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第二章
雪中四友 〜蠟梅の咲く頃〜 《八》
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目の前で癇癪を起こすような二人の姿を見て、“あぁ、この二人ならさぞや紫苑と言う女は騙しやすかっただろう” と、八戒は思う。その姿は、自分の弟や妹の姿と重なり、所詮は井の中の蛙で大海を知らなかったのだ。
蓮花洞と言う場所でしか生活したことのない子供達。そんな子供を騙して操るなど大人の風上にも置けない所業だが、それを邪神に言っても意味の無いことだ。
「もうすぐ、うまれるはずだったんだ。ロウバイのさくころにはうまれるって、かあちゃんがいったんだ」
「だけど、かあちゃんもとうちゃんも、むらのちょうろうたちもねむったままおきないんだ」
「オレらがたすけないといけないんだ! オレらしかいないんだ!!」
「じいちゃんとやくそくしたんだ! とうちゃんとかあちゃんのことはまかせろって!!」
子供である自分達以外に、頼れる者は誰もいない状態なのだ。次第に泣き顔になりポロリと泪をこぼしながら、それでも金角と銀角は双刀を握り締め耐えていた。泣いたからって、眠りについた皆が目覚めるわけじゃない。お腹の中の子が助かるわけじゃない。それでも
「かあちゃん…は、みおも…なん…だ」
「オレら…の、おとう…とか…いもうと…なん…だ」
小さな肩を震わせる二人を見て
「これだから、邪神は嫌いだ」
と、八戒は己の手を血が滲み出るほどに強く握り締めた。自分の身体にも、奴らと同じ血が流れているのだと思えば虫酸が走る。きっとどこからか、自分達が騙し利用しようとしたこの子供達の、嘆き悲しむ中に見える絶望を見て笑っている奴らがいるはずだ。
邪神の中にあって、八戒の父親は変わり者だった。きっと何処かで、邪神ではないモノの血が混じっていたのだろう。八戒の父親には、残虐性が全くと言っていいほどなかった。修羅界にあっては、毛色の違う先祖返りだったのだ。
だから彼は、修羅界を嫌い一人離れた。人間界に移り住み、八戒の母と出逢って人間を愛し、我が子を愛し、自分の住んでいる村を愛した。そして、それらを守るために命をかけ散って行ったのだ。八戒は、父の血をそのまま受け継いでいる。
八戒も父親と同じように、その身に邪神の血が流れていようとも奴らが嫌いだ。あの日、父の命を奪った邪神。そして、母の遺骸を踏みつけ笑った邪神。“自分は、決して奴らのようにはならない”、それは八戒の揺らぐことのない想い。
「何か、方法は」
まだ幼い子供のくせに泣きわめくこともせず、ただただ小さな肩を振るわせ双刀を握りしめる金角と銀角を見つめ、玄奘が沙麼蘿に問うた。父や母、まだ生まれてもいない腹の子を案じる二人の姿は、御師匠様や兄弟子の身を案じながら、何一つできなかった幼き日の自分の姿と重なる。
「黄仙桃」
「ぴゅ!」
沙麼蘿の発した言葉に、金角と銀角と戦っていた悟空の肩から木の枝に避難していた玉龍が、“あるよ!” と声をあげた。この蠟梅園も祖父の神力に溢れた場所だが、此処からさらに上に行った所にも一際祖父の神力を感じる場所がある。
黄仙桃は、天上界にある蟠桃果によく似た桃だ。三千年に一度熟する蟠桃果を食せば仙人に、六千年に一度熟する蟠桃果を食せば不老長生に、九千年に一度熟する蟠桃果を食せば天地日月と同じだけ生きられると言われるように、黄仙桃を一口食せばいかなる病や呪いも治すと言われている。
この黄仙桃は龍神達が好んで食す嗜好品だが、人が二口以上食せばかえって毒となる代物。人間や妖怪にとっては、薬にも毒にもなるものなのだ。蠟梅の中に混じって微かに感じる黄仙桃の香り、それを玉龍は敏感に感じ取っていた。
「お前達が、どんなことをしてでも両親を助けたいと言うのなら、黄仙桃の場所を教えてやる」
「そのこうせんとうをたべれば、かあちゃんやとうちゃんはたすかるのか!」
「おなかのこやちょうろうたちも、たすかるのか!」
沙麼蘿の言葉に、金角と銀角がすがるように声をあげる。
「あぁ。お前達が、本当ににそれを自ら手でもぎ取ることができれば、な。だが、あの黄仙桃が簡単に手に入るとは思うなよ」
「ぴゅ…」
“あれは、龍神以外が手に入れるのは大変だから…”、あの木から如何にして子供達が黄仙桃をもぎ取るのかと、それを考え玉龍は肩を落としポツリと呟いた。
「おい、なん冗談だよ」
「これを、子供達に取れと言うのですか!」
「無理に決まってるよ、姉ちゃん!」
「何だ、コレは」
歩みを進めた先に現れた、たった一本の木。それを見て悟浄、八戒、悟空、玄奘が次々に声をあげた。この木から桃を取れと、お前はそう言うのかと。
「言ったはずだ、黄仙桃が簡単に手に入ると思うなと」
その木を見ても、沙麼蘿が表情を変えることはない。
「ぴゅ…」
それは確かに龍神の好物だった。龍神は龍の姿で空を駆け、空中から黄仙桃を食む。それはとても簡単なことだった。たが今、ハムスターの姿である玉龍は、黄仙桃を食べることはできない。それは、黄仙桃の木の形を見ればあきらかだ。
まるで薔薇の茎ように、木の幹についた数多の鋭い棘。少しでも触れれば怪我をしてしまいそうな棘が、幹いっぱいに生えているのだ。それはまるで、生き物が黄仙桃に近づくことを拒んでいるようにも見えた。
********
癇癪→怒りやすい性格。怒りの発作。短気。易怒性(いどせい)
さぞや→「さぞ」を強めていう語。さだめし。さぞかし
所詮→最後に落ち着くところ
井の中の蛙大海を知らず→自分が今見えている世界がすべてだと思っていて、他の視点や考えがあることを知らず見識が狭い
風上にも置けない→性質や行動などが卑劣である時、罵(ののし)って言う言葉
所業→あることを行うこと
虫酸が走る→胸がむかむかするほど不快である
先祖返り→何代も前の先祖がもっていた遺伝上の形質が、突然その子孫のある個体に現れること
遺骸→死骸。なきがら。遺体
一際→他と比べて特に目立っている様。一段と
嗜好品→風味や味、摂取時の心身の高揚感など味覚や臭覚を楽しむために飲食される食品•飲料や喫煙物のこと
如何にして→手段•原因•理由について疑問を表す。どうやって。どうにかして
食む→食物をかんで食う。また、飲み込む
次回投稿は4月8日か9日が目標です。
蓮花洞と言う場所でしか生活したことのない子供達。そんな子供を騙して操るなど大人の風上にも置けない所業だが、それを邪神に言っても意味の無いことだ。
「もうすぐ、うまれるはずだったんだ。ロウバイのさくころにはうまれるって、かあちゃんがいったんだ」
「だけど、かあちゃんもとうちゃんも、むらのちょうろうたちもねむったままおきないんだ」
「オレらがたすけないといけないんだ! オレらしかいないんだ!!」
「じいちゃんとやくそくしたんだ! とうちゃんとかあちゃんのことはまかせろって!!」
子供である自分達以外に、頼れる者は誰もいない状態なのだ。次第に泣き顔になりポロリと泪をこぼしながら、それでも金角と銀角は双刀を握り締め耐えていた。泣いたからって、眠りについた皆が目覚めるわけじゃない。お腹の中の子が助かるわけじゃない。それでも
「かあちゃん…は、みおも…なん…だ」
「オレら…の、おとう…とか…いもうと…なん…だ」
小さな肩を震わせる二人を見て
「これだから、邪神は嫌いだ」
と、八戒は己の手を血が滲み出るほどに強く握り締めた。自分の身体にも、奴らと同じ血が流れているのだと思えば虫酸が走る。きっとどこからか、自分達が騙し利用しようとしたこの子供達の、嘆き悲しむ中に見える絶望を見て笑っている奴らがいるはずだ。
邪神の中にあって、八戒の父親は変わり者だった。きっと何処かで、邪神ではないモノの血が混じっていたのだろう。八戒の父親には、残虐性が全くと言っていいほどなかった。修羅界にあっては、毛色の違う先祖返りだったのだ。
だから彼は、修羅界を嫌い一人離れた。人間界に移り住み、八戒の母と出逢って人間を愛し、我が子を愛し、自分の住んでいる村を愛した。そして、それらを守るために命をかけ散って行ったのだ。八戒は、父の血をそのまま受け継いでいる。
八戒も父親と同じように、その身に邪神の血が流れていようとも奴らが嫌いだ。あの日、父の命を奪った邪神。そして、母の遺骸を踏みつけ笑った邪神。“自分は、決して奴らのようにはならない”、それは八戒の揺らぐことのない想い。
「何か、方法は」
まだ幼い子供のくせに泣きわめくこともせず、ただただ小さな肩を振るわせ双刀を握りしめる金角と銀角を見つめ、玄奘が沙麼蘿に問うた。父や母、まだ生まれてもいない腹の子を案じる二人の姿は、御師匠様や兄弟子の身を案じながら、何一つできなかった幼き日の自分の姿と重なる。
「黄仙桃」
「ぴゅ!」
沙麼蘿の発した言葉に、金角と銀角と戦っていた悟空の肩から木の枝に避難していた玉龍が、“あるよ!” と声をあげた。この蠟梅園も祖父の神力に溢れた場所だが、此処からさらに上に行った所にも一際祖父の神力を感じる場所がある。
黄仙桃は、天上界にある蟠桃果によく似た桃だ。三千年に一度熟する蟠桃果を食せば仙人に、六千年に一度熟する蟠桃果を食せば不老長生に、九千年に一度熟する蟠桃果を食せば天地日月と同じだけ生きられると言われるように、黄仙桃を一口食せばいかなる病や呪いも治すと言われている。
この黄仙桃は龍神達が好んで食す嗜好品だが、人が二口以上食せばかえって毒となる代物。人間や妖怪にとっては、薬にも毒にもなるものなのだ。蠟梅の中に混じって微かに感じる黄仙桃の香り、それを玉龍は敏感に感じ取っていた。
「お前達が、どんなことをしてでも両親を助けたいと言うのなら、黄仙桃の場所を教えてやる」
「そのこうせんとうをたべれば、かあちゃんやとうちゃんはたすかるのか!」
「おなかのこやちょうろうたちも、たすかるのか!」
沙麼蘿の言葉に、金角と銀角がすがるように声をあげる。
「あぁ。お前達が、本当ににそれを自ら手でもぎ取ることができれば、な。だが、あの黄仙桃が簡単に手に入るとは思うなよ」
「ぴゅ…」
“あれは、龍神以外が手に入れるのは大変だから…”、あの木から如何にして子供達が黄仙桃をもぎ取るのかと、それを考え玉龍は肩を落としポツリと呟いた。
「おい、なん冗談だよ」
「これを、子供達に取れと言うのですか!」
「無理に決まってるよ、姉ちゃん!」
「何だ、コレは」
歩みを進めた先に現れた、たった一本の木。それを見て悟浄、八戒、悟空、玄奘が次々に声をあげた。この木から桃を取れと、お前はそう言うのかと。
「言ったはずだ、黄仙桃が簡単に手に入ると思うなと」
その木を見ても、沙麼蘿が表情を変えることはない。
「ぴゅ…」
それは確かに龍神の好物だった。龍神は龍の姿で空を駆け、空中から黄仙桃を食む。それはとても簡単なことだった。たが今、ハムスターの姿である玉龍は、黄仙桃を食べることはできない。それは、黄仙桃の木の形を見ればあきらかだ。
まるで薔薇の茎ように、木の幹についた数多の鋭い棘。少しでも触れれば怪我をしてしまいそうな棘が、幹いっぱいに生えているのだ。それはまるで、生き物が黄仙桃に近づくことを拒んでいるようにも見えた。
********
癇癪→怒りやすい性格。怒りの発作。短気。易怒性(いどせい)
さぞや→「さぞ」を強めていう語。さだめし。さぞかし
所詮→最後に落ち着くところ
井の中の蛙大海を知らず→自分が今見えている世界がすべてだと思っていて、他の視点や考えがあることを知らず見識が狭い
風上にも置けない→性質や行動などが卑劣である時、罵(ののし)って言う言葉
所業→あることを行うこと
虫酸が走る→胸がむかむかするほど不快である
先祖返り→何代も前の先祖がもっていた遺伝上の形質が、突然その子孫のある個体に現れること
遺骸→死骸。なきがら。遺体
一際→他と比べて特に目立っている様。一段と
嗜好品→風味や味、摂取時の心身の高揚感など味覚や臭覚を楽しむために飲食される食品•飲料や喫煙物のこと
如何にして→手段•原因•理由について疑問を表す。どうやって。どうにかして
食む→食物をかんで食う。また、飲み込む
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