引きこもりの受難

小桃沢ももみ

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36 恋愛相談ですか?

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 飲み物を持って行くと、平介にしっしっと手で追い払われてしまったので、洋介は仕方なくダイニングテーブルの、ソファから一番離れた椅子に陣取り時間を潰した。人が三人居るのに、だだっ広い部屋で、一人だけ仲間外れに座るのは酷く間抜けだった。
 二人は30分ほど話していただろうか、なるべく聞かないようにするには目を瞑って眠ったふりをするしかなく、そのまま少しうとうとしてしまったようだ。平介に「トイレに行く。道路が混む前に帰る」と急かされても直ぐには状況に対処出来ず、星が「すみません、お待たせして」と飲んだカップを回収に来てやっと我に返った。星はここに来る迄の元気はなくしょんぼりしていて、車中で感じた二人の間の気やすさみたいなのもすっかり消え失せてしまっていた。
 話の内容は予想が付くが、星に平介が何を言ったのか全く想像が付かなった。あの外人と星は多分ただの友達では無かった。これ迄考えた事もなかったけれど、星も28だから、誰かと付き合った事もあっただろう。あの外人は何度も星にボディタッチを繰り返していた。アメリカの人だからスキンシップが激しいのかもしれないが、きっとそれだけでは無いだろう。身体の関係もあったのかもしれない。それを考えると、洋介は何かゾワっと、嫌なものが足元から立ち上って来る気がして胃の辺りが重くなる。
 行介はどうだか知らないが、洋介は一度も家で恋愛関係の話をした事がない。だからそういう時、平介が何を言うかが分からない。親のセックスなんて見たくも無い、想像も出来ないと子供が考えるのと同じくらい、洋介は平介が恋愛相談にのっている姿を見たくも無いし想像も出来なかった。
 急に星が、知らない人みたいに見えた。若いイケメンで何故か洋介に好意がある、元気で好感の持てる存在。平介と富士子に気に入られて、行介夫婦とも仲良くしている。害のないお気に入りの人形みたいに感じてたのが、血の通った赤の他人だと気が付いたみたいな。

 下迄送るという星を断って、エレベーターの前で別れた。

 「今日はありがとう、新一くん。またアメリカに戻るのに、気を付けて。帰ってきたら連絡ください。お母さんも待ってるから」
 「……はい」

 平介が拳を突き出すが星は反応が鈍い。

 「ほら」
 「あ、……はい」

 星が恐る恐る平介の拳に自分のを合わせると、「じゃあ、帰るぞ」と平介に背中をどつかれ、洋介は慌てて別れを言った。

 「あ、お袋のお見舞い、ありがとうございました。飛行機、気を付けて。アメリカ行ってらっしゃい。えっと、じゃあ、ま……、いや、お邪魔しました!」

 一瞬平介につられて『また』と言ってしまいそうな自分がいて慌てた。来たエレベーターに平介がそそくさと乗り込んでしまうので、洋介も慌てて追いかける。言い直したが不自然じゃなかったろうか。最後に見た星の顔、閉まる扉の向こうで手を振る姿がやけに心細げで小さく見えた。
 

 翌る日、病院迄は車で一時間。東京の星の家に行くのと同じくらい掛かる。平介は朝4時から起き出して、朝食の準備をしたり風呂に入ったり洗濯したりと活発に動き回っていたが、疲れたのか車に乗るなり直ぐにいびきをかきだした。
 今日の富士子は疲れた顔で髪もボサボサのまま。昨日星に貰ったオレンジ色のストールを肩にかけるくらいの気力はあったようだが、「胸が痛い」と頻りに空を掻きむしる。手術で縫った所が引き攣って痛いのだそうだ。「ちょっと見てよ」と徐に病院着の前合わせを開く。慌てたが「一人部屋だから誰も来ないわよ」と鼻で笑われる。
 母親の裸の胸なんてこの歳になってあんまり直に見たいものでもなかったのだが、富士子はガーゼをめくって「どう?」と躊躇いがない。近づいて見ると、体の真ん中、鎖骨の下くらいから胸の下迄縫い目がある。心臓は左にあるけど、銃で撃つ時は真ん中を撃った方が当たる、と本で読んだが本当なんだな、手術する時もやっぱり真ん中を切るのか、と洋介は場違いな事を思い出した。
 ひと針ひと針が結構大きくて、まだ黒ずんいるのが痛々しい。手術したてで触れないだけに一層気になるのだと訴えてくる。

 「看護師さんに聞いたら下の売店にサポーターが売ってるんだって。洋ちゃん、お金渡すからちょっと買って来てよ」
 「え? どこに使うの?」
 「ここに、胸に巻くのよ」
 「へえ」

 なんか逆じゃないのか? 手術したなら変に押さえ付けたりしないでそのままにしておいた方が良いのでは?瘡蓋とか絆創膏を貼った傷とか固まるまで触らないようにするみたいに、と洋介は首を傾げた。

 「皮膚が引っ張られるから縫い目が痛いらしくて、サポーターで抑えれば縫い目が縮む?から楽になるみたい」
 
 平介がくつくつと嗤う。

 「お母さんは太ってるから肉で皮が引っ張られるんだ」
 「ふうん。分かった。でもそれ、病院でくれないんだ。自分で買うの?」
 「うん。全員がいる物じゃないから自分で買うみたい」
 「ほらやっぱり。お母さんだけだ」
 「サイズが、3L? 普段の服のサイズと同じでいいと思うんだけど、合わなかったら交換してくれるみたい」
 
 平介の皮肉でやっと洋介はサポーターを必要とする理由が分かった。富士子はいつもなら「そんなに太ってないわよ」と言い返す所だが今日はそんな元気もないらしい。

 「あと、足もむくむんで、靴下も買って来てくれる?」
 「足のむくみ用の靴下?」
 「うん、そう」
 「そんなのも売ってるんだ」

 テレビで女性がCMしているお休み用とかのやつだろうか?富士子に合うサイズなんてあるんだろうか?確か昔、「欲しいんだけど若い人用のやつだとふくらはぎが入らないのよね」とこぼしていた気が。それにここで買うよりドラッグストアーの方が安いのでは?と疑問に思っていると、

 「医療用のやつだから。お父さんも使ってるけど、白いので。分からなかったら売店の人に聞けば良いから」

 と付け加えられて納得した。それなら多分、富士子にも入るのが売ってるんだろう。

 「うん、じゃあ行って来るよ」

 洋介が富士子に渡された金を手に病室から出ようとすると、平介がいそいそと椅子をベッドに近づけるのが見えた。売店は入り口からの通り道にある、来る前にメールしてくれれば道中に買って来れた。その方が効率がいいのに、わざわざ病室迄来てから自分を買いに行かせるのは、二人きりになって昨日の星の事を話したいんだろうなと予想が付いた。
 
 
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