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ライム先輩との冬
ライム先輩に見せる物
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とうとう明日だ。
アーロンは夜、寝台の上にライム先輩に見せる物を広げていた。
まずは契約書と二番目の兄ジェフからの手紙。これはこのあと広げる物のせいで折れ曲がったりしたら困るから、直ぐに机の上に移動させる。
手紙の内容なもうすっかり覚えた。持って行くだけにしようと思っていたが、リバーが「これはライム伯爵に見せた方が効果がある」と言うので、先輩に渡す事にした。兄からの手紙を伯爵に見せて意味があるのか不明だが、二人は知り合いだそうだから効果はあるのかもしれない。二つを綺麗に伸ばして、どこにも変な折れ目や汚れが無いのを確認する。
次に友人達のお墨付きを得た、びりっとくる上着。元は兄から貰った(どの兄かは忘れたが)お古の制服だ。学院の制服は一人一人の身体に合った物を支給される。マーフィ家は皆小柄で、体型はそう変わらない。着替えは幾つあっても困らないので、使えそうな状態の場合は弟が引き継ぐ。ただアーロンにとってはどれもちょっと大きかったのでそれを上手く継ぎ接ぎして作り上げたのがこれだ。
「こんなの見せていいのかなあ?」
アーロンはまだ不安だ。上着のブレザーと共布のベスト。毛糸のベストもあるがアーロンが仕掛けに使ったのは、共布の方だ。表地と裏地の間に隙間があるからだった。一見すると普通のベストだが、肩から背中に掛けて二枚の生地の間に薄い金属の板が仕込んである、作動させるのには前ポケットの片方が若干膨らんでいてそこに装置がある。本当は装置を平べったくしたかったのだ、これではポケットに秘密があると直ぐに分かってしまう。それに金属のせいで相手が精神的に落ち着いた状態で、アーロンの肩を触ったら違和感を感じさせてしまうのも不満であった。
(あの時は上手くいったけど、普通はあれって、何か固いって気付いちゃうんだよね。領民の子にはすぐにばれちゃったし)
それを置いた横に、もう一枚ベストを置く。こちらにはポケットが沢山付いている。
「うーん。こんなの、子供のおもちゃだよねえ」
ポケットは裏側にもあって、身に付けて胸元から手を入れると、アーロンの武器が取り出せる。領民の子供達とやり合った強き仲間だ。
一本の金属の棒の先が二股に分かれてゴムが結んであるぱちんこだ。小石や木の実をゴムで飛ばす。領民の子供達はそのへんから丁度良い木の棒を拾って来て作っていたが、アーロンはそれを更に改良させて軽くて丈夫な金属製にしてみた。飛距離が出るし当たると痛い。本気を出せば壁に穴をあけたりも出来る。飛ばすのも自分で作った玉。ポケットが沢山あるのは、効果毎に分けているからだ。
領民の子供達は、森の木の実や小石をそのまま飛ばすが、アーロンはそれでは面白くないと考えて自分で加工したのだ。お気に入りは笑い茸で作ったげらげら玉と、漆で作ったかゆかゆ玉。それから胡椒で作ったくしゃみ玉と唐辛子で作ったひりひり玉。これは母に、「食べ物をおもちゃにしては駄目」と叱られたので数が少ない。母に見つからないでこっそり厨房から材料を拝借出来た時にしか作れなかったからだ。それから要らなくなった魔道具を貰ってその材料で作ったのはぶつけると色粉が出て来る玉と、大きな音がする玉と、一瞬だけ眩しく光る玉。
でもどれも、領民の子供達と戦ごっこをする時に散々使った物だ。目新しい物なんて一つも無いただの遊び道具だが、何かあった時の為に持って来たのだ。
「でも、リバー先生がいいって言ってたからなあ」
自分ではどうしても決めかねた時に今迄は母かジェフに相談していたが、学院でのアーロンはいつの間にかリバーに頼る様になっていた。
三番目の兄ケビンも教師として学院に居るが、元々頼りにならない兄であったし、世界中を旅して知識はあっても本人の好みや気分を基に助言する様な性格だ。家でもそうだった。変わった思い付きが欲しい時にはケビン、ちゃんとした意見を貰いたい時には母かジェフ。
その母とジェフの代わりが今やリバーだった。しかも、リバーには母とジェフにはなかった高位貴族として育った経験があり、貴族社会をよく知っている。教師としても生徒へ愛情を持って接してくれているのは普段の様子を見ていれば分かった。
リバーは、「確かにこれは魔道具では無いかもしれない。けれどお前に物作りの才能があるって事の証明になる。何にも見せないでこれからの成績を信じて下さいって言うよか、説得力があると思うぞ」と言っていたっけ。
とんとんと、部屋の戸を叩く音がした。
「アーロン様、まだ起きてる? イアンだけど」
「はーい」
アーロンは返事をして、戸を開けに行った。消灯時間では無いが、殆どの生徒は自室に引っ込んでいて、早い人ならもうそろそろ寝支度をしている時間帯だ。
扉を開けると、まだ制服姿のイアンは肩にマクマをのせていた。のっぽのイアンの肩にいるマクマを見上げて、アーロンは、
「今日はイアン様の当番なの?」
と言いながらも何の用かしらと不思議に思っていた。
「うん。寝てるかもと思ったけど、どうしてもアーロン様に会いたいって言うから」
「誰が?」
と首を傾げると、マクマがイアンの肩からぴょんと降りて、アーロンの部屋へ入って来た。
「え」
「あ、待て」
マクマはアーロンの寝台に上がると、二枚のベストの真ん中に立った。それから、右のベスト左のベストと、それぞれの上をとことこと歩いてから、不意にポケットがいっぱい付いた方のベストの下に潜り込むと、持ち上げてぴょんぴょん飛び跳ね始めた。そして中から出て来た玉を短い足で蹴飛ばしてどんどんと床へ落としていく。
「待て! お前、やめろ! あ、イアン様はそこで止まって、間違って踏むと危ない!」
アーロンの静止にイアンはぎょっとした様に、片足を踏み出した姿勢で止まった。
マクマは布で出来たその軽い体重のお陰でアーロン謹製の玉の上に乗っても潰す心配は無い。玉自体も強くぶつからなければ効果は出ないので、マクマが寝台から落っことした程度では何も無い。だがイアンやアーロンがが踏んだら間違いなく破裂する。
恐る恐る玉を避けながら、アーロンが寝台に辿り着くと、マクマは幾つかの玉を残してベストの上で偉そうに踏ん反り返っていた。
「なんか、ごめん。アーロン様」
「えー。ううん、イアン様のせいじゃ無いよ」
イアンは済まなそうに背中を丸めるが、アーロンにはマクマが碌でもない熊だって事はよく分かっていた。だから慎重に一つずつ玉を拾い上げながら、マクマが乗っているのもお構い無しにベストを引っ張ろうとした。すると、マクマが急に飛び上がってその短い手でアーロンの頭をぺしぺしと叩き始めた。
「うああ、やめろよ。痛く無いけど、痛いから」
動くに動けず、イアンがその場でおろおろとしていると、マクマは今度はぴょんとイアンの所へ飛んで来た。
「わあ」
とイアンが自分の頭を抱えたが衝撃は来ない。不思議に思ってイアンが顔を上げると、マクマは自分の肩の上でこちらを見ていた。アーロンは、
「何だよ。イアン様を出汁に悪戯しに来たのかよ」
とぶつぶつ文句を言いながらまた玉を拾い始めた。すると、またマクマはアーロンの所へ行って頭を叩く。
「うわあ、やめろよ」
とアーロンが頭を抱えるとマクマはまたイアンの所へ戻ってきて肩の上でイアンをじっと見る。何だろうとイアンが困っていると、背後から声がした。
「マクマちゃん、言いたい事があるんじゃ無いかな?」
ガウンにナイトキャップを被ってもうすっかり寝支度をしたアレックスだった。他の生徒達も何事かと部屋から顔を覗かせている。夜の寮にアーロンの声は結構響いていた様だった。
アーロンは夜、寝台の上にライム先輩に見せる物を広げていた。
まずは契約書と二番目の兄ジェフからの手紙。これはこのあと広げる物のせいで折れ曲がったりしたら困るから、直ぐに机の上に移動させる。
手紙の内容なもうすっかり覚えた。持って行くだけにしようと思っていたが、リバーが「これはライム伯爵に見せた方が効果がある」と言うので、先輩に渡す事にした。兄からの手紙を伯爵に見せて意味があるのか不明だが、二人は知り合いだそうだから効果はあるのかもしれない。二つを綺麗に伸ばして、どこにも変な折れ目や汚れが無いのを確認する。
次に友人達のお墨付きを得た、びりっとくる上着。元は兄から貰った(どの兄かは忘れたが)お古の制服だ。学院の制服は一人一人の身体に合った物を支給される。マーフィ家は皆小柄で、体型はそう変わらない。着替えは幾つあっても困らないので、使えそうな状態の場合は弟が引き継ぐ。ただアーロンにとってはどれもちょっと大きかったのでそれを上手く継ぎ接ぎして作り上げたのがこれだ。
「こんなの見せていいのかなあ?」
アーロンはまだ不安だ。上着のブレザーと共布のベスト。毛糸のベストもあるがアーロンが仕掛けに使ったのは、共布の方だ。表地と裏地の間に隙間があるからだった。一見すると普通のベストだが、肩から背中に掛けて二枚の生地の間に薄い金属の板が仕込んである、作動させるのには前ポケットの片方が若干膨らんでいてそこに装置がある。本当は装置を平べったくしたかったのだ、これではポケットに秘密があると直ぐに分かってしまう。それに金属のせいで相手が精神的に落ち着いた状態で、アーロンの肩を触ったら違和感を感じさせてしまうのも不満であった。
(あの時は上手くいったけど、普通はあれって、何か固いって気付いちゃうんだよね。領民の子にはすぐにばれちゃったし)
それを置いた横に、もう一枚ベストを置く。こちらにはポケットが沢山付いている。
「うーん。こんなの、子供のおもちゃだよねえ」
ポケットは裏側にもあって、身に付けて胸元から手を入れると、アーロンの武器が取り出せる。領民の子供達とやり合った強き仲間だ。
一本の金属の棒の先が二股に分かれてゴムが結んであるぱちんこだ。小石や木の実をゴムで飛ばす。領民の子供達はそのへんから丁度良い木の棒を拾って来て作っていたが、アーロンはそれを更に改良させて軽くて丈夫な金属製にしてみた。飛距離が出るし当たると痛い。本気を出せば壁に穴をあけたりも出来る。飛ばすのも自分で作った玉。ポケットが沢山あるのは、効果毎に分けているからだ。
領民の子供達は、森の木の実や小石をそのまま飛ばすが、アーロンはそれでは面白くないと考えて自分で加工したのだ。お気に入りは笑い茸で作ったげらげら玉と、漆で作ったかゆかゆ玉。それから胡椒で作ったくしゃみ玉と唐辛子で作ったひりひり玉。これは母に、「食べ物をおもちゃにしては駄目」と叱られたので数が少ない。母に見つからないでこっそり厨房から材料を拝借出来た時にしか作れなかったからだ。それから要らなくなった魔道具を貰ってその材料で作ったのはぶつけると色粉が出て来る玉と、大きな音がする玉と、一瞬だけ眩しく光る玉。
でもどれも、領民の子供達と戦ごっこをする時に散々使った物だ。目新しい物なんて一つも無いただの遊び道具だが、何かあった時の為に持って来たのだ。
「でも、リバー先生がいいって言ってたからなあ」
自分ではどうしても決めかねた時に今迄は母かジェフに相談していたが、学院でのアーロンはいつの間にかリバーに頼る様になっていた。
三番目の兄ケビンも教師として学院に居るが、元々頼りにならない兄であったし、世界中を旅して知識はあっても本人の好みや気分を基に助言する様な性格だ。家でもそうだった。変わった思い付きが欲しい時にはケビン、ちゃんとした意見を貰いたい時には母かジェフ。
その母とジェフの代わりが今やリバーだった。しかも、リバーには母とジェフにはなかった高位貴族として育った経験があり、貴族社会をよく知っている。教師としても生徒へ愛情を持って接してくれているのは普段の様子を見ていれば分かった。
リバーは、「確かにこれは魔道具では無いかもしれない。けれどお前に物作りの才能があるって事の証明になる。何にも見せないでこれからの成績を信じて下さいって言うよか、説得力があると思うぞ」と言っていたっけ。
とんとんと、部屋の戸を叩く音がした。
「アーロン様、まだ起きてる? イアンだけど」
「はーい」
アーロンは返事をして、戸を開けに行った。消灯時間では無いが、殆どの生徒は自室に引っ込んでいて、早い人ならもうそろそろ寝支度をしている時間帯だ。
扉を開けると、まだ制服姿のイアンは肩にマクマをのせていた。のっぽのイアンの肩にいるマクマを見上げて、アーロンは、
「今日はイアン様の当番なの?」
と言いながらも何の用かしらと不思議に思っていた。
「うん。寝てるかもと思ったけど、どうしてもアーロン様に会いたいって言うから」
「誰が?」
と首を傾げると、マクマがイアンの肩からぴょんと降りて、アーロンの部屋へ入って来た。
「え」
「あ、待て」
マクマはアーロンの寝台に上がると、二枚のベストの真ん中に立った。それから、右のベスト左のベストと、それぞれの上をとことこと歩いてから、不意にポケットがいっぱい付いた方のベストの下に潜り込むと、持ち上げてぴょんぴょん飛び跳ね始めた。そして中から出て来た玉を短い足で蹴飛ばしてどんどんと床へ落としていく。
「待て! お前、やめろ! あ、イアン様はそこで止まって、間違って踏むと危ない!」
アーロンの静止にイアンはぎょっとした様に、片足を踏み出した姿勢で止まった。
マクマは布で出来たその軽い体重のお陰でアーロン謹製の玉の上に乗っても潰す心配は無い。玉自体も強くぶつからなければ効果は出ないので、マクマが寝台から落っことした程度では何も無い。だがイアンやアーロンがが踏んだら間違いなく破裂する。
恐る恐る玉を避けながら、アーロンが寝台に辿り着くと、マクマは幾つかの玉を残してベストの上で偉そうに踏ん反り返っていた。
「なんか、ごめん。アーロン様」
「えー。ううん、イアン様のせいじゃ無いよ」
イアンは済まなそうに背中を丸めるが、アーロンにはマクマが碌でもない熊だって事はよく分かっていた。だから慎重に一つずつ玉を拾い上げながら、マクマが乗っているのもお構い無しにベストを引っ張ろうとした。すると、マクマが急に飛び上がってその短い手でアーロンの頭をぺしぺしと叩き始めた。
「うああ、やめろよ。痛く無いけど、痛いから」
動くに動けず、イアンがその場でおろおろとしていると、マクマは今度はぴょんとイアンの所へ飛んで来た。
「わあ」
とイアンが自分の頭を抱えたが衝撃は来ない。不思議に思ってイアンが顔を上げると、マクマは自分の肩の上でこちらを見ていた。アーロンは、
「何だよ。イアン様を出汁に悪戯しに来たのかよ」
とぶつぶつ文句を言いながらまた玉を拾い始めた。すると、またマクマはアーロンの所へ行って頭を叩く。
「うわあ、やめろよ」
とアーロンが頭を抱えるとマクマはまたイアンの所へ戻ってきて肩の上でイアンをじっと見る。何だろうとイアンが困っていると、背後から声がした。
「マクマちゃん、言いたい事があるんじゃ無いかな?」
ガウンにナイトキャップを被ってもうすっかり寝支度をしたアレックスだった。他の生徒達も何事かと部屋から顔を覗かせている。夜の寮にアーロンの声は結構響いていた様だった。
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