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一章 死の王
第21話 未熟な王
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29
唸り声は歩く程に大きくなっていき、濁った声は懊悩のようでいて耳を塞ぎたくなる。
ジェイドは使徒の影に注意しながら、森を歩きつつも、その足運びは速かった。
王たった一人で、幾体もの蛇を相手にさせるわけにはいかない。たとえジェイドが王に取って、役立たずの足手まといだとしても、数体の足留めくらいは出来るはずだ。たとえそれで命を落としたとしても、組織の意向は貫かれ、主人の采配は遵守される。その為にジェイドはカイムの側に――王の傍に居るのだから。
険しい森を進んでいると、微かに牛に似ていながら、それよりも低く重い鳴き声が、幾つも聞こえて来た。重いものが打つかる音が幾度も上がり、その度に鳴き声が囃し立てるように響き渡っていた。ジェイドは音へ向かって更に速度を上げて動き出すと、金属が擦れ合うような耳に突き刺さる音も響いて来る。それは、今までと異なり剣戟を連想するような鋭さだ。
音のする場所の近くまで来ると、黒い巌が子供と向き合い立っているのが見えた。見間違うはずもない、小さい子供は王だ。そうして王の前に居る怪物は、使徒より一回り大きく、使徒と比べると骨格もより強靭に張り出している。
王と、おそらく綺士は、互いに間合いを取り合っている。しかしそれを、森に隠れている使徒が、妨害しようとしていた。使徒が時折、無軌道に向かってくるので、王の方が体勢を崩し易かった。王は使徒どもに囲われて、綺士と対峙している。
ヘルレアの背後から蛇が忍び寄って来ているが、前後左右どこからでも、走り込んで来る蛇がいた。ジェイドは王の背後を狙う蛇へ、狙いを定めて銃を放った。ジェイドの存在に気付いていなかった蛇が、突然後頭部を撃たれたので対処出来ず崩折れ、雪に突っ伏した。
王は傍から迫っていた蛇を蹴り倒すと、背後を振り返り、倒れた使徒の側へ寄り頭を踏み潰した。綺士はジェイドの存在に気が付いて、雄叫びを上げた。何か巨大なものが破裂して、空気へ波のように振動を起こしているよう。それと同時に使徒が倣って騒ぎ出すと、ジェイドは王の元へと走った。
「本物の馬鹿だな、お前は」
「今頃気付いたか」
「来たのなら精々働いてもらうぞ。使徒の足留めをしろ。とどめは私が差すから、それ以上は動くな。邪魔だ」
「了解」
ジェイドは興奮した使徒達の脚を狙って銃を撃ち始めた。ヘルレアは綺士へ突進して行くと、体の大きさが全く異なるというのに、掴み合いの力比べを始めた。両者の力は拮抗するどころか、王が少し押している。綺士の足元の雪が擦れて、地面が露出していた。
「この図体のでかい化け物め、とっとと親の元へ帰って、血でも啜っていろ」
ヘルレアの足元が陥没して、綺士の体が持ち上がり、そのまま背後へ投げ飛ばした。かなりの重量があるであろう綺士が放物線を描いて、使徒の上に落ちた。潰れた使徒の血が雪を染め、直ぐに立ち上がった綺士も、半分贓物でぬらぬらと光っている。
「こちらに投げるな、潰す気か」
「生きているんだからいいだろう。文句を言うな。覚悟の上で来たのだろう」
「俺は犬死にする為に来たわけではない」
「猟犬が犬死にとは笑わせる」
綺士は何の痛手も受けている様子はなく、ヘルレアへと向かって来ると両の鋭い爪で切りつける。金属が擦れる音の中で、ヘルレアは上体だけ爪を躱し、外套の腰辺りからナイフを出した。黒い刀身に青く光る文字が刻まれていて、時折、光が波のように強弱を付けて走っていた。
ヘルレアはナイフを順手に持つと爪を刃で切りつけた。耳鳴りのような高い音が響き渡って、ジェイドは一瞬、二人に気を取られた。ヘルレアが爪を受け止める度に、幾度も震えの来る高い音がこだましていた。
ジェイドが使徒を銃で抑えていると、どこかで鈍い音がして、重い物が落ちたのを感じた。ジェイドが使徒を躱していると、その落下したものの正体が、偶然視界に入り分かった。綺士の爪が折れて地面へと落ちた音だったのだ。ヘルレアは今も綺士の爪に対してナイフで応戦しているが、次第に爪が刃こぼれを起こし始めていた。あの小さなナイフに、綺士が備える強靭な爪が負けて、ぼろぼろになって行く。
王は一歩間合いを詰めると懐に入って、大きく切りつけた。綺士が金属を掻くような声音で悲鳴を上げた。
「人の姿を表せ、元人間。恐ろしくて姿も表せないか。王に対して不遜ではないか」
ヘルレアは蹴りを入れると、綺士は吹っ飛び木に叩きつけられた。雪が雪崩れ落ち舞い上がる。綺士は雪の中から起き上がり立ち直ると、既に胸まで受けていた切り傷が消えていた。爪は根元から折れて落ちると、直ぐに新しい爪が生え変わった。鼻息荒く粉雪を舞い上げると、綺士は王へ飛ぶように体当たりをして来たが、ヘルレアはそれを両手で受け止めた。
その瞬間にナイフを落としてしまった。
「我の王と、対をなす双生児の王よ。これから死ぬ未熟で矮小な王に、敬意など必要ない」図太く濁った声で綺士は嗤った。
「侮るな。たかが下僕が何を言う」
使徒は喋れず、親となる綺士が居なければ本能の赴くままに行動するが、綺士は喋り、王の意思に反しない限り自分の考えを持って行動するものだった。即ち、綺士は自立した存在であり、個としての性質が如実に現れる。
ヘルレアが綺士の腕を掴んで振り上げようとした時、綺士が地面に爪を立て力を入れて、王を逆に宙へ飛ばした。綺士は王を追い掛けて跳躍すると、王の体を搔き撫でようと両手を広げて爪を立てた。ヘルレアは中空で上体を立て直し両腕で爪を受け止めたが、切り裂かれて血がしぶく。ヘルレアは自分の血を浴び真っ赤に染まりながら、そのまま綺士の爪を握りしめて素手で爪を折り、握った爪を綺士の肩に突き刺した。綺士は悶絶してヘルレアを弾き飛ばし、地面に叩きつけられた。
ジェイドはヘルレアの方へ向かう使徒を撃ち、何とか足留めをしていた。王の邪魔にならなければいいので、動きを封じられればジェイドの役目は果たした事になる。しかし、ジェイドの思う以上にヘルレアは綺士に苦戦している。番のいない王だ。ある程度は覚悟していたが、王の血を見る事になるとは思いもしなかった。
「無事か、王。動けないなどと言ってくれるなよ」
「笑わせるな。ただのかすり傷だ」
「血まみれなのは気のせいか」
「うるさい、喧嘩売ってるのか?」
「当たり前だろう」
ヘルレアは血まみれの両腕を払い、血を飛ばした。切り裂かれた外套の間から傷が見えているが、既に肉が盛り上がって来ている。綺士の爪を握った手がざっくりと切れているが、ヘルレアは何事もないかのように手を開いたり閉じたりしている。普通なら指が無くなるどころか、腕が千切れているところだ。だが、そこはさすがに王というところだろう、本当に怪我で済んでいる。
飛び込んで来た使徒の首をヘルレアは通り掛かりで捻ると、綺士の方へ走って行った。
綺士は自身の爪を肩から抜き、既に体勢を立て直している。ヘルレアは真正面から飛び蹴りをするが、脚を掴まれ地面に打ち据えられてしまった。王は厚く雪の積もった地面に叩きつけられたにも関わらず、音は空気を震わすように響き渡った。
しかし、綺士に持ち上げられた途端、王はそのまま逆さの体勢で綺士の脚を抱いて、音がする程力を込めた。石がかち割れていくような音が轟くなか、綺士は王の脚を掴んだまま、抱かれた方の脚を高く蹴り上げるが、王はその傷付いた腕を放すことはなかった。綺士の脚は次第に滑らかさを失い、関節がどこにあるのか分からなくなっていった。裂けた鱗からぶちぶちと血肉が溢れ出し、熟れきった果物が絞られるかのように、挽肉となってしまった。
高い悲痛な声を上げる綺士はいよいよ耐えられなくなったのか、ヘルレアを引き剥がそうと捕まえていた手を離し、両腕を使って爪で王の全身を引っ掻いた。しかし、王は腕を放そうとせず、背中を傷だらけにしながらも更に引き絞って、次第にくびれさせていく。綺士は体勢を崩して斜めに傾くと、ヘルレアはそのまま脚を絞り取った。そして、王は転げ落ちると直ぐに跳び退り、持っていた綺士の脚を放った。血が尾を引いて、肉塊が打ち捨てられる。
「その損壊の仕方では再生しずらいだろう」
綺士は何も答えられる状態じゃないのか、脚を引きずって、それでも王へ向かって走っているが、不恰好な身体の為に速度が出ていない。
その間、千切られた方の脚は血が止まり、少しづつ脈を打っているが、なかなか肉が盛り上がらず燻っていた。王の言う通り無茶苦茶に引き潰された肉体は再生力を滞らせている。 王は余裕を持って落としたナイフを拾いに行くと、綺士の元へ駆けていった。ヘルレアは綺士の腕を押さえ込み、逆手でナイフを握って綺士の身体を切り開くように引き裂いた。尋常ではない量の血が飛沫、王は真正面からねっとりとした血潮を受け、皮を剥がされたような姿に見える。
耳元で直接叫ばれたような悲鳴が周囲を巡ると、王はそのまま切り口へ腕を突っ込み贓物を引き摺り出そうするように力を入れた。肉塊が引き出されそうになった瞬間、綺士は腕でヘルレアを引き払って逃げ去り、飛び出た塊を身の内へ納めようともがいていた。
王は全身を赤黒く血肉に染め、鮮血に縁取られた青い瞳は、一際強く燐光を灯している。王が動くと瞳が光の尾を引いた。歯を剥き出して猛り狂い、ドスの利いた凶暴な唸り声は、綺士の声よりも更に濁っている。その重低音からかジェイドはもうずっと、鳥肌が止まらなかった。
綺士と向かい合う王の姿は、獣を通り越して、本当に怪物、化物そのものだった。
人間では無いという実感――。
ジェイドはいつの間にか無意識の内に勘違いをしていた。あれだけ幼く、愛らしい姿を見せても、やはり、本性は王であるヨルムンガンド――暴虐の王、その双生児の片割れだったのだ。
ジェイドは初めて感じる種類の恐怖を抱いていた。使徒と長年戦い続け、あらゆる死線を乗り越えて来た。使徒に殺され掛けた事も幾らでもある。でも、今以上の恐怖はそこにはなかった。
王は、途轍もなく巨大な何かだ。その美しい外見は、人間と交わる為だけに具えた、造り物の擬装に過ぎないのではないか。あの小さな身体の中に、世界に渦巻くという伝説のヨルムンガンドが、本当に身を潜めているとしか思えなかった。
ジェイドは先程から酷い圧迫感を覚えていた。ヘルレアと常に行動を伴にして、鋭い刃のような強い気配を感じ続けていたが、その感覚が別の物へと様変わりしている事に気が付いた。純粋に斬り付けるだけだった鋭さは、いつの間にか生物の尊厳を挫き、屈服させるような冒涜的で圧倒的なものへと変わっていた。それは強引に押し潰そうとする狂暴な力に満ちていて、もしそれが直接ジェイドへ向けられたとしたら、身動きが取れなくなるだろうと思った。
明確な綺士への威嚇――。
人間などでは王と渡り合えない。
ヘルレアはナイフを構えて、突き刺す姿勢で綺士の懐に突進する。しかし、王は綺士に横殴りにされて体勢を崩してしまいよろけた。だが、同時に回し蹴りを食らわせて脇腹の強靭な鱗の装甲を打ち砕く。
綺士は再生の追い付かない連撃に耐えかねたのか、膝から崩れ折れた。途端、空を仰ぎ遠吠えを初めて、空気が打ち震えた。ジェイドは空気が騒ついた気がして、使徒から一瞬気が削がれ使徒を撃ち損じ、ヘルレアの元へ走らせてしまった。王は飛び掛かって来た使徒の首をナイフで搔き切ると、蹴り飛ばして腹を粉砕した。
遠吠えが続くなか、ヘルレアも一瞬だけ中腰になって周囲を警戒していたが、直ぐに意識を綺士へ向けて、剥き出しにされた喉笛を狙って刃を向けた。しかし、ヘルレアは躓くように急な立ち止まり方をしてジェイドを振り返った。
「使徒が湧いた。どれくらい数が来るか分からない。奴らはどこかに潜んでいたらしい。人に隠形して気配を隠していたようだ。ジェイド、覚悟しておけ」
「弾が足りなくならない事を祈ろう」
周囲の森が一斉にさざめき始めて、生き物の濃厚な気配が迫りつつあった。
綺士は遠吠えを止めるとヘルレアを見る。
「王よ、あなたの言う通りだ。少々侮り過ぎたよう……」
「お前と話す理由はもうない。消えろ!」
ヘルレアはナイフを投げると、追い掛けるように直走った。綺士に正確無比な弾丸のようなナイフが胸へ突き刺さると、小さな柄を握ってそのまま哭いてのたうち回っている。
先ほどといい、今回といい、ナイフの刀身は短いというのに、強靭な装甲を備えるはずの綺士を切り裂いて、身の内、その奥深くまで傷を負わせている。ジェイドはヘルレアの持っていたナイフの刀身が淡く光っており、綺紋が記されていた事を思い出した。その綺紋こそが綺士を殺傷する程の威力を発揮させていたのだろう。
ヘルレアは綺士の胸の前へ滑り込むと、ナイフを捻りながら、より奥へ奥へと食い込ませていった。血がヘルレアの手を伝って滝のように流れた。その瞬間、数十匹の使徒が樹木の合間から躍り出て、一斉に王と綺士を中心にして周りに集まって来た。
「まだ、血を浴び足りないということか?」ヘルレアは冷たく笑った。
唸り声は歩く程に大きくなっていき、濁った声は懊悩のようでいて耳を塞ぎたくなる。
ジェイドは使徒の影に注意しながら、森を歩きつつも、その足運びは速かった。
王たった一人で、幾体もの蛇を相手にさせるわけにはいかない。たとえジェイドが王に取って、役立たずの足手まといだとしても、数体の足留めくらいは出来るはずだ。たとえそれで命を落としたとしても、組織の意向は貫かれ、主人の采配は遵守される。その為にジェイドはカイムの側に――王の傍に居るのだから。
険しい森を進んでいると、微かに牛に似ていながら、それよりも低く重い鳴き声が、幾つも聞こえて来た。重いものが打つかる音が幾度も上がり、その度に鳴き声が囃し立てるように響き渡っていた。ジェイドは音へ向かって更に速度を上げて動き出すと、金属が擦れ合うような耳に突き刺さる音も響いて来る。それは、今までと異なり剣戟を連想するような鋭さだ。
音のする場所の近くまで来ると、黒い巌が子供と向き合い立っているのが見えた。見間違うはずもない、小さい子供は王だ。そうして王の前に居る怪物は、使徒より一回り大きく、使徒と比べると骨格もより強靭に張り出している。
王と、おそらく綺士は、互いに間合いを取り合っている。しかしそれを、森に隠れている使徒が、妨害しようとしていた。使徒が時折、無軌道に向かってくるので、王の方が体勢を崩し易かった。王は使徒どもに囲われて、綺士と対峙している。
ヘルレアの背後から蛇が忍び寄って来ているが、前後左右どこからでも、走り込んで来る蛇がいた。ジェイドは王の背後を狙う蛇へ、狙いを定めて銃を放った。ジェイドの存在に気付いていなかった蛇が、突然後頭部を撃たれたので対処出来ず崩折れ、雪に突っ伏した。
王は傍から迫っていた蛇を蹴り倒すと、背後を振り返り、倒れた使徒の側へ寄り頭を踏み潰した。綺士はジェイドの存在に気が付いて、雄叫びを上げた。何か巨大なものが破裂して、空気へ波のように振動を起こしているよう。それと同時に使徒が倣って騒ぎ出すと、ジェイドは王の元へと走った。
「本物の馬鹿だな、お前は」
「今頃気付いたか」
「来たのなら精々働いてもらうぞ。使徒の足留めをしろ。とどめは私が差すから、それ以上は動くな。邪魔だ」
「了解」
ジェイドは興奮した使徒達の脚を狙って銃を撃ち始めた。ヘルレアは綺士へ突進して行くと、体の大きさが全く異なるというのに、掴み合いの力比べを始めた。両者の力は拮抗するどころか、王が少し押している。綺士の足元の雪が擦れて、地面が露出していた。
「この図体のでかい化け物め、とっとと親の元へ帰って、血でも啜っていろ」
ヘルレアの足元が陥没して、綺士の体が持ち上がり、そのまま背後へ投げ飛ばした。かなりの重量があるであろう綺士が放物線を描いて、使徒の上に落ちた。潰れた使徒の血が雪を染め、直ぐに立ち上がった綺士も、半分贓物でぬらぬらと光っている。
「こちらに投げるな、潰す気か」
「生きているんだからいいだろう。文句を言うな。覚悟の上で来たのだろう」
「俺は犬死にする為に来たわけではない」
「猟犬が犬死にとは笑わせる」
綺士は何の痛手も受けている様子はなく、ヘルレアへと向かって来ると両の鋭い爪で切りつける。金属が擦れる音の中で、ヘルレアは上体だけ爪を躱し、外套の腰辺りからナイフを出した。黒い刀身に青く光る文字が刻まれていて、時折、光が波のように強弱を付けて走っていた。
ヘルレアはナイフを順手に持つと爪を刃で切りつけた。耳鳴りのような高い音が響き渡って、ジェイドは一瞬、二人に気を取られた。ヘルレアが爪を受け止める度に、幾度も震えの来る高い音がこだましていた。
ジェイドが使徒を銃で抑えていると、どこかで鈍い音がして、重い物が落ちたのを感じた。ジェイドが使徒を躱していると、その落下したものの正体が、偶然視界に入り分かった。綺士の爪が折れて地面へと落ちた音だったのだ。ヘルレアは今も綺士の爪に対してナイフで応戦しているが、次第に爪が刃こぼれを起こし始めていた。あの小さなナイフに、綺士が備える強靭な爪が負けて、ぼろぼろになって行く。
王は一歩間合いを詰めると懐に入って、大きく切りつけた。綺士が金属を掻くような声音で悲鳴を上げた。
「人の姿を表せ、元人間。恐ろしくて姿も表せないか。王に対して不遜ではないか」
ヘルレアは蹴りを入れると、綺士は吹っ飛び木に叩きつけられた。雪が雪崩れ落ち舞い上がる。綺士は雪の中から起き上がり立ち直ると、既に胸まで受けていた切り傷が消えていた。爪は根元から折れて落ちると、直ぐに新しい爪が生え変わった。鼻息荒く粉雪を舞い上げると、綺士は王へ飛ぶように体当たりをして来たが、ヘルレアはそれを両手で受け止めた。
その瞬間にナイフを落としてしまった。
「我の王と、対をなす双生児の王よ。これから死ぬ未熟で矮小な王に、敬意など必要ない」図太く濁った声で綺士は嗤った。
「侮るな。たかが下僕が何を言う」
使徒は喋れず、親となる綺士が居なければ本能の赴くままに行動するが、綺士は喋り、王の意思に反しない限り自分の考えを持って行動するものだった。即ち、綺士は自立した存在であり、個としての性質が如実に現れる。
ヘルレアが綺士の腕を掴んで振り上げようとした時、綺士が地面に爪を立て力を入れて、王を逆に宙へ飛ばした。綺士は王を追い掛けて跳躍すると、王の体を搔き撫でようと両手を広げて爪を立てた。ヘルレアは中空で上体を立て直し両腕で爪を受け止めたが、切り裂かれて血がしぶく。ヘルレアは自分の血を浴び真っ赤に染まりながら、そのまま綺士の爪を握りしめて素手で爪を折り、握った爪を綺士の肩に突き刺した。綺士は悶絶してヘルレアを弾き飛ばし、地面に叩きつけられた。
ジェイドはヘルレアの方へ向かう使徒を撃ち、何とか足留めをしていた。王の邪魔にならなければいいので、動きを封じられればジェイドの役目は果たした事になる。しかし、ジェイドの思う以上にヘルレアは綺士に苦戦している。番のいない王だ。ある程度は覚悟していたが、王の血を見る事になるとは思いもしなかった。
「無事か、王。動けないなどと言ってくれるなよ」
「笑わせるな。ただのかすり傷だ」
「血まみれなのは気のせいか」
「うるさい、喧嘩売ってるのか?」
「当たり前だろう」
ヘルレアは血まみれの両腕を払い、血を飛ばした。切り裂かれた外套の間から傷が見えているが、既に肉が盛り上がって来ている。綺士の爪を握った手がざっくりと切れているが、ヘルレアは何事もないかのように手を開いたり閉じたりしている。普通なら指が無くなるどころか、腕が千切れているところだ。だが、そこはさすがに王というところだろう、本当に怪我で済んでいる。
飛び込んで来た使徒の首をヘルレアは通り掛かりで捻ると、綺士の方へ走って行った。
綺士は自身の爪を肩から抜き、既に体勢を立て直している。ヘルレアは真正面から飛び蹴りをするが、脚を掴まれ地面に打ち据えられてしまった。王は厚く雪の積もった地面に叩きつけられたにも関わらず、音は空気を震わすように響き渡った。
しかし、綺士に持ち上げられた途端、王はそのまま逆さの体勢で綺士の脚を抱いて、音がする程力を込めた。石がかち割れていくような音が轟くなか、綺士は王の脚を掴んだまま、抱かれた方の脚を高く蹴り上げるが、王はその傷付いた腕を放すことはなかった。綺士の脚は次第に滑らかさを失い、関節がどこにあるのか分からなくなっていった。裂けた鱗からぶちぶちと血肉が溢れ出し、熟れきった果物が絞られるかのように、挽肉となってしまった。
高い悲痛な声を上げる綺士はいよいよ耐えられなくなったのか、ヘルレアを引き剥がそうと捕まえていた手を離し、両腕を使って爪で王の全身を引っ掻いた。しかし、王は腕を放そうとせず、背中を傷だらけにしながらも更に引き絞って、次第にくびれさせていく。綺士は体勢を崩して斜めに傾くと、ヘルレアはそのまま脚を絞り取った。そして、王は転げ落ちると直ぐに跳び退り、持っていた綺士の脚を放った。血が尾を引いて、肉塊が打ち捨てられる。
「その損壊の仕方では再生しずらいだろう」
綺士は何も答えられる状態じゃないのか、脚を引きずって、それでも王へ向かって走っているが、不恰好な身体の為に速度が出ていない。
その間、千切られた方の脚は血が止まり、少しづつ脈を打っているが、なかなか肉が盛り上がらず燻っていた。王の言う通り無茶苦茶に引き潰された肉体は再生力を滞らせている。 王は余裕を持って落としたナイフを拾いに行くと、綺士の元へ駆けていった。ヘルレアは綺士の腕を押さえ込み、逆手でナイフを握って綺士の身体を切り開くように引き裂いた。尋常ではない量の血が飛沫、王は真正面からねっとりとした血潮を受け、皮を剥がされたような姿に見える。
耳元で直接叫ばれたような悲鳴が周囲を巡ると、王はそのまま切り口へ腕を突っ込み贓物を引き摺り出そうするように力を入れた。肉塊が引き出されそうになった瞬間、綺士は腕でヘルレアを引き払って逃げ去り、飛び出た塊を身の内へ納めようともがいていた。
王は全身を赤黒く血肉に染め、鮮血に縁取られた青い瞳は、一際強く燐光を灯している。王が動くと瞳が光の尾を引いた。歯を剥き出して猛り狂い、ドスの利いた凶暴な唸り声は、綺士の声よりも更に濁っている。その重低音からかジェイドはもうずっと、鳥肌が止まらなかった。
綺士と向かい合う王の姿は、獣を通り越して、本当に怪物、化物そのものだった。
人間では無いという実感――。
ジェイドはいつの間にか無意識の内に勘違いをしていた。あれだけ幼く、愛らしい姿を見せても、やはり、本性は王であるヨルムンガンド――暴虐の王、その双生児の片割れだったのだ。
ジェイドは初めて感じる種類の恐怖を抱いていた。使徒と長年戦い続け、あらゆる死線を乗り越えて来た。使徒に殺され掛けた事も幾らでもある。でも、今以上の恐怖はそこにはなかった。
王は、途轍もなく巨大な何かだ。その美しい外見は、人間と交わる為だけに具えた、造り物の擬装に過ぎないのではないか。あの小さな身体の中に、世界に渦巻くという伝説のヨルムンガンドが、本当に身を潜めているとしか思えなかった。
ジェイドは先程から酷い圧迫感を覚えていた。ヘルレアと常に行動を伴にして、鋭い刃のような強い気配を感じ続けていたが、その感覚が別の物へと様変わりしている事に気が付いた。純粋に斬り付けるだけだった鋭さは、いつの間にか生物の尊厳を挫き、屈服させるような冒涜的で圧倒的なものへと変わっていた。それは強引に押し潰そうとする狂暴な力に満ちていて、もしそれが直接ジェイドへ向けられたとしたら、身動きが取れなくなるだろうと思った。
明確な綺士への威嚇――。
人間などでは王と渡り合えない。
ヘルレアはナイフを構えて、突き刺す姿勢で綺士の懐に突進する。しかし、王は綺士に横殴りにされて体勢を崩してしまいよろけた。だが、同時に回し蹴りを食らわせて脇腹の強靭な鱗の装甲を打ち砕く。
綺士は再生の追い付かない連撃に耐えかねたのか、膝から崩れ折れた。途端、空を仰ぎ遠吠えを初めて、空気が打ち震えた。ジェイドは空気が騒ついた気がして、使徒から一瞬気が削がれ使徒を撃ち損じ、ヘルレアの元へ走らせてしまった。王は飛び掛かって来た使徒の首をナイフで搔き切ると、蹴り飛ばして腹を粉砕した。
遠吠えが続くなか、ヘルレアも一瞬だけ中腰になって周囲を警戒していたが、直ぐに意識を綺士へ向けて、剥き出しにされた喉笛を狙って刃を向けた。しかし、ヘルレアは躓くように急な立ち止まり方をしてジェイドを振り返った。
「使徒が湧いた。どれくらい数が来るか分からない。奴らはどこかに潜んでいたらしい。人に隠形して気配を隠していたようだ。ジェイド、覚悟しておけ」
「弾が足りなくならない事を祈ろう」
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綺士は遠吠えを止めるとヘルレアを見る。
「王よ、あなたの言う通りだ。少々侮り過ぎたよう……」
「お前と話す理由はもうない。消えろ!」
ヘルレアはナイフを投げると、追い掛けるように直走った。綺士に正確無比な弾丸のようなナイフが胸へ突き刺さると、小さな柄を握ってそのまま哭いてのたうち回っている。
先ほどといい、今回といい、ナイフの刀身は短いというのに、強靭な装甲を備えるはずの綺士を切り裂いて、身の内、その奥深くまで傷を負わせている。ジェイドはヘルレアの持っていたナイフの刀身が淡く光っており、綺紋が記されていた事を思い出した。その綺紋こそが綺士を殺傷する程の威力を発揮させていたのだろう。
ヘルレアは綺士の胸の前へ滑り込むと、ナイフを捻りながら、より奥へ奥へと食い込ませていった。血がヘルレアの手を伝って滝のように流れた。その瞬間、数十匹の使徒が樹木の合間から躍り出て、一斉に王と綺士を中心にして周りに集まって来た。
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ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。


ハズレ職業の料理人で始まった俺のVR冒険記、気づけば最強アタッカーに!ついでに、女の子とVチューバー始めました
グミ食べたい
ファンタジー
疲れ切った現実から逃れるため、VRMMORPG「アナザーワールド・オンライン」に没頭する俺。自由度の高いこのゲームで憧れの料理人を選んだものの、気づけばゲーム内でも完全に負け組。戦闘職ではないこの料理人は、ゲームの中で目立つこともなく、ただ地味に日々を過ごしていた。
そんなある日、フレンドの誘いで参加したレベル上げ中に、運悪く出現したネームドモンスター「猛き猪」に遭遇。通常、戦うには3パーティ18人が必要な強敵で、俺たちのパーティはわずか6人。絶望的な状況で、肝心のアタッカーたちは早々に強制ログアウトし、残されたのは熊型獣人のタンク役クマサンとヒーラーのミコトさん、そして料理人の俺だけ。
逃げるよう促されるも、フレンドを見捨てられず、死を覚悟で猛き猪に包丁を振るうことに。すると、驚くべきことに料理スキルが猛き猪に通用し、しかも与えるダメージは並のアタッカーを遥かに超えていた。これを機に、負け組だった俺の新たな冒険が始まる。
猛き猪との戦いを経て、俺はクマサンとミコトさんと共にギルドを結成。さらに、ある出来事をきっかけにクマサンの正体を知り、その秘密に触れる。そして、クマサンとミコトさんと共にVチューバー活動を始めることになり、ゲーム内外で奇跡の連続が繰り広げられる。
リアルでは無職、ゲームでは負け組職業だった俺が、リアルでもゲームでも自らの力で奇跡を起こす――そんな物語がここに始まる。
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