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第一章
天の原と戦の原に舞う紅の花 《九》
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次回三蔵一行に戻るため、足早に進んでしまった(>_<)
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皇は老人の話を聞き終えると、連れていた大神の一頭須格泉に花薔を連れて来るよう命じた。
ほどなくして現れた花薔仙女は、蒼宮から荷物を持たせた下男二名を連れて来ていた。須格泉から連絡を受けた花薔は、皇の意図をすぐに理解したからだ。
母親である聖宮を亡くし、義妹と呼んでいた沙麼蘿まで亡くした皇は、もう寄る辺のない状態だった。皇が誰にも負けぬ力を得るには、その手足となって自らの命を顧みず働いてくれる者達が必要となる。その時花薔の頭に浮かんだのが、天都の端に捨て置かれた斑達だった。
きっかけがつかめぬまま今日まで来てしまったが、斑達の生活環境については調べ終わっていた。阿修羅王から与えられた宝具に愛染明王からいただいた猩々緋色の衣、それに斑達の力が集まれば、皇はこの上界において誰にも引けをとらぬ一大勢力を得ることができる。
そのためには、決して皇を裏切らぬ忠誠心、皇のためならば命も厭わず身体を投げ出せる、そんな強固な結束が必要だった。皇のため、その強固な結束が得られるのなら、自分は喜んでこの身を捧げよう。花薔は、はじめからそう思っていた。
花薔自らが作り出した薬と、下男に持たせていた食料や衣服を斑達に配って行く。その間、皇は妾季や花梨を通して大方の状況を理解していた。
「俺達に、職をくれると」
「そうだ。お前達に働く気があるのなら、私がその職をやろう。すぐに、とは言わぬ。よく考えて蒼宮に返答に来るがいい」
皇は妾季達にそう告げると、斑の地をあとにした。
「花薔、よかったのか」
「構いません。これで彼らの心がつかめるのならば、安いものでございます」
花薔が斑達に与えた薬、それは地仙が作る薬の中でも大変貴重なものだった。地仙の作る薬は須弥山で作られるため、薬の中には須弥山の霊気が込められている。
だが、花薔が斑達に与えた薬は須弥山の霊気だけではなく、その薬を作る仙本人の気が練り込まれたものだったのだ。仙本人の気、それは命の灯火そのもの。花薔は自らの命の火を削り、その薬に練り込んでいたのだ。
仙の気が入った薬、それは通常の薬では考えられないほどの効能を持つ。病に臥した聖宮が、それでも長きに渡り生きていられたのは、この花薔の作り出す薬と沙麼蘿の力があればこそのことだった。
その後も、花薔は皇と沙麼蘿のためこの薬を作り続け、常に二人に持たせていた。もしも何かあった時にはこの薬を使うように、と。
今日斑達に薬を与えたことで、病をかかえていた者達の状態は一気に改善するだろう。重い病をかかえた者にはさらに薬を与えてもいい。それで皇に対する忠誠心を得られるのなら安いものだ、と花薔は思うのだ。
それから数日後、妾季がやって来て斑達は生きるための職を得ることになる。
「いいなぁ、こんな所に住んでみたいよ。ここなら雨風しのげて、じいちゃんも深里ももっと元気になれるのに」
「深永。皇様と花薔仙女のおかげで、二人とも十分に元気になったでしょう」
「そりゃ、じいちゃんも起き上がれるようになったし、深里ももらった杖でなんとか動けるようになったけどさ」
此処は、皇が住まう蒼宮の手前に位置する何もない土地。皇が斑達に与えた職は、ここにたくさんの家を造ることだった。男達は木材を担ぎ家を造り、女子供は掃除や片付けをしながら働いていた。
床を拭きながら深永の話を聞いていた花梨、確かに岩場で雨風をしのぎながら暮らす自分達からすれば、この木造の家など夢のまた夢。こんな立派な家に自分達が住める日など、来るはずもないのだ。
それでも、お給料がもらえて毎日食べ物を食べられる。そんな幸せな日が訪れるなんて思いもしなかった。病気が治った者も多い。だから皆、一生懸命に働いた。
そしてすべてが完成した時、皇は言ったのだ “好きな家に住むといい” と。
「この私に忠誠を誓うなら、家臣として取り立てよう。そうでない者は、此処に住み自分の進むべき道を決めるがいい。」
と。病気を治してくれただけでなく、住む場所もくれると皇は言う。誰にも顧みらせれず捨て置かれ、生きて行くことすら難しかった自分達に安寧の地をくれると、皇は言う。
ならば、与えられた分、いやそれ以上を皇にかえそう。そう誓った者は多かった。皇と花薔仙女はそれらを見極め、信頼できる者達を身近に置いていく。
そしてそれと共に、皇は最後まで斑達に支援し続けた大店の前当主と話をつけ一つの商会を立ち上げた。幼い沙麼蘿が力を制御できず飛ばされた先で手に入れた珍しい種を、皇はたくさん持っていた。
それは日ごとに色を変える花、見たこともない果物など様々だ。これらを蒼宮が所有する土地で作り、商会を通して売り出して収入を得る。
天人達は知らなかったのだ。いや、知ろうとはしなかったのだ。斑の血が如何なるものか。闘いのための武器として作り出された斑だが、その血は尋常ではない。その能力を発揮できる場所で仕事を与えれば、天人達以上の力を発揮すると言うことを。それは闘いでも商売でもかわりない。各自の力を伸ばしてやれば強固な軍を作り、大きな商会になるまでにはさほどの時間はかからなかった。
こうして軍事、財源においても皇は一大勢力の長となり、ナタ率いる軍を天界軍、皇率いる軍を蒼宮軍と呼ぶようになる。
********
下男→雇われて雑用をする男。下働きの男意図→こうしようと考えていること。めざしていること。何かをしようと考えること
寄る辺ない→周囲に頼りにできる人物がいないさま
顧みる過ぎ去ったことを考える
一大勢力→強い力を持った組織や団体などのこと
忠誠心→忠誠を誓う気持ち
厭わず→いやな感じがするとか不快だとかいって避けようとしないさま
強固→強く固いさま。主に精神的なものについていう
大方→物事の事柄の大体。大部分。あらかた
灯火→ともした明かり。存在、実在などのあかしのたとえ
効能→ある物質の作用によって得られる効果。ききめ
臥す→横になる。寝る。寝かせる。床につかせる
安寧→無事でやすらかなこと。特に世の中が穏やかで安定していること
制御→おさえつけて自分の意のままにすること
如何なる→どのような。どんな
尋常ではない→異様。常軌を逸している。途方もない
次回更新は25日か26日が目標です。
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皇は老人の話を聞き終えると、連れていた大神の一頭須格泉に花薔を連れて来るよう命じた。
ほどなくして現れた花薔仙女は、蒼宮から荷物を持たせた下男二名を連れて来ていた。須格泉から連絡を受けた花薔は、皇の意図をすぐに理解したからだ。
母親である聖宮を亡くし、義妹と呼んでいた沙麼蘿まで亡くした皇は、もう寄る辺のない状態だった。皇が誰にも負けぬ力を得るには、その手足となって自らの命を顧みず働いてくれる者達が必要となる。その時花薔の頭に浮かんだのが、天都の端に捨て置かれた斑達だった。
きっかけがつかめぬまま今日まで来てしまったが、斑達の生活環境については調べ終わっていた。阿修羅王から与えられた宝具に愛染明王からいただいた猩々緋色の衣、それに斑達の力が集まれば、皇はこの上界において誰にも引けをとらぬ一大勢力を得ることができる。
そのためには、決して皇を裏切らぬ忠誠心、皇のためならば命も厭わず身体を投げ出せる、そんな強固な結束が必要だった。皇のため、その強固な結束が得られるのなら、自分は喜んでこの身を捧げよう。花薔は、はじめからそう思っていた。
花薔自らが作り出した薬と、下男に持たせていた食料や衣服を斑達に配って行く。その間、皇は妾季や花梨を通して大方の状況を理解していた。
「俺達に、職をくれると」
「そうだ。お前達に働く気があるのなら、私がその職をやろう。すぐに、とは言わぬ。よく考えて蒼宮に返答に来るがいい」
皇は妾季達にそう告げると、斑の地をあとにした。
「花薔、よかったのか」
「構いません。これで彼らの心がつかめるのならば、安いものでございます」
花薔が斑達に与えた薬、それは地仙が作る薬の中でも大変貴重なものだった。地仙の作る薬は須弥山で作られるため、薬の中には須弥山の霊気が込められている。
だが、花薔が斑達に与えた薬は須弥山の霊気だけではなく、その薬を作る仙本人の気が練り込まれたものだったのだ。仙本人の気、それは命の灯火そのもの。花薔は自らの命の火を削り、その薬に練り込んでいたのだ。
仙の気が入った薬、それは通常の薬では考えられないほどの効能を持つ。病に臥した聖宮が、それでも長きに渡り生きていられたのは、この花薔の作り出す薬と沙麼蘿の力があればこそのことだった。
その後も、花薔は皇と沙麼蘿のためこの薬を作り続け、常に二人に持たせていた。もしも何かあった時にはこの薬を使うように、と。
今日斑達に薬を与えたことで、病をかかえていた者達の状態は一気に改善するだろう。重い病をかかえた者にはさらに薬を与えてもいい。それで皇に対する忠誠心を得られるのなら安いものだ、と花薔は思うのだ。
それから数日後、妾季がやって来て斑達は生きるための職を得ることになる。
「いいなぁ、こんな所に住んでみたいよ。ここなら雨風しのげて、じいちゃんも深里ももっと元気になれるのに」
「深永。皇様と花薔仙女のおかげで、二人とも十分に元気になったでしょう」
「そりゃ、じいちゃんも起き上がれるようになったし、深里ももらった杖でなんとか動けるようになったけどさ」
此処は、皇が住まう蒼宮の手前に位置する何もない土地。皇が斑達に与えた職は、ここにたくさんの家を造ることだった。男達は木材を担ぎ家を造り、女子供は掃除や片付けをしながら働いていた。
床を拭きながら深永の話を聞いていた花梨、確かに岩場で雨風をしのぎながら暮らす自分達からすれば、この木造の家など夢のまた夢。こんな立派な家に自分達が住める日など、来るはずもないのだ。
それでも、お給料がもらえて毎日食べ物を食べられる。そんな幸せな日が訪れるなんて思いもしなかった。病気が治った者も多い。だから皆、一生懸命に働いた。
そしてすべてが完成した時、皇は言ったのだ “好きな家に住むといい” と。
「この私に忠誠を誓うなら、家臣として取り立てよう。そうでない者は、此処に住み自分の進むべき道を決めるがいい。」
と。病気を治してくれただけでなく、住む場所もくれると皇は言う。誰にも顧みらせれず捨て置かれ、生きて行くことすら難しかった自分達に安寧の地をくれると、皇は言う。
ならば、与えられた分、いやそれ以上を皇にかえそう。そう誓った者は多かった。皇と花薔仙女はそれらを見極め、信頼できる者達を身近に置いていく。
そしてそれと共に、皇は最後まで斑達に支援し続けた大店の前当主と話をつけ一つの商会を立ち上げた。幼い沙麼蘿が力を制御できず飛ばされた先で手に入れた珍しい種を、皇はたくさん持っていた。
それは日ごとに色を変える花、見たこともない果物など様々だ。これらを蒼宮が所有する土地で作り、商会を通して売り出して収入を得る。
天人達は知らなかったのだ。いや、知ろうとはしなかったのだ。斑の血が如何なるものか。闘いのための武器として作り出された斑だが、その血は尋常ではない。その能力を発揮できる場所で仕事を与えれば、天人達以上の力を発揮すると言うことを。それは闘いでも商売でもかわりない。各自の力を伸ばしてやれば強固な軍を作り、大きな商会になるまでにはさほどの時間はかからなかった。
こうして軍事、財源においても皇は一大勢力の長となり、ナタ率いる軍を天界軍、皇率いる軍を蒼宮軍と呼ぶようになる。
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下男→雇われて雑用をする男。下働きの男意図→こうしようと考えていること。めざしていること。何かをしようと考えること
寄る辺ない→周囲に頼りにできる人物がいないさま
顧みる過ぎ去ったことを考える
一大勢力→強い力を持った組織や団体などのこと
忠誠心→忠誠を誓う気持ち
厭わず→いやな感じがするとか不快だとかいって避けようとしないさま
強固→強く固いさま。主に精神的なものについていう
大方→物事の事柄の大体。大部分。あらかた
灯火→ともした明かり。存在、実在などのあかしのたとえ
効能→ある物質の作用によって得られる効果。ききめ
臥す→横になる。寝る。寝かせる。床につかせる
安寧→無事でやすらかなこと。特に世の中が穏やかで安定していること
制御→おさえつけて自分の意のままにすること
如何なる→どのような。どんな
尋常ではない→異様。常軌を逸している。途方もない
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