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第一章
幻想の箱庭に咲く華 《四》
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沙麼蘿が観世音菩薩の仏像の瓔珞を掴んだ瞬間、その身体から薄赤い氣が発せられ姿が変わり始めた。紫黒色の髪は灰簾石色に、真っ赤な襦裙の衣は愛染朱に。
丁香も緑松もこの姿を見るのは二度目だが、この変化は未だに信じられないものがある。人の姿をしたものが神に変わる、しかもそれが神仏混合なのだ。
そして、沙麼蘿が掴んだ瓔珞が一際赤く光った。
此処、天上界の広間は何処までも澄み渡り、淀みなどない。だが、如来の説法が終わり皆がそれぞれに感想を口にしていた時、それは突如として起こった。
「ッ……」
「観世音菩薩!!」
突然観世音菩薩が胸元の瓔珞を押さえ、片膝をついたのだ。驚きの声を上げる菩薩達、直ぐ様駆け寄ってくる童子達で辺りは騒然となる。
「どうしました、観世音菩薩」
近づいてきた阿弥陀如来が、観世音菩薩の肩に手を置こうとした正にその時。観世音菩薩が握り締める瓔珞から、薄赤い氣が漏れ始めた。
「こ、これは……!」
仏神達がざわざわと騒ぎ始めると
「失礼致します、観世音菩薩」
愛染明王がやってきて、観世音菩薩が握り締めていた瓔珞に触れた。すると、瓔珞から激しい赤い渦のような氣が発せられ、そこに下界の光景が映し出された。
その場に現れたソレに、仏神達は眉をひそめる。その仏神達の姿を見て、下界にいるはずの沙麼蘿の口角が、僅かに上がった気がした。
沙麼蘿は、仏界の仏神から見れば訝しむ存在。仏界で最も美しい髪と双眸は、如来の瑠璃紺色である。如来ほどの美しい瑠璃紺色ではなくとも、仏界の仏神達は皆瑠璃色に近い色を持っている。
その他に唯一この仏界にいるのが、以前は修羅界に住み今は仏教に帰依した、元鬼神の阿修羅達だ。彼らは皆、白金から白に近い髪に赤い双眸を持っている。
にも拘らず、アレはどうか。白金の髪に赤い双眸なら、まだ受け入れることができる余地はあったのかも知れない。だが、アレはそれを選ばなかった。
今ぞんざいな素振りで此方を見つめる沙麼蘿の髪と双眸は仏界のソレではなく、道界で最も美しいとされる灰簾石色。仏界の衣を纏い仏界の宝具を身につけておきながら、髪と双眸は道界を選んだのだ。此れはどういうことか。だから “アレは信用ならない” と、思うのだ。
「護りがいる。この翡翠観と白水観を護る護りだ」
沙麼蘿はそう言うと、如来達を見た。そう、見たのだ。観世音菩薩の瓔珞を通して送られてくる下界の光景であるはずなのに、映しだされた沙麼蘿の視線と一部の仏神達の視線が重なり合う。それが、仏神達を不快にさせるのだ。
「聞こえなかったか。翡翠観と白水観は、長きに渡り玄奘三蔵を比護してきた。故に、天上の桜の鍵を欲する者達に狙われる。天上の桜を本気で護る気があるなら、護りがいると言っているのだ」
「何と言うぞんざいな口のききかた」
「礼を欠くにも程があろう」
一部の仏神達が、沙麼蘿の物言いに不満を露にする。その時、阿修羅がすすすと進み出て
「失礼を。観世音菩薩、此方をお持ち下さい」
と、何かを手渡した。それは、掌に収まる程の宝相華の形をした白金が二枚。中に、様々な色味の金で模様が施されている。
観世音菩薩は息苦しさを感じる中、渡された二枚の白金を握り締めた。ドクンと自らの胸の音が聞こえ、観世音菩薩はきつくきつく白金を握り締める。すると、握り締められた手の中から赤い光が放たれ、手の中の白金がすーっと消え去った。
そして、何事もなかったかのように観世音菩薩は立ち上がる。だが、その瓔珞からは未だ氣の渦が溢れ出て、下界の光景を映し出していた。
観世音菩薩の仏像の瓔珞を握り締めていた沙麼蘿の掌に、瓔珞とは別の何かが触れる。沙麼蘿はそれを掴み取るように、瓔珞から引き抜いた。
「玉龍」
名を呼ばれた玉龍は、供え物が置かれた長い台の上をテテテテと走り寄ると、小さな短い手を差し出す。沙麼蘿はその小さな手に、自分が一度強く握り締め形を変えたそれを手渡した。
宝相華の形をした、掌に収まる大きさだった二枚の白金は、玉龍の手に渡った時には硬貨程の大きさの宝相華の白金が八枚と、それより一回り大きな宝相華の白金が二枚になっていた。
「ぴゅ」
“わぁ、凄い力の塊だね” 玉龍はそれを持ったまま、ぴょ~んと琉格泉の頭の上に飛び乗る。琉格泉が丁香と緑松の前まで行くと、玉龍は手にしていた白金を二組に分け、それぞれを二人に渡した。
「大きな方を道観の中央に。小さな方を道観の四隅に埋めよ。此れが結界の代わりになるだろう」
沙麼蘿の言葉に、丁香と緑松はその顔を見合わせた。
「我らの道観が、阿修羅王のお力を御借りしても?」
そこには、“道神を信奉する者が、仏神の力を御借りしてもよいのでしょうか?” と言う意味が込められている。
「構わないだろう、この私が此処にいるのだから」
そう言った瞬間、琉格泉は動き出し沙麼蘿は右手の掌を開いた。
「来るぞ!」
言い終わるや否や、沙麼蘿の右手には白刃が握られ、その足末は地を蹴り身体は高く飛び上がっていた。
********
説法→仏教の教義を説き聞かせること
童子→子供のこと。仏・菩薩・明王などの眷属
訝しい→物事が不明であることを怪しく思うさま。疑わしい
瑠璃紺→瑠璃色がかった紺色の意味で深い紫みの青色
瑠璃色→濃い紫みの鮮やかな青色
灰簾石色→すみれ色がかった青色
帰依→信仰をいだくこと
白金→プラチナ
拘らず→関係なく。かまわず。であるのに
ぞんざい→乱暴であるさま。礼儀にかなっていないさま
比護→弱い立場のものをかばって守ること
故に→前に述べたことを理由として、あとに結果が導かれることを表す
宝相華→仏教系の紋様の一種。ここでは興福寺の阿修羅像が身につけている柄
施す→飾りや補いのために何かを付け加える
信奉→ある主義・宗教・学説などを最上のものと信じてあがめ、それに従うこと
足末→足の先
白刃→鞘(さや)から抜いた刀。抜き身
※一口メモ
今回、仏神と言う言葉をたくさん使いましたが、本来 “仏と神は別” ですので仏神はありえません。あくまでも、この西遊記に似た世界の中での言い方です。
ちなみに、この世界の仏神と道神の髪や瞳の色は
仏神は瑠璃紺色→青色(上級神→下級神)
道神は灰簾石色→菫色(上級神→下級神)
と、なっております。
また、色の違いとして白金はプラチナ。ホワイトゴールドは白色金となります。
丁香も緑松もこの姿を見るのは二度目だが、この変化は未だに信じられないものがある。人の姿をしたものが神に変わる、しかもそれが神仏混合なのだ。
そして、沙麼蘿が掴んだ瓔珞が一際赤く光った。
此処、天上界の広間は何処までも澄み渡り、淀みなどない。だが、如来の説法が終わり皆がそれぞれに感想を口にしていた時、それは突如として起こった。
「ッ……」
「観世音菩薩!!」
突然観世音菩薩が胸元の瓔珞を押さえ、片膝をついたのだ。驚きの声を上げる菩薩達、直ぐ様駆け寄ってくる童子達で辺りは騒然となる。
「どうしました、観世音菩薩」
近づいてきた阿弥陀如来が、観世音菩薩の肩に手を置こうとした正にその時。観世音菩薩が握り締める瓔珞から、薄赤い氣が漏れ始めた。
「こ、これは……!」
仏神達がざわざわと騒ぎ始めると
「失礼致します、観世音菩薩」
愛染明王がやってきて、観世音菩薩が握り締めていた瓔珞に触れた。すると、瓔珞から激しい赤い渦のような氣が発せられ、そこに下界の光景が映し出された。
その場に現れたソレに、仏神達は眉をひそめる。その仏神達の姿を見て、下界にいるはずの沙麼蘿の口角が、僅かに上がった気がした。
沙麼蘿は、仏界の仏神から見れば訝しむ存在。仏界で最も美しい髪と双眸は、如来の瑠璃紺色である。如来ほどの美しい瑠璃紺色ではなくとも、仏界の仏神達は皆瑠璃色に近い色を持っている。
その他に唯一この仏界にいるのが、以前は修羅界に住み今は仏教に帰依した、元鬼神の阿修羅達だ。彼らは皆、白金から白に近い髪に赤い双眸を持っている。
にも拘らず、アレはどうか。白金の髪に赤い双眸なら、まだ受け入れることができる余地はあったのかも知れない。だが、アレはそれを選ばなかった。
今ぞんざいな素振りで此方を見つめる沙麼蘿の髪と双眸は仏界のソレではなく、道界で最も美しいとされる灰簾石色。仏界の衣を纏い仏界の宝具を身につけておきながら、髪と双眸は道界を選んだのだ。此れはどういうことか。だから “アレは信用ならない” と、思うのだ。
「護りがいる。この翡翠観と白水観を護る護りだ」
沙麼蘿はそう言うと、如来達を見た。そう、見たのだ。観世音菩薩の瓔珞を通して送られてくる下界の光景であるはずなのに、映しだされた沙麼蘿の視線と一部の仏神達の視線が重なり合う。それが、仏神達を不快にさせるのだ。
「聞こえなかったか。翡翠観と白水観は、長きに渡り玄奘三蔵を比護してきた。故に、天上の桜の鍵を欲する者達に狙われる。天上の桜を本気で護る気があるなら、護りがいると言っているのだ」
「何と言うぞんざいな口のききかた」
「礼を欠くにも程があろう」
一部の仏神達が、沙麼蘿の物言いに不満を露にする。その時、阿修羅がすすすと進み出て
「失礼を。観世音菩薩、此方をお持ち下さい」
と、何かを手渡した。それは、掌に収まる程の宝相華の形をした白金が二枚。中に、様々な色味の金で模様が施されている。
観世音菩薩は息苦しさを感じる中、渡された二枚の白金を握り締めた。ドクンと自らの胸の音が聞こえ、観世音菩薩はきつくきつく白金を握り締める。すると、握り締められた手の中から赤い光が放たれ、手の中の白金がすーっと消え去った。
そして、何事もなかったかのように観世音菩薩は立ち上がる。だが、その瓔珞からは未だ氣の渦が溢れ出て、下界の光景を映し出していた。
観世音菩薩の仏像の瓔珞を握り締めていた沙麼蘿の掌に、瓔珞とは別の何かが触れる。沙麼蘿はそれを掴み取るように、瓔珞から引き抜いた。
「玉龍」
名を呼ばれた玉龍は、供え物が置かれた長い台の上をテテテテと走り寄ると、小さな短い手を差し出す。沙麼蘿はその小さな手に、自分が一度強く握り締め形を変えたそれを手渡した。
宝相華の形をした、掌に収まる大きさだった二枚の白金は、玉龍の手に渡った時には硬貨程の大きさの宝相華の白金が八枚と、それより一回り大きな宝相華の白金が二枚になっていた。
「ぴゅ」
“わぁ、凄い力の塊だね” 玉龍はそれを持ったまま、ぴょ~んと琉格泉の頭の上に飛び乗る。琉格泉が丁香と緑松の前まで行くと、玉龍は手にしていた白金を二組に分け、それぞれを二人に渡した。
「大きな方を道観の中央に。小さな方を道観の四隅に埋めよ。此れが結界の代わりになるだろう」
沙麼蘿の言葉に、丁香と緑松はその顔を見合わせた。
「我らの道観が、阿修羅王のお力を御借りしても?」
そこには、“道神を信奉する者が、仏神の力を御借りしてもよいのでしょうか?” と言う意味が込められている。
「構わないだろう、この私が此処にいるのだから」
そう言った瞬間、琉格泉は動き出し沙麼蘿は右手の掌を開いた。
「来るぞ!」
言い終わるや否や、沙麼蘿の右手には白刃が握られ、その足末は地を蹴り身体は高く飛び上がっていた。
********
説法→仏教の教義を説き聞かせること
童子→子供のこと。仏・菩薩・明王などの眷属
訝しい→物事が不明であることを怪しく思うさま。疑わしい
瑠璃紺→瑠璃色がかった紺色の意味で深い紫みの青色
瑠璃色→濃い紫みの鮮やかな青色
灰簾石色→すみれ色がかった青色
帰依→信仰をいだくこと
白金→プラチナ
拘らず→関係なく。かまわず。であるのに
ぞんざい→乱暴であるさま。礼儀にかなっていないさま
比護→弱い立場のものをかばって守ること
故に→前に述べたことを理由として、あとに結果が導かれることを表す
宝相華→仏教系の紋様の一種。ここでは興福寺の阿修羅像が身につけている柄
施す→飾りや補いのために何かを付け加える
信奉→ある主義・宗教・学説などを最上のものと信じてあがめ、それに従うこと
足末→足の先
白刃→鞘(さや)から抜いた刀。抜き身
※一口メモ
今回、仏神と言う言葉をたくさん使いましたが、本来 “仏と神は別” ですので仏神はありえません。あくまでも、この西遊記に似た世界の中での言い方です。
ちなみに、この世界の仏神と道神の髪や瞳の色は
仏神は瑠璃紺色→青色(上級神→下級神)
道神は灰簾石色→菫色(上級神→下級神)
と、なっております。
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