29 / 71
一章 死の王
第13話 穢れた聖処女〈後編 罪と罰 そして……〉
しおりを挟む
19
店主の言う通り、人を泊めるような部屋ではなかった。案内された二階の部屋は、暗く黴臭い。酒の貯蔵部屋らしいのだが、床は剥き出しの板張りで、木箱が四隅に積んであり、裸の電球がぶら下がっている。随分と酒が粗末に扱われていると思ってしまうのは、館の酒用貯蔵庫が、完璧に管理されているのをちょくちょく見るからか。主人の気まぐれな遊興が、ジェイドへ与えた知識は、この状況を余計に寒々しく感じさせる。
店主が高い位置にある裸電球を灯す。
「住居は別にあるのでいつもは昼過ぎにならなければ、店には来ない。早めに顔をだしますが、行き違いでも構いませんよ。小さい村だ。ここいらはどうせ、知り合いしかいないから、こそ泥が出ようもないものでね」
店主は二枚の毛布を持って来たり、何やかんやと彷徨いている間、明らかにヘルレアを不躾に観察していた。当のヘルレアは店主の視線に気が付いているだろうに、一切見向きもせず無視を決め込んでいたのだ。やはり王は、こういった人間の下卑た行為もやり過ごせる程、人の世界に馴れている。
ジェイドは店主を追い立てるように――はっきりと言えば全ての行動を妨害して、扉を手早く閉めてしまった。
ヘルレアは毛布を見向きもせず、放置したまま膝を立てて座った。「野宿よりは、ましだろう」
「確かに、風を防げる分だけ、居心地は悪くない……だが、この部屋を借りる為にやった事は、大分やり過ぎだ」ジェイドは毛布を一枚手にすると、床に敷いてから、あぐらを組んで腰を下ろした。
「もう、それはいいだろう」ヘルレアは煩い虫を払うように、手を投げ遣りに振る。
「気になったんだが……あれだけ酒を飲んで、何ともないのか?」
「身体の構造の違いか、私は酒で酔わない。工業用アルコールだろうが、製造限界度数の酒だろうが何を飲んでも変わらなかった……ただし同時に、美味いとも思わないが」
「それを聞くと、試してみたようだな」
「ん? ああ、まあな……くだらない、ガキの遊びさ」
「学生のような遊びをするな。まさか、先程のような事をしたのか?」
「いきなり今の私があるわけではない。もう過去の事だ。お前に話す価値を見出せない」
「……そうだな。互いを知る必要もなし」
「そんなことよりお前は聞いたか? 空に走った柱の事を」
「王も聞いたか。この村では話題になっているようだ。規模があまりに大き過ぎる」
「これは王がしでかした事だろうな」
「まだ片王が留まってくれているといいが」
ヘルレアは黙って何か考えている。一つ息を吐くとジェイドを見た。
「これは言っておく。私はまだ成長しきっていない。気配を読むのは正確にとはいかない」
「それでもないよりは、確実にいい。指標が立てられるのとそうでないのとは雲泥の差だ」
成長しきっていない。番がいないのだから当たり前だ。王が大人になるのは番を得てはじめて叶う事柄だ。この死期も近い時に自分からカイムの事を袖にしたのだから、未だ子供のままなのは当然だろう。
だが、ジェイドは主人とヘルレアの未来が想像出来なかった。言葉では簡単に表現出来るだろう。二人は交わって夫婦となり、ステルスハウンドを手を取り合って治める。いずれ、ヘルレアは子供を孕むかもしれない。ノヴェクからヨルムンガンド・ヘルレイアを生母とする――始祖双生児が――新たに生まれて、血統が枝分かれする。
だが、その言葉の狭間を全て埋められる姿が、一つも思い浮かばない。
ヘルレアはカイムを愛するのか?
ステルスハウンドはどうなる?
カイムは自分の禁忌なる子供へ何を見出す?
「……何故、カイムの申し出を断ったんだ」
「ジェイドは初めて合った相手に、結婚してくれと言われて受けるのか?」王は悪戯っぽく笑う。
「それは、普通の人間が言う理屈だ。王は人間ではないだろう。俺がどうとかの問題でもない。もしかして、本当にカイムの容貌が気に入らなくて振ったのか? そんな、ふざけた理由で」
「まだそれを言うか。いい加減諦めたらどうだ。ジェイドがどうこう言おうと変わる事はない」
確かにジェイドが王を説得できるとは自分でも思わなかった。ただ、ジェイドの主人であるカイムが何故、王に相応しくないのか知りたかったのだ。未来を想像出来ない二人への、確かな理屈が欲しかった。冗談で聞き流したくはない。
ヘルレアは驚く程はっきりと溜息をついた。
「……私は元々、番など持つ気はないんだ」
「なんだと?」
「話しは止めだ、私は寝る! ジェイド、お前も休むことだ」
寝ないだろう――そんな言葉も飲み込むしかなく、それっきり会話は途絶えてしまった。ジェイドもヘルレアも、身体を横たえる事なく休み、いつでも動けるような体勢だった。長い間、そのまま二人とも目を瞑っていた。
ジェイドは意識していなかったが、ヘルレアを少女と見なす人間が多い。酒場に居る男達からは、完全にお嬢ちゃん扱いされていた。確かにジェイドにも、ヘルレアは女寄りに見える時がある。だが、ヘルレアに性別は無いはずだ。人間のヘルレアへ対する認知機能というものは良くわからない。少年のようであり少女のようである王。絶妙な均衡に立つ王は、また、その特有の美しさで、人間の認知を更に乱して、性差を撹乱するようだ。
ジェイドはヘルレアの存在感を肌で感じ取り眠れなかった。これは本能から来る恐れだと自覚できた。闇の中で肉食獣に怯える小動物のような感覚。訓練を受けたジェイドでさえ、自分自身を誤魔化す事が出来そうになく、眠ることなど到底無理だった。少女のよう、美しい、そんな認識が確かにあるのに、そこには矛盾した化生の臭いが漂う。
まんじりともせずにいると、音もなくヘルレアが動いた事が空気の流れで分かった。ジェイドは一瞬身体が強張ったが、慌てて眼を開けると、ヘルレアが部屋の扉から出るところだった。
「どうした?」
ヘルレアは口に指を当てて、静かに、と身振りで示した。
王は無音でありながら、滑らかな速度でもって動き、廊下の窓を開けると外へ出た。屋根の上に立つ王はジェイドを手招きしている。王に倣って静かに動くと、窓枠を超えて二人で屋根に立った。
王は先に屋根の端に立ち、少し遠くを指差している。薄暈けた月明かりの中、黒い塊がそろそろと建物の間を歩いている。こんもりと丸く厚みがあるので、人間ないのは直ぐに判る。
――使徒だ。
「村に紛れ込んでいたか、私に引き寄せられて来たか。どちらにしろ、始末しておくべきだろう?」
「村人に犠牲は出さない。見過ごしたら、ステルスハウンドの意義を失う」
ヘルレアは笑って、屋根から飛び降りた。使徒は王に気付き、立ち止まってしまう。ジェイドもヘルレアに続いて屋根から飛び降りた。
ヘルレアは使徒に迷いなく突進して、使徒の背後に回り込むと片腕を掴んだ。足を使徒の身体に掛けてから、関節とは逆方向に捻じ曲げる。すると、雑巾のように赤い血が絞られて血飛沫を上げた。ヘルレアは顔を鮮血に染めたまま、気にもせず捻じ切り、そのままもう片腕も同じ様に、軽々と絞り上げて毟り取ってしまった。
すると突然使徒の姿が歪む。波打ち暈けて、輪郭が捉えられないほど揺らぐ。滲むように黒い影へと沈んで行くと、細く小さく収束した。確固とした輪郭を取り戻すと、人の姿に変性した。両腕のない青年が血を流しながら、何事もないように、よたよたと歩いている。
王は青年の顔面を鷲掴みにした。ジェイドには王が僅かに手へ力を込めたのが分かった。ヘルレアは片手だけで頭を体から引き抜くと、大量の血液が噴き上がる。王が掴む頭には剥き出しの頸椎と、引き千切られた組織が、幾筋も色鮮やかに垂れ下がっている。
ヘルレアが血に濡れた顔で穏やかに微笑む。その顔はまるで聖人画の聖処女のようで、血に塗れたその姿は、神聖な乙女が淫らに穢され、冒涜されたような情景を作り出していた。
そして、手で頭を無造作に掴む全体像を捉えると、まさに宗教的持物を携える、堕天を主題とする絵画そのものだった。
ヘルレアが青年の頭を振り上げて、ジェイドへ生首を投げて来た。彼が反射的に受け取ると、ずっしりとした重みをその手に感じた。頭からは止めどなく流血が続き、生温いぬめぬめとした血が掌をどす黒く染めた。
「猟犬共、これがお前達の罪と罰だ。受け取るがいい」
使徒は人間なのだ――。
使徒は人間を素体として生まれて来る。人間であるジェイドが、かつて同種だった人間を殺めるということの重み。覚悟をして今まで戦ってきた。既に慣れきったものだと思っていた。
しかし、王に言われ戦慄した。
ジェイドは何も見えていなかったような心持ちにさせられた。人の死へ真に向き合うのではなく、目を逸らしていただけなのではないかと、思えてならなくなった。この手に抱える潰えた命が科す、真実なる重み。
――これが王なのだ。
顔を赤黒く染め、薄い月明かりの下佇んでいる。その顔には今さっき、元人間を殺めた興奮など微塵もない。
そして、殺気も。
王というものは、ただただ静かに、日常の一場面として、殺戮すら行使出来うる存在なのだろう。
心すら伴わず、その手一つで世界を動かす者。
ジェイドは絶句する。
その血に染まる王があまりにも、清らかに見えた。
――これは、違う。
宗教画などという、人間の希うような、想像上としての都合の良い聖性ではない。
もっと純粋で残酷な、されど、あまりにも尊い、死――。
そして、
「……運命」
仄かに灯る瞳は穏やかで、全てを見透かし包容するようなゆとりを、見る者へ感じさせる。ヘルレアは外套の袖で顔に飛び散った血を拭うと、ジェイドを睥睨して通り過ぎ、屋根に軽々と飛び乗ると、窓の奥へ消えて行った。
店主の言う通り、人を泊めるような部屋ではなかった。案内された二階の部屋は、暗く黴臭い。酒の貯蔵部屋らしいのだが、床は剥き出しの板張りで、木箱が四隅に積んであり、裸の電球がぶら下がっている。随分と酒が粗末に扱われていると思ってしまうのは、館の酒用貯蔵庫が、完璧に管理されているのをちょくちょく見るからか。主人の気まぐれな遊興が、ジェイドへ与えた知識は、この状況を余計に寒々しく感じさせる。
店主が高い位置にある裸電球を灯す。
「住居は別にあるのでいつもは昼過ぎにならなければ、店には来ない。早めに顔をだしますが、行き違いでも構いませんよ。小さい村だ。ここいらはどうせ、知り合いしかいないから、こそ泥が出ようもないものでね」
店主は二枚の毛布を持って来たり、何やかんやと彷徨いている間、明らかにヘルレアを不躾に観察していた。当のヘルレアは店主の視線に気が付いているだろうに、一切見向きもせず無視を決め込んでいたのだ。やはり王は、こういった人間の下卑た行為もやり過ごせる程、人の世界に馴れている。
ジェイドは店主を追い立てるように――はっきりと言えば全ての行動を妨害して、扉を手早く閉めてしまった。
ヘルレアは毛布を見向きもせず、放置したまま膝を立てて座った。「野宿よりは、ましだろう」
「確かに、風を防げる分だけ、居心地は悪くない……だが、この部屋を借りる為にやった事は、大分やり過ぎだ」ジェイドは毛布を一枚手にすると、床に敷いてから、あぐらを組んで腰を下ろした。
「もう、それはいいだろう」ヘルレアは煩い虫を払うように、手を投げ遣りに振る。
「気になったんだが……あれだけ酒を飲んで、何ともないのか?」
「身体の構造の違いか、私は酒で酔わない。工業用アルコールだろうが、製造限界度数の酒だろうが何を飲んでも変わらなかった……ただし同時に、美味いとも思わないが」
「それを聞くと、試してみたようだな」
「ん? ああ、まあな……くだらない、ガキの遊びさ」
「学生のような遊びをするな。まさか、先程のような事をしたのか?」
「いきなり今の私があるわけではない。もう過去の事だ。お前に話す価値を見出せない」
「……そうだな。互いを知る必要もなし」
「そんなことよりお前は聞いたか? 空に走った柱の事を」
「王も聞いたか。この村では話題になっているようだ。規模があまりに大き過ぎる」
「これは王がしでかした事だろうな」
「まだ片王が留まってくれているといいが」
ヘルレアは黙って何か考えている。一つ息を吐くとジェイドを見た。
「これは言っておく。私はまだ成長しきっていない。気配を読むのは正確にとはいかない」
「それでもないよりは、確実にいい。指標が立てられるのとそうでないのとは雲泥の差だ」
成長しきっていない。番がいないのだから当たり前だ。王が大人になるのは番を得てはじめて叶う事柄だ。この死期も近い時に自分からカイムの事を袖にしたのだから、未だ子供のままなのは当然だろう。
だが、ジェイドは主人とヘルレアの未来が想像出来なかった。言葉では簡単に表現出来るだろう。二人は交わって夫婦となり、ステルスハウンドを手を取り合って治める。いずれ、ヘルレアは子供を孕むかもしれない。ノヴェクからヨルムンガンド・ヘルレイアを生母とする――始祖双生児が――新たに生まれて、血統が枝分かれする。
だが、その言葉の狭間を全て埋められる姿が、一つも思い浮かばない。
ヘルレアはカイムを愛するのか?
ステルスハウンドはどうなる?
カイムは自分の禁忌なる子供へ何を見出す?
「……何故、カイムの申し出を断ったんだ」
「ジェイドは初めて合った相手に、結婚してくれと言われて受けるのか?」王は悪戯っぽく笑う。
「それは、普通の人間が言う理屈だ。王は人間ではないだろう。俺がどうとかの問題でもない。もしかして、本当にカイムの容貌が気に入らなくて振ったのか? そんな、ふざけた理由で」
「まだそれを言うか。いい加減諦めたらどうだ。ジェイドがどうこう言おうと変わる事はない」
確かにジェイドが王を説得できるとは自分でも思わなかった。ただ、ジェイドの主人であるカイムが何故、王に相応しくないのか知りたかったのだ。未来を想像出来ない二人への、確かな理屈が欲しかった。冗談で聞き流したくはない。
ヘルレアは驚く程はっきりと溜息をついた。
「……私は元々、番など持つ気はないんだ」
「なんだと?」
「話しは止めだ、私は寝る! ジェイド、お前も休むことだ」
寝ないだろう――そんな言葉も飲み込むしかなく、それっきり会話は途絶えてしまった。ジェイドもヘルレアも、身体を横たえる事なく休み、いつでも動けるような体勢だった。長い間、そのまま二人とも目を瞑っていた。
ジェイドは意識していなかったが、ヘルレアを少女と見なす人間が多い。酒場に居る男達からは、完全にお嬢ちゃん扱いされていた。確かにジェイドにも、ヘルレアは女寄りに見える時がある。だが、ヘルレアに性別は無いはずだ。人間のヘルレアへ対する認知機能というものは良くわからない。少年のようであり少女のようである王。絶妙な均衡に立つ王は、また、その特有の美しさで、人間の認知を更に乱して、性差を撹乱するようだ。
ジェイドはヘルレアの存在感を肌で感じ取り眠れなかった。これは本能から来る恐れだと自覚できた。闇の中で肉食獣に怯える小動物のような感覚。訓練を受けたジェイドでさえ、自分自身を誤魔化す事が出来そうになく、眠ることなど到底無理だった。少女のよう、美しい、そんな認識が確かにあるのに、そこには矛盾した化生の臭いが漂う。
まんじりともせずにいると、音もなくヘルレアが動いた事が空気の流れで分かった。ジェイドは一瞬身体が強張ったが、慌てて眼を開けると、ヘルレアが部屋の扉から出るところだった。
「どうした?」
ヘルレアは口に指を当てて、静かに、と身振りで示した。
王は無音でありながら、滑らかな速度でもって動き、廊下の窓を開けると外へ出た。屋根の上に立つ王はジェイドを手招きしている。王に倣って静かに動くと、窓枠を超えて二人で屋根に立った。
王は先に屋根の端に立ち、少し遠くを指差している。薄暈けた月明かりの中、黒い塊がそろそろと建物の間を歩いている。こんもりと丸く厚みがあるので、人間ないのは直ぐに判る。
――使徒だ。
「村に紛れ込んでいたか、私に引き寄せられて来たか。どちらにしろ、始末しておくべきだろう?」
「村人に犠牲は出さない。見過ごしたら、ステルスハウンドの意義を失う」
ヘルレアは笑って、屋根から飛び降りた。使徒は王に気付き、立ち止まってしまう。ジェイドもヘルレアに続いて屋根から飛び降りた。
ヘルレアは使徒に迷いなく突進して、使徒の背後に回り込むと片腕を掴んだ。足を使徒の身体に掛けてから、関節とは逆方向に捻じ曲げる。すると、雑巾のように赤い血が絞られて血飛沫を上げた。ヘルレアは顔を鮮血に染めたまま、気にもせず捻じ切り、そのままもう片腕も同じ様に、軽々と絞り上げて毟り取ってしまった。
すると突然使徒の姿が歪む。波打ち暈けて、輪郭が捉えられないほど揺らぐ。滲むように黒い影へと沈んで行くと、細く小さく収束した。確固とした輪郭を取り戻すと、人の姿に変性した。両腕のない青年が血を流しながら、何事もないように、よたよたと歩いている。
王は青年の顔面を鷲掴みにした。ジェイドには王が僅かに手へ力を込めたのが分かった。ヘルレアは片手だけで頭を体から引き抜くと、大量の血液が噴き上がる。王が掴む頭には剥き出しの頸椎と、引き千切られた組織が、幾筋も色鮮やかに垂れ下がっている。
ヘルレアが血に濡れた顔で穏やかに微笑む。その顔はまるで聖人画の聖処女のようで、血に塗れたその姿は、神聖な乙女が淫らに穢され、冒涜されたような情景を作り出していた。
そして、手で頭を無造作に掴む全体像を捉えると、まさに宗教的持物を携える、堕天を主題とする絵画そのものだった。
ヘルレアが青年の頭を振り上げて、ジェイドへ生首を投げて来た。彼が反射的に受け取ると、ずっしりとした重みをその手に感じた。頭からは止めどなく流血が続き、生温いぬめぬめとした血が掌をどす黒く染めた。
「猟犬共、これがお前達の罪と罰だ。受け取るがいい」
使徒は人間なのだ――。
使徒は人間を素体として生まれて来る。人間であるジェイドが、かつて同種だった人間を殺めるということの重み。覚悟をして今まで戦ってきた。既に慣れきったものだと思っていた。
しかし、王に言われ戦慄した。
ジェイドは何も見えていなかったような心持ちにさせられた。人の死へ真に向き合うのではなく、目を逸らしていただけなのではないかと、思えてならなくなった。この手に抱える潰えた命が科す、真実なる重み。
――これが王なのだ。
顔を赤黒く染め、薄い月明かりの下佇んでいる。その顔には今さっき、元人間を殺めた興奮など微塵もない。
そして、殺気も。
王というものは、ただただ静かに、日常の一場面として、殺戮すら行使出来うる存在なのだろう。
心すら伴わず、その手一つで世界を動かす者。
ジェイドは絶句する。
その血に染まる王があまりにも、清らかに見えた。
――これは、違う。
宗教画などという、人間の希うような、想像上としての都合の良い聖性ではない。
もっと純粋で残酷な、されど、あまりにも尊い、死――。
そして、
「……運命」
仄かに灯る瞳は穏やかで、全てを見透かし包容するようなゆとりを、見る者へ感じさせる。ヘルレアは外套の袖で顔に飛び散った血を拭うと、ジェイドを睥睨して通り過ぎ、屋根に軽々と飛び乗ると、窓の奥へ消えて行った。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
サキュバスの眷属になったと思ったら世界統一する事になった。〜おっさんから夜王への転身〜
ちょび
ファンタジー
萌渕 優は高校時代柔道部にも所属し数名の友達とわりと充実した高校生活を送っていた。
しかし気付けば大人になり友達とも疎遠になっていた。
「人生何とかなるだろ」
楽観的に考える優であったが32歳現在もフリーターを続けていた。
そしてある日神の手違いで突然死んでしまった結果別の世界に転生する事に!
…何故かサキュバスの眷属として……。
転生先は魔法や他種族が存在する世界だった。
名を持つものが強者とされるその世界で新たな名を授かる優。
そして任せられた使命は世界の掌握!?
そんな主人公がサキュバス達と世界統一を目指すお話しです。
お気に入りや感想など励みになります!
お気軽によろしくお願いいたします!
第13回ファンタジー小説大賞エントリー作品です!
一般トレジャーハンターの俺が最強の魔王を仲間に入れたら世界が敵になったんだけど……どうしよ?
大好き丸
ファンタジー
天上魔界「イイルクオン」
世界は大きく分けて二つの勢力が存在する。
”人類”と”魔族”
生存圏を争って日夜争いを続けている。
しかしそんな中、戦争に背を向け、ただひたすらに宝を追い求める男がいた。
トレジャーハンターその名はラルフ。
夢とロマンを求め、日夜、洞窟や遺跡に潜る。
そこで出会った未知との遭遇はラルフの人生の大きな転換期となり世界が動く
欺瞞、裏切り、秩序の崩壊、
世界の均衡が崩れた時、終焉を迎える。
リエラの素材回収所
霧ちゃん→霧聖羅
ファンタジー
リエラ、12歳。孤児院出身。
学校での適正職診断の結果は「錬金術師」。
なんだか沢山稼げそうなお仕事に適性があるなんて…!
沢山稼いで、孤児院に仕送り出来るように、リエラはなる♪
そんなこんなで、弟子入りした先は『迷宮都市』として有名な町で……
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
黒の皇子と七人の嫁
野良ねこ
ファンタジー
世界で唯一、魔法を使うことのできない少年レイシュア・ハーキースは故郷である『フォルテア村を豊かにする』ことを目標に幼馴染のアル、リリィと共に村を出て冒険者の道を進み始めます。
紡がれる運命に導かれ、かつて剣聖と呼ばれた男の元に弟子入りする三人。
五年間の修行を経て人並み以上の力を手にしたまでは順風満帆であったのだが、回り続ける運命の輪はゆっくりと加速して行きます。
人間に紛れて生きる獣人、社会転覆を狙い暗躍する魔族、レイシュアの元に集まる乙女達。
彼に課せられた運命とはいったい……
これは一人の少年が世界を変えゆく物語、彼の心と身体がゆっくりと成長してゆく様を見届けてあげてください。
・転生、転移物でもなければザマァもありません。100万字超えの長編ですが、よろしければお付き合いください。
『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』
おっさんの神器はハズレではない
兎屋亀吉
ファンタジー
今日も元気に満員電車で通勤途中のおっさんは、突然異世界から召喚されてしまう。一緒に召喚された大勢の人々と共に、女神様から一人3つの神器をいただけることになったおっさん。はたしておっさんは何を選ぶのか。おっさんの選んだ神器の能力とは。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる