天上の桜

乃平 悠鼓

文字の大きさ
上 下
34 / 190
第一章

川辺の水落鬼 《十》

しおりを挟む
「俺の村を襲ったやつらも、八戒の村を襲ったやつらと同じか。その宝具とやらが目当てで、御袋おふくろや姉貴、村人は、その命を奪われたのか!」

 悟浄は、沙麼蘿さばらの不快な睛眸ひとみに耐えながら言った。じっと、その睛眸の奥を見つめた沙麼蘿は

「そうだ」

 とだけ、答えた。

「何故、俺達の村だった! 他にいくらでも、そんな御大層ごたいそうもん、持った街だってあっただろうが!」

 本当に何もない、小さな村だったのだ。納得できない、と言うように悟浄が叫ぶ。

「宝具が何処どこにでもあると思ったら、大間違いだ。宝具は、鬼神きしん邪神じゃしんが神仏と戦う為に作り出した武器。その宝具を使うには、膨大ぼうだいな力を必要とする。人間のような弱き者に、宝具は使いこなせない。人間では、使のがおちだ。そんな物が、街中にあるわけがない。あるとすれば、修羅界しゅらかいから抜け出し、地上の片隅かたすみで人間達と暮らすようになった、鬼神や邪神のはみ出し者だけだ。そんなやつが、街に住むわけがない。だからやつらも、を襲った。事前の情報収集は、できていたはずだ。そうだろう」
「だから、私の父、邪神がいる村が襲われた、と」
「そうだ、宝具は神の武器。下級神であろうと上級神であろうと、武器は持っているはずだからな」 

 沙麼蘿の説明に、思わず途中で八戒が声をかける。父親が、宝具を持っていた。そして、修羅界から抜け出したはみ出し者だった。そんな父親がいたから、自分達が住んでいた村が狙われ、たくさんの命が散ったのかと。
 父は “この宝具ゆびわで家族をまもれ” と言った。だが、結局母は護れず、幼い弟と妹を連れて逃げるが精一杯だった。

「はぁっ! あの飲んだくれの親父のせいで、村は襲われたのか! 村が襲われた時、親父はいなかったんだぞ。親父さえいてくれたら、神の武器とか言う御大層な物を持った親父がいてくれたら、御袋や姉貴だって助かったかも知れねぇって言うのに! 村だってそうだ!」

 “親父さえ、親父さえ” と、悟浄は手を握り締め呟く。

「俺も、俺もあんた達と一緒に、旅に連れてってくれ! このままじゃ、何も前に進めねぇ! 俺は鬼神の血を引く傭兵ようへいだ、きっと役に立つ。その、天上の桜とやらのために、俺もこの身体を差し出そうじゃないか。その代わり、村を襲ったやつら、御袋と姉貴の命を奪ったやつらには、キッチリ仮を返させてもらうぜ」

 天上の桜をほっする修羅界の神々に、御師匠様おっしょうさま兄弟子あにでし達を奪われた者、両親と村を奪われた者、そして母を姉を村を奪われた者。彼らが、この日この場所で出逢であったのは偶然ぐうぜん必然ひつぜんか。
 そしてその場に、龍王りゅうおうの息子と、かって天上界において “化け物” として恐れられ、みの子としてうとまれた沙麼蘿が生まれ出たのは、仏界ぶっかい思惑おもわくか天上の桜の意思か。

 この瞬間から、天上の桜を巡って、血で血を洗うような戦いが繰り広げられるのである。








「あんたがた、大丈夫だったかい」
水落鬼すいらくき、水落鬼はどうなったんだ!」

 船の乗客達が身を寄せた村にたどり着くと、家の中から人々が出て来て玄奘達を取り囲んだ。

「水落鬼なら、ぜ~んぶやっつけたぞ」
「安心して下さい」
「ほんとか、本当にもう、水落鬼はいないのか」

 安心させるような悟空や八戒の言葉にも、人々は不安そうに呟く。その大人達の後ろで、子供達も不安そうに見つめてくる。

「大丈夫ですよ。こちらには、高名こうめいな三蔵法師もいらっしゃいましたし。」

 八戒の言葉に、村人はその双眸そうぼうを見開いた。

「なんと! 三蔵法師様が!」
「はい。こんな姿をして袈裟けさは着ていませんが、こちらは間違いなく玄奘三蔵様です」

 その言葉を聞いた村のお年寄り達は、雨上がりの濡れた地面に座り込み

「ありがたや、ありがたや」

 と手を合わせ、玄奘をおがんでいる。

 玄奘は決めたのだ、もう逃げないと。自分が三蔵であることを、隠しはしないと。
 天上の桜の鍵を護るため、生き抜くことだけを考え、隠れるように天上の桜を探してきた。だがそれも、今日でしまいだ。
 天上の桜のため、誰かの、自分の知らぬ数多あまたの血が流れたのなら、これからは、自分がやつらとの最前線にたち戦おう。自分は今日、沙麼蘿そのちからを得たのだから。

「どんな状態だ、これ」

 玄奘を拝む村人、水落鬼が消えて喜ぶ村人と船の乗客、わけはわからないが大人の真似をする子供達。この収拾のつかない状態に、悟浄があきれたように呟く。
 その時、小さな影が悟浄の回りをぐるぐると回った。

「どうした、璃葉りよう

 悟浄の回りで、何かを捜すように覗きこんでいるのは璃葉だ。

「おにいちゃん、ネズミさんは!」
「あぁ、あれか」

 悟浄は、隣にいた悟空の頭の上にいる玉龍ハムスターを摘まみ上げると “ほら” と、璃葉に差し出した。

「これはな、ハムスターって言う生き物らしいぞ」
「はむすたー?」

 玉龍は、璃葉のてのひらに飛び移ると

「ぴゅ」

 と、片手を上げて鳴いた。

「はむすたーちゃん、とうさんのはいぎょく、ありがとーね」

 指で優しく玉龍の頭を撫でながら、璃葉は感謝の言葉を呟いた。

 そうして、船の乗客達は朝には村を出て、近くの街へと向かったのだ。








水落鬼すいらくきか。いたんだ、ホントに。それにしても、衝撃的な出逢いだったんだな、皆! ハムちゃんも、大活躍だ!」
「ぴゅ!」

 つまんで話された玄奘の話を、山茶さんさはまるで、冒険の物語を聞く子供のように喜んで聞いた。
 そして目の前で、“頑張った!” と胸を張る玉龍に、“ハムちゃんもすごいな” と、めてやることも忘れない。

「んじゃ、ちと遅いが昼飯に行くか」

 悟浄の声に、みなが立ち上がる。平和な日常は、こうしていとも簡単に過ぎて行くのだ。次の戦いまで、わずかな時間を残して……。




********

御大層→他人のする大げさなさまを、あざけっていう語 
膨大→ふくれて大きくなること
修羅界→自分と他者を比較し、常に他者に勝ろうとする『勝他(しょうた)の念』を強くもつ、鬼神や邪神が住む世界
傭兵→金銭などの利益により雇われ、直接に利害関係のない戦争に参加する兵。また、その集団
疎む→いやだと思う、嫌って遠ざける
血で血を洗う→殺傷に対して殺傷で応じる。血のつながっている者どうしが争う
高名→高い評価を受け広く一般の人々に名前を知られていること。また、そのさま
袈裟→仏教の僧侶のまとう衣の一つ
佩玉(はいぎょく)→おびたま
掻い摘む→話の内容の要点やあらましをとらえる
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

出撃!特殊戦略潜水艦隊

ノデミチ
歴史・時代
海の狩人、潜水艦。 大国アメリカと短期決戦を挑む為に、連合艦隊司令山本五十六の肝入りで創設された秘匿潜水艦。 戦略潜水戦艦 伊号第500型潜水艦〜2隻。 潜水空母   伊号第400型潜水艦〜4隻。 広大な太平洋を舞台に大暴れする連合艦隊の秘密兵器。 一度書いてみたかったIF戦記物。 この機会に挑戦してみます。

武蔵要塞1945 ~ 戦艦武蔵あらため第34特別根拠地隊、沖縄の地で斯く戦えり

もろこし
歴史・時代
史実ではレイテ湾に向かう途上で沈んだ戦艦武蔵ですが、本作ではからくも生き残り、最終的に沖縄の海岸に座礁します。 海軍からは見捨てられた武蔵でしたが、戦力不足に悩む現地陸軍と手を握り沖縄防衛の中核となります。 無敵の要塞と化した武蔵は沖縄に来襲する連合軍を次々と撃破。その活躍は連合国の戦争計画を徐々に狂わせていきます。

浅井長政は織田信長に忠誠を誓う

ピコサイクス
歴史・時代
1570年5月24日、織田信長は朝倉義景を攻めるため越後に侵攻した。その時浅井長政は婚姻関係の織田家か古くから関係ある朝倉家どちらの味方をするか迷っていた。

日本が危機に?第二次日露戦争

歴史・時代
2023年2月24日ロシアのウクライナ侵攻の開始から一年たった。その日ロシアの極東地域で大きな動きがあった。それはロシア海軍太平洋艦隊が黒海艦隊の援助のために主力を引き連れてウラジオストクを離れた。それと同時に日本とアメリカを牽制する為にロシアは3つの種類の新しい極超音速ミサイルの発射実験を行った。そこで事故が起きた。それはこの事故によって発生した戦争の物語である。ただし3発も間違えた方向に飛ぶのは故意だと思われた。実際には事故だったがそもそも飛ばす場所をセッティングした将校は日本に向けて飛ばすようにセッティングをわざとしていた。これは太平洋艦隊の司令官の命令だ。司令官は黒海艦隊を支援するのが不服でこれを企んだのだ。ただ実際に戦争をするとは考えていなかったし過激な思想を持っていた為普通に海の上を進んでいた。 なろう、カクヨムでも連載しています。

処理中です...