」
大きな手が子供の頭を撫で、“うん” と頷いた子供は、鬼に見送られ家へと帰って行った。
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面影→記憶によって心に思い浮かべる顔や姿。あるものを思い起こさせる顔つき•ようす
廃墟→建物、集落、都市、鉄道等の施設が長期間使われず、荒廃した状態になっているもの
蔑む→他人を、自分より能力•人格の劣るもの、価値の低いものとみなす。見下げる。見くだす
嘗て→過去のある一時期を表す語。以前。昔
赴く→その方向へゆく•向かって行くことを意味する語
亡骸→死んで魂の抜けてしまったからだ。死体。しかばね。遺体
異分子→一団の中で周囲の多数のものと性質•種類などが異なっているもののこと
容赦ない→遠慮や、情による手加減などがないさま。情け容赦がないさまなどを表現する語
蜘蛛の子を散らす→蜘蛛の子ははいっている袋をやぶって四方八方に散ることから、大勢のものが散り散りに逃げることを言うたとえ
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