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束の間の休息
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獣人メイド喫茶エレウスと書かれた看板を見ながら、オレは途方に暮れていた。
「本当にここで間違いない、よな?」
オレは何度も黒い会員証と看板を交互に見比べた。何度確認しても間違いはなさそうだった。
あのエレウスは何故、ここに来るようになんて指定したんだろうか?
風俗店ではなさそうだが、こんな深夜に高校生が入るには相当の勇気が必要だった。
周囲の視線が背中にチクチク刺してくるような錯覚を感じ、オレは半ばやけくそ気味に店のドアに手をかけた。
「このまま警察に補導されるよりはましか」
オレは勇気を振り絞ってドアを開け店内に入った。
「お帰りなさいませにゃん、ご主人様!」
と、背中がむず痒くなるような若い女性の声が響いてきた。
見ると、胸元が開けたメイド服を着たピンク色のうさ耳メイドが笑顔でオレに話しかけてきた。
うさ耳メイドさんを前にオレは頬に熱を帯びるのを感じた。
「あの、オレ……」
と、オレがうさ耳メイドさんに話しかけた時だった。
突然、うさ耳メイドさんの笑顔が歪み、両手で鼻と口を覆って「うげええ!」と吐き洩らしたのだ。
「なになに⁉ こぼれた牛乳を拭いた雑巾を豚小屋で一週間は放置したようなこの悪臭、ありえないんですけれども⁉」
うさ耳メイドさんはそれまで浮かべていた笑顔を険相に変えてオレを睨みつけて来た。
「ご主人様とはいえ、流石にこの臭さはありえないっしょ……⁉ うわ、マジキツ」
侮蔑のこもった冷たい視線がオレの肌に突き刺さる。確かにオレは家では風呂も満足に入れず、庭にある水撒き用の水道で水浴びをする程度のもの。しかも唯一の寝床には絶えず生ごみが放置されていて、その匂いは服にも体にも沁みついているに違いなかった。その服も満足に洗濯することも出来ず、相当な悪臭を放っていることは分かっていた。
逃げるのに必死でそのことを失念していた。食べ物を買いに行くときは水浴びをして可能な限り匂いをマシにしてからコンビニに行くようにしていた。それでもオレは悪臭を放っているらしく、どの店に行ってもオレに近寄る者はいない。誰もが顔をしかめ鼻を押さえながら逃げるように離れていく。そんな時は頭の中を空っぽにしてさっさと会計を済まして店から出るようにしていた。
だから、このメイドさんの反応は当然なのだ。だからオレは彼女を非難しようとは微塵も思わなかった。
「あの、すみません。オレ、家庭の事情で風呂にも満足に入れなくって……」
「そんなのどうでもいいですから、さっさとお店から出て行ってもらえます? 当店は人間のご主人様のみを相手にしておりまして、豚ゴブリンの御入店はお断りさせていただいてますので!」
うさ耳メイドさんはそう嘲ると、まるで野良犬でも追い払うかのようにシッシッシッと手を払った。
やっぱりオレは何処に行ってもそう呼ばれる運命にあるのか。流石に初対面の可愛い女の子にそう罵られるのは心にくるものがあった。
まずいぞ。この際、うさ耳メイドさんの暴言はどうでもいい。このまま店を追い出されるわけにはいかなかった。
「違うんです! オレ、ここに来るように言われてきたんです」
「はあ? あんた、何言ってるの? 何処の誰がお前みたいな豚ゴブリンを当店にご招待するってんですかね? あんまりふざけたこと言ってっと、怖いお兄さんを呼んじゃうんだから」
うさ耳メイドさんはクスクスと嘲笑混じりの笑みを浮かべた。
「これがその証拠です。これを持ってこの店に来るように言われたんです」
オレは慌てて黒い会員証を取り出し、それをうさ耳メイドさんに手渡した。
うさ耳メイドさんは眉根を寄せながらオレの手渡したカードを、まるで汚物でも取り扱うかのように指で摘まんで訝し気に眺めた。
「黒色の会員証? これってまさか……⁉」
黒い会員証を見た瞬間、うさ耳メイドさんの顔が一瞬で蒼白する。
「あの、もしかしてこのVIPカードをあんたに……いえ、ご主人様に渡したのって……?」
うさ耳メイドさんは顔を蒼白させながら滝の様な汗を額から垂れ流した。
「信じてもらえないかもしれないけれども、女神エレウスを自称する女の子から貰ったんだ」
その瞬間、うさ耳メイドさんの顔がムンクの叫びのように引きつった。全身をガクガクと激しく震わせガックリと膝から崩れ落ちた。
「た、大変失礼いたしましたああああああああ! まさか女神様のお客様とは露知らず、とんだご無礼をいたしましたああああああ!」
うさ耳メイドさんはそのまま額を床に打ち付けるように土下座のポーズを取って見せた。そして何度も何度も床に額を打ち付けた。ゴンゴンゴンと鈍い音が響き渡った。
あまりの剣幕にオレは正直ドン引きして数歩後ろに後ずさった。
「もしかして話は通っているのかな?」
「はい! これは超が百個くらいはつく超VIPな会員証になっておりますですううううう!」
うさ耳メイドさんは勢いよく顔を上げてオレにそう説明した。その額からダラダラと血が噴き出すように流れ落ちていた。先程豪快に額を打ち付けて土下座した時に出来た傷だろう。
「ちょ、メイドさん⁉ 血が、額から血が噴き出てますよ⁉」
「お構いなく! ただいまメイド長をお呼び致しますので、どうぞ空いているソファーにお掛けになってお待ちください!」
それだけをまくしたてるように告げると、うさ耳メイドさんは店の奥に走り去っていった。
オレは何が何だか分からず、疲れた身体を休めるためにソファーに腰を下ろした。
「あ、オレの匂いがうつったら弁償させられないだろうか?」
そんなことを心配しながらも、オレは背もたれに身体を預ける。ソファーの柔らかい感触が心地よく思わず睡魔に襲われてしまった。頭を振って眠気を必死に追い払った。
「そういえばここ一年、まともな布団で眠っていなかったっけか」
いつも寝るのに使用しているのは穴の開いた寝袋だ。寝床はコンクリートだったのでいつも背中が痛かった。あんな物置小屋でも寒さをしのげるだけでも最近は幸せに感じていた。このソファーだったら、オレは何時間でも眠れると確信した。
そんなことを考えていると、店の奥から二つの足音が聞こえて来た。
顔を向けると、そこには先程のうさ耳メイドさんともう一人別のメイドさんの姿があった。金色の狐耳にもこもこの尻尾を腰に巻いた金色の狐メイドさんだ。背丈は高く180cmはあるだろうか。一番目を引くのは雪の様に白い素肌と胸にたわわに実った二つの大きなメロンだった。見てはいけないと思いつつ、オレは強引に視線を下にずらず。そうしなければ彼女のメロンから目が離せなくなると思った。
狐耳メイドさんはキリリと引き締まった真剣な表情でオレを見つめて来る。
「初めまして、澄川シュウト様。私はメイド長のタマモと申します」
「こちらこそ初めまして。オレの名前は……」
「澄川シュウト様でいらっしゃいますね? 先程、VIP会員証の照会を完了し、シュウト様ご本人である確認がとれました。私共はシュウト様を歓迎いたします。ようこそお越しくださいました」
そう言ってタマモさんはオレに深々と頭を垂れた。それに続いて慌てた様子でうさ耳メイドさんも頭を垂れた。
「それで、オレはここで何をすれば……?」
すると、タマモさんは店の奥に来るように促してくる。
「我が主より全て承っております。まずはこちらへどうぞ」
オレは促されるがまま店の奥に入っていった。
店の奥にある扉の先はエレベーターになっていた。
先にオレが奥に乗り込むと、続いてタマモさんとうさ耳メイドさんも乗り込んでくる。
そして、タマモさんは懐から黒いカードをを取り出すと、それをタッチパネルにかざした。
エレベーターは機械音を発すると、ゆっくりと下の階に降りて行った。
しばらく降りるとやがてすぐに止まり、エレベーターの扉がゆっくりと開く。
二人が先に降りると、その後に続いてオレが最後に降りる。
その先は通路になっていて、しばらく歩くとやがて扉が見えた。
「シュウト様、どうぞこちらへ」
タマモさんに促され、オレは部屋の中に入った。
部屋に入るなり、煌びやかな光景が目に入って来た。大理石の床。壁には絵画がかけられ、天井にはクリスタルシャンデリアが吊り下がっている。見ると部屋は一階だけではなく二階部分もあり、とてもメイドカフェにある空間とは思えなかった。
一泊百万円はくだらない高級ホテルのようだ、とオレは素直な感想を洩らした。
「あの、ここは?」
「本日よりシュウト様にご滞在いただくためにご用意したお部屋になります。どうぞご自由におくつろぎください」
そう言ってタマモさんはかいがいしく頭を垂れた。それに続いてうさ耳メイドさんも頭を垂れた。
「この部屋を⁉ 冗談でしょう? オレ、こんな部屋で一泊する金も資格もありません」
「お金は御心配にはおよびません。資格もおありです。このVIP会員証は我が主様がお認めになった方にしか贈られない特別なものです」
「いえ、そういうことではなくて。いや、確かにそれも重要か」
オレは自分の体臭のこととか、見た目が豚ゴブリンと呼ばれるくらい醜いことに引け目を感じていた。こんなオレが身分不相応な部屋にいていいわけがないと思った。
「その、オレ、すごく臭くて。見た目も醜いから皆さんにご迷惑がかかるんじゃないかと」
オレが申し訳なさそうにそう呟くと、一瞬だけタマモさんは目をしかめながら首を傾げた。
「それの何が問題なのですか?」
タマモさんにそう訊ねられ、オレは思わずうさ耳メイドさんに視線を向けてしまった。
オレに見られたうさ耳メイドさんは頭につけていたうさ耳の作り物をビンと伸ばし、たちまち顔を蒼白させた。
すると、タマモさんは何かを思い出したかのように目をしかめると、ギラっと隣にいたうさ耳メイドさんに鋭い眼光を発した。
「メリル。貴女、まさかシュウト様に何か粗相をしたのではないでしょうね?」
「あ、あの、その……粗相と言うか何と申しますか……」
「まさかとは思いますが、シュウト様の体臭に関することや見た目に関することで無礼を働いたりはしていないでしょうね?」
うさ耳メイド、メリルはブルブルと身体を震わせながらダラダラと額から汗を垂れ流した。
「万が一にもそのようなことがあれば、明日の賄はウサギ鍋になりますよ? さあ、メリル、正直に答えなさい」
タマモさんはメリルを睨みつけながら眼前まで迫った。
メリルは今にも泣きそうになっていて、このままでは失神しそうな勢いだった。
「いえ、メリルさんはそんなこと言っていません。ただ、オレが家とか学校でそれが原因で虐められていたもので」
オレは咄嗟にメリルを庇う様にタマモさんに言った。そんなことで折檻を受けては彼女が可哀そうだと思った。体臭が酷いのは事実だし見た目が豚ゴブリンと呼ばれるくらいには醜く目障りなのも事実だ。罵られるたびに言葉はナイフになってオレの胸を貫くが、そのことで彼女だけが咎めを受けるのも理不尽のように思えた。恩を売るつもりは無いが、誰かがオレのせいで罰を受けるのを見るのは心が痛んだ。
タマモさんはしばらくオレを見つめた後、ふうっと嘆息してから姿勢を正した。
「左様ですか。シュウト様がそうおっしゃるなら」
すると、その時、タマモさんはメリルの耳元で何かを囁く。
オレはその時タマモさんが「次は無いですからね」と囁くのを確かに聞いた。
「は、はい! もちろんです!」
メリルは酷く怯えた表情をしながら直立不動の姿勢で何故か敬礼のポーズを取って見せる。
「シュウト様、我が主様よりの言伝です。本日はゆっくりと休み、仕事の話は明日にしよう、とのことです」
「分かりました。正直な話、今日は色々とあり過ぎてもう限界でした」
これで休める、と思った瞬間、先程振り払った睡魔が再び襲い掛かって来た。
「お部屋には備え付けの温泉やサウナもございますし、冷蔵庫には軽食やお飲み物もご用意いたしております。タンスの中にお着替えもご用意いたしておりますのでご自由にご利用くださいませ」
室内に備え付けの温泉やサウナがあるとかって、どんだけ至れり尽くせりなんだろうか。特に温泉の部分に心が躍った。
「ええ、分かりました。ならお言葉に甘えてお風呂、使わせていただきます」
「他にも何かございましたら内線でお申し付けください。24時間ご対応させていただきますので」
そう言うと、タマモさんとメリルは一礼した後、部屋から出て行った。
1人残されたオレはホッと一息つくと、近くにあったソファーに倒れこんだ。
「お風呂に入って、それから何か食べさせてもらおう。それにしても、人間の扱いをされたのって随分久しぶりだな……」
少し休んでから温泉に入らせてもらおう。しかし、柔らかいソファーに寝そべった瞬間、抗いようのない睡魔が襲い掛かり、オレは一瞬で意識を失ってしまった。それは睡眠というよりは気絶に近かったかもしれない。
まるで魂そのものが深淵に落ちて行くような感覚を受けた。
このまま死んでもいい。それほどの安らぎと心地よさが全身を覆い包んでいた。
「やあ、シュウト君。よくぞ我が館まで辿り着いたね。まずはおめでとうと言っておこうか」
闇の世界に浸っていると、エレウスの声が響いてきた。
オレは目も開けずエレウスの声に耳を傾けた。
「今、ボクは君の魂に直接語りかけている。君も何か話したいことがあれば心に念じるといい。まあ、疲れすぎてそれもままならないと思うから、今はボクが一方的に話をさせてもらうよ。まずは一つ報告がある。危機一髪だったよ」
何のことだろうか? とオレが思うとエレウスは話を続けた。
「君があの物置小屋から脱出した直後、君の義兄とその子分達が現れた。多量の眠剤を所持しているのを確認したし、もう少し遅かったら今頃君の魂魄は天国〈エリュシオン〉に逝っていたことだろう。いやあ、危なかった」
エレウスは少し楽し気にそう言った。
「今宵は契約のことは忘れてゆっくりと休んでくれたまえ。仕事の話は明日、改めてさせてもらうとしよう。それと、テストプレイ用のアバターはこちらで勝手に作らせてもらったから、明日からはそれでゲームをプレイしてくれたまえ」
すると、オレは柔らかい感触が全身を覆いつくすような感覚を受けた。まるで誰かに抱き締められているような安らぎを覚えた。
「最後に一つだけ聞かせて欲しい。シュウト君は世界を救う勇者と世界を滅ぼす魔王とではどちらになりたいかな?」
実に興味深い質問だと思ったが、今のオレにはそれを答える余力は残されていなかった。
クスリ、と微笑む声が聞こえた。
「答えは何時でもいいから、今はお休み、我が友よ」
エレウスの声が聞こえるのと同時に、オレの唇に何か柔らかなものが触れたのを感じた。
それが何であるのかを確認することもなく、オレの意識は完全なる闇に包まれた。
「本当にここで間違いない、よな?」
オレは何度も黒い会員証と看板を交互に見比べた。何度確認しても間違いはなさそうだった。
あのエレウスは何故、ここに来るようになんて指定したんだろうか?
風俗店ではなさそうだが、こんな深夜に高校生が入るには相当の勇気が必要だった。
周囲の視線が背中にチクチク刺してくるような錯覚を感じ、オレは半ばやけくそ気味に店のドアに手をかけた。
「このまま警察に補導されるよりはましか」
オレは勇気を振り絞ってドアを開け店内に入った。
「お帰りなさいませにゃん、ご主人様!」
と、背中がむず痒くなるような若い女性の声が響いてきた。
見ると、胸元が開けたメイド服を着たピンク色のうさ耳メイドが笑顔でオレに話しかけてきた。
うさ耳メイドさんを前にオレは頬に熱を帯びるのを感じた。
「あの、オレ……」
と、オレがうさ耳メイドさんに話しかけた時だった。
突然、うさ耳メイドさんの笑顔が歪み、両手で鼻と口を覆って「うげええ!」と吐き洩らしたのだ。
「なになに⁉ こぼれた牛乳を拭いた雑巾を豚小屋で一週間は放置したようなこの悪臭、ありえないんですけれども⁉」
うさ耳メイドさんはそれまで浮かべていた笑顔を険相に変えてオレを睨みつけて来た。
「ご主人様とはいえ、流石にこの臭さはありえないっしょ……⁉ うわ、マジキツ」
侮蔑のこもった冷たい視線がオレの肌に突き刺さる。確かにオレは家では風呂も満足に入れず、庭にある水撒き用の水道で水浴びをする程度のもの。しかも唯一の寝床には絶えず生ごみが放置されていて、その匂いは服にも体にも沁みついているに違いなかった。その服も満足に洗濯することも出来ず、相当な悪臭を放っていることは分かっていた。
逃げるのに必死でそのことを失念していた。食べ物を買いに行くときは水浴びをして可能な限り匂いをマシにしてからコンビニに行くようにしていた。それでもオレは悪臭を放っているらしく、どの店に行ってもオレに近寄る者はいない。誰もが顔をしかめ鼻を押さえながら逃げるように離れていく。そんな時は頭の中を空っぽにしてさっさと会計を済まして店から出るようにしていた。
だから、このメイドさんの反応は当然なのだ。だからオレは彼女を非難しようとは微塵も思わなかった。
「あの、すみません。オレ、家庭の事情で風呂にも満足に入れなくって……」
「そんなのどうでもいいですから、さっさとお店から出て行ってもらえます? 当店は人間のご主人様のみを相手にしておりまして、豚ゴブリンの御入店はお断りさせていただいてますので!」
うさ耳メイドさんはそう嘲ると、まるで野良犬でも追い払うかのようにシッシッシッと手を払った。
やっぱりオレは何処に行ってもそう呼ばれる運命にあるのか。流石に初対面の可愛い女の子にそう罵られるのは心にくるものがあった。
まずいぞ。この際、うさ耳メイドさんの暴言はどうでもいい。このまま店を追い出されるわけにはいかなかった。
「違うんです! オレ、ここに来るように言われてきたんです」
「はあ? あんた、何言ってるの? 何処の誰がお前みたいな豚ゴブリンを当店にご招待するってんですかね? あんまりふざけたこと言ってっと、怖いお兄さんを呼んじゃうんだから」
うさ耳メイドさんはクスクスと嘲笑混じりの笑みを浮かべた。
「これがその証拠です。これを持ってこの店に来るように言われたんです」
オレは慌てて黒い会員証を取り出し、それをうさ耳メイドさんに手渡した。
うさ耳メイドさんは眉根を寄せながらオレの手渡したカードを、まるで汚物でも取り扱うかのように指で摘まんで訝し気に眺めた。
「黒色の会員証? これってまさか……⁉」
黒い会員証を見た瞬間、うさ耳メイドさんの顔が一瞬で蒼白する。
「あの、もしかしてこのVIPカードをあんたに……いえ、ご主人様に渡したのって……?」
うさ耳メイドさんは顔を蒼白させながら滝の様な汗を額から垂れ流した。
「信じてもらえないかもしれないけれども、女神エレウスを自称する女の子から貰ったんだ」
その瞬間、うさ耳メイドさんの顔がムンクの叫びのように引きつった。全身をガクガクと激しく震わせガックリと膝から崩れ落ちた。
「た、大変失礼いたしましたああああああああ! まさか女神様のお客様とは露知らず、とんだご無礼をいたしましたああああああ!」
うさ耳メイドさんはそのまま額を床に打ち付けるように土下座のポーズを取って見せた。そして何度も何度も床に額を打ち付けた。ゴンゴンゴンと鈍い音が響き渡った。
あまりの剣幕にオレは正直ドン引きして数歩後ろに後ずさった。
「もしかして話は通っているのかな?」
「はい! これは超が百個くらいはつく超VIPな会員証になっておりますですううううう!」
うさ耳メイドさんは勢いよく顔を上げてオレにそう説明した。その額からダラダラと血が噴き出すように流れ落ちていた。先程豪快に額を打ち付けて土下座した時に出来た傷だろう。
「ちょ、メイドさん⁉ 血が、額から血が噴き出てますよ⁉」
「お構いなく! ただいまメイド長をお呼び致しますので、どうぞ空いているソファーにお掛けになってお待ちください!」
それだけをまくしたてるように告げると、うさ耳メイドさんは店の奥に走り去っていった。
オレは何が何だか分からず、疲れた身体を休めるためにソファーに腰を下ろした。
「あ、オレの匂いがうつったら弁償させられないだろうか?」
そんなことを心配しながらも、オレは背もたれに身体を預ける。ソファーの柔らかい感触が心地よく思わず睡魔に襲われてしまった。頭を振って眠気を必死に追い払った。
「そういえばここ一年、まともな布団で眠っていなかったっけか」
いつも寝るのに使用しているのは穴の開いた寝袋だ。寝床はコンクリートだったのでいつも背中が痛かった。あんな物置小屋でも寒さをしのげるだけでも最近は幸せに感じていた。このソファーだったら、オレは何時間でも眠れると確信した。
そんなことを考えていると、店の奥から二つの足音が聞こえて来た。
顔を向けると、そこには先程のうさ耳メイドさんともう一人別のメイドさんの姿があった。金色の狐耳にもこもこの尻尾を腰に巻いた金色の狐メイドさんだ。背丈は高く180cmはあるだろうか。一番目を引くのは雪の様に白い素肌と胸にたわわに実った二つの大きなメロンだった。見てはいけないと思いつつ、オレは強引に視線を下にずらず。そうしなければ彼女のメロンから目が離せなくなると思った。
狐耳メイドさんはキリリと引き締まった真剣な表情でオレを見つめて来る。
「初めまして、澄川シュウト様。私はメイド長のタマモと申します」
「こちらこそ初めまして。オレの名前は……」
「澄川シュウト様でいらっしゃいますね? 先程、VIP会員証の照会を完了し、シュウト様ご本人である確認がとれました。私共はシュウト様を歓迎いたします。ようこそお越しくださいました」
そう言ってタマモさんはオレに深々と頭を垂れた。それに続いて慌てた様子でうさ耳メイドさんも頭を垂れた。
「それで、オレはここで何をすれば……?」
すると、タマモさんは店の奥に来るように促してくる。
「我が主より全て承っております。まずはこちらへどうぞ」
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先にオレが奥に乗り込むと、続いてタマモさんとうさ耳メイドさんも乗り込んでくる。
そして、タマモさんは懐から黒いカードをを取り出すと、それをタッチパネルにかざした。
エレベーターは機械音を発すると、ゆっくりと下の階に降りて行った。
しばらく降りるとやがてすぐに止まり、エレベーターの扉がゆっくりと開く。
二人が先に降りると、その後に続いてオレが最後に降りる。
その先は通路になっていて、しばらく歩くとやがて扉が見えた。
「シュウト様、どうぞこちらへ」
タマモさんに促され、オレは部屋の中に入った。
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一泊百万円はくだらない高級ホテルのようだ、とオレは素直な感想を洩らした。
「あの、ここは?」
「本日よりシュウト様にご滞在いただくためにご用意したお部屋になります。どうぞご自由におくつろぎください」
そう言ってタマモさんはかいがいしく頭を垂れた。それに続いてうさ耳メイドさんも頭を垂れた。
「この部屋を⁉ 冗談でしょう? オレ、こんな部屋で一泊する金も資格もありません」
「お金は御心配にはおよびません。資格もおありです。このVIP会員証は我が主様がお認めになった方にしか贈られない特別なものです」
「いえ、そういうことではなくて。いや、確かにそれも重要か」
オレは自分の体臭のこととか、見た目が豚ゴブリンと呼ばれるくらい醜いことに引け目を感じていた。こんなオレが身分不相応な部屋にいていいわけがないと思った。
「その、オレ、すごく臭くて。見た目も醜いから皆さんにご迷惑がかかるんじゃないかと」
オレが申し訳なさそうにそう呟くと、一瞬だけタマモさんは目をしかめながら首を傾げた。
「それの何が問題なのですか?」
タマモさんにそう訊ねられ、オレは思わずうさ耳メイドさんに視線を向けてしまった。
オレに見られたうさ耳メイドさんは頭につけていたうさ耳の作り物をビンと伸ばし、たちまち顔を蒼白させた。
すると、タマモさんは何かを思い出したかのように目をしかめると、ギラっと隣にいたうさ耳メイドさんに鋭い眼光を発した。
「メリル。貴女、まさかシュウト様に何か粗相をしたのではないでしょうね?」
「あ、あの、その……粗相と言うか何と申しますか……」
「まさかとは思いますが、シュウト様の体臭に関することや見た目に関することで無礼を働いたりはしていないでしょうね?」
うさ耳メイド、メリルはブルブルと身体を震わせながらダラダラと額から汗を垂れ流した。
「万が一にもそのようなことがあれば、明日の賄はウサギ鍋になりますよ? さあ、メリル、正直に答えなさい」
タマモさんはメリルを睨みつけながら眼前まで迫った。
メリルは今にも泣きそうになっていて、このままでは失神しそうな勢いだった。
「いえ、メリルさんはそんなこと言っていません。ただ、オレが家とか学校でそれが原因で虐められていたもので」
オレは咄嗟にメリルを庇う様にタマモさんに言った。そんなことで折檻を受けては彼女が可哀そうだと思った。体臭が酷いのは事実だし見た目が豚ゴブリンと呼ばれるくらいには醜く目障りなのも事実だ。罵られるたびに言葉はナイフになってオレの胸を貫くが、そのことで彼女だけが咎めを受けるのも理不尽のように思えた。恩を売るつもりは無いが、誰かがオレのせいで罰を受けるのを見るのは心が痛んだ。
タマモさんはしばらくオレを見つめた後、ふうっと嘆息してから姿勢を正した。
「左様ですか。シュウト様がそうおっしゃるなら」
すると、その時、タマモさんはメリルの耳元で何かを囁く。
オレはその時タマモさんが「次は無いですからね」と囁くのを確かに聞いた。
「は、はい! もちろんです!」
メリルは酷く怯えた表情をしながら直立不動の姿勢で何故か敬礼のポーズを取って見せる。
「シュウト様、我が主様よりの言伝です。本日はゆっくりと休み、仕事の話は明日にしよう、とのことです」
「分かりました。正直な話、今日は色々とあり過ぎてもう限界でした」
これで休める、と思った瞬間、先程振り払った睡魔が再び襲い掛かって来た。
「お部屋には備え付けの温泉やサウナもございますし、冷蔵庫には軽食やお飲み物もご用意いたしております。タンスの中にお着替えもご用意いたしておりますのでご自由にご利用くださいませ」
室内に備え付けの温泉やサウナがあるとかって、どんだけ至れり尽くせりなんだろうか。特に温泉の部分に心が躍った。
「ええ、分かりました。ならお言葉に甘えてお風呂、使わせていただきます」
「他にも何かございましたら内線でお申し付けください。24時間ご対応させていただきますので」
そう言うと、タマモさんとメリルは一礼した後、部屋から出て行った。
1人残されたオレはホッと一息つくと、近くにあったソファーに倒れこんだ。
「お風呂に入って、それから何か食べさせてもらおう。それにしても、人間の扱いをされたのって随分久しぶりだな……」
少し休んでから温泉に入らせてもらおう。しかし、柔らかいソファーに寝そべった瞬間、抗いようのない睡魔が襲い掛かり、オレは一瞬で意識を失ってしまった。それは睡眠というよりは気絶に近かったかもしれない。
まるで魂そのものが深淵に落ちて行くような感覚を受けた。
このまま死んでもいい。それほどの安らぎと心地よさが全身を覆い包んでいた。
「やあ、シュウト君。よくぞ我が館まで辿り着いたね。まずはおめでとうと言っておこうか」
闇の世界に浸っていると、エレウスの声が響いてきた。
オレは目も開けずエレウスの声に耳を傾けた。
「今、ボクは君の魂に直接語りかけている。君も何か話したいことがあれば心に念じるといい。まあ、疲れすぎてそれもままならないと思うから、今はボクが一方的に話をさせてもらうよ。まずは一つ報告がある。危機一髪だったよ」
何のことだろうか? とオレが思うとエレウスは話を続けた。
「君があの物置小屋から脱出した直後、君の義兄とその子分達が現れた。多量の眠剤を所持しているのを確認したし、もう少し遅かったら今頃君の魂魄は天国〈エリュシオン〉に逝っていたことだろう。いやあ、危なかった」
エレウスは少し楽し気にそう言った。
「今宵は契約のことは忘れてゆっくりと休んでくれたまえ。仕事の話は明日、改めてさせてもらうとしよう。それと、テストプレイ用のアバターはこちらで勝手に作らせてもらったから、明日からはそれでゲームをプレイしてくれたまえ」
すると、オレは柔らかい感触が全身を覆いつくすような感覚を受けた。まるで誰かに抱き締められているような安らぎを覚えた。
「最後に一つだけ聞かせて欲しい。シュウト君は世界を救う勇者と世界を滅ぼす魔王とではどちらになりたいかな?」
実に興味深い質問だと思ったが、今のオレにはそれを答える余力は残されていなかった。
クスリ、と微笑む声が聞こえた。
「答えは何時でもいいから、今はお休み、我が友よ」
エレウスの声が聞こえるのと同時に、オレの唇に何か柔らかなものが触れたのを感じた。
それが何であるのかを確認することもなく、オレの意識は完全なる闇に包まれた。
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