138 / 142
一年生の冬休み
見送り
しおりを挟む
ライム先輩の腰は午後にはゆっくりであれば立って歩ける程度に快方した。だが歩ける様になったとはいえ、不自然な状態だ。
「馬車寄せ迄は良くても、その後はどうするんですか? やっぱり明日にした方が……」
王都のタウンハウスに帰るライム先輩を寮から馬車寄せ迄送る途中である。今だって先輩に肩を抱かれて居るのを装いつつ、実際はアーロンが支えながら歩いて居る状態だ。マーリーはライム先輩が先に行かせた。
朝のうちは「最悪日延も」と言っていたのに、昼食後にはアーロンに捕まりながらならなんとか歩ける様になると先輩は迷う事なく帰る事を決めた。だがアーロンは心配だ。あんなに自分が抱かれる側である事をマーリーに知られるのを嫌がっていたのに今この状態でタウンハウスに帰ってどうするつもりなのだろう。寮でもアーロンの助けがなかったら欺けなかったのに。
朝食は寝台でマーリーを下がらせた上、アーロンに支えられながら摂っていた。食べるのにも苦労していて、パンを取るのに手を伸ばした途端に腰を支えて呻き出したので、アーロンが取ってあげた。そもそも座っている格好から少しでも身体を動かすのが苦痛なのだ。だからスープを飲む時やサラダを食べる時には器を持ち上げて食べ易い様にしてあげた。スプーンやフォークを持つのも大変そうだった。「手に力が入らない」と言うので、ベーコン等ナイフが必要な物は一口大に切ってあげた。
それでも昼食時には「だいぶ回復した。椅子に座れる様な気がする」と言うので、マーリーを下がらせた後アーロンに支えられながらソファ迄移動した。確かに朝よりは良くなっていて、パンを取ったり器を持ち上げてあげる必要はあったが、スプーンやフォークはしっかり握れていた。
身支度も普段ならマーリーにお任せなのだろうが、「私がアーロンの世話をしてあげたいのだ」と言って準備だけさせて下がらせ、アーロンの手伝いでこなした。特に、用を足すのは一苦労で、便所で一人で立てないのにアーロンに見られるのは嫌だと言うので、あれこれやりとりした結果、最中は後ろで支えながら目を瞑っている事になった。本当は耳も塞ぐ様にと言われたが、「最悪片手で先輩の事を支えたとしても、耳は片方しか塞げません」と答えたら諦めてくれた。あれは変な時間だった。裸を見せ合ってお尻の穴迄見たのに、今更何を恥じ入るのかと不思議だった。せめてもの救いは、ライム先輩がアーロンの様に頻繁に便所に行く習癖が無く朝の一回で済んだ事だ。
今、馬車寄せに向かうライム先輩の顔は晴れやかで、そんな騒動があった気配は微塵も無い。帰宅組の生徒達は皆昨日帰宅済みなので、行き交う人はまばらで何処か学院の雰囲気ものんびりとしている。もし今、知った顔と出会っても、ライム先輩は自分が歩くのに苦労している事は気取らせないだろう。まあそれもアーロンの助けがあっての事だ。だからアーロンは心配で仕方無い。
「そうは言ってもね、元々は朝食を摂ったら帰る予定だったのだよ。それでさえ例年よりも一日遅らせているのだよ。それを更に遅らせるのは待って居る家族に申し訳無いからね」
和かに家族に申し訳無いと諭されるとアーロンもそれ以上は言えなくなる。確かに朝よりは良くなっているので、それが先輩の自信の根拠となっているのだろう。
「それより、アーロン。名前を呼ぶのはやっぱり難しいかい?」
そうなのだ。先輩から、「これからはアーロンと呼ぶので、私の事も名前で呼んで欲しい」と言われたのだ。呼び捨てにされているのには気が付いていたが余り気に留めていなかった。今朝から意図して呼んでいたらしい。
強請られてアーロンは照れながら先輩の名前を呼んでみる。
「えっと……、ヨアヒム…先輩?」
恥ずかしさに頬を染めて少し俯く。今までライム先輩と呼んでいたのを急に名前呼びに変えるのは、二人の関係が変わった事を公に晒す様で生々しさにむずむずする。それでもその甘ったるい空気は嫌では無いので応える。ただ望まれても流石にヨアヒムと呼び捨ては不敬だろうと『先輩』をくっつけてみた。それにアーロンの中では先輩は先輩なのだ。今までだって殆ど「先輩」とだけ呼んでいたから名前で呼んでと言われても今後も余り変わらない気はする。
「ふふふ。そうだね。嬉しいよ」
だがライム先輩は満足そうに、空いている方の手で満足そうにアーロンの髪の毛を掻き混ぜた。
「おっと」
それで体勢を崩し先輩がよろめいたのでアーロンは慌てて支え直す。
「本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫、大丈夫だよ」
「それより、休みの最後の日の約束を忘れないでおくれよ。馬車でマーリーを迎えに来させるからね」
「はい」
「楽しみにしているよ。ではまた新しい年に」
「はい。新しい年に」
酷くご機嫌なライム先輩をアーロンは結局止め切れず、馬車に乗るのを手伝うのは拒否されたのではらはらとしながら見送る事になった。本当に大丈夫だろうか、休みの最後の日にライム先輩のタウンハウスに行く約束を先輩の様には楽しみに出来ないアーロンであった。
「馬車寄せ迄は良くても、その後はどうするんですか? やっぱり明日にした方が……」
王都のタウンハウスに帰るライム先輩を寮から馬車寄せ迄送る途中である。今だって先輩に肩を抱かれて居るのを装いつつ、実際はアーロンが支えながら歩いて居る状態だ。マーリーはライム先輩が先に行かせた。
朝のうちは「最悪日延も」と言っていたのに、昼食後にはアーロンに捕まりながらならなんとか歩ける様になると先輩は迷う事なく帰る事を決めた。だがアーロンは心配だ。あんなに自分が抱かれる側である事をマーリーに知られるのを嫌がっていたのに今この状態でタウンハウスに帰ってどうするつもりなのだろう。寮でもアーロンの助けがなかったら欺けなかったのに。
朝食は寝台でマーリーを下がらせた上、アーロンに支えられながら摂っていた。食べるのにも苦労していて、パンを取るのに手を伸ばした途端に腰を支えて呻き出したので、アーロンが取ってあげた。そもそも座っている格好から少しでも身体を動かすのが苦痛なのだ。だからスープを飲む時やサラダを食べる時には器を持ち上げて食べ易い様にしてあげた。スプーンやフォークを持つのも大変そうだった。「手に力が入らない」と言うので、ベーコン等ナイフが必要な物は一口大に切ってあげた。
それでも昼食時には「だいぶ回復した。椅子に座れる様な気がする」と言うので、マーリーを下がらせた後アーロンに支えられながらソファ迄移動した。確かに朝よりは良くなっていて、パンを取ったり器を持ち上げてあげる必要はあったが、スプーンやフォークはしっかり握れていた。
身支度も普段ならマーリーにお任せなのだろうが、「私がアーロンの世話をしてあげたいのだ」と言って準備だけさせて下がらせ、アーロンの手伝いでこなした。特に、用を足すのは一苦労で、便所で一人で立てないのにアーロンに見られるのは嫌だと言うので、あれこれやりとりした結果、最中は後ろで支えながら目を瞑っている事になった。本当は耳も塞ぐ様にと言われたが、「最悪片手で先輩の事を支えたとしても、耳は片方しか塞げません」と答えたら諦めてくれた。あれは変な時間だった。裸を見せ合ってお尻の穴迄見たのに、今更何を恥じ入るのかと不思議だった。せめてもの救いは、ライム先輩がアーロンの様に頻繁に便所に行く習癖が無く朝の一回で済んだ事だ。
今、馬車寄せに向かうライム先輩の顔は晴れやかで、そんな騒動があった気配は微塵も無い。帰宅組の生徒達は皆昨日帰宅済みなので、行き交う人はまばらで何処か学院の雰囲気ものんびりとしている。もし今、知った顔と出会っても、ライム先輩は自分が歩くのに苦労している事は気取らせないだろう。まあそれもアーロンの助けがあっての事だ。だからアーロンは心配で仕方無い。
「そうは言ってもね、元々は朝食を摂ったら帰る予定だったのだよ。それでさえ例年よりも一日遅らせているのだよ。それを更に遅らせるのは待って居る家族に申し訳無いからね」
和かに家族に申し訳無いと諭されるとアーロンもそれ以上は言えなくなる。確かに朝よりは良くなっているので、それが先輩の自信の根拠となっているのだろう。
「それより、アーロン。名前を呼ぶのはやっぱり難しいかい?」
そうなのだ。先輩から、「これからはアーロンと呼ぶので、私の事も名前で呼んで欲しい」と言われたのだ。呼び捨てにされているのには気が付いていたが余り気に留めていなかった。今朝から意図して呼んでいたらしい。
強請られてアーロンは照れながら先輩の名前を呼んでみる。
「えっと……、ヨアヒム…先輩?」
恥ずかしさに頬を染めて少し俯く。今までライム先輩と呼んでいたのを急に名前呼びに変えるのは、二人の関係が変わった事を公に晒す様で生々しさにむずむずする。それでもその甘ったるい空気は嫌では無いので応える。ただ望まれても流石にヨアヒムと呼び捨ては不敬だろうと『先輩』をくっつけてみた。それにアーロンの中では先輩は先輩なのだ。今までだって殆ど「先輩」とだけ呼んでいたから名前で呼んでと言われても今後も余り変わらない気はする。
「ふふふ。そうだね。嬉しいよ」
だがライム先輩は満足そうに、空いている方の手で満足そうにアーロンの髪の毛を掻き混ぜた。
「おっと」
それで体勢を崩し先輩がよろめいたのでアーロンは慌てて支え直す。
「本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫、大丈夫だよ」
「それより、休みの最後の日の約束を忘れないでおくれよ。馬車でマーリーを迎えに来させるからね」
「はい」
「楽しみにしているよ。ではまた新しい年に」
「はい。新しい年に」
酷くご機嫌なライム先輩をアーロンは結局止め切れず、馬車に乗るのを手伝うのは拒否されたのではらはらとしながら見送る事になった。本当に大丈夫だろうか、休みの最後の日にライム先輩のタウンハウスに行く約束を先輩の様には楽しみに出来ないアーロンであった。
0
お気に入りに追加
146
あなたにおすすめの小説
出戻り聖女はもう泣かない
たかせまこと
BL
西の森のとば口に住むジュタは、元聖女。
男だけど元聖女。
一人で静かに暮らしているジュタに、王宮からの使いが告げた。
「王が正室を迎えるので、言祝ぎをお願いしたい」
出戻りアンソロジー参加作品に加筆修正したものです。
ムーンライト・エブリスタにも掲載しています。
表紙絵:CK2さま
子悪党令息の息子として生まれました
菟圃(うさぎはたけ)
BL
悪役に好かれていますがどうやって逃げられますか!?
ネヴィレントとラグザンドの間に生まれたホロとイディのお話。
「お父様とお母様本当に仲がいいね」
「良すぎて目の毒だ」
ーーーーーーーーーーー
「僕達の子ども達本当に可愛い!!」
「ゆっくりと見守って上げよう」
偶にネヴィレントとラグザンドも出てきます。
からっぽを満たせ
ゆきうさぎ
BL
両親を失ってから、叔父に引き取られていた柳要は、邪魔者として虐げられていた。
そんな要は大学に入るタイミングを機に叔父の家から出て一人暮らしを始めることで虐げられる日々から逃れることに成功する。
しかし、長く叔父一族から非人間的扱いを受けていたことで感情や感覚が鈍り、ただただ、生きるだけの日々を送る要……。
そんな時、バイト先のオーナーの友人、風間幸久に出会いーー
こっそりバウムクーヘンエンド小説を投稿したら相手に見つかって押し倒されてた件
神崎 ルナ
BL
バウムクーヘンエンド――片想いの相手の結婚式に招待されて引き出物のバウムクーヘンを手に失恋に浸るという、所謂アンハッピーエンド。
僕の幼なじみは天然が入ったぽんやりしたタイプでずっと目が離せなかった。
だけどその笑顔を見ていると自然と僕も口角が上がり。
子供の頃に勢いに任せて『光くん、好きっ!!』と言ってしまったのは黒歴史だが、そのすぐ後に白詰草の指輪を持って来て『うん、およめさんになってね』と来たのは反則だろう。
ぽやぽやした光のことだから、きっとよく意味が分かってなかったに違いない。
指輪も、僕の左手の中指に収めていたし。
あれから10年近く。
ずっと仲が良い幼なじみの範疇に留まる僕たちの関係は決して崩してはならない。
だけど想いを隠すのは苦しくて――。
こっそりとある小説サイトに想いを吐露してそれで何とか未練を断ち切ろうと思った。
なのにどうして――。
『ねぇ、この小説って海斗が書いたんだよね?』
えっ!?どうしてバレたっ!?というより何故この僕が押し倒されてるんだっ!?(※注 サブ垢にて公開済みの『バウムクーヘンエンド』をご覧になるとより一層楽しめるかもしれません)
膀胱を虐められる男の子の話
煬帝
BL
常におしがま膀胱プレイ
男に監禁されアブノーマルなプレイにどんどんハマっていってしまうノーマルゲイの男の子の話
膀胱責め.尿道責め.おしっこ我慢.調教.SM.拘束.お仕置き.主従.首輪.軟禁(監禁含む)
とある隠密の受難
nionea
BL
普通に仕事してたら突然訳の解らない魔法で王子の前に引きずり出された隠密が、必死に自分の貞操を守ろうとするお話。
銀髪碧眼の美丈夫な絶倫王子 と 彼を観察するのが仕事の中肉中背平凡顔の隠密
果たして隠密は無事貞操を守れるのか。
頑張れ隠密。
負けるな隠密。
読者さんは解らないが作者はお前を応援しているぞ。たぶん。
※プロローグだけ隠密一人称ですが、本文は三人称です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる