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4章 システム
4章5話 女と戦場 *
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【新帝国歴1130年4月7日 アリーシャ】
そうして、私は遺構制圧作戦に加わるため、ヴォルハイムの人々に話を通してもらうことになった。私が案内されたのは、軍の関係者が居並ぶ会議の席だ。
「こちらが、ランデフェルト公国の学者、アリーシャ・ヴェーバー殿だ」
「よ、よろしく、お願いします」
ツィツェーリア様の紹介に、私は緊張気味に頭を下げる。前世でも私が学者だったことはないと思うけど、便宜上はその肩書で話を通すのが良さそうだった。
私は周囲に視線を走らせる。この時代の兵士と言えばほぼ全てが男性なのだが、このヴォルハイムに限ってはツィツェーリア様の親衛隊と思しき女性兵士の姿が見られる。彼女らは、ツィツェーリア様ほどではないが、それでも華麗な装飾に彩られた武装をしていた。
(この武装は儀礼的なものなのか……それともこの格好で戦場に行くのかな)
私はそんなことをちらりと考えるが、それを尋ねるのは失礼だろう。そんな私の視線と疑問を察したのか、ツィツェーリア様は薄く微笑み、口を開くのだ。
「彼女らは私の薫陶を受けた優秀な兵士たちだよ。彼女らは私と共に最前線に赴くが……そうだな、十名ほどあなたに付き従ってもらうことにしようか。彼女らを指揮してもらいたい」
「じゅ、十名?! そ、それは……多すぎます!」
私は慌てるが、ツィツェーリア様は笑って答えるのだ。
「では、何名をお望みかな?」
「ええと……というよりは、その。私にこちらで何ができるのか、まずは検討させていただきたいと、そう」
そんな風に日和っていた私。そこに声を上げる人がいたのだった。
「ツィツェーリア様、お言葉ですが」
ツィツェーリア様の側に控える女性兵士、あるいは女騎士と呼んでも良いだろう。彼女は暗色の髪を三つ編みにして巻き付けていて、黒いマントと、ツィツェーリア様とよく似た重装備を身に着けている。
「どうしたのかな?」
「失礼ながら。アリーシャ……殿は、戦場に赴くにはいささか不向きなのではないですか?」
「…………」
私は言葉を失う。確かに、彼女の言う通りなのだ。
「我ら、女は男に及ばぬと蔑まれつつ、幾多の戦場において戦功を上げてきました。今更、男達に遅れを取るわけには参りません。ツィツェーリア様の仰せようでは、我らに彼女とともに、男どもの背後にあれ、守られていろと仰るのと同じではないですか」
「……!!」
図星を突かれたような気がして、私は息を呑む。確かに、今までの私はずっと守ってもらっていたのだ、主君であり、本来ならば私の方がお守りしなければならないリヒャルト様にすら。
女騎士は私の方を向くと、語りかけるのだ。
「女の身で戦場に立ちたい、その気持ちはよく分かります。しかし、最前線でなければ意味がない。さもなければ、女に兵士は務まらぬ、看護婦がせいぜいだと、蔑まれるのみです。どうか、ここはお控えいただきたい」
(……うっ)
私は、見通しが甘かったことを認めざるを得ない。確かに、戦闘経験もなければ戦争の専門家でもない私が戦場で役に立とうというのは無茶な話だった。
しかしながら、私が今更退くことができるかと言ったら、答えは否だった。ただでさえランデフェルトは弱腰を非難されているのに、ここで私が弱腰を見せていていいわけがない。
今のこの女騎士の言葉で、私が反駁できることはあるだろうか。私はそれを考える。
「……お言葉ですが。ええと。その。お名前は」
女騎士に向けて私は口を開く。
「エルマ、と申します」
「エルマ様。看護婦は兵士と比べて、取るに足りないお役目でしょうか?」
「何を仰っている?」
「この時代の戦場における大きな問題は、医療体制の不備です。衛生状態の改善と管理は重大な問題なのに、それらが軽視されていることこそが問題です」
ここで私が思い返しているのは、クリミア戦争におけるナイチンゲールの活躍だ。白衣の天使のイメージが強いナイチンゲールは、看護統計学の元祖でもある。その数字を武器にして彼女は病院収容者の死亡率を劇的に下げることに成功したのだ。
「では、私たちにはその役目を買って出ろと、そう仰るのか、あなたは?」
エルマ様の声は心做しか冷たく、強張っている。彼女の心理は私は容易に想像が付いた。なぜって、見捨てられた傷病者の世話をする役目の看護婦はこの時代、相当に卑しいと見做される職業なのだ。そしてこのエルマという女性は身分卑しからぬ人なのだろうと、私には思われる。
それに私は、にっこり笑って返事をすることにする。
「いいえ。私は学者ですから。まずは、その実地調査を行うことが目的です。その場に応じて必要な助言を行い、もちろん解決できそうなことは解決する。ですから、私への助力は少しで良いのです。少しでいいから、協力していただくわけにはいきませんか?」
そんな私のお願いには、エルマ様も折れないわけには行かないようだった。
そんなこんなで、私がこの戦いで行うべきは、ヴォルハイム陣営後方での医療看護体制の整備に関する調査と助言、その他兵站や戦略など気が付いたことについての助言を行うことと相成った。二人の女性兵士が私につけられて、彼女らは護衛の他、私の求めに応じて必要なものを用意してくれるとのことだった。これは、私の元々の身分を考えると破格の待遇と言えた。
私には医療や看護の知識はない、現代日本の基準では。だが、感染症に関する基礎的な知識すらない時代であり、そのことを考慮すれば、私にも助言できることは色々あると考えられた。
だけど、これらについてをリヒャルト様に報告するのは、全ての手配を済ませた後になってしまった。それについてリヒャルト様に怒られるかと覚悟したけれど、リヒャルト様は、なんとも言えない表情で私を一瞥しただけだった。
そうして、私は遺構制圧作戦に加わるため、ヴォルハイムの人々に話を通してもらうことになった。私が案内されたのは、軍の関係者が居並ぶ会議の席だ。
「こちらが、ランデフェルト公国の学者、アリーシャ・ヴェーバー殿だ」
「よ、よろしく、お願いします」
ツィツェーリア様の紹介に、私は緊張気味に頭を下げる。前世でも私が学者だったことはないと思うけど、便宜上はその肩書で話を通すのが良さそうだった。
私は周囲に視線を走らせる。この時代の兵士と言えばほぼ全てが男性なのだが、このヴォルハイムに限ってはツィツェーリア様の親衛隊と思しき女性兵士の姿が見られる。彼女らは、ツィツェーリア様ほどではないが、それでも華麗な装飾に彩られた武装をしていた。
(この武装は儀礼的なものなのか……それともこの格好で戦場に行くのかな)
私はそんなことをちらりと考えるが、それを尋ねるのは失礼だろう。そんな私の視線と疑問を察したのか、ツィツェーリア様は薄く微笑み、口を開くのだ。
「彼女らは私の薫陶を受けた優秀な兵士たちだよ。彼女らは私と共に最前線に赴くが……そうだな、十名ほどあなたに付き従ってもらうことにしようか。彼女らを指揮してもらいたい」
「じゅ、十名?! そ、それは……多すぎます!」
私は慌てるが、ツィツェーリア様は笑って答えるのだ。
「では、何名をお望みかな?」
「ええと……というよりは、その。私にこちらで何ができるのか、まずは検討させていただきたいと、そう」
そんな風に日和っていた私。そこに声を上げる人がいたのだった。
「ツィツェーリア様、お言葉ですが」
ツィツェーリア様の側に控える女性兵士、あるいは女騎士と呼んでも良いだろう。彼女は暗色の髪を三つ編みにして巻き付けていて、黒いマントと、ツィツェーリア様とよく似た重装備を身に着けている。
「どうしたのかな?」
「失礼ながら。アリーシャ……殿は、戦場に赴くにはいささか不向きなのではないですか?」
「…………」
私は言葉を失う。確かに、彼女の言う通りなのだ。
「我ら、女は男に及ばぬと蔑まれつつ、幾多の戦場において戦功を上げてきました。今更、男達に遅れを取るわけには参りません。ツィツェーリア様の仰せようでは、我らに彼女とともに、男どもの背後にあれ、守られていろと仰るのと同じではないですか」
「……!!」
図星を突かれたような気がして、私は息を呑む。確かに、今までの私はずっと守ってもらっていたのだ、主君であり、本来ならば私の方がお守りしなければならないリヒャルト様にすら。
女騎士は私の方を向くと、語りかけるのだ。
「女の身で戦場に立ちたい、その気持ちはよく分かります。しかし、最前線でなければ意味がない。さもなければ、女に兵士は務まらぬ、看護婦がせいぜいだと、蔑まれるのみです。どうか、ここはお控えいただきたい」
(……うっ)
私は、見通しが甘かったことを認めざるを得ない。確かに、戦闘経験もなければ戦争の専門家でもない私が戦場で役に立とうというのは無茶な話だった。
しかしながら、私が今更退くことができるかと言ったら、答えは否だった。ただでさえランデフェルトは弱腰を非難されているのに、ここで私が弱腰を見せていていいわけがない。
今のこの女騎士の言葉で、私が反駁できることはあるだろうか。私はそれを考える。
「……お言葉ですが。ええと。その。お名前は」
女騎士に向けて私は口を開く。
「エルマ、と申します」
「エルマ様。看護婦は兵士と比べて、取るに足りないお役目でしょうか?」
「何を仰っている?」
「この時代の戦場における大きな問題は、医療体制の不備です。衛生状態の改善と管理は重大な問題なのに、それらが軽視されていることこそが問題です」
ここで私が思い返しているのは、クリミア戦争におけるナイチンゲールの活躍だ。白衣の天使のイメージが強いナイチンゲールは、看護統計学の元祖でもある。その数字を武器にして彼女は病院収容者の死亡率を劇的に下げることに成功したのだ。
「では、私たちにはその役目を買って出ろと、そう仰るのか、あなたは?」
エルマ様の声は心做しか冷たく、強張っている。彼女の心理は私は容易に想像が付いた。なぜって、見捨てられた傷病者の世話をする役目の看護婦はこの時代、相当に卑しいと見做される職業なのだ。そしてこのエルマという女性は身分卑しからぬ人なのだろうと、私には思われる。
それに私は、にっこり笑って返事をすることにする。
「いいえ。私は学者ですから。まずは、その実地調査を行うことが目的です。その場に応じて必要な助言を行い、もちろん解決できそうなことは解決する。ですから、私への助力は少しで良いのです。少しでいいから、協力していただくわけにはいきませんか?」
そんな私のお願いには、エルマ様も折れないわけには行かないようだった。
そんなこんなで、私がこの戦いで行うべきは、ヴォルハイム陣営後方での医療看護体制の整備に関する調査と助言、その他兵站や戦略など気が付いたことについての助言を行うことと相成った。二人の女性兵士が私につけられて、彼女らは護衛の他、私の求めに応じて必要なものを用意してくれるとのことだった。これは、私の元々の身分を考えると破格の待遇と言えた。
私には医療や看護の知識はない、現代日本の基準では。だが、感染症に関する基礎的な知識すらない時代であり、そのことを考慮すれば、私にも助言できることは色々あると考えられた。
だけど、これらについてをリヒャルト様に報告するのは、全ての手配を済ませた後になってしまった。それについてリヒャルト様に怒られるかと覚悟したけれど、リヒャルト様は、なんとも言えない表情で私を一瞥しただけだった。
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