上 下
39 / 71
一章 死の王

第22話 王の血族

しおりを挟む
30


 カイムが大叔父であるロレンス・ノヴェクの屋敷へ訪れるのは久し振りだった。ロレンスと主に会うのはステルスハウンドの館ばかりだった。

 子供の頃は訪ねる事が、頻繁とは言わなくてもある程度あったのだが、カイムが正式に当主となってからは数える程しかない。親戚の家に訪れること自体、一般的にも大人になったら少なくなるものだとカイムは考えているから、現状としては妥当な親戚付き合いと言えたが、カイムが住む館に会議室があり、そこでしかほとんど会わない大叔父など、一般常識で照らし合わせれば、言わずもがなな異質さがあるのではないだろうか。

 ステルスハウンドとその組織の根幹を成すノヴェク一族は、数百年続く血の歴史で連綿と続いている。この奇妙な家族関係は、ノヴェクが滅ばない限り永遠に続く事だろう。

 カイムは大叔父の待っている部屋へ案内されると、既にロレンスは待ち構えていた。普段カイムが座っている机よりは重厚さがないが、それでも重みを備えている机に、ロレンスは着いていた。

「大叔父様、先日のお叱り、肝に命じております」

「会っていきなり皮肉か、カイム。まったくお前は、知らぬ顔をしていれば好き勝手しおって」

「いつも、恐れ入ります」

「否定さえせんとは、随分と図々しくなったものだ」

「そうでなければ、猟犬の主人は務まりますまい」

「主がどのようなものか、分かって来たようだな。ならば、王の件どういうつもりだ」

「やはりもう、ご存知でしたか。相変わらず耳聡いことで」

 カイムは館にロレンスの手の者がいる事を承知しているが、誰であるかまでは把握しておらず、敢えてしないのだった。

 また、ロレンスの身近にも、カイムの諜報人が紛れ込んでいる事を、ロレンスは知っている。互いに分かっていながら暗黙の了解で、組織の動向を見張っている。率直に言ってしまえば、故意に漏らしている。

 愚かで浅ましい、血縁者同士での腹の探り合い。軽妙な言葉で言えば、馬鹿げたチキンレース。

「私に隠す気などさらさらない癖をして、よくその様な事をのうのうと言えたものだ。舐めるのも大概にしろ。何でも許すと思ったら大間違いだ」

「そう、お怒りにならないで下さい。お身体に障りますよ」

「はぐらかすのではない。王をあの様な形で引き込んで、本当に上手くいくと思っているのか」

「どうでしょうね。それは誰にも分かりません。〈女達〉ならば知っているかもしれませんが」

「お前はその様に、はっきりと断言できない曖昧な心情のまま、死地へ影の猟犬ゴーストハウンドを送り出したのか。常軌を逸している」

「双生児についての事柄で絶対などありません。保証など無に等しいではないですか。手探りでも進んでいくしかないのです」

「兵士を、しかも、影を無闇に消費するな。我が組織で最高級の能力を誇る兵士達だ。後任の育成がどれ程困難か、一般兵の比ではないぞ」

「大叔父様、その仰りようはあまりにも彼等、彼女等に酷ではないですか。兵士を消耗品の如く扱う発言を訂正してください」

「今更、何を言うか。既に人ではないと言ったのはお前自身だろう。
 自ら望んでステルスハウンドに入った……からには、いかに取り繕うともイヌにしか過ぎないのだ。たとえ本質が人間だとしても逃れようのない事実だ。
 私は人である事を忘れてはならないと言ったが、所詮、それは獣よりも質の悪い馬鹿者共への牽制だ。現実を直視しなければならない。
 いかに人道に重きを置こうとも、一般の人々と同等に扱われる事は永久にない。双生児に関わった者の宿命なのだ。
 カイム、お前とて同じだ。自分の父親がどの様に生きて、そして死んだかを、忘れたとは言うまいな……私とて例外ではない。いずれ報いは受けよう」

「たとえ、人であろうとも、獣に成り果てようとも、歩く道は変わりません。双生児を滅ぼす、その一点だけで生き続けるのです。それは、僕だけの意志ではありません。ステルスハウンドの総意であるはずです。だからこそ、組織の体を成す兵士達を軽んじる様な物言いは、止めて頂きたいのです」

「自分自身が何者であろうと関係がない、そう言いたいのか」

「ステルスハ ノヴェク ウンドにとって、双生児が全てです。それがたとえ最悪な意味であったとしても。一生を縛られ続けなければならないのなら、その言葉が一番相応しい。
 大叔父様は仰いました、自身も例外ではないと。ならば血族が御する猟犬を貶めて良いはずがない。人道にもとる事をいとうならば、自らの身体を成す猟犬を、何よりも尊ぶべきではないのですか」

 そして、勿論カイム自身とて例外ではないのだ。ノヴェクに産まれたからには、死ぬまで双生児と、血で血を洗い続ける宿命にある。カイムはステルスハウンドの誰よりも、双生児に縛られているのだから。

 その、身も心も。

 だからこそ、自ら望んで猟犬になり、更に戦い続ける事を選んだ者達は、何よりも強い意志を持って、留まり続けなければいけないのだというのは、想像に難くない。その様な経緯で猟犬となった人々を、軽く扱って良いはずがないと、カイムは常に思っている。

「お前の信じる道理とはそれか。ならば、仇敵のヘルレアを番として置く事が叶わなかったというのに、影の猟犬達と連れ立てて、片王がいるかもしれない敵地へ送る事も道に反しないと。本当に、猟犬をヒトとして尊重しているのか? 矛盾してはいないか。ノヴェク一族 の前だったとはいえ、守るべき人道をとやらを軽んじる言葉を吐き、猟犬供を死地へ送り出した。お前が最も猟犬を軽んじているのではないか」

「軽んじているのではありません。信じているから送り出したのです。影の猟犬は理由はどうあれ、誰よりも双生児に強い思いを抱いている者達だと僕は感じています。常に意志を尊重したいと考えて、任務を与えているのです。それがたとえ、本人にとって過酷なものだとしても。猟犬である事を後悔しようと、僕はけして彼等、彼女等に目隠しはしない。それこそ、猟犬達に対する侮りに他ならないのですから」

「……お前は辛辣なのか、甘いのか、今だに理解の範疇を超える。あの時、大事にしていたカナリアが片翼を失った時、お前は憐れみから鳥を握り潰した。
 その時、私はお前がノヴェクの当主になるのだろうと、確信した――あの子は、泣き憐れむだけだったというのに。
 それが実現して、今度は猟犬をくびり殺すのではないかと常に思っている」

 カイムはため息をつく。

「縊り殺してはいけませんか? ……どうしようもなく辛い時、人に出来る事など、殆どないのですから。優しさなどとおこがましいことは言いません。しかし、応える術があるのなら手を引いてあげる事は出来ます。それがたとえ、その者にとって破滅に等しかったとしても。それの何が悪いというのでしょう」

 ロレンスが額を抑える。何とも言えない渋い顔をしている。

「……運命というものは本当にあるのかも知れん。アルベルトから何故、お前のような子供が生まれるのだろう」

「だから今、僕が大叔父様の前にいるとは思いませんか――ヘルレアに関しては、 僕の仕事でした。誰に託す事も許されない長としての務めです。猟犬達に顔向け出来ない様な事はしていません。そして、今回した事も間違っているとは思っていません」

 ロレンスは机で指を組んで俯く。

「……やはり王は、歪んでいたな。長い時を費やして創り出した牙の折れた王は、我ら人間にとって最良の友どころか、最悪の出来損ないになってしまった。
 今回の事ではっきりした。ヘルレアはもう王としての在り方を失うばかりか、均衡を保つ重石にさえならなくなってしまった。天秤は傾いたまま、もう戻る事は二度とない。全てが失敗だったのだ。自然の摂理に反した罰は、どれ程に過酷か。そう遠からず分かるだろう」

「いいえ……まだ、ヘルレアは僕達から離れてはいません。命運が尽きたと思うには時期尚早ではありませんか。ヘルレアがどの様な王であろうと、戦う術を失ったとは思っていません。王である事には変わりないのですから」

「何を言おうと王はもうじき死ぬ。それが解決出来ない限りは、私はお前を評価するつもりはない――覚悟をしておけ。は、そう遠くはないぞ」

「それでも、結構。僕はまだ何もやり遂げてはいません。墓守りになるつもりはまだないのですから。全てはこれからに掛かっています」

 ――そう、これからなのだ。

 王はあれ程、人間に近しい何かを持っている。ならば、カイムにも違う形で戦う術がある。ロレンスが言うように、血を流す事だけが戦いではないのも確かだろう。カイムにはノヴェクという血があり、ステルスハウンドという組織がある。歪んだ王だが、まだ手を取らせる時間はあるのだ。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サキュバスの眷属になったと思ったら世界統一する事になった。〜おっさんから夜王への転身〜

ちょび
ファンタジー
萌渕 優は高校時代柔道部にも所属し数名の友達とわりと充実した高校生活を送っていた。 しかし気付けば大人になり友達とも疎遠になっていた。 「人生何とかなるだろ」 楽観的に考える優であったが32歳現在もフリーターを続けていた。 そしてある日神の手違いで突然死んでしまった結果別の世界に転生する事に! …何故かサキュバスの眷属として……。 転生先は魔法や他種族が存在する世界だった。 名を持つものが強者とされるその世界で新たな名を授かる優。 そして任せられた使命は世界の掌握!? そんな主人公がサキュバス達と世界統一を目指すお話しです。 お気に入りや感想など励みになります! お気軽によろしくお願いいたします! 第13回ファンタジー小説大賞エントリー作品です!

一般トレジャーハンターの俺が最強の魔王を仲間に入れたら世界が敵になったんだけど……どうしよ?

大好き丸
ファンタジー
天上魔界「イイルクオン」 世界は大きく分けて二つの勢力が存在する。 ”人類”と”魔族” 生存圏を争って日夜争いを続けている。 しかしそんな中、戦争に背を向け、ただひたすらに宝を追い求める男がいた。 トレジャーハンターその名はラルフ。 夢とロマンを求め、日夜、洞窟や遺跡に潜る。 そこで出会った未知との遭遇はラルフの人生の大きな転換期となり世界が動く 欺瞞、裏切り、秩序の崩壊、 世界の均衡が崩れた時、終焉を迎える。

魔王復活!

大好き丸
ファンタジー
世界を恐怖に陥れた最悪の魔王ヴァルタゼア。 勇者一行は魔王城ヘルキャッスルの罠を掻い潜り、 遂に魔王との戦いの火蓋が切って落とされた。 長き戦いの末、辛くも勝利した勇者一行に魔王は言い放つ。 「この体が滅びようと我が魂は不滅!」 魔王は復活を誓い、人類に恐怖を与え消滅したのだった。 それから時は流れ―。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

リエラの素材回収所

霧ちゃん→霧聖羅
ファンタジー
リエラ、12歳。孤児院出身。 学校での適正職診断の結果は「錬金術師」。 なんだか沢山稼げそうなお仕事に適性があるなんて…! 沢山稼いで、孤児院に仕送り出来るように、リエラはなる♪ そんなこんなで、弟子入りした先は『迷宮都市』として有名な町で……

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

黒の皇子と七人の嫁

野良ねこ
ファンタジー
 世界で唯一、魔法を使うことのできない少年レイシュア・ハーキースは故郷である『フォルテア村を豊かにする』ことを目標に幼馴染のアル、リリィと共に村を出て冒険者の道を進み始めます。  紡がれる運命に導かれ、かつて剣聖と呼ばれた男の元に弟子入りする三人。  五年間の修行を経て人並み以上の力を手にしたまでは順風満帆であったのだが、回り続ける運命の輪はゆっくりと加速して行きます。  人間に紛れて生きる獣人、社会転覆を狙い暗躍する魔族、レイシュアの元に集まる乙女達。  彼に課せられた運命とはいったい……  これは一人の少年が世界を変えゆく物語、彼の心と身体がゆっくりと成長してゆく様を見届けてあげてください。 ・転生、転移物でもなければザマァもありません。100万字超えの長編ですが、よろしければお付き合いください。 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

処理中です...