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第二章
雪中四友 〜蠟梅の咲く頃〜 《三》
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「行ったか」
「えぇ、行ったわ」
金角と銀角が出て行った洞窟の一角で、一組の男女が話をしている。一人は、二十歳を少し過ぎたくらいの女。
胡桃色の長い髪と双眸して、半色の襦裙を着ている。その半色の襦裙の裾には山々の刺繍が施され、十五夜の月が浮かんでいた。
つい今し方、優しげな表情で金角と銀角を送り出したこの女の名は紫苑といい、邪神に仕える斑だ。すべてに溶け込む力を持つこの女は、人に混ざれば人に、妖怪に混ざれば妖怪になることができる。今回も、誰もが紫苑を女怪だと信じて疑わなかった。
その紫苑の近くにいて声だけを響かせているのは仲間の望月。邪神特有の深碧色の髪と双眸を持つ男だが、今は他の者に姿を見られぬように声だけを響かせている。
「若様の命令とは言え、果たしてあんな子供が役に立つのか」
「役になど、立ちはしないわ。何の苦労もなく、両親に守られてぬくぬくと暮らしてきた、ただそれだけの子供よ」
紫苑のその顔は、先程とは打って変わって冷たげだった。そしてその口振りは、まるで金角と銀角を役立たずだと侮っているようだ。
「連翹様に役立たずを押し付けて、失敗すれば連翹様が悪いと言い出すつもりだろう」
「えぇ、若様が考えそうなことよ」
紫苑と望月が仕える連翹は、修羅界の頂点に立つ邪神の王の息子の一人だが、その立場は弱い。母親は何の地位もない下働きの女で、長い間床に臥したあと亡くなっている。
同じ王の子といえど、長兄であり修羅界の中では力も地位も強い一ノ妃の息子である若様や、天上人と言う邪神が喉から手が出るほど欲しがる力を持った母親から生まれた稀血を持つ、王のお気に入りである一ノ姫の華風丹とは与えられた環境も立場も違う。
地位のない妃から生まれた子は、同じ王の子であっても兄弟達から蔑まれる。紫苑や望月の知る限り、連翹の頭脳に勝るのは華風丹くらいのもので王もその実力は認めてはいるが、兄弟達からの連翹に対する態度は華風丹以外は冷たい。
今回のように若様の命令で逆らうことができない時も、一番悪い場所が連翹に与えられる。連翹は、それを自らの力で克服しなければならない。
「だが、他の所も失敗するだろう」
「えぇ、そうね。若様も、花韮に植え付けた華魂が手に入らなかったことで、三蔵達の力がわかりそうなものを。妖怪如きに、三蔵が倒せるものですか」
「しかも、あの双子が行った三蔵には沙麼蘿公女が、もう一人の三蔵の背後にはナタ太子が、もう一人には吉祥天が力を貸しているそうじゃないか」
「私達が動かない限り、無理に決まっているわ」
「そうだな、いざとなれば俺達が動くか」
連翹は、他の兄弟達から蔑まれていたとしても、一人ではなかった。連翹には、信頼のおける仲間がいる。力が全ての修羅界において、信頼と言う名の仲間・部下を持っているのは王と華風丹と連翹だけだと言ってもいい。
今は各地で、妖怪の王や長老達が眠りにつくと言う事件が起こっている。それは、紫苑を始めとする邪神やそれに仕える者達がアルモノを食べさせたからだ。如何に金角や銀角、そして各地の妖怪達が動こうとも、眠りについた彼らが目覚めることはない。
いいように踊らされ、仮に天上の桜の鍵を手に入れられたとしても、鍵だけを奪われて彼らは絶望の内に眠った者達と共に息絶えることだろう。そこに、彼らが助かるすべはないのだから。
「戻るわ」
「あぁ。全て順調に進んでいると、報告しておく」
その声を最後に望月は姿を消し、紫苑は何事もなかったかのように村へと帰って行った。
「やっと大きな街まで来たぞー!!」
「今まで、街らし街はなかった。やっと人並みの生活ができますね」
悟空が遠くに見える街並みを見て喜びの声を上げるのを、八戒も嬉しそうに見ていた。この数週間、玄奘達が通ってきた道のりにあったのは僅か二つの小さな村だけで、ほとんどは野宿だった。
「これで、暖かい部屋で布団に入って眠れるな」
「ぴゅー!」
悟浄の言葉に、“やったー!” とハムスター姿の玉龍も喜びの声を上げ、琉格泉の頭の上で飛び跳ねる。この寒空の下、風を防ぐ場所もない中での野宿は、モフモフな玉龍でも辛い。玉龍は悟空達とは違い、琉格泉の頭や背中でその毛並みに埋もれて暖を取ってはいるが、それでも寒いものは寒いのだ。
「雪が降る前に、街に辿り着いたな」
玄奘が皆を追い立てるように野宿をして、強行軍でここまで辿り着いたのは、雪を心配してのこと。街の後方に見える平頂山は、既に中腹まで雪に覆われている。もう少し経てば、玄奘達が歩いてきた道のりも雪に覆われ、野宿も先へ進むことも難しかっただろう。
だが麓の街なら、先へ進むことが難しくなるほどの雪は降らない。もし降ったとしても、旅はできる。それに、玄奘がこの時期に合わせるようにこの街に辿り着いたのは
『紅流児は、蠟梅の花を見たことがありますか。平頂山の麓にある街には、それはそれは美しい蠟梅が咲く場所があるのですよ。いつか、紅流児にも見せてやりたいものです』
まだ子供だった玄奘に、金山寺の一角にある白梅を見て壽慶三蔵がそう言ったのを覚えていたからだ。
********
胡桃色→胡桃の木の皮や実の外皮、あるいは根の皮などを使って染めた黄褐色のこと
半色→深紫と浅紫の中間の紫色のこと
施す→飾りや補いのために何かを付け加える
斑→違った色が所々にまじっていたり色や濃淡があったりすること。ぶち。ここでは様々な種族の血がまじっている人
深碧色→宝石の緑碧玉(りょくへきぎょく)の色のような力強く深い緑色のこと
侮る→人を軽くみてばかにする。見下す
床に臥す→病気になって寝込むこと
喉から手が出る→欲しくてたまらないことをたとえていう
稀血→実現・存在することが非常に少ない血。数少なく珍しい血
蔑む→他人を、自分より能力・人格の劣るもの、価値の低いものとみなす。見下げる
如き→のような
如何に→程度などについて推量する気持ちを表す。どれほど。どんなに
踊らされる→他人が意図した通りに行動してしまう。いいように操られる
強行軍→時間的にゆとりのない計画で、無理に事を進めること
ちなみに、連翹は花のレンギョウから。花言葉は、希望・希望の実現
次回投稿は2月7日か8日が目標です。
「えぇ、行ったわ」
金角と銀角が出て行った洞窟の一角で、一組の男女が話をしている。一人は、二十歳を少し過ぎたくらいの女。
胡桃色の長い髪と双眸して、半色の襦裙を着ている。その半色の襦裙の裾には山々の刺繍が施され、十五夜の月が浮かんでいた。
つい今し方、優しげな表情で金角と銀角を送り出したこの女の名は紫苑といい、邪神に仕える斑だ。すべてに溶け込む力を持つこの女は、人に混ざれば人に、妖怪に混ざれば妖怪になることができる。今回も、誰もが紫苑を女怪だと信じて疑わなかった。
その紫苑の近くにいて声だけを響かせているのは仲間の望月。邪神特有の深碧色の髪と双眸を持つ男だが、今は他の者に姿を見られぬように声だけを響かせている。
「若様の命令とは言え、果たしてあんな子供が役に立つのか」
「役になど、立ちはしないわ。何の苦労もなく、両親に守られてぬくぬくと暮らしてきた、ただそれだけの子供よ」
紫苑のその顔は、先程とは打って変わって冷たげだった。そしてその口振りは、まるで金角と銀角を役立たずだと侮っているようだ。
「連翹様に役立たずを押し付けて、失敗すれば連翹様が悪いと言い出すつもりだろう」
「えぇ、若様が考えそうなことよ」
紫苑と望月が仕える連翹は、修羅界の頂点に立つ邪神の王の息子の一人だが、その立場は弱い。母親は何の地位もない下働きの女で、長い間床に臥したあと亡くなっている。
同じ王の子といえど、長兄であり修羅界の中では力も地位も強い一ノ妃の息子である若様や、天上人と言う邪神が喉から手が出るほど欲しがる力を持った母親から生まれた稀血を持つ、王のお気に入りである一ノ姫の華風丹とは与えられた環境も立場も違う。
地位のない妃から生まれた子は、同じ王の子であっても兄弟達から蔑まれる。紫苑や望月の知る限り、連翹の頭脳に勝るのは華風丹くらいのもので王もその実力は認めてはいるが、兄弟達からの連翹に対する態度は華風丹以外は冷たい。
今回のように若様の命令で逆らうことができない時も、一番悪い場所が連翹に与えられる。連翹は、それを自らの力で克服しなければならない。
「だが、他の所も失敗するだろう」
「えぇ、そうね。若様も、花韮に植え付けた華魂が手に入らなかったことで、三蔵達の力がわかりそうなものを。妖怪如きに、三蔵が倒せるものですか」
「しかも、あの双子が行った三蔵には沙麼蘿公女が、もう一人の三蔵の背後にはナタ太子が、もう一人には吉祥天が力を貸しているそうじゃないか」
「私達が動かない限り、無理に決まっているわ」
「そうだな、いざとなれば俺達が動くか」
連翹は、他の兄弟達から蔑まれていたとしても、一人ではなかった。連翹には、信頼のおける仲間がいる。力が全ての修羅界において、信頼と言う名の仲間・部下を持っているのは王と華風丹と連翹だけだと言ってもいい。
今は各地で、妖怪の王や長老達が眠りにつくと言う事件が起こっている。それは、紫苑を始めとする邪神やそれに仕える者達がアルモノを食べさせたからだ。如何に金角や銀角、そして各地の妖怪達が動こうとも、眠りについた彼らが目覚めることはない。
いいように踊らされ、仮に天上の桜の鍵を手に入れられたとしても、鍵だけを奪われて彼らは絶望の内に眠った者達と共に息絶えることだろう。そこに、彼らが助かるすべはないのだから。
「戻るわ」
「あぁ。全て順調に進んでいると、報告しておく」
その声を最後に望月は姿を消し、紫苑は何事もなかったかのように村へと帰って行った。
「やっと大きな街まで来たぞー!!」
「今まで、街らし街はなかった。やっと人並みの生活ができますね」
悟空が遠くに見える街並みを見て喜びの声を上げるのを、八戒も嬉しそうに見ていた。この数週間、玄奘達が通ってきた道のりにあったのは僅か二つの小さな村だけで、ほとんどは野宿だった。
「これで、暖かい部屋で布団に入って眠れるな」
「ぴゅー!」
悟浄の言葉に、“やったー!” とハムスター姿の玉龍も喜びの声を上げ、琉格泉の頭の上で飛び跳ねる。この寒空の下、風を防ぐ場所もない中での野宿は、モフモフな玉龍でも辛い。玉龍は悟空達とは違い、琉格泉の頭や背中でその毛並みに埋もれて暖を取ってはいるが、それでも寒いものは寒いのだ。
「雪が降る前に、街に辿り着いたな」
玄奘が皆を追い立てるように野宿をして、強行軍でここまで辿り着いたのは、雪を心配してのこと。街の後方に見える平頂山は、既に中腹まで雪に覆われている。もう少し経てば、玄奘達が歩いてきた道のりも雪に覆われ、野宿も先へ進むことも難しかっただろう。
だが麓の街なら、先へ進むことが難しくなるほどの雪は降らない。もし降ったとしても、旅はできる。それに、玄奘がこの時期に合わせるようにこの街に辿り着いたのは
『紅流児は、蠟梅の花を見たことがありますか。平頂山の麓にある街には、それはそれは美しい蠟梅が咲く場所があるのですよ。いつか、紅流児にも見せてやりたいものです』
まだ子供だった玄奘に、金山寺の一角にある白梅を見て壽慶三蔵がそう言ったのを覚えていたからだ。
********
胡桃色→胡桃の木の皮や実の外皮、あるいは根の皮などを使って染めた黄褐色のこと
半色→深紫と浅紫の中間の紫色のこと
施す→飾りや補いのために何かを付け加える
斑→違った色が所々にまじっていたり色や濃淡があったりすること。ぶち。ここでは様々な種族の血がまじっている人
深碧色→宝石の緑碧玉(りょくへきぎょく)の色のような力強く深い緑色のこと
侮る→人を軽くみてばかにする。見下す
床に臥す→病気になって寝込むこと
喉から手が出る→欲しくてたまらないことをたとえていう
稀血→実現・存在することが非常に少ない血。数少なく珍しい血
蔑む→他人を、自分より能力・人格の劣るもの、価値の低いものとみなす。見下げる
如き→のような
如何に→程度などについて推量する気持ちを表す。どれほど。どんなに
踊らされる→他人が意図した通りに行動してしまう。いいように操られる
強行軍→時間的にゆとりのない計画で、無理に事を進めること
ちなみに、連翹は花のレンギョウから。花言葉は、希望・希望の実現
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