天上の桜

乃平 悠鼓

文字の大きさ
上 下
38 / 189
第一章

幻想の箱庭に咲く華 《四》

しおりを挟む
 沙麼蘿さばら観世音菩薩かんぜおんぼさつの仏像の瓔珞ネックレスを掴んだ瞬間、その身体から薄赤いが発せられ姿が変わり始めた。紫黒しこく色の髪は灰簾石タンザナイト色に、真っ赤な襦裙じゅくんきぬ愛染朱あいぜんしゅに。
 丁香ていか緑松りょくしょうもこの姿を見るのは二度目だが、この変化は未だに信じられないものがある。人の姿をしたものが神に変わる、しかもそれが神仏混合なのだ。
 そして、沙麼蘿が掴んだ瓔珞が一際赤く光った。








 此処ここ、天上界の広間は何処どこまでも澄み渡り、淀みなどない。だが、如来の説法せっぽうが終わりみながそれぞれに感想を口にしていた時、それは突如として起こった。

「ッ……」
「観世音菩薩!!」

 突然観世音菩薩が胸元の瓔珞を押さえ、片膝かたひざをついたのだ。驚きの声を上げる菩薩達、直ぐ様駆け寄ってくる童子どうじ達で辺りは騒然となる。

「どうしました、観世音菩薩」

 近づいてきた阿弥陀如来あみだにょらいが、観世音菩薩の肩に手を置こうとしたまさにその時。観世音菩薩が握り締める瓔珞から、薄赤い氣が漏れ始めた。

「こ、これは……!」

 仏神ぶっじん達がざわざわと騒ぎ始めると

「失礼致します、観世音菩薩」

 愛染明王あいぜんみょうおうがやってきて、観世音菩薩が握り締めていた瓔珞に触れた。すると、瓔珞から激しい赤い渦のような氣が発せられ、そこに下界の光景が映し出された。
 その場に現れたに、仏神達は眉をひそめる。その仏神達の姿を見て、下界にいるはずの沙麼蘿の口角が、わずかに上がった気がした。
 沙麼蘿ソレは、仏界ぶっかいの仏神から見ればいぶかしむ存在。仏界で最も美しい髪と双眸そうぼうは、如来の瑠璃紺るりこん色である。如来ほどの美しい瑠璃紺色ではなくとも、仏界の仏神達はみな瑠璃るり色に近い色を持っている。
 その他に唯一この仏界にいるのが、以前は修羅界しゅらかいに住み今は仏教に帰依きえした、元鬼神きしん阿修羅あしゅら達だ。彼らは皆、白金はっきんから白に近い髪に赤い双眸を持っている。
 にもかかわらず、はどうか。白金の髪に赤い双眸なら、まだ受け入れることができる余地はあったのかも知れない。だが、はそれを選ばなかった。
 今ぞんざいな素振りで此方こちらを見つめる沙麼蘿の髪と双眸は仏界のソレではなく、道界どうかいで最も美しいとされる灰簾石色。仏界の衣をまとい仏界の宝具ほうぐを身につけておきながら、髪と双眸は道界を選んだのだ。れはどういうことか。だから “” と、思うのだ。

まもりがいる。この翡翠観ひすいかん白水観びゃくすいかんを護る護りだ」

 沙麼蘿はそう言うと、如来達を見た。そう、のだ。観世音菩薩の瓔珞を通して送られてくる下界の光景であるはずなのに、映しだされた沙麼蘿の視線と一部の仏神達の視線が重なり合う。それが、仏神達を不快にさせるのだ。

「聞こえなかったか。翡翠観と白水観は、長きに渡り玄奘三蔵を比護ひごしてきた。ゆえに、天上の桜の鍵をほっする者達に狙われる。天上の桜を、護りがいると言っているのだ」
「何と言うぞんざいな口のききかた」
「礼をくにも程があろう」

 一部の仏神達が、沙麼蘿の物言いに不満をあらわにする。その時、阿修羅がすすすと進み出て

「失礼を。観世音菩薩、此方こちらをお持ち下さい」

 と、何かを手渡した。それは、てのひらおさまる程の宝相華ほうそうげの形をした白金はっきんが二枚。中に、様々な色味の金で模様がほどこされている。
 観世音菩薩は息苦しさを感じる中、渡された二枚の白金を握り締めた。ドクンと自らの胸の音が聞こえ、観世音菩薩はきつくきつく白金を握り締める。すると、握り締められた手の中から赤い光が放たれ、手の中の白金がすーっと消え去った。
 そして、何事もなかったかのように観世音菩薩は立ち上がる。だが、その瓔珞からは未だ氣の渦が溢れ出て、下界の光景を映し出していた。








 観世音菩薩の仏像の瓔珞を握り締めていた沙麼蘿のてのひらに、瓔珞とは別の何かが触れる。沙麼蘿はそれを掴み取るように、瓔珞から引き抜いた。

玉龍ぎょくりゅう

 名を呼ばれた玉龍ハムスターは、供え物が置かれた長い台の上をテテテテと走り寄ると、小さな短い手を差し出す。沙麼蘿はその小さな手に、自分が一度強く握り締め形を変えたそれを手渡した。
 宝相華の形をした、掌に収まる大きさだった二枚の白金は、玉龍の手に渡った時には硬貨程の大きさの宝相華の白金が八枚と、それより一回り大きな宝相華の白金が二枚になっていた。

「ぴゅ」

 “わぁ、凄い力の塊だね” 玉龍はそれを持ったまま、ぴょ~んと琉格泉るうのの頭の上に飛び乗る。琉格泉が丁香と緑松の前まで行くと、玉龍は手にしていた白金を二組に分け、それぞれを二人に渡した。

「大きな方を道観の中央に。小さな方を道観の四隅に埋めよ。れが結界の代わりになるだろう」

 沙麼蘿の言葉に、丁香と緑松はその顔を見合わせた。

「我らの道観が、阿修羅王のお力を御借りしても?」

 そこには、“道神どうじん信奉しんぽうする者が、仏神の力を御借りしてもよいのでしょうか?” と言う意味が込められている。

「構わないだろう、此処にいるのだから」

 そう言った瞬間、琉格泉は動き出し沙麼蘿は右手の掌を開いた。

「来るぞ!」

 言い終わるや否や、沙麼蘿の右手には白刃はくじんが握られ、その足末あなすえは地を蹴り身体は高く飛び上がっていた。




********

説法→仏教の教義を説き聞かせること
童子→子供のこと。仏・菩薩・明王などの眷属
訝しい→物事が不明であることを怪しく思うさま。疑わしい
瑠璃紺→瑠璃色がかった紺色の意味で深い紫みの青色
瑠璃色→濃い紫みの鮮やかな青色
灰簾石色→すみれ色がかった青色
帰依→信仰をいだくこと
白金→プラチナ
拘らず→関係なく。かまわず。であるのに
ぞんざい→乱暴であるさま。礼儀にかなっていないさま
比護→弱い立場のものをかばって守ること
故に→前に述べたことを理由として、あとに結果が導かれることを表す
宝相華→仏教系の紋様の一種。ここでは興福寺の阿修羅像が身につけている柄
施す→飾りや補いのために何かを付け加える
信奉→ある主義・宗教・学説などを最上のものと信じてあがめ、それに従うこと
足末→足の先
白刃→鞘(さや)から抜いた刀。抜き身


※一口メモ
今回、仏神と言う言葉をたくさん使いましたが、本来 “仏と神は別” ですので仏神はありえません。あくまでも、この西遊記に似た世界の中での言い方です。

ちなみに、この世界の仏神と道神の髪や瞳の色は
仏神は瑠璃紺色→青色(上級神→下級神)
道神は灰簾石色→菫色(上級神→下級神)
と、なっております。

また、色の違いとして白金はプラチナ。ホワイトゴールドは白色金となります。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

身体交換

廣瀬純一
SF
男と女の身体を交換する話

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

処理中です...