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2章 侯爵令嬢
2章3話 舞踏会にて *
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【新帝国歴1129年4月23日 アリーシャあるいは若葉】
キラキラ輝くシャンデリアの明かりと、その下の舞踏会の光景を、私は見守っていた。
舞踏会の主役はリヒャルト様、今回の訪問では常に主賓だ。そうして、もう一人の主役が、リヒャルト様を引っ張り回している。
ヴィルヘルミーナ・フォン・リンツブルック侯爵令嬢。長い銀髪を頭の高い位置で留めてから横に流して、その先はくるくると巻いている。淡い紫を基調としたコルセットドレスには銀と宝石の飾りが付けられていて、眩いばかりに豪奢だ。そして、その窮屈な衣装で、ヴィルヘルミーナ様は上手に踊っている。
ヴィルヘルミーナ10歳ラフイメージ / 自筆
対するリヒャルト様は、白を基調とした正装だ。きらびやかだけど、ヴィルヘルミーナ様と比べるとシンプルで、どちらかというと洗練された印象だ。ヴィルヘルミーナ様に振り回され気味に見えつつも、何度もダンスに応じていて、洗練されたリードを見せている。
(ううん、キラキラしてて……いいなあ)
それを見ながら、私はニコニコしていたと思う。デレデレしていたかもしれない。
私だって小さな頃は、おとぎ話の世界の輪の中に入ることができたら、王子様の手をあんな風に取って、華麗にダンスを披露するお姫様になりたいって、そんな気持ちはあったんじゃないかと思う。
今は、自分には手を触れられないほど繊細なそれを、近くもなく遠くもない今の距離で、見守っていたい気持ちの方が強い。
私が立っているのは舞踏場とバルコニーの境界、祝宴の明かりと外からの月明かりが混ざる場所だ。
もっと近い場所、舞踏場の外れの方で見守ろうとするのは危険だった。なぜって、そこは貴婦人のエリアなのだ。壁の花、という言葉がある。舞踏会で踊りに誘ってくれる紳士をそぞろに待っている貴婦人たちを評した言葉だ。
私はというと、使節団の一員である以上は、それなりの衣装は用意されていた。それはあくまで、目障りではなく、さりとて王侯に連なる女性たちと張り合わない、そういう趣旨で選ばれた衣装だ。明らかに見劣りする、それでいいなら中にいてもいい。
しかし、階下の女性たちのコルセットと来たら。貴族の女性たちは大抵、「食べるところが多そうな」というべきか、白くてふわふわしていて、だけどあくまでも清楚可憐さを失わない、そんな体つきの女性が多い。それなのに、腰は蝶の胴体のように細くて、その分豊満な胸元がせり上がっている。
だけどそれは、きつい上にもきついコルセットの賜物なのだ。内臓はどこに行ったのと聞きたくなるぐらい締め上げられたそれによって、細腰の貴婦人が作り上げられている。そういう過度な体型改造は軽佻浮薄さの現れとも捉えられがちなのだが、美しさを追求する女性たちの情熱に対してはそんな徳目は無力だ。
ヴィルヘルミーナ様はまだ子供だからなのか、そこまでの体型改造はしていないようだ。私も今日はコルセットドレスだが、彼女らほどは寄せても上げてもされていない。それに私の体格とあの胸元の開き方では、ある悲劇が想像に難くない。あまり言いたくはないが、あの胸元を支えられるほどいろいろと豊かではないので、ふとした拍子に全体が胴体から滑り落ちてしまっても不思議はないって話だ。それもあって私のドレスはこの会場ではかなり地味な方のドレスだった。
「ここにいたのか」
私に声をかける人がいる。
(いやいやいやいや、主賓がこんなとこ来ちゃまずいでしょ)
心の中のツッコミとは裏腹に、私は静かな声を出そうと務めた。
「ヴィルヘルミーナ様のお相手はいいのですか」
階下で供されているらしい、カナッペみたいなものをかじりながら、リヒャルト様は近づいてくる。正直、あまりお行儀がよろしくない。
「彼女の相手は疲れる。少しぐらい休憩しても罰は当たらんだろう」
(そこまで言う?)
予想外に辛辣な言葉に、私はちょっと驚く。あんな小さな少女、それもあんなに楽しそうに踊っていたのに。
「お前こそどうなんだ。踊らないのか」
「いやいやいやいや! 私はただのメイドですから! 滅相もない!」
「私の命で、訪問使節の一員として参加しているのだ。侮りを受ける謂れはないだろう」
それは単なる理想論じゃないの、明らかに差がつけられてるこっちの身にもなってよ、とは言えるはずもない。私は白状せざるを得なかった。
「実は、踊れないのです。ちゃんと教わったことがなくて」
そう、私は、ダンスを踊ることができない。
玉の輿を目指すなら、親はダンスを学ばせてくれてもよかったはずだ。だけど、アリーシャの親は、結婚はしたくなった時にすれば良い、貰い手がつかなかったら家にいていい、という態度で、あまりその手の教育には関心がなかった。瀟洒な都会の生活を知らない田舎者ということかもしれない。
だが、この言葉が、リヒャルト様みたいな王侯貴族にどう聞こえるのか私にはわからない。元の世界の現代日本だったら、お化粧をしたことがない、アクセサリーを持っていない、みたいな告白に聞こえるかもしれない。それか、英語が全く分からない、みたいな基礎的な教養の問題か。
「今度教える」
「え?」
「そろそろ戻る」
間髪入れずリヒャルト様は続けると、それから無言で明かりの灯っている方に立ち去った。
キラキラ輝くシャンデリアの明かりと、その下の舞踏会の光景を、私は見守っていた。
舞踏会の主役はリヒャルト様、今回の訪問では常に主賓だ。そうして、もう一人の主役が、リヒャルト様を引っ張り回している。
ヴィルヘルミーナ・フォン・リンツブルック侯爵令嬢。長い銀髪を頭の高い位置で留めてから横に流して、その先はくるくると巻いている。淡い紫を基調としたコルセットドレスには銀と宝石の飾りが付けられていて、眩いばかりに豪奢だ。そして、その窮屈な衣装で、ヴィルヘルミーナ様は上手に踊っている。
ヴィルヘルミーナ10歳ラフイメージ / 自筆
対するリヒャルト様は、白を基調とした正装だ。きらびやかだけど、ヴィルヘルミーナ様と比べるとシンプルで、どちらかというと洗練された印象だ。ヴィルヘルミーナ様に振り回され気味に見えつつも、何度もダンスに応じていて、洗練されたリードを見せている。
(ううん、キラキラしてて……いいなあ)
それを見ながら、私はニコニコしていたと思う。デレデレしていたかもしれない。
私だって小さな頃は、おとぎ話の世界の輪の中に入ることができたら、王子様の手をあんな風に取って、華麗にダンスを披露するお姫様になりたいって、そんな気持ちはあったんじゃないかと思う。
今は、自分には手を触れられないほど繊細なそれを、近くもなく遠くもない今の距離で、見守っていたい気持ちの方が強い。
私が立っているのは舞踏場とバルコニーの境界、祝宴の明かりと外からの月明かりが混ざる場所だ。
もっと近い場所、舞踏場の外れの方で見守ろうとするのは危険だった。なぜって、そこは貴婦人のエリアなのだ。壁の花、という言葉がある。舞踏会で踊りに誘ってくれる紳士をそぞろに待っている貴婦人たちを評した言葉だ。
私はというと、使節団の一員である以上は、それなりの衣装は用意されていた。それはあくまで、目障りではなく、さりとて王侯に連なる女性たちと張り合わない、そういう趣旨で選ばれた衣装だ。明らかに見劣りする、それでいいなら中にいてもいい。
しかし、階下の女性たちのコルセットと来たら。貴族の女性たちは大抵、「食べるところが多そうな」というべきか、白くてふわふわしていて、だけどあくまでも清楚可憐さを失わない、そんな体つきの女性が多い。それなのに、腰は蝶の胴体のように細くて、その分豊満な胸元がせり上がっている。
だけどそれは、きつい上にもきついコルセットの賜物なのだ。内臓はどこに行ったのと聞きたくなるぐらい締め上げられたそれによって、細腰の貴婦人が作り上げられている。そういう過度な体型改造は軽佻浮薄さの現れとも捉えられがちなのだが、美しさを追求する女性たちの情熱に対してはそんな徳目は無力だ。
ヴィルヘルミーナ様はまだ子供だからなのか、そこまでの体型改造はしていないようだ。私も今日はコルセットドレスだが、彼女らほどは寄せても上げてもされていない。それに私の体格とあの胸元の開き方では、ある悲劇が想像に難くない。あまり言いたくはないが、あの胸元を支えられるほどいろいろと豊かではないので、ふとした拍子に全体が胴体から滑り落ちてしまっても不思議はないって話だ。それもあって私のドレスはこの会場ではかなり地味な方のドレスだった。
「ここにいたのか」
私に声をかける人がいる。
(いやいやいやいや、主賓がこんなとこ来ちゃまずいでしょ)
心の中のツッコミとは裏腹に、私は静かな声を出そうと務めた。
「ヴィルヘルミーナ様のお相手はいいのですか」
階下で供されているらしい、カナッペみたいなものをかじりながら、リヒャルト様は近づいてくる。正直、あまりお行儀がよろしくない。
「彼女の相手は疲れる。少しぐらい休憩しても罰は当たらんだろう」
(そこまで言う?)
予想外に辛辣な言葉に、私はちょっと驚く。あんな小さな少女、それもあんなに楽しそうに踊っていたのに。
「お前こそどうなんだ。踊らないのか」
「いやいやいやいや! 私はただのメイドですから! 滅相もない!」
「私の命で、訪問使節の一員として参加しているのだ。侮りを受ける謂れはないだろう」
それは単なる理想論じゃないの、明らかに差がつけられてるこっちの身にもなってよ、とは言えるはずもない。私は白状せざるを得なかった。
「実は、踊れないのです。ちゃんと教わったことがなくて」
そう、私は、ダンスを踊ることができない。
玉の輿を目指すなら、親はダンスを学ばせてくれてもよかったはずだ。だけど、アリーシャの親は、結婚はしたくなった時にすれば良い、貰い手がつかなかったら家にいていい、という態度で、あまりその手の教育には関心がなかった。瀟洒な都会の生活を知らない田舎者ということかもしれない。
だが、この言葉が、リヒャルト様みたいな王侯貴族にどう聞こえるのか私にはわからない。元の世界の現代日本だったら、お化粧をしたことがない、アクセサリーを持っていない、みたいな告白に聞こえるかもしれない。それか、英語が全く分からない、みたいな基礎的な教養の問題か。
「今度教える」
「え?」
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間髪入れずリヒャルト様は続けると、それから無言で明かりの灯っている方に立ち去った。
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