天上の桜

乃平 悠鼓

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第一章

幻想の箱庭に咲く華 《八》

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 沙麼蘿さばらは、チュワンが飛んできた方向にその双眸そうぼうを向けた。そこに居たのは六人ほどの人影。
 中央にいる一人は白百合わずかに黄みの白いろの武術服のような服を着て、特徴的な斜め襟に小花しょうかの舞う刺繍がほどこされている。同じ色の薄絹の肩巾スカーフを頭から目深まぶかに被り、左手で持つ肩巾の端で口元を隠しており、そのかおはよく見えない。
 わずかに右手を上げたその女は、後ろに控える男達に “行け!” っと合図をした。それを待っていたかのように、後ろに控えていた男達が一斉に動き出す。

交ざるつもりはない」

 沙麼蘿と対峙たいじしていた蜃景しんきはそう言うと、風のようにすうーっと消え去り華風丹かふに達の横に姿を現した。



 蜃景と入れ替わるように現れた男達は手にさまざまな武器を持ち、玄奘達に襲いかかってきた。

「させるかーっ!!」

 咄嗟とっさに悟空の如意金箍棒にょいきんこぼうが伸びて相手の道を塞ぎ、八戒がゴンを構えり、悟浄が三節棍さんせつこんを振るう。だが敵もさる者、戦う仲間を踏み台にして二人の刺客が玄奘の元に向かいその剣を振り上げた。



 男達の戦いを垣間見かいまみながら、女は少し離れた場所にいる華風丹かふにに向き直る。

「これはこれは華風丹様」

 大げさにも見える言い方で女は華風丹に声をかけ、その頭を下げた。

「元気そうね、花韮かきゅう
「はい。今日は、連翹れんぎょう様もご一緒なのですか」
紫苑しおんと蜃景のことかしら。わたくしはただ、あの化け物の氣にひかれてきただけよ。貴女あなたもそうでしょう、花韮」

 華風丹のことばに白百合色の服の女、花韮は戦う男達の方を見た。確かに、自分も激しい氣に引き寄せられ此処ここにきたに過ぎない。だが、それは正解だった。
 なぜなら、天上の桜の鍵を持つ者がいたのだから。だが、化け物とはどういうことか。その答えを、花韮は直ぐに見せつけられることになる。



 玄奘はその手に持つ双剣で二人を迎え撃ち、素早く立ち回る。しかし、そのうちの一人が緑松りょくしょうに剣を向け、それに気づいた琉格泉るうのが男の前に立ちはだかった。
 遠慮えんりょなく琉格泉に振り上げられたその手を、沙麼蘿の手がつかみあげる。手を掴まれた男は当然のように振り返り、己の腕を掴みあげる沙麼蘿のその面を見た。
 それは一瞬、ほんの一瞬だった。だが、男の双眸と沙麼蘿の双眸が重なり合った瞬間

「……ッ……!!」

 男の身体は、中から崩れ落ちるように壊れさって行く。沙麼蘿は自分のてのひらの中で消えさり粒子となって行くそれを、感情のこもらぬ睛眸ひとみで見つめていた。
 男が消え去ると、琉格泉がそろりと沙麼蘿の元にやってくる。大神オオカミとは最も聖獣に近い生き物だ。血にまみれれば大神としての力をうしない、只の狼に成り果てる。沙麼蘿は、そっと琉格泉の頭を撫でた。



「何だあれは!!」

 思わずそう叫んだのは、華風丹の後ろに控えていた苧環おだまきだった。華風丹は扇で口元を隠しながら

「お母様から聞いていたとおりね。これが心を持たず、世界をす力の一端いったん

 と呟く。花韮は、華風丹の言う “化け物” の言葉の意味を知り

「何なの、あれは!」

 と言った。そしてそっと手を上げ合図を送ると、男達を呼び戻した。

「無駄に兵を減らすわけにはいかない。でも」

 そう、無駄に兵は減らせない。だが、目前もくぜんに天上の桜の鍵があると知りながら、引き下がる訳にもいかないのだ。
 花韮は、隠し持っていたチュワンを玄奘に向かって投げつける。だが、それにいち早く気づいたのは八戒だった。



 八戒が弓を構え、そして弦に右手を添えた。すると、右手人差し指の指環ゆびわと細かい鎖のようなもので繋がれた小指の指環ゆびわの間から三本のが現れる。八戒は、一斉にその三本の箭を圏に向け射った。
 八戒の指先から放たれた箭のうち、二本は花韮が投げた圏に命中し共に地面に落ちる。そして残りの一本は圏の直ぐ上を通りすぎ、花韮のかおめがけ飛んできた。僅かに花韮が面を横に逸らせたことで、箭の先が花韮が頭から目深まぶかに被る肩巾スカーフの端に突き刺さり、肩巾と共に飛んでいく。
 箭が肩巾を取り去ったことにより、花韮のその面が露になった。横を向いてたいた花韮が、箭を放った八戒の方を見つめる。その花韮の面を見て息を飲んだのは、悟浄だった。
 双眸そうぼうは見開かれ、唇がわなわなと震え、息さえするのも忘れ悟浄は狼狽ろうばいする。棒立ぼうだちになりながらも、僅かに開かれた唇から

「姉…、貴」

 と、声が漏れた。



『行き…な…さい、悟浄……』
『姉貴、しっかりしろ!!』
『私…は…、もう…ダメ…よ……。母さん…が…助けて…くれた…命……。悟浄…だけ…でも…、生き…て……。私や…母さんの…分…も…、生きる…の…よ…悟…浄……』
『姉貴! 姉貴ーーー!!』


 悟浄の目前に、あの日の光景がよみがえる。命懸けで自分達を逃がしてくれた母親。山の中を姉を連れて走った。だが、無情にも姉の背中を二本のが貫いたのだ。
 崩れ落ちた姉を抱き締めたあの日、姉は確かにあの場所で息絶えたはずだった。だが、今此方こちらを見据えるその姿。
 自分と同じ消炭色けしずみいろの長い髪を一つにまとめ、自分と同じ消炭色をした二つの睛眸ひとみも、まさに姉ではないか!
 無意識に、足が姉に向かって進み出す。何かを求めるように差し出された手が宙に舞い

「姉貴!」

 と叫び声が出た。




********

目深→帽子などを目の隠れるくらいに深くかぶるさま
垣間見る→ちらっと見る
一端→一部
目前→見ている目の前。転じて、きわめて近いこと
狼狽→あわてふためくこと。うろたえること
消炭色→消し炭のような橙みの暗い灰色。黒に近い灰色


※名前について
登場人物が増えるにつれ、名前をつけるのが難しくなってきました。(^o^;)
個人的に大好きな “十二○記” の作者様は “中国の人名辞典” を参考にされているそうでちょっと調べてみたのですが、これがお高い! と言うことで、私は今のところ “幻想世界のネーミング辞典” と 花の名前から名前を決めています。まんま日本語じゃないか! と言う所は、気にしないでいただけると嬉しいです。ちなみに

丁香→中国語でライラック→丁香(ディンシャン)
緑松→中国語でトルコ石→緑松石(リュウソンシー)
山茶→中国語で椿→山茶(シャンチャー)
蜃景→中国語で蜃気楼→蜃景(シェンジン)

花の名前から
レンギョウ→連翹
シオン→紫苑
ユウゼンギク→友禅菊→友禅
マリーゴールド→千寿菊→千寿
オダマキ→苧環
ハナニラ→花韮(はなにら)→花韮
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