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33 タワマンですか?
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平介が富士子が昼食を食べる時までいたい、と言うので付き合った。
「もう全然普通のご飯を食べていいんだって」
と富士子は言うけど、一応手術の次の日なので、ご飯はお粥だ。白く見えるので焼いたのか煮付けか分からないが恐らく鰤、の魚の切り身に、豆腐の味噌汁、りんごのシロップ煮。なんだか全体的に白っぽい色合いの中で、野菜ジュースの紙パックだけが色鮮やかだ。
「多分あたし痩せると思うわ」
「痩せた方がいい」
平介がうんうんと頷く。
味が薄いとか、豆腐がちょっとで汁ばっかりとか、文句言いながら富士子が食べる様子を三人で見守って、食べ終わった食器を片付けてやってから病室を辞した。
これから、星を家まで送ってちょっとお家に上がらせてもらうと平介が自慢すると、富士子は羨ましがって、いつか訪問すると約束を取り付けていた。
星の家までは木更津からアクアラインにのった。昼食は平介の希望で海ほたるに立ち寄る。平介はとんかつを頼み、「母さんを羨ましがらせてやる」と写真を撮ってメール送っていた。
腹一杯になって眠くなったのだろう。車が海ほたるを出ると直ぐに後部座席から平介のいびきが聞こえ始めた。眠気防止に富士子が車に常備しているガムのボトルを取ろうとコンソールに手を伸ばしたら星が「やります」と代わりに取ってくれた。
「何個ですか?」
「悪い。二、三個お願いします」
左掌を差し出すと、星がボトルの口を開けて一旦自身の掌に出そうとしているのが見えたので「そのままここに開けていいから」と頼む。
「そうしたら沢山出てしまうかもしれませんけどいいですか?」
「大丈夫。多い方が嬉しいから」
星がガムのボトルを軽く振るとちょうど三個出てきたので、「ありがと」と言いながら口に放り込む。
「星さんも食べたかったらどうぞ」
「ありがとうございます」
星はコロンと一個だけ出して口に入れる。
「うわ」
「?」
星は顰めっ面だ。
「これ、辛い、って言うか、ガツンときますね」
「ああそうなんだよね。苦手? 眠気防止用のやつだから」
星はボトルのパッケージを確認して「本当だ。こういうのあるんですね」と感心している。
「あれ? 知らない? 割と昔からあると思うけど」
「そう言えば、コンビニで見た事あります。でも食べたのは初めてです」
「あ、そうなんだ。運転する時、ガムとか食べないの?」
「食べないです」
「そうなんだ。じゃあ、飴とか? その、一人で運転してる時、口寂しくなったりしない?」
「うーん、そういう時はグミか、コーヒーです」
「グミ」
ちょっとカルチャーショックだ。まさかグミという単語が出てくるとは思わなかった。
「グミってコーラアップとか?」
子供の頃以来グミなんて食べた事がない。グミと言われて思い出したのは、子供の時好きだったコーラアップだ。ただ、あれは一個ずつプラスチックの型に入っていて、食べる時は両手で持って口で外しながら食べた筈だ。
「コーラアップ、美味しいですよね。たまに買います」
「うん。けど、運転しながら食べられないよね?」
大人だから、片手でいけるのか? でもちょっと大変じゃないか?
「? 食べられますよ」
「え、でも危なくない?」
「普通に袋から出して口に入れるので大丈夫です」
「えっ? プラスチックの型に入ってない? 柔らかいし、裏にオブラートが付いてて」
「??? ちょっと待ってください。調べてみます」
星がスマホを弄り出したので、洋介は気が付いた。多分、今のコーラアップは昔とは違うのだと。
「うわー、俺がグミ買わなかった間に時代の変化が……」
「このタイプも美味しそうです。でも洋介さん、グミお好きじゃないですか?」
「嫌いじゃないけど、買わないね」
「今、流行っているんですよ」
「えっ、そうなの? アメリカで?」
「アメリカでも、日本でも。じゃあお土産にグミを買うのはやめておきますね」
「いや、俺の好みは気にしなくていいから、お袋と親父は多分何でも喜ぶよ、流行り物ならなおよし」
「んー、でもどうせなら皆さんが好きな物にしたいです」
「そう?」
そろそろ味がしなくなってきたので、ティッシュペーパーを取ろうと左手をコンソール付近で彷徨わせると星が「どうしました?」と聞いてきた。
「いや、ガム捨てたかったんでティッシュ」
「どうぞ」
星が渡してくれたティッシュに吐き出すと、星がゴミ袋を軽く広げて差し出したのでそこに入れる。
「ありがとう」
「いいえ。何かあれば言って下さい」
しばらく運転を続けると洋介はまた口寂しくなった。コンソールのガムのボトルに手を伸ばすとまた星が「やります」と手を伸ばしたので、お互いの手が触れた。
「あ、すみません」
星が気まずそうにさっと手を引っ込める。
「いや、気にしないで。俺、ガムの味しなくなったらすぐに捨てたい人だからすぐに捨てちゃうけど、またすぐ食べたくなるんだよね。反対にお袋はずっと口に入れておける人でさ、車降りるまでずっと同じガム噛んでるからね。ほんと、寝てていいからね。親父も寝てるし」
すると存在感を示すかの様に一際大きく平介がいびきをかいた。
「ぶ」
「ふふふ」
思わず二人とも吹き出してしまう。
「大丈夫です。朝、病院に行く時にねちゃったので、今は眠くないです」
「そう? ならいいけど」
「はい。洋介さんにお付き合いします。あ、でもちょっとメールさせて下さい」
「おう、気にせずやって」
「すぐ終わります。何度も連絡があったのでとりあえず返事だけ」
「仕事? 何度もって大丈夫なの?」
「いいえ、友達です。一回返信したんですけど、その後病院に行くので電源切っていたので」
「そう? ならいいけど」
何度も、という表現がちょっと引っ掛かったが、そんなに仲のいい友達が居たんだなくらいにしかその時は思わなかった。
「うわー、でかいビルばっかだなぁ」
「駅前は会社が多いです。結構大企業が入っていたりします。多分品川駅に近いからじゃないかと」
「ああ、新幹線停まるんだっけ?」
「はい。あと京成電鉄に乗り換えて羽田空港に行くにも便利ですし、成田エクスプレスも停まりますから」
「そうか、そう考えたら出張に便利だもんな」
「そうですね。父もそれを考えて此処にマンションを買ったようです」
東京に住んでいたと言っても、洋介が住んでいたのは武蔵境で職場も神保町だ。ほぼ反対側で、この辺は殆ど来た事がない。
「品川駅は乗り換えとかで降りた事あるけど、大崎は初めてだなぁ」
すっかりお上りさん気分で見上げてしまう。
「あ、そこです」
ナビに住所も入れていたが高速を下りると星が代わりにアナウンスしてくれるので切った。本当に駅のすぐ近く、歩いて5分くらいの位置にタワーマンション群があって、その一角を星が指差す。こんな一等地に立つタワマン、幾らするんだろう。相当高いに違いない。中で少しお茶してから帰る予定だが、やっぱり星はおぼっちゃまだ。
いつのまにか起きていた平介は都会の空気に呑まれたのか大人しい。怖気付いて「寄らずに帰る」と言い出すのではないか、そうしたら星に悪いなぁ、と洋介は案じた。
「もう全然普通のご飯を食べていいんだって」
と富士子は言うけど、一応手術の次の日なので、ご飯はお粥だ。白く見えるので焼いたのか煮付けか分からないが恐らく鰤、の魚の切り身に、豆腐の味噌汁、りんごのシロップ煮。なんだか全体的に白っぽい色合いの中で、野菜ジュースの紙パックだけが色鮮やかだ。
「多分あたし痩せると思うわ」
「痩せた方がいい」
平介がうんうんと頷く。
味が薄いとか、豆腐がちょっとで汁ばっかりとか、文句言いながら富士子が食べる様子を三人で見守って、食べ終わった食器を片付けてやってから病室を辞した。
これから、星を家まで送ってちょっとお家に上がらせてもらうと平介が自慢すると、富士子は羨ましがって、いつか訪問すると約束を取り付けていた。
星の家までは木更津からアクアラインにのった。昼食は平介の希望で海ほたるに立ち寄る。平介はとんかつを頼み、「母さんを羨ましがらせてやる」と写真を撮ってメール送っていた。
腹一杯になって眠くなったのだろう。車が海ほたるを出ると直ぐに後部座席から平介のいびきが聞こえ始めた。眠気防止に富士子が車に常備しているガムのボトルを取ろうとコンソールに手を伸ばしたら星が「やります」と代わりに取ってくれた。
「何個ですか?」
「悪い。二、三個お願いします」
左掌を差し出すと、星がボトルの口を開けて一旦自身の掌に出そうとしているのが見えたので「そのままここに開けていいから」と頼む。
「そうしたら沢山出てしまうかもしれませんけどいいですか?」
「大丈夫。多い方が嬉しいから」
星がガムのボトルを軽く振るとちょうど三個出てきたので、「ありがと」と言いながら口に放り込む。
「星さんも食べたかったらどうぞ」
「ありがとうございます」
星はコロンと一個だけ出して口に入れる。
「うわ」
「?」
星は顰めっ面だ。
「これ、辛い、って言うか、ガツンときますね」
「ああそうなんだよね。苦手? 眠気防止用のやつだから」
星はボトルのパッケージを確認して「本当だ。こういうのあるんですね」と感心している。
「あれ? 知らない? 割と昔からあると思うけど」
「そう言えば、コンビニで見た事あります。でも食べたのは初めてです」
「あ、そうなんだ。運転する時、ガムとか食べないの?」
「食べないです」
「そうなんだ。じゃあ、飴とか? その、一人で運転してる時、口寂しくなったりしない?」
「うーん、そういう時はグミか、コーヒーです」
「グミ」
ちょっとカルチャーショックだ。まさかグミという単語が出てくるとは思わなかった。
「グミってコーラアップとか?」
子供の頃以来グミなんて食べた事がない。グミと言われて思い出したのは、子供の時好きだったコーラアップだ。ただ、あれは一個ずつプラスチックの型に入っていて、食べる時は両手で持って口で外しながら食べた筈だ。
「コーラアップ、美味しいですよね。たまに買います」
「うん。けど、運転しながら食べられないよね?」
大人だから、片手でいけるのか? でもちょっと大変じゃないか?
「? 食べられますよ」
「え、でも危なくない?」
「普通に袋から出して口に入れるので大丈夫です」
「えっ? プラスチックの型に入ってない? 柔らかいし、裏にオブラートが付いてて」
「??? ちょっと待ってください。調べてみます」
星がスマホを弄り出したので、洋介は気が付いた。多分、今のコーラアップは昔とは違うのだと。
「うわー、俺がグミ買わなかった間に時代の変化が……」
「このタイプも美味しそうです。でも洋介さん、グミお好きじゃないですか?」
「嫌いじゃないけど、買わないね」
「今、流行っているんですよ」
「えっ、そうなの? アメリカで?」
「アメリカでも、日本でも。じゃあお土産にグミを買うのはやめておきますね」
「いや、俺の好みは気にしなくていいから、お袋と親父は多分何でも喜ぶよ、流行り物ならなおよし」
「んー、でもどうせなら皆さんが好きな物にしたいです」
「そう?」
そろそろ味がしなくなってきたので、ティッシュペーパーを取ろうと左手をコンソール付近で彷徨わせると星が「どうしました?」と聞いてきた。
「いや、ガム捨てたかったんでティッシュ」
「どうぞ」
星が渡してくれたティッシュに吐き出すと、星がゴミ袋を軽く広げて差し出したのでそこに入れる。
「ありがとう」
「いいえ。何かあれば言って下さい」
しばらく運転を続けると洋介はまた口寂しくなった。コンソールのガムのボトルに手を伸ばすとまた星が「やります」と手を伸ばしたので、お互いの手が触れた。
「あ、すみません」
星が気まずそうにさっと手を引っ込める。
「いや、気にしないで。俺、ガムの味しなくなったらすぐに捨てたい人だからすぐに捨てちゃうけど、またすぐ食べたくなるんだよね。反対にお袋はずっと口に入れておける人でさ、車降りるまでずっと同じガム噛んでるからね。ほんと、寝てていいからね。親父も寝てるし」
すると存在感を示すかの様に一際大きく平介がいびきをかいた。
「ぶ」
「ふふふ」
思わず二人とも吹き出してしまう。
「大丈夫です。朝、病院に行く時にねちゃったので、今は眠くないです」
「そう? ならいいけど」
「はい。洋介さんにお付き合いします。あ、でもちょっとメールさせて下さい」
「おう、気にせずやって」
「すぐ終わります。何度も連絡があったのでとりあえず返事だけ」
「仕事? 何度もって大丈夫なの?」
「いいえ、友達です。一回返信したんですけど、その後病院に行くので電源切っていたので」
「そう? ならいいけど」
何度も、という表現がちょっと引っ掛かったが、そんなに仲のいい友達が居たんだなくらいにしかその時は思わなかった。
「うわー、でかいビルばっかだなぁ」
「駅前は会社が多いです。結構大企業が入っていたりします。多分品川駅に近いからじゃないかと」
「ああ、新幹線停まるんだっけ?」
「はい。あと京成電鉄に乗り換えて羽田空港に行くにも便利ですし、成田エクスプレスも停まりますから」
「そうか、そう考えたら出張に便利だもんな」
「そうですね。父もそれを考えて此処にマンションを買ったようです」
東京に住んでいたと言っても、洋介が住んでいたのは武蔵境で職場も神保町だ。ほぼ反対側で、この辺は殆ど来た事がない。
「品川駅は乗り換えとかで降りた事あるけど、大崎は初めてだなぁ」
すっかりお上りさん気分で見上げてしまう。
「あ、そこです」
ナビに住所も入れていたが高速を下りると星が代わりにアナウンスしてくれるので切った。本当に駅のすぐ近く、歩いて5分くらいの位置にタワーマンション群があって、その一角を星が指差す。こんな一等地に立つタワマン、幾らするんだろう。相当高いに違いない。中で少しお茶してから帰る予定だが、やっぱり星はおぼっちゃまだ。
いつのまにか起きていた平介は都会の空気に呑まれたのか大人しい。怖気付いて「寄らずに帰る」と言い出すのではないか、そうしたら星に悪いなぁ、と洋介は案じた。
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