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7章 ヴィルヘルミーナ様の夢のお店
7章3話 服飾工房と、ガラス窓 *
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【新帝国歴1135年7月12日 ヨハン】
そんなわけで、ヴィルヘルミーナの事業は、このこの公都にある、小さな服飾工房から始まったのだ。
そこで働くのは数人の若い女たちと、それを指導するのは年配の裁縫師だ。彼らが作業するテーブルに囲まれた部屋の中央には、婦人用のドレスを着せかけられた等身大の人形が置かれ、前後左右からその形を眺められるようになっている。
それは、ヴィルヘルミーナ自身が型紙を作り布地を選び、そして職人に縫製させた最初のドレスで、まるで黄金色に輝くかのようだ。女性たちには違う色の布地を使いながら、これと同じ形にドレスを作り上げてもらうのだ。
「いかがでしょうか、ヴィルヘルミーナ様」
「順調ですわね!」
入り口近くでその様子を眺めながら、そんな会話をしているのはアリーシャとヴィルヘルミーナだ。
ヴィルヘルミーナの事業を支援するにあたって、アリーシャは別の目的を兼ねることにしたらしい。小さな子を抱え途方に暮れる貧しい女性たちに、この工房で働いてもらい、技術を身に着けさせるとともに、彼女らの収入源とする。また彼女らが働いている間、子供たちを別棟で預かることで、安心して働き、仕事に精を出してもらおうという算段だ。
だがこれらの若い女性たちに仕事をさせることは、商売を侮られることにもなりかねないし、また彼女らだけでは技術力と生産品の安定性が心もとない。そのために職能組合にきちんと話をつけ、熟練の職人を常時確保して、指導に当たってもらう体制を作っているのだと言う。
「……しかしな」
俺は、ぼそっと呟く。俺は俺の工房で働いていて、ヴィルヘルミーナの事業にはそんなに関わっていない。だがなぜか、今日は不意の休みがもらえることになり、そして示し合わせたかのように、こちらの工房の訪問に駆り出されたのだ。
「ヨハン、何か言いたいことが?」
これはアリーシャだ。
「どんな客に売りつけるんだ、このドレスを」
これは、前から俺が抱いていた疑問だ。
ヴィルヘルミーナのドレスは高い。彼女の思うがままの布地、形、装飾をふんだんに使った場合は特に。それに引き換え、仕立て屋としての権威、大金持ちの客に十分訴求するような条件は心許ないのだ。特に、このような小さな工房で、仕立ての経験の浅い若い女たちを働かせているのだから、なおさらだ。
「ヨハンあなた、ずいぶん権威主義に染まってるんじゃないの?」
「俺は、心配してるんだよ」
こんな会話をしている俺とアリーシャ。
「…………」
一方のヴィルヘルミーナは、珍しくも神妙な顔で、無言になっている。今までやったことのない事業で、この女とて不安はあると、そういうことなのかもしれない。
「……まあ、どう転んだとしたって、傷が少なければいいんじゃないか? 無理ない範囲で、そこそこ上手いことできればそれでいい」
こういうことを言いながら、俺は正直、どうなんだと思っていた。ヴィルヘルミーナのこの家出、半年でカタを付ける話になるんじゃなかったのか。ヴィルヘルミーナの野望を否定はしないとしても、無難な着地点を見極める必要は最初からあるんじゃないのか。
だが俺の言葉に、ヴィルヘルミーナは食ってかかる。
「ちょっと! 勝手に決めないでくださいませ!」
「うお!」
ヴィルヘルミーナに襟首を掴まれて、俺の首が締まる。
「ヨハン、あなたが間違いよ。事業にはリスクが伴うの。問題をどう設定して、解決フローをどう想定するか、今の問題はそれね」
アリーシャは最近こういう、どこかで知った風な言葉遣いをすることが多い。俺は軽く苛立つのだが、ヴィルヘルミーナはご満悦だった。
「さすがアリーシャ様ですわ! ヨハンとは大違いですわね!」
「仕方がありませんわ、ヴィルヘルミーナ様。男性は案外、小心なものですから」
二人は俺を悪者にして和気藹々としている。なんなんだこいつらは、と俺は思っていた。
それから、アリーシャは語り始める。
「ヴィルヘルミーナ様。ヴィルヘルミーナ様の美と権威、そしてセンスをもってすれば、きっかけさえあれば、衆目を集めることは容易いと存じます。ですから、必要なのはきっかけ」
「きっかけ、とは?」
これは俺だ。ヴィルヘルミーナはふんふんと、興味深そうに聞いている。
「ヴィルヘルミーナ様の事業の立ち上げに相応しいお店を作り上げ、世間に向けてアピールすること。必要なのはそれです」
アリーシャの考えとはこうだ。
案の定、俺の家の1階はヴィルヘルミーナの店として改造されるのだが、そこは実際の商品を取引する場所というより、品物を展示し、広く世間に知らしめるための窓口、『ショーウィンドウ』として機能させる。
人々が通りから店の方を眺めると、豪勢で美しいドレスを目にすることになる。そうやって人の注目が集まれば、この注目を自分のものにしたいという考えを抱く金持ちも現れると、そういう算段だ。
「素晴らしいですわ!」
そんなアリーシャの提案に、ヴィルヘルミーナは頬を紅潮させている。だが、俺には疑問があった。
「……まず一点。この店でそんなドレスが見られるってことを、世間の連中がまず知らないとならんだろ。その時点で躓いているのに、どうにかなると思ってんのか」
「いい質問ね。従来のお店は普段は扉が閉ざされていて、中に入らないと何があるのかわからない。せいぜい扉の上の看板で表示するぐらいよね。だけどこのお店では、中に入らなくてもドレスが見られるように、壁の一面を大きなガラス窓にするの。もう、前を通っただけでその華やかな様子が伝わるように。どうかしら?」
「どうかしら、じゃねえ。そんなガラス窓を、どうやって用意するんだ」
「あなたたちの家の正面玄関は、大きな扉になっているわよね? あれの内側からガラス窓をはめ込んで、扉は普段は開け放っておくの。それで行けるでしょう?」
「あのな。そんなでかくて平らなガラス板、どうやって生産すんだ……」
と、ここまで行って気がついた。アリーシャの不穏な笑みに。それからなぜ俺が今日に今日、休日をもらえて、それからこちらに引っ張って来られたのか。
「頑張ってね、ヨハン」
「頑張ってくださいませ、ヨハン!」
「畜生、結局俺かよ!!」
そんなこんなで、結局俺はここでも絶叫させられることになったのだ。
そんなわけで、ヴィルヘルミーナの事業は、このこの公都にある、小さな服飾工房から始まったのだ。
そこで働くのは数人の若い女たちと、それを指導するのは年配の裁縫師だ。彼らが作業するテーブルに囲まれた部屋の中央には、婦人用のドレスを着せかけられた等身大の人形が置かれ、前後左右からその形を眺められるようになっている。
それは、ヴィルヘルミーナ自身が型紙を作り布地を選び、そして職人に縫製させた最初のドレスで、まるで黄金色に輝くかのようだ。女性たちには違う色の布地を使いながら、これと同じ形にドレスを作り上げてもらうのだ。
「いかがでしょうか、ヴィルヘルミーナ様」
「順調ですわね!」
入り口近くでその様子を眺めながら、そんな会話をしているのはアリーシャとヴィルヘルミーナだ。
ヴィルヘルミーナの事業を支援するにあたって、アリーシャは別の目的を兼ねることにしたらしい。小さな子を抱え途方に暮れる貧しい女性たちに、この工房で働いてもらい、技術を身に着けさせるとともに、彼女らの収入源とする。また彼女らが働いている間、子供たちを別棟で預かることで、安心して働き、仕事に精を出してもらおうという算段だ。
だがこれらの若い女性たちに仕事をさせることは、商売を侮られることにもなりかねないし、また彼女らだけでは技術力と生産品の安定性が心もとない。そのために職能組合にきちんと話をつけ、熟練の職人を常時確保して、指導に当たってもらう体制を作っているのだと言う。
「……しかしな」
俺は、ぼそっと呟く。俺は俺の工房で働いていて、ヴィルヘルミーナの事業にはそんなに関わっていない。だがなぜか、今日は不意の休みがもらえることになり、そして示し合わせたかのように、こちらの工房の訪問に駆り出されたのだ。
「ヨハン、何か言いたいことが?」
これはアリーシャだ。
「どんな客に売りつけるんだ、このドレスを」
これは、前から俺が抱いていた疑問だ。
ヴィルヘルミーナのドレスは高い。彼女の思うがままの布地、形、装飾をふんだんに使った場合は特に。それに引き換え、仕立て屋としての権威、大金持ちの客に十分訴求するような条件は心許ないのだ。特に、このような小さな工房で、仕立ての経験の浅い若い女たちを働かせているのだから、なおさらだ。
「ヨハンあなた、ずいぶん権威主義に染まってるんじゃないの?」
「俺は、心配してるんだよ」
こんな会話をしている俺とアリーシャ。
「…………」
一方のヴィルヘルミーナは、珍しくも神妙な顔で、無言になっている。今までやったことのない事業で、この女とて不安はあると、そういうことなのかもしれない。
「……まあ、どう転んだとしたって、傷が少なければいいんじゃないか? 無理ない範囲で、そこそこ上手いことできればそれでいい」
こういうことを言いながら、俺は正直、どうなんだと思っていた。ヴィルヘルミーナのこの家出、半年でカタを付ける話になるんじゃなかったのか。ヴィルヘルミーナの野望を否定はしないとしても、無難な着地点を見極める必要は最初からあるんじゃないのか。
だが俺の言葉に、ヴィルヘルミーナは食ってかかる。
「ちょっと! 勝手に決めないでくださいませ!」
「うお!」
ヴィルヘルミーナに襟首を掴まれて、俺の首が締まる。
「ヨハン、あなたが間違いよ。事業にはリスクが伴うの。問題をどう設定して、解決フローをどう想定するか、今の問題はそれね」
アリーシャは最近こういう、どこかで知った風な言葉遣いをすることが多い。俺は軽く苛立つのだが、ヴィルヘルミーナはご満悦だった。
「さすがアリーシャ様ですわ! ヨハンとは大違いですわね!」
「仕方がありませんわ、ヴィルヘルミーナ様。男性は案外、小心なものですから」
二人は俺を悪者にして和気藹々としている。なんなんだこいつらは、と俺は思っていた。
それから、アリーシャは語り始める。
「ヴィルヘルミーナ様。ヴィルヘルミーナ様の美と権威、そしてセンスをもってすれば、きっかけさえあれば、衆目を集めることは容易いと存じます。ですから、必要なのはきっかけ」
「きっかけ、とは?」
これは俺だ。ヴィルヘルミーナはふんふんと、興味深そうに聞いている。
「ヴィルヘルミーナ様の事業の立ち上げに相応しいお店を作り上げ、世間に向けてアピールすること。必要なのはそれです」
アリーシャの考えとはこうだ。
案の定、俺の家の1階はヴィルヘルミーナの店として改造されるのだが、そこは実際の商品を取引する場所というより、品物を展示し、広く世間に知らしめるための窓口、『ショーウィンドウ』として機能させる。
人々が通りから店の方を眺めると、豪勢で美しいドレスを目にすることになる。そうやって人の注目が集まれば、この注目を自分のものにしたいという考えを抱く金持ちも現れると、そういう算段だ。
「素晴らしいですわ!」
そんなアリーシャの提案に、ヴィルヘルミーナは頬を紅潮させている。だが、俺には疑問があった。
「……まず一点。この店でそんなドレスが見られるってことを、世間の連中がまず知らないとならんだろ。その時点で躓いているのに、どうにかなると思ってんのか」
「いい質問ね。従来のお店は普段は扉が閉ざされていて、中に入らないと何があるのかわからない。せいぜい扉の上の看板で表示するぐらいよね。だけどこのお店では、中に入らなくてもドレスが見られるように、壁の一面を大きなガラス窓にするの。もう、前を通っただけでその華やかな様子が伝わるように。どうかしら?」
「どうかしら、じゃねえ。そんなガラス窓を、どうやって用意するんだ」
「あなたたちの家の正面玄関は、大きな扉になっているわよね? あれの内側からガラス窓をはめ込んで、扉は普段は開け放っておくの。それで行けるでしょう?」
「あのな。そんなでかくて平らなガラス板、どうやって生産すんだ……」
と、ここまで行って気がついた。アリーシャの不穏な笑みに。それからなぜ俺が今日に今日、休日をもらえて、それからこちらに引っ張って来られたのか。
「頑張ってね、ヨハン」
「頑張ってくださいませ、ヨハン!」
「畜生、結局俺かよ!!」
そんなこんなで、結局俺はここでも絶叫させられることになったのだ。
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