抱かれてみたい

小桃沢ももみ

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ライム先輩との冬

アーロンの不調

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 朝起きると何だか怠くて、アーロンは食堂へ行くのが面倒だなと思った。
 昨日リバー先生の所へ行った後、夕食を食べに食堂へ行ったのだが、アーロンは何となくイアンから離れて歩いた。唸られたのが気になっていた。自分だけお菓子を食べたのも後ろめたかったし。
 でも元々の原因は何かというと、タイスケがお菓子をアーロンの分迄取ってくれたからだった。あの時「僕は話があるのでいりません」ってどうして言えなかったのだろうと後悔する。それを思い出すと、タイスケの事も恨めしくなり、何となく皆から離れて歩いてしまう。
 しかし離れて歩くと、「アーロン様危ないですよ」とイチロウに見咎められ、アーロンはいつもの様に皆と一緒にいるのが何故かとても苦しく煩わしく感じたのだった。
 コンコンと扉を叩く音がした。

 「アーロン様、おはよう」
 「イアン様、おはよう」
 「食堂行かないの?」
 「うん、やめとく」
 「えっ! 具合悪い?」
 「大丈夫」

 イアンの足音が遠ざかって行くのを聞きながら、寝台の上でごろごろする。今日はこのまま講義も休もうかなと考えて、あ、と慌てて起き上がった。火曜日の四時間目は魔道具の講義だ。ライム先輩の家に魔道具師として雇って貰うなら休む訳にはいかない。

 「はあ」

 溜息を吐くと今度は別の声がした。寮長だ。

 「イアンから具合が悪そうだと聞いたのだが、大丈夫か?」
 「あ、はい。今から起きます。後から行きます」
 「いや、午前中だけ休んで午後から出る事も可能だ」
 「……じゃあ、そうします」
 「リバー先生に伝えておく。ただし、先生が様子を見に来たときにもし具合が悪くてアーロン様が扉を開けられなかったら、先生が外から鍵を開けて入る事になるから」
 「分かりました」
 「お大事に」

 最後に聞こえたのはイアンの声だ。アーロンは昨日の事でイアンを疎ましく思った自分が情けなくなり、頭まで布団を被った。
 うとうとしていると、甘くて良い匂いが漂って来た。

 「お、アーロン。目が覚めたか? ミルク粥食えるか?」

 三番目の兄、ケビンの声だ。

 「兄上?」
 「うん。丁度、母上から荷物が届いてたからな、リバーと一緒に持って来てやったぞ」
 「いや、お前は荷物運んで無いだろ」
 「いいからいいから、それ置いたら出てけ」
 「何言ってんだ。熱測って、医者に見せるか判断しないと」
 
 もぞもぞと布団から顔を出すと、ケビンとリバーが居た。

 「アーロン、おっきして、熱測ろうな」

 とケビンがアーロンを支えながら、枕を立てて寄りかかれるようにしてくれたのにもたれる。ケビンから体温計を渡されて寝巻きの下から脇に挟んでいると、ミルク粥をのせたお盆を手にケビンがアーロンの隣に腰を下ろした。匙で掬って口に入れようとしてくれるが、アーロンは拒否する。

 「林檎がいい」

 お盆には、林檎をすり下ろしたのが入ったガラスの器もあったのを目敏く見つけたのだ。

 「うん、林檎も食べような。その前にこっちを食べてからだ」
 
 黙って口を開けると、匙が入って来る。何口か食べたところで、リバーが「そろそろ体温計いいんじゃないか」というので、出して渡す。

 「三八.七度。ちょっと熱あるか」
 「大丈夫だろう。アーロン、喉とか痛いとこあるか?」
 「無い。怠いだけ」
 「そうか、じゃあ昼にもう一回計ろう。それで下がってたら午後の講義には出てもいい」
 「はい」

 それで出て行くのかと思ったがリバーは所在なさげに立って、ケビンがアーロンにミルク粥と林檎のすりおろしを食べさせるのを見ていた。ケビンが食べ終わった食器をのせたお盆をリバーに押し付ける。

 「これ片付けといて」
 「いやでも俺がさ」
 「アーロンたんはこれからお着替えなの。お前見てくつもり?」
 「あ、いや。分かった。じゃあお前終わったら下に顔出せよ」
 「おうおう。おっけい」

 ケビンはしっしっと犬でも追い払う様に手を振って、リバーを追い出した。そしてリバーが運んで来た箱を開け、中をごそごそと探る。

 「あったあった。アーロン、寝巻き交換しような。銀鼠の新製品だぞ。もっこもこで可愛いからアーロンにぜってえ似合う筈」

 ケビンが取り出したのは、菫色のもこもこした部屋着の上下だった。丸首の長袖と長ズボンで、上衣の胸元には銀の鼠が刺繍されている。元気な時のアーロンならそんな可愛らしい色を着せられるのに抵抗するのだが、今は言われるままだ。

 「今着てるの脱ごうな」
 
 ケビンの言葉にアーロンは素直に枕に寄りかかった体勢のまま着ていた綿の寝巻きを脱ぎ出した。上下を脱いで、寝台の上でパンツ一枚になったところでケビンに渡された新しい部屋着を身に付ける。

 「うん、出来たな。そろそろ綿のパジャマじゃ寒くなって来た頃だったもんな。母上ナイス」

 ケビンは背中の生地が寄ってしまった所を引っ張って直してくれたので、アーロンはそのままもぞもぞと布団に潜り込む。丁度良い具合に枕も直して貰って、海豚の抱き枕を抱き締めてうとうとし出したところでケビンに頭を撫でられた。

 「兄上、お昼に起きたい」
 「ああ、任せとけ。起こしに来てやる」

 兄の返事を聞き、アーロンは安心して目を閉じた。
 
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