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メレーダイヤモンド 《1》
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「いらっしゃいませ、幸崎様」
「お久しぶりね麻央ちゃん。何かいい宝石、あったかしら」
“幸崎のおばさま” こと、幸崎玖美子と麻央の出会いは生まれてまもなくの頃。野中家と幸崎家は、先々代からの付き合いだ。
「そう言えば、さっき琉生君にもあったわ」
大手の宝石卸会社が主宰するこの『宝石展示会』で、玖美子はよく知る脇坂琉生の姿を見つけていた。
「脇坂様は、来月お生まれになる姪御さんへの誕生祝いを探しにいらっしゃったそうです」
琉生と挨拶を済ませていた麻央の言葉に
「まぁ、じゃ銀のスプーンかしら?」
と、玖美子は呟く。
「はい」
麻央はニッコリと笑って、頷いた。
幸崎玖美子が脇坂琉生を連れてノナカジュエリーにやって来たのは七年前のこと、麻央がまだ高校生の頃だ。
「麻央ちゃん、こんにちは」
麻央が学校から帰ると、ノナカジュエリー店にはお得意様である “幸崎のおばさま” が来店していた。
「ちょっと見てほしい物があるのよ」
鞄を持って帰ってきたばかりの麻央は、玖美子に声をかけられて奥の接客コーナーに向かった。そこにいたのは、麻央の祖父母と玖美子と20代くらいの男性が一人。そして、テーブルの上には小粒のメレーダイヤモンドが一つ。
そのテーブルのメレーダイヤモンドを見た麻央は目を見開き、それを二度見三度見した。それを見た幸崎玖美子と麻央の祖父母、野中孝太郎と美都乃は顔を見合せうなずきあう。
「琉生君。こちらの麻央ちゃんはね、野中さんのお孫さんで高校生なんだけど、ジュエリーのデザインもするの。琉生君も琴葉ちゃんも若いんだから、麻央ちゃんのような若いお嬢さんのデザインも見てみない?」
玖美子に言われ、琉生は麻央を見る。麻央は頭を下げてお辞儀をすると、祖父に進められるままソファーに座った。
玖美子の話はこうだった。琉生は玖美子の夫、幸崎雪哉の取引先の息子なのだが、恋人の琴葉が半年前に交通事故にあい入院中なのだとか。しかも、琴葉の手術は成功しいつ目覚めてもいいはずなのに、半年たった今も琴葉が目覚める気配はない。
琉生は琴葉との結婚を夢見て一年でも二年でも琴葉が目覚めるまで待つつもりだが、その証に琴葉にジュエリーをプレゼントしたいのだと言う。だが、どんなジュエリーにしたらいいのか考えがまとまらず悩んでいるそうだ。
この0.2ctもない小粒のメレーダイヤモンドは、琉生の曾祖父が若い頃に麻央の曾祖父から購入した物らしい。戦前、琉生の曾祖父が話に聞いた外国の習慣を真似て、家の事情で遠くに引っ越さなくてはならなくなった曾祖母に “きっと迎えに行くから待っていてほしい” と渡した物だそうだ。
本当はダイヤモンドの指輪を贈りたかったらしいが、まだ若くお金のなかった琉生の曾祖父には小さなメレーダイヤモンドしか買えなかった。琉生の曾祖母は、この小さなメレーダイヤモンドを持って待った。そして数年後、今度こそダイヤモンドの指輪を持って曾祖父は曾祖母を迎えに行ったそうだ。
琴葉はこの曾祖父達の話が大好きで、このメレーダイヤモンドを見るたびに “素敵!”と言っていた。だから、このメレーダイヤモンドを使って琴葉にジュエリーをプレゼントしたい。しかし、見ての通り一粒の小さな小さなメレーダイヤモンドだ。
メレーダイヤモンドを使う場合、おおまかに “メレタイプ” か “パヴェセッティング” に別れる。メレタイプはセンターストーンの両脇にメレーダイヤモンドが数個使われるタイプ。パヴェセッティングは、メレーダイヤモンドが敷石のように敷き詰められパヴェ留めされたタイプだ。
メレタイプでは曾祖父と曾祖母のメレーダイヤモンドが目立たないし、パヴェにいたってはどれが曾祖父と曾祖母のメレーダイヤモンドなのか分からなくなる。そんな時に玖美子から声をかけられ、一緒にノナカジュエリー店にやってきたのだ。
麻央は接客コーナーのさらに奥にある扉の中に入ると、一冊のスケッチブックを持って帰ってきた。そしてまたソファーに座るとスケッチブックを広げ、小さなメレーダイヤモンドを見ながら絵を描き始めた。
それば、不思議な光景だった。麻央はメレーダイヤモンドを見つめながらデザイン画を描いている。だが琉生は、思わずその光景に首を傾けた。メレーダイヤモンドを見ながら麻央が描いているデザイン画は、メレーダイヤモンドのジュエリーではなく薔薇の花だったからだ。
「よろしいですか?」
ある程度のデザイン画を描き終えた麻央は、琉生に声をかけた。
「あっ、はい。なんでしょう」
「琴葉さんは、何月生まれでしょうか?」
「5月です」
麻央は頷くと、にっこり笑って琉生に出来上がったデザイン画を見せる。
「私のオススメは、こちらの指輪になります。ピンクゴールドで咲き誇る一輪の薔薇の花を作り、花びらの間から琴葉さんの誕生石であるエメラルドで葉っぱを作り、二枚見えるように配置します。そしてそちらのメレーダイヤモンドを、朝露のように花びらのこの位置にのせます。これで薔薇の指輪が出来上がります。このメレーダイヤモンドはとても美しいですから、一粒でも十分に輝き目立ちます。ちなみに、ピンクの薔薇は5月の誕生花でもあります」
この言葉を聞いて、琉生はノナカジュエリー店で指輪を注文することに決めた。信頼のおける玖美子の紹介であることはもちろんのこと、この麻央との出会いは良い巡り合わせだったような気がしたからだ。
メレーダイヤモンドを見ただけで琴葉の誕生花であるピンクの薔薇をイメージし、同じ琴葉の誕生石であるエメラルドで葉っぱを作った。そして朝露のメレーダイヤモンド、きっと琴葉も喜んでくれるにちがいない。
「お願いします」
そう言った琉生に、全員がにっこりと微笑んだ。
********
メレーダイヤモンド《4》までは毎日更新。それ以後は亀更新になります。m(__)m
「お久しぶりね麻央ちゃん。何かいい宝石、あったかしら」
“幸崎のおばさま” こと、幸崎玖美子と麻央の出会いは生まれてまもなくの頃。野中家と幸崎家は、先々代からの付き合いだ。
「そう言えば、さっき琉生君にもあったわ」
大手の宝石卸会社が主宰するこの『宝石展示会』で、玖美子はよく知る脇坂琉生の姿を見つけていた。
「脇坂様は、来月お生まれになる姪御さんへの誕生祝いを探しにいらっしゃったそうです」
琉生と挨拶を済ませていた麻央の言葉に
「まぁ、じゃ銀のスプーンかしら?」
と、玖美子は呟く。
「はい」
麻央はニッコリと笑って、頷いた。
幸崎玖美子が脇坂琉生を連れてノナカジュエリーにやって来たのは七年前のこと、麻央がまだ高校生の頃だ。
「麻央ちゃん、こんにちは」
麻央が学校から帰ると、ノナカジュエリー店にはお得意様である “幸崎のおばさま” が来店していた。
「ちょっと見てほしい物があるのよ」
鞄を持って帰ってきたばかりの麻央は、玖美子に声をかけられて奥の接客コーナーに向かった。そこにいたのは、麻央の祖父母と玖美子と20代くらいの男性が一人。そして、テーブルの上には小粒のメレーダイヤモンドが一つ。
そのテーブルのメレーダイヤモンドを見た麻央は目を見開き、それを二度見三度見した。それを見た幸崎玖美子と麻央の祖父母、野中孝太郎と美都乃は顔を見合せうなずきあう。
「琉生君。こちらの麻央ちゃんはね、野中さんのお孫さんで高校生なんだけど、ジュエリーのデザインもするの。琉生君も琴葉ちゃんも若いんだから、麻央ちゃんのような若いお嬢さんのデザインも見てみない?」
玖美子に言われ、琉生は麻央を見る。麻央は頭を下げてお辞儀をすると、祖父に進められるままソファーに座った。
玖美子の話はこうだった。琉生は玖美子の夫、幸崎雪哉の取引先の息子なのだが、恋人の琴葉が半年前に交通事故にあい入院中なのだとか。しかも、琴葉の手術は成功しいつ目覚めてもいいはずなのに、半年たった今も琴葉が目覚める気配はない。
琉生は琴葉との結婚を夢見て一年でも二年でも琴葉が目覚めるまで待つつもりだが、その証に琴葉にジュエリーをプレゼントしたいのだと言う。だが、どんなジュエリーにしたらいいのか考えがまとまらず悩んでいるそうだ。
この0.2ctもない小粒のメレーダイヤモンドは、琉生の曾祖父が若い頃に麻央の曾祖父から購入した物らしい。戦前、琉生の曾祖父が話に聞いた外国の習慣を真似て、家の事情で遠くに引っ越さなくてはならなくなった曾祖母に “きっと迎えに行くから待っていてほしい” と渡した物だそうだ。
本当はダイヤモンドの指輪を贈りたかったらしいが、まだ若くお金のなかった琉生の曾祖父には小さなメレーダイヤモンドしか買えなかった。琉生の曾祖母は、この小さなメレーダイヤモンドを持って待った。そして数年後、今度こそダイヤモンドの指輪を持って曾祖父は曾祖母を迎えに行ったそうだ。
琴葉はこの曾祖父達の話が大好きで、このメレーダイヤモンドを見るたびに “素敵!”と言っていた。だから、このメレーダイヤモンドを使って琴葉にジュエリーをプレゼントしたい。しかし、見ての通り一粒の小さな小さなメレーダイヤモンドだ。
メレーダイヤモンドを使う場合、おおまかに “メレタイプ” か “パヴェセッティング” に別れる。メレタイプはセンターストーンの両脇にメレーダイヤモンドが数個使われるタイプ。パヴェセッティングは、メレーダイヤモンドが敷石のように敷き詰められパヴェ留めされたタイプだ。
メレタイプでは曾祖父と曾祖母のメレーダイヤモンドが目立たないし、パヴェにいたってはどれが曾祖父と曾祖母のメレーダイヤモンドなのか分からなくなる。そんな時に玖美子から声をかけられ、一緒にノナカジュエリー店にやってきたのだ。
麻央は接客コーナーのさらに奥にある扉の中に入ると、一冊のスケッチブックを持って帰ってきた。そしてまたソファーに座るとスケッチブックを広げ、小さなメレーダイヤモンドを見ながら絵を描き始めた。
それば、不思議な光景だった。麻央はメレーダイヤモンドを見つめながらデザイン画を描いている。だが琉生は、思わずその光景に首を傾けた。メレーダイヤモンドを見ながら麻央が描いているデザイン画は、メレーダイヤモンドのジュエリーではなく薔薇の花だったからだ。
「よろしいですか?」
ある程度のデザイン画を描き終えた麻央は、琉生に声をかけた。
「あっ、はい。なんでしょう」
「琴葉さんは、何月生まれでしょうか?」
「5月です」
麻央は頷くと、にっこり笑って琉生に出来上がったデザイン画を見せる。
「私のオススメは、こちらの指輪になります。ピンクゴールドで咲き誇る一輪の薔薇の花を作り、花びらの間から琴葉さんの誕生石であるエメラルドで葉っぱを作り、二枚見えるように配置します。そしてそちらのメレーダイヤモンドを、朝露のように花びらのこの位置にのせます。これで薔薇の指輪が出来上がります。このメレーダイヤモンドはとても美しいですから、一粒でも十分に輝き目立ちます。ちなみに、ピンクの薔薇は5月の誕生花でもあります」
この言葉を聞いて、琉生はノナカジュエリー店で指輪を注文することに決めた。信頼のおける玖美子の紹介であることはもちろんのこと、この麻央との出会いは良い巡り合わせだったような気がしたからだ。
メレーダイヤモンドを見ただけで琴葉の誕生花であるピンクの薔薇をイメージし、同じ琴葉の誕生石であるエメラルドで葉っぱを作った。そして朝露のメレーダイヤモンド、きっと琴葉も喜んでくれるにちがいない。
「お願いします」
そう言った琉生に、全員がにっこりと微笑んだ。
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