天上の桜

乃平 悠鼓

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第一章

白木蓮の女怪 《六》

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※後半、残酷で胸くそ悪くなるような表現がございます。ストレスを感じると思われる方はお読みにならないで下さい。m(__)m




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 華魂かこんには、様々な形があると言われている。その中で、氷の花の形をした物を雪魂せつこんと言う。あの女怪にょかいの胸元には、薄い水色をした水晶クリスタルの花が埋め込まれていた。
 華魂は、生きながらにして植え付けられた者の魂をすいとり、その身を消滅させる。すいとられた魂が復活することは、二度とない。
 華魂は、本人、それ以外を問わず、魂をすうたびに大きくなり、その力を発揮する。邪神じゃしん鬼神きしんは、大きな物を好む。それ故に、様々な生きとし生ける者に植え付け、大きくしていく。すいとった魂が多ければ多いほど、その力は邪悪で大きくなるからだ。
 悪神あくしんと呼ばれる奴等が好きそうな物だ。
 玄奘は抗戦こうせんを強いられる中、何かを探るように女怪の睛眸ひとみを見つめている沙麼蘿さばらの姿に気がついて、思わず後退りその動きを止めた。
 嫌な予感がした。知りたくないもの、知らなければよかった何かを、この女が暴き出すような気がして……。

「お前達は何故なぜ、早くこの女に止めを刺さなかった。何故、捨て置くような真似まねをした!」

 突然叫んだ沙麼蘿のその声に、この女怪を知る者達は振り返った。

だと」

 ふざけるなと、玄奘は思った。本当に良い子だったのだ、親思いで明るく優しい、誰をも思いやることができる子だったのだ。
 だから皆、目の前にどんな地獄が広がっていたとしても、躊躇ためらわれたのだ。この少女の命を絶ちきることが。元の、心優しいあの娘を知っていればこそ。
 “フン”と、沙麼蘿は馬鹿にするように鼻で笑った。 

「お前達は、己がおかした罪を見るがいい。神仏に仕える身でありながら、見誤まあやまったのだ。お前達さえことの本質を見逃さなければ、こんなにも苦しめることはなかっただろうに」

 沙麼蘿の言葉に、十二年前をしる者達は、自分の全身が粟立あわだつのを感じた。何を見落とした、何を見誤った、と。
 ソロリと、大神オオカミが動きだし、沙麼蘿の足元にやって来ると、夜空に輝く月を見て “ウォーーーン!!” と吠えた。次の瞬間、沙麼蘿が

「ナウマク・サマンダ・ボダナン・ガララヤン・ソワカ」

 と呟き、その指先が何かの印を結んだ。すると、女怪の回りに薄赤い透明な壁のような物が現れて取り囲む。
 女怪は行く手を壁にはばまれ身動きが取れなくなった。だがそれでも、何とか壁を抜け玄奘の元に向かおうと暴れていた。

「……!!」

 女怪を取り囲む壁に、何かがうっすらと浮き出るように現れる。それはまるで、絵巻物が流れるように過去を写し出していった。
 そう、あの日の知られざる真実を。彼らが、決して見ようとしなかった、その真実の姿を。








 その日は、良い天気だった。少女はいつものように、その身体にしては大きな桶を持ち、川へ水汲みに来ていた。桶一杯に水を入れると、右手で汗をかく額をぬぐった。その時、少女の後方の大地に音もなく亀裂が入り、その亀裂から二人の男が現れた。
 青みを帯びた深い緑色である、木賊とくさ色の髪と睛眸ひとみをして、地中から現れたその男達は、すっーと宙に浮いた。

 “ちょうどいい”
 “あぁ、この雪魂に食わせるにはぴったりだ”
 “あの方は、大きな雪魂がお望みだ。少しでも多くの魂を、この雪魂に食わせるのだ”

 桶を両手で持って振り返った少女は、目の前に浮かぶ男達を見て

「ひぃ……っ……!」

 と言葉にならぬ声を上げ、手にしていた桶を落とした。ガラガラと、思いのほか大きな音をたてて桶が転がって行く。少女はわずかに後退あとずさりした。木賊色の髪と睛眸が何者を意味するのか、それは子供でも知っている。物語や紙芝居で見る彼らは、銀色の髪と赤い睛眸を持つ鬼神と共に、この地上に厄災を運ぶ悪神だ。

「あ……ぁ……」

 少女は邪神がいる反対側に向かって駆け出した。“お父さん! お母さん!” 優しい養父母の元に帰りたくて、抱きしめてほしくて、ただ足を動かした。だが、しかし。

「……!!」

 あっと言う間に、邪神達は少女の前に現れる。後ろに逃げても、横へ逃げても……。
 少女は逃げた、転んで足や手を擦りむいても、ただただ逃げた。
 彼らにとって、少女を手折ることなどたやすい。だが、邪神達は楽しんでいるのだ、少女が逃げまどう、その姿を。
 そして彼らは、少女の手を掴んだ。

「ひぃ……。は……離……して」
「離すわけがなかろう」
「そう、これをお前に埋め込むまでは、な」

 そう言って彼らは少女の手を引き寄せ、雪魂を見せた。

「や、やめて! お父さん! お母さん!」

 少女の目には、その小さな花の形をした水晶クリスタルが、とてつもなく恐ろしい物に見えた。

「い、いや! やめてーーー!!」

 少女の叫び声は、誰にも届かなかった。
 邪神達は、少女の胸元に持っていた雪魂を埋め込む。とたんに、異物が身体に入ってくる感覚と、その異物が放つ電流のような激しい痺れに少女は意識を手放し、硬い地面の上に崩れ落ちた。
 意識を失う直前少女に見えたのは、自分に向かって優しく微笑む父と母の姿だった。

「これでいいだろう。後は雪魂がやってくれる」
「我らは高みの見物。いや、すべてが終わった頃に来るとしよう」
「そうだな。雨が降るか、ちょうどいい」

 邪神達は、笑いなが消えさって行った。
 空を雨雲が覆い、ポツポツと雨が降りだしていく。気を失い倒れたままの少女は、ただ降り続くその雨に打たれていた。
 どれくらいの時間が過ぎた頃だろうか、激しい雨が降り続く中、あの少女が両手をついてそっと立ち上がった。
 だが、立ち上がった少女に先ほどまでの面影はなかった。何故なら、少女の睛眸は曇り、ギラギラと怪しい輝きを見せ、その口元はニヤリと歪んでいたからだ。




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