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2章 侯爵令嬢
2章14話 エックハルトの後始末 *
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【新帝国歴1129年5月8日 エックハルト】
「ではこれで。よろしくお願いいたします」
エックハルトはリヒャルトの署名の入った文書を、リンスブルック侯爵の側に控える家臣の者に差し出した。
話し合いの結果、ヴィルヘルミーナの意志に基づき、リヒャルトも合意の上で、二人の婚約関係は解消と相成った。そういう問題でも、いちいち締結文書を交わし合わないとならない。
本件の後始末に当たっては、婚約解消に絡む利害関係の微妙な点に注意しなければならない。ここで下手を打てば、婚姻相成って得られるはずだった利益は、そのまま逆の不利益に転換しかねないからだ。
今回はヴィルヘルミーナから言い出した婚約解消であるので、どちらかというと相手の側に有責だが、その原因がリヒャルトにあったとなっては別の話だ。リヒャルトの冷たさはその原因となり得た。
ことを穏便に済ませたいのは、ランデフェルト、リンスブルック、どちらの側も同じだった。侯国滞在中に起きた『災厄』襲撃事件において、ランデフェルトはリンスブルックに貸しができた。婚約関係の有無に関わらず、同様の軍事協力関係を維持することは明文化されることになった。
この婚約解消について、ヴィルヘルミーナに加担することを決意したエックハルトだったものの、悩ましい部分もあった。ヴィルヘルミーナに関するアリーシャの見立てだ。
それが学習障害だとアリーシャは言った。それがどの程度のものなのか、エックハルトには分からないし、その判断をしたアリーシャ自身が理解しているのかどうかも分からない。彼女にはどうにもふわふわして危ういところがあると、エックハルトは思っている。それが彼女の言う前世の知識であるのならなおのこと、雲を掴むような話だった。
一方のリンスブルック家についても、判断が付きかねる部分は多い。娘の抱える問題については、親の側は把握しているべきだろうが、それを伝えることが、自分自身に許されているのか。
結局、エックハルトは全てを伝えた。リンスブルック侯爵はそれらを受け入れて、より良く物事が運ぶよう、取り計らってくれた。この手のかかる末娘と、改めて歩み寄ることにしたようだった。この権謀術数渦巻く世界にあってリンスブルック家では家庭の機能が正常に保たれていることは素直に好ましく、関係悪化はエックハルト自身としても全く望む所ではない。
とにかく、ヴィルヘルミーナの特性には今後格別の配慮をしてもらうよう、エックハルトはリンスブルック側に言い含めておいた。だって、他にできることなど、何もなかったのだから。
難儀なものだ、と、エックハルトは思う。もしこれがヴィルヘルミーナか、彼女のような子供でなかったら、エックハルトは何の躊躇いもなく全ての状況を利用する。子供を不当に利用しないことは、エックハルトの唯一の美点だった。
「どうか、お幸せに。ヴィルヘルミーナ様」
エックハルトは呟く。柄にもない、と自分でも思っていた。
そして、もう一つ土産があったのだ。
工房に一本だけ残った新型銃。災厄が集中的に狙っていたことから、このままリンスブルック侯国に残しておくことは危険と思われた。一度解体してランデフェルトで預かり、七人委員会の判断を仰ぐ。そういう手筈を整えて、エックハルトは主君と共に帰国の途につくのだった。
【????年??月??日 システム ループ12578】
レベル4の介入事象、85%の影響排除に成功。
残存影響率15%。この効果については引き続き観察が必要。
「ではこれで。よろしくお願いいたします」
エックハルトはリヒャルトの署名の入った文書を、リンスブルック侯爵の側に控える家臣の者に差し出した。
話し合いの結果、ヴィルヘルミーナの意志に基づき、リヒャルトも合意の上で、二人の婚約関係は解消と相成った。そういう問題でも、いちいち締結文書を交わし合わないとならない。
本件の後始末に当たっては、婚約解消に絡む利害関係の微妙な点に注意しなければならない。ここで下手を打てば、婚姻相成って得られるはずだった利益は、そのまま逆の不利益に転換しかねないからだ。
今回はヴィルヘルミーナから言い出した婚約解消であるので、どちらかというと相手の側に有責だが、その原因がリヒャルトにあったとなっては別の話だ。リヒャルトの冷たさはその原因となり得た。
ことを穏便に済ませたいのは、ランデフェルト、リンスブルック、どちらの側も同じだった。侯国滞在中に起きた『災厄』襲撃事件において、ランデフェルトはリンスブルックに貸しができた。婚約関係の有無に関わらず、同様の軍事協力関係を維持することは明文化されることになった。
この婚約解消について、ヴィルヘルミーナに加担することを決意したエックハルトだったものの、悩ましい部分もあった。ヴィルヘルミーナに関するアリーシャの見立てだ。
それが学習障害だとアリーシャは言った。それがどの程度のものなのか、エックハルトには分からないし、その判断をしたアリーシャ自身が理解しているのかどうかも分からない。彼女にはどうにもふわふわして危ういところがあると、エックハルトは思っている。それが彼女の言う前世の知識であるのならなおのこと、雲を掴むような話だった。
一方のリンスブルック家についても、判断が付きかねる部分は多い。娘の抱える問題については、親の側は把握しているべきだろうが、それを伝えることが、自分自身に許されているのか。
結局、エックハルトは全てを伝えた。リンスブルック侯爵はそれらを受け入れて、より良く物事が運ぶよう、取り計らってくれた。この手のかかる末娘と、改めて歩み寄ることにしたようだった。この権謀術数渦巻く世界にあってリンスブルック家では家庭の機能が正常に保たれていることは素直に好ましく、関係悪化はエックハルト自身としても全く望む所ではない。
とにかく、ヴィルヘルミーナの特性には今後格別の配慮をしてもらうよう、エックハルトはリンスブルック側に言い含めておいた。だって、他にできることなど、何もなかったのだから。
難儀なものだ、と、エックハルトは思う。もしこれがヴィルヘルミーナか、彼女のような子供でなかったら、エックハルトは何の躊躇いもなく全ての状況を利用する。子供を不当に利用しないことは、エックハルトの唯一の美点だった。
「どうか、お幸せに。ヴィルヘルミーナ様」
エックハルトは呟く。柄にもない、と自分でも思っていた。
そして、もう一つ土産があったのだ。
工房に一本だけ残った新型銃。災厄が集中的に狙っていたことから、このままリンスブルック侯国に残しておくことは危険と思われた。一度解体してランデフェルトで預かり、七人委員会の判断を仰ぐ。そういう手筈を整えて、エックハルトは主君と共に帰国の途につくのだった。
【????年??月??日 システム ループ12578】
レベル4の介入事象、85%の影響排除に成功。
残存影響率15%。この効果については引き続き観察が必要。
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