抱かれてみたい

小桃沢ももみ

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一年生の冬休み

恋愛小説同好会

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 同好会の建物に着いた。恋愛小説同好会の会室は二階の端で、ジョンの案内で中に入ると、二人の生徒が話をしていた。恐らく、彼等が会長と副会長だろう。
 角部屋だからだろうか、前にキース先輩に連れられて行った彼の入っている同好会の会室よりもずっと広い。部屋は入り口から見て左側は書き物をしたり本を読んだりする為に使っているのだろう、机や椅子が置かれている。対して右側は本棚がずらっと並んでいた。ただ、右側だけでは入り切らないのか左側の机と椅子の空間にも本棚が侵食し始めている様に見受けられる。
 兎に角本の多い部屋だった。その為、角部屋で他の会室よりも窓が多いにも関わらずどこか薄暗い、と言っても気が滅入る暗さではなく、どちらかと言うと落ち着く暗さのある部屋だった。雰囲気としては図書館に近い。ただ図書館と違って読書家ではないアーロンでも圧倒されない、どこか雑然とした居心地の良さがあった。

 「やっぱりあれだと思うんだよね」
 「ううん、そうかあ?」
 「そうそう。前のがあれだったし」
 「けど、俺はそれが好きだったけどな」
 「え? そうなの?」
 「うん。あれが良かった」
 「ああ、でも、それだとさ」

 あれとかそればかりで第三者には意味の分からない会話だが、お互いには通じているらしく熱心に話し込んでいる。
 一人は書き物机に向かっていた。机上には原稿用紙、手には羽ペンを構えているから何か書いている途中だったのかもしれない。長い銀髪を頭の上で銀の髪飾りで一括りに纏めている。彼が使っている書き物机は部屋の角に置かれていて入り口には背を向ける格好になるが、話し掛けられた方向に身を捩った姿勢のままなのだろう、そのお陰で顔や机の上がよく見えた。その顔が学院一と言われているライム先輩に負けない位の美形なのにアーロンは目を見張る。ただライム先輩と違うのは彼には何処か女性的なたおやかさが感じられた。髪型のせいでも、華奢な訳でもない。座っていてもライム先輩と同じ位の身長があると分かる程体格は良い。なのに女性的に見えるという、何処か不思議な雰囲気を持つ生徒だった。アーロンが学院内で自分と同じ銀髪の生徒に出会うは初めてだ。濃淡には個人差があるが茶色の髪が主流のこの国では、違う髪色は目立つ。王族の黒髪は別口として、それ以外の色は目立つ。金髪は少ないが銀髪の方がぐっと少ない。アーロンも母と自分以外知らない。自分と同じ髪色に好感を持ったせいか、はたまた彼の華やかな外見かその不思議な雰囲気のせいか、彼の周りがきらきらと輝いている様に見えた。
 もう一人は書き物机の横に立っていて、黒縁の大きな眼鏡を掛けた痩せぎすな生徒だった。髪色は暗めだがこの国では一般的な茶色で、顔立ちも一般的、普通にしていたら相棒とは違って目立たない平凡な生徒だろう。ただ、特筆すべきはその髪型で、まるで鳥の巣の様に膨らんでぼさぼさに乱れていた。ただ違和感を感じるのは、首から下はきちんとしている事だ。彼の髪型は魔獣学のムッツ先生の様に身だしなみに気を遣わないだらしが無い部類に見えるのに、制服のブレザー迄着込んでネクタイをし、シャツのボタンも一番上迄きっちりとめている。首から下だけなら、寧ろ相棒の方がだらしが無いと言えよう、制服の上にざっくりとした白いセーターを着ているが、中のシャツの釦が一番上だけでなく、二番目も開いていて大分緩い印象だ。同じ鳥の巣頭でも桃色髪の生徒の様な鬘では無く地毛にしか見えないから、そのぼさぼさな髪型に何かこだわりがあるのかもしれない。彼も不思議な雰囲気を持つ生徒だった。
 貴族学院なので、生徒達は美を尊び、野暮ったさや不潔さを嫌う傾向にある。その点で、二人はどちらも生徒達の噂話の種にされそうな生徒だった。銀髪の生徒は美しさで人目を惹き、鳥の巣頭の生徒は不快さに目を逸させるという意味で。

 (こんな目立つ二人なのに、初めて見た。上級生だからかな?)

 アーロン達が部屋に入っても会話に夢中でこちらを気にも掛けない二人だったが、慣れているのかジョンは、「こんにちは」と掛けた声に返事が無くても本棚の方へすたすたと歩いて行く。セドリックも黙ってそれに付いて行くので、アーロンも従った。だが、銀髪の先輩の方が一年生達に気が付いてどうぞと言いたげな優しい目をしたので、アーロンは会釈した。するとアーロンと目が合った銀髪の先輩が、少し驚いた様に目を見開いた。それがちょっと気になったが、ジョンとセドリックに置いて行かれたく無かったし、もう一人の鳥の巣頭の先輩は一年生達が入っても全く気付かずに話し続けているので、アーロンは直ぐに目を逸らして友人二人を追った。
 しかし小骨の様に心に引っ掛かったので、ジョンが目当てらしい本棚の前で立ち止まるやアーロンは小声で尋ねた。

 「いいの?」
 「大丈夫ですよ。会長達いつもあんな感じなんで」
 「そうなんだ」
 「うちの会、上下関係厳しく無いんです。でないと小説について自由に語り合えないんで、挨拶とかちゃんとしなくても何にも言われません。今だって挨拶しても反応が無かったでしょう? いっつもあんな感じです。他の人も皆そうですよ。自分達の話に夢中になってる時、周りなんて気にしてる人誰も居ません。返って、邪魔するなって反応をされます」
 「凄いね」
 「この部屋の中では身分差も年齢差も問わないって事になっています。その代わり此処で話すのは恋愛小説の事だけ、それ以外の話題は禁止です。後、揉めても部屋を出たらきっぱり忘れるって決まりです。喧嘩になっても言葉で語り合う、拳は無しです」
 「へえ」
 「勿論、この部屋に入るなら会員以外もこの決まりに従わないといけません」
 「成る程」

 アーロンとジョンが話していると、偉そうに腕を組んだセドリックが混ぜっ返す。

 「そうそうだから此処は僕には合わないんだよなあ、やっぱり男と男の喧嘩は拳で語らわないと」
 「何言ってるんだよ、君の筋肉は口先だけだろ」
 「え? 君こそ何言ってるんだよ、僕のこのむきむきが見えないとは」

 ジョンのつっこみに、セドリックが腕と腰を捻る様にして無い筋肉を見せ付けのをくすくすと笑いながら、アーロンは早速本棚を物色してみる事にした。
 
 
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