死を恋う神に花束を 白百合を携える純黒なる死の天使【アルファポリス版】

高坂 八尋

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三章 棘の迷宮

第12話 事後……?

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 カイムは大きく欠伸あくびして、伸びをする。寝具がいいのだろう、ショルダーホルスターやタイト気味の衣服で入眠しても、それほど負担に感じられなかった。寝違えても可笑しくない、少々複雑な体勢で寝ていたが、気分がとても良かった。

「よく眠れました。ありがとうございます」

「それは喜ばしいことでございます」

 カイムは腕時計を見る。

「さて、どうするか。ヘルレアとオリヴァンも好きに遊んだかな。でも少し早いか? こういう場所での時間配分が判らないな」

「今日一日、私はカイム様へおもてなしさせて頂けますが、どう致しましょう」

「うん、そうだね。もうしっかり休んだし帰ろうかな」

 女王蜂は可笑しそうに笑っている。鈴のようにころころと愛らしい。

「あれ? 本当に僕は一体何しに来たんだろう」

 カイムも声を出して笑ってしまう。

「これもまた、蜂の巣の役割というもの。お疲れになられたら、またおいでくださいませ」

 カイムは服を整えると、ジェイドとチェスカルの待つ外へ向う。

「扉を出たら直ぐ正面にエレベーターが開きます。どうかまた、是非とも我が巣へお帰りくださいますよう、切にお祈り申し上げております」

 扉が自動で開くと、ジェイドとチェスカルが立っていた。

「ん? なんか早くないか」ジェイドが微妙な顔をしている。

「ああ、すっきりした」カイムは肩を揉む。

「そういう、下品な事を言うのは止めておけ」

「……あ、や、勘違いさせたな。休んでいたんだ」

「だから、マナーとして……」

「休んでいたというのも、勘違いさせる……か。女王蜂に眠らせてもらっていたんだ」

「なんですって?」チェスカルが怪訝な顔をしている。

「なんだか僕、疲れてたみたいだから、女王蜂が仮眠していくといいって、言って下さったんだ」

 カイムがあははと、気軽に笑う。

 ジェイドが眼を細めて、鼻をすすった。

「おい、大丈夫なのかこいつ。色々なところの健康面がヤバいんじゃないのか」

「私に訴えないで下さい隊長。私も不安なんですから」

「まあまあ二人共、素直に聞いたのも理由があってさ。女王蜂は何か能力を持っていらっしゃるようだ。僕は拒絶して押し返した。それでも女王蜂は何かを感じ取られたらしい。素直に眠ってみたら、身体が軽くなった。自分で思う以上に疲れていたようだ」

「異能ですか……少し不安ですが、それならば、安堵しました」チェスカルはほっとしている。

「ああ、そういう事か。最近は目まぐるしく変化が起きているからな。お前の疲労は感じていたが、猟犬おれらがどうこうと踏み込めるものでもなかったらな」

「僕は防御方法を心得ているから、まあ、馬鹿みたいに眠ったものだが。正直、ここまで異能に支配されていると、蜂の巣は僕にとっては逆に危険かな」

「ところで、どこから帰るんだ?」ジェイドが廊下を見回している。

「目の前に、エレベーターが開くとお聞きしたんだが……」

「どこにもありませんね」チェスカルが壁を叩く。

「おい、女王蜂の部屋への扉が消えている」

 真っ直ぐに続くただの廊下になっていた。

 ジェイドとチェスカルが汎用型の銃を手にして、カイムとの距離を一瞬で詰め、周囲を警戒し始める。

「罠か何かだったのか」

「オリヴァンの罠とか?」カイムが半眼で笑う。

 カイムは電子端末を出すと画面を見るが、圏外となっている。

「防御壁の影響か?」

「隊長、廊下の先を見てまいります」

 ジェイドが頷くと、チェスカルは小走りに廊下の折れた先へ向かって行く。

 カイムはチェスカルへ手を伸ばしている。気配が刻一刻と移動しているのが分かる。

「廊下が長いな……」カイムが眉をひそめる。

「あまりおかしかったら呼び戻せ」

 カイムが頷く。目を伏せると集中する。力を全開にするとチェスカルの視覚を繋いだ。

 カイムとジェイドがいる廊下と何も変化がなかった。カイムは直ぐに進行を無意味と判断して、チェスカルの意識へ、直に戻るよう命令する。一瞬でチェスカルは反応して駆け戻って来る。

「駄目だ、延々と同じ廊下が続いている」

「女王蜂は外法外道を使うと言っていたな」

 チェスカルが駆けている。その気配は続いているが、カイムは異変に気付く。

「……動かない」

「どういう意味だ」

「チェスカルは走っているのに、距離が縮まらない」

「外法か、チェスカルと話してみろ」

 カイムは自分が戦場へ帰って来た気持ちがして来た。チェスカルはカイムが変事の渦中に居るからか、珍しく僅かに焦っていた。カイムは直ぐに落ち着かせて意思の疎通をする。

 チェスカルは直ぐいつも通りになり、カイムが留まるように指示すると立ち止まった。

「チェスカルが術式や媒介らしきものがないかと聞いている。外界術だと記述方式がかなり多いらしいから、基本から確認するべきだ、と」

「外界術だとそうだな。可能性が高い。カイムも銃を抜け」

 カイムはショルダーホルスターから銃を手にする。彼は対人用の銃しか持っておらず、ジェイド達のような、特殊な大口径の銃と比べると、コンパクトに感じてしまう。

 ジェイドは壁や床を撫で始めた。

「術式らしきものはない。擬装でもしているのか」

「チェスカルも見つからないらしい」

「外の猟犬を呼べるか?」

 カイムは一気に星空を遠くまで広げる。彼は最初、意思疎通の限界まで遠く周囲を見回していたが、かなり近い場所でチラチラ星が光っている事に気が付いた。

 この、既視感――。

「ん? 何だろう。近くに四頭いるな……あ、」

「どうしたんだ?」

「ハルヒコ、ルーク、ユニス、エルドがいるぞ」

「あいつら覗き見しに来たな。だが、もう怒るに怒れんな。呼べ」

 カイムは四人へ異常事態を教えて対処の命令を下す。猟犬は一斉に動き出した。

「エルドが言うには、蜂の巣の防御壁に一部破壊された後の修復痕があるらしい」

「あいつ等来られるのか」

「防御壁が緊急事の態勢に入ってて、外法だけではなく外道の召喚術式も展開しているとか……せめて喚起係なら強行突破出来たかもしれないが、召喚となると相手が何か分からない以上、危な過ぎて来られないと言っている。下手に触れば召喚に巻き込まれて、リンボへ閉じ込められる、らしい」

「リンボってそんなもの本当に存在するのか」

「蜂の巣にいる術者は、凄く高位の存在だとエルドが言っている。おそらく神も招けるだろうと」

「蜂の巣とは厄介なものだな」

「とにかく、侵入者故に僕達は閉じ込められた、と言うことか」カイムは頷く。

「蜂の巣の企てではないのか?」

「チェスカルへ伝えたら蜂の巣が防御態勢に入っている以上、客の僕達に出来る事はなさそうだと言っている――え? ああ、一定空間に閉じ込めるのは、客を守る為の保護隔離という基本的な術なのか?」

 ジェイドは何故かなんとも言えない顔をしている。

「どうしたんだ?」

「久し振りにその姿を見るものだから、一人ごと言ってる危ない奴に見える」

 カイムは苦笑いする。

「待つしかないか。ヘルレアの心配はいらないが、オリヴァンは人間だからな。まあ、人間だが普通とは言えないしなんとかなるだろう」

「保護隔離か。何も出来ないようだし、敵が来れば迎え撃てばよし」

 ジェイドが床に座ってしまう。カイムもジェイドへ向かい合うように壁にもたれて座った。

「本当に何しに来たんだか」

「女王蜂を抱いておけばよかっただろうに」

「僕はあまり女性関係が上手くいかないみたいだ」

「それは昔からだろう。初恋なんかあったのか?」

「どうだろう、生きるので手いっぱいだったかもな」カイムが朗らかに笑う。

 ジェイドは頷く。

「今から初恋を見つけてもいいだろう。遅いとは思わない」

 カイムは首を傾げる。

「何をしんみりしているんだ」

 ジェイドが急に立ち上がって廊下を見回している。カイムもつられてジェイドの傍に立つ。

「何か、変わった」ジェイドがカイムを背にして守る。

『……カイム様』

「女王蜂!」

『カイム様、お付きの方々。我が〈蜂の巣〉へ不正規に侵入したものがおります。外法による転送と防御壁の破壊によって、遠隔地からの急襲を受けてしまいました。現在お客様方の安全は空間遮蔽により、お護りさせて頂いております。けれども侵入者もかなりの術者のようで、防御壁が破壊されつつあります』

「状況は分かりました。僕達も微力ながらお手伝いさせて下さい」

『カイム様はたしか……』

「戦争屋です」

『お客様にそのような事は』

「どちらにしろ、放っておいたら俺達も危険だ。俺も自分の主人を守る為に戦いましょう。兵士を動かせるようにして頂きたい。外にも兵士が四人おります。あと、チェスカルをお返し下さい」

『承知いたしました――女王蜂として失格です。力が及ばず申し訳ございません』

 チェスカルが動き出した。直ぐに角を曲って来て顔を出す。

「外の兵士は入って来られますか」

『防御壁と召喚は今落とすと、守りを完全に失ってしまい危険なので、落とす事が出来ません。安全な第一階層へ直接移転させて頂きます。悪魔を使いに向かわせますので、何か識別出来る目印を頂ければ、お名前などでも……もしや、外の方々もお名前がないのでは』

「東洋系の大男がおります」チェスカルが悩む二人を差し置いてさらりと答える。

『承知いたしました』

 カイムが全てを一瞬で外の四人へ伝える。

 ――僕には休んでいる暇など許されないようだ。

 頬を叩いて気合いを入れると銃を持ち直す。

 ジェイドが弾の数を慎重に確認している。

「女王蜂、あなたのところは安全ですか」

『はい、先程カイム様がお休みになられたお部屋で、私は外法外道を行使しております故、中枢となります。よって最も安全でしょう』

「それはよかった。俺の主人を預かって頂きたい」

「おい、ジェイド」

「これは俺達がお手伝いさせて頂く一番大事な条件です。何を差し置いてもカイムを、お護り下さい。この男はけして死んではいけない人間です――チェスカルはカイムのお伴をしろ」

「お任せください」

 いつの間にか壁に先程見たばかりの扉が現れ、自動で開かれる。部屋には女王蜂が一人立っていた。

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