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一章 死の王

第29話 雪に消えた行方

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 ジェイドとヘルレアは、シャマシュの誘導で森の中を歩いていた。

 森は根の隆起する場所が、真っ白に覆われているが、枝葉や根自体で庇が掛る部分といえば、黒い木部が多く露出していて、一面の銀世界とは言えず斑になっていた。

 それは土地の起伏が激しい、証のよう。

 どこもかしこも同じ様な具合で、一周見回しても、既にどこから来たのか、分からなくなっていた。

 ジェイドは既に足が思うように上がらず、根で何度か滑ったが、ヘルレアは気にした様子もなく先を進んで行く。

「これでは埒があかないな」

「負ぶさるのは勘弁してくれと言いたい所だが、いざとなったら……」

「私も二度と大男を負ぶるのはごめんだ。それにこんな森の中だ。ズタズタになるぞ」

 木の幹や根の詰まり具合はきつく、人が一人伝い歩きするので精いっぱいだった。しかもジェイドのような大男なら尚更、狭い悪路に手こずる羽目になる。

「ここ等の木々は妖樹とまでは言わないが、妖かしに近い種族のような感じがする」

「確かに木々の間隔が狭すぎるな。普通の木なら、これ程密集しては育つまい。雪の積もり具合からしても、不自然に少なく感じる」

「醜い土地だな……」

 シャマシュはそんな道無き道を、軽快に浮遊していく。雪が降っていないだけ、まだましだと言えるが、ジェイドにはふらふら飛ぶシャマシュを追い掛けるのは、なかなかに難しい。大木の先に消えたと思えば、細い枝の端から急に飛び出す。そんな事を繰り返しながら、二人は森深くへ入って行く。

「目印も何もあったものではないな」

「いや、そうでもない。間隔は広いが点々と人間の血が滴り落ちている。これならシャマシュは必要ないくらいの痕跡だ。捜しやすい反面、これは最悪だな。これでは失血死するぞ」

「人に手当を受けたわけではないという事か。人ならばこれ程乱雑な運び方はしないだろうからな。人を攫う可能性が高いのは、獣や妖獣よりも魔獣だろうが、それなら王には直ぐ分かるだろう?」

「魔獣は知能が高い分、他の獣共とは一線を画すが、チンケな獣共なら、私には大してどれも変わらない。気配は直ぐに知れるだろう。この森は些か臭うが……でも、高位の妖魔が居るとも思えない。何も気配を感じないという事は、王の下僕共の可能性が高い――あるいは、王自身か」

「何だと、そんな可能性があるのか。しかし、手負いの人間など攫ってどう……、いや、俺は何を考えている。双生児は人を食うだろう。違うか?」

「そうだな、確かに人を食うが、攫っているくらいだ、巣へ持ち帰っていてもおかしくない。でもな、手負いの人間をそのまま攫う意味が、あまり無いとは思わないか。まさか家で、ゆっくり晩餐にするとは考えられないだろう。何かしようとしているかもしれない」

「これから巣にかち合う可能性が? ヘルレアと二人で。誰の支援も無しに。勝てるかどうかの問題じゃない。生き延びられるかさえ危うい状況だ。今から念の為、危急に支援を要請する。二人では無理だ」

「なんの為にお前はここまで来た。それでは手遅れだぞ。この出血量は尋常じゃない」

「しかし……」

「忘れたか、私も王だ。お前はお前のやるべき事をやればいい。私もやるべき事をやる」

 王が言っている事が、分からないジェイドではない。

 ――だからこそ、尚更危ういのだ。

「分かった。相手が王だと確定したわけではない。しかし、支援要員は直ちに呼んでおく。間に合おうがそうでなかろうが進むぞ」

 ヘルレアは、分かるか分からないかの、微かな笑みを残して前に進んだ。

 再び雪がちらついて来た。気温が下がっているのを肌で感じ、シャマシュとヘルレアを見失わないように視線を送る。二つの影は触りの雪でさえ、既に霞むようだった。

 大きなぼたん雪だ。感じられる程ではないが、気温が少しばかり高いようだった。空を見上げると木々の切れ間から、大粒で少し湿った重たい雪片が、降り積もる間際が見て取れた。

 シャマシュは一つ大きく張り出した根を越えると、視界から消えてしまった。ヘルレアそれに合わせて急に走り出し、根を越えてから立ち止まったようだった。ジェイドも急いで根を乗り越えようとした時、食い荒らされた死体が、無造作に横たわっているのが、目に飛び込んで来た。丁度、木の根と岩が組み合わさって、屋根となっているところに死体があり、雪が積もって隠れる事なく露出していたのだ。

 死体には頭がなく、ヒグマにでも食われたように、はらわたがそっくりなくなっていた。頭上に投げ出された両腕は、肉がこそぎ落とされていて、ところどころ骨が剥き出しになっている。血は飛散したようにそこら中こびり付き、蔵物の肉片も木に張り付いていた。一見してこの死体が男なのか、女なのかさえ分からない状態になっていた。

「これは、オルスタッドなのか?」

 ヘルレアは屈み込み死体を観察している。

「この死体は多分男だ。いくら私だとしても、オルスタッドに会った事がないから判別できない。ただ車付近でもこの血の臭いはしていたと思う」

「なぜだ……こんな原型も残らず」自然に溢れてしなった。

 精鋭とよばれる影の猟犬ゴーストハウンドの一人が、こうも無残な姿を晒さなくてはならないほどの、大事に遭遇してしまうとは。

 しかし、それは間違いだとジェイドは思い直した。精鋭であるはずなのに迎えた最後なのだ。何人もゴーストを送り出したが、遺体が帰って来ることがほとんどなかった。これはな姿で、オルスタッドもその部下達も幸運な部類なのだ。

 しかし、頭が無いのは無残に過ぎる。

「王、少しこの周りを捜索させてくれ。オルスタッドの頭を探してやりたい。あいつは、なんというか、頭だけで生きて来たような、奇矯なヤツなんだ。だから猟犬になった。普通に生きていれば、こんな姿にならずにすんだのにな。まったく頭が良いのか、悪いのか」

「これだけ血の臭いがぶちまけられていたら、私には臭いでの細やかな探索は出来ない。目視での捜索が頼りだ。あまり意味などないし、これはお前がしたほうがいいだろう。私は少し調べたいことがある」

 ジェイドは頷くと、雪が積もり、更に降りしきる中を慎重に捜索した。根が瘤のようになり足を取るうえ、雪が容赦なく視界を奪う。手で雪を浚い、丹念に根の間を探り続ける。次第に呼吸が早くなり、呼気が白くけぶる。手指の感覚が無くなったが、それでも手で雪を掻き続ける。

「人はそれ程までに骸を大切にするのだな」

「お前に取っては食い物か?」

「笑わせるな。そんな捻くれた物言いはいらない。私は感心しているのだから。今まで人の中で生きて来たが、死んだ人間をそこまで丁重に扱う者は見たことがなかった。死んだらそこで終わりだ。腐って朽ちていくだけ。どのような人間もそうだった」

「お前はどれだけ悲惨な世界に居たんだ。死者には敬意を払うものだ。死んでしまえば蛇とて人と何ら変わらない死人しびとだ。だからこそ蛇に酷い仕打ちをせず、速やかに殺す術を模索し続けている」

「それならこの戦いは、私が思うよりもずっと、人間に取っては悲惨だろうな……」

 そうなのだ。王には理解出来ない人間のさががある。たとえどんな教育を受けようと、真に理解する事など出来ない。見様見真似では出来ない、言葉では伝わらない。その逆も然りで、人間は双生児の在り方が理解出来ない。残酷に過ぎると嘆き悲しむ事しか出来ない。相互に理解など求めても不可能だ。

「戦うしかない。それしか方法がない。これが双生児と人間の本性ほんせいだ」

「互いに何も知らないまま?」

「どう知ればいいというのだ。殺されるだけの俺達人間は、どうすれば双生児の虐殺を納得出来るという。お前はその理由を説明出来るのか」

「理屈ではない、そう思う。私にも分からない。考えた事もなかった。もし、私が番を得たら理解出来るのかもしれない」

「王、用がないならどこかに行ってくれ。気が散るんだ。気力が無くなる」

「用ならある。シャマシュの様子がおかしい。先に進むように延々と促している」

 ジェイドがシャマシュを見ると、雪が降りしきる中空で、回転し螺旋を画いていた。

「何かをアピールしているみたいだが、どうにも要領を得ない。付いて歩くしかない」

「しかし、オルスタッドが……」

「オルスタッドは居た。もうお前達との取引は達成したはずだ。これからは王を探す。ここから更に険しくなるぞ」

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