90 / 142
ライム先輩との冬
アーロンの不調
しおりを挟む
朝起きると何だか怠くて、アーロンは食堂へ行くのが面倒だなと思った。
昨日リバー先生の所へ行った後、夕食を食べに食堂へ行ったのだが、アーロンは何となくイアンから離れて歩いた。唸られたのが気になっていた。自分だけお菓子を食べたのも後ろめたかったし。
でも元々の原因は何かというと、タイスケがお菓子をアーロンの分迄取ってくれたからだった。あの時「僕は話があるのでいりません」ってどうして言えなかったのだろうと後悔する。それを思い出すと、タイスケの事も恨めしくなり、何となく皆から離れて歩いてしまう。
しかし離れて歩くと、「アーロン様危ないですよ」とイチロウに見咎められ、アーロンはいつもの様に皆と一緒にいるのが何故かとても苦しく煩わしく感じたのだった。
コンコンと扉を叩く音がした。
「アーロン様、おはよう」
「イアン様、おはよう」
「食堂行かないの?」
「うん、やめとく」
「えっ! 具合悪い?」
「大丈夫」
イアンの足音が遠ざかって行くのを聞きながら、寝台の上でごろごろする。今日はこのまま講義も休もうかなと考えて、あ、と慌てて起き上がった。火曜日の四時間目は魔道具の講義だ。ライム先輩の家に魔道具師として雇って貰うなら休む訳にはいかない。
「はあ」
溜息を吐くと今度は別の声がした。寮長だ。
「イアンから具合が悪そうだと聞いたのだが、大丈夫か?」
「あ、はい。今から起きます。後から行きます」
「いや、午前中だけ休んで午後から出る事も可能だ」
「……じゃあ、そうします」
「リバー先生に伝えておく。ただし、先生が様子を見に来たときにもし具合が悪くてアーロン様が扉を開けられなかったら、先生が外から鍵を開けて入る事になるから」
「分かりました」
「お大事に」
最後に聞こえたのはイアンの声だ。アーロンは昨日の事でイアンを疎ましく思った自分が情けなくなり、頭まで布団を被った。
うとうとしていると、甘くて良い匂いが漂って来た。
「お、アーロン。目が覚めたか? ミルク粥食えるか?」
三番目の兄、ケビンの声だ。
「兄上?」
「うん。丁度、母上から荷物が届いてたからな、リバーと一緒に持って来てやったぞ」
「いや、お前は荷物運んで無いだろ」
「いいからいいから、それ置いたら出てけ」
「何言ってんだ。熱測って、医者に見せるか判断しないと」
もぞもぞと布団から顔を出すと、ケビンとリバーが居た。
「アーロン、おっきして、熱測ろうな」
とケビンがアーロンを支えながら、枕を立てて寄りかかれるようにしてくれたのにもたれる。ケビンから体温計を渡されて寝巻きの下から脇に挟んでいると、ミルク粥をのせたお盆を手にケビンがアーロンの隣に腰を下ろした。匙で掬って口に入れようとしてくれるが、アーロンは拒否する。
「林檎がいい」
お盆には、林檎をすり下ろしたのが入ったガラスの器もあったのを目敏く見つけたのだ。
「うん、林檎も食べような。その前にこっちを食べてからだ」
黙って口を開けると、匙が入って来る。何口か食べたところで、リバーが「そろそろ体温計いいんじゃないか」というので、出して渡す。
「三八.七度。ちょっと熱あるか」
「大丈夫だろう。アーロン、喉とか痛いとこあるか?」
「無い。怠いだけ」
「そうか、じゃあ昼にもう一回計ろう。それで下がってたら午後の講義には出てもいい」
「はい」
それで出て行くのかと思ったがリバーは所在なさげに立って、ケビンがアーロンにミルク粥と林檎のすりおろしを食べさせるのを見ていた。ケビンが食べ終わった食器をのせたお盆をリバーに押し付ける。
「これ片付けといて」
「いやでも俺がさ」
「アーロンたんはこれからお着替えなの。お前見てくつもり?」
「あ、いや。分かった。じゃあお前終わったら下に顔出せよ」
「おうおう。おっけい」
ケビンはしっしっと犬でも追い払う様に手を振って、リバーを追い出した。そしてリバーが運んで来た箱を開け、中をごそごそと探る。
「あったあった。アーロン、寝巻き交換しような。銀鼠の新製品だぞ。もっこもこで可愛いからアーロンにぜってえ似合う筈」
ケビンが取り出したのは、菫色のもこもこした部屋着の上下だった。丸首の長袖と長ズボンで、上衣の胸元には銀の鼠が刺繍されている。元気な時のアーロンならそんな可愛らしい色を着せられるのに抵抗するのだが、今は言われるままだ。
「今着てるの脱ごうな」
ケビンの言葉にアーロンは素直に枕に寄りかかった体勢のまま着ていた綿の寝巻きを脱ぎ出した。上下を脱いで、寝台の上でパンツ一枚になったところでケビンに渡された新しい部屋着を身に付ける。
「うん、出来たな。そろそろ綿のパジャマじゃ寒くなって来た頃だったもんな。母上ナイス」
ケビンは背中の生地が寄ってしまった所を引っ張って直してくれたので、アーロンはそのままもぞもぞと布団に潜り込む。丁度良い具合に枕も直して貰って、海豚の抱き枕を抱き締めてうとうとし出したところでケビンに頭を撫でられた。
「兄上、お昼に起きたい」
「ああ、任せとけ。起こしに来てやる」
兄の返事を聞き、アーロンは安心して目を閉じた。
昨日リバー先生の所へ行った後、夕食を食べに食堂へ行ったのだが、アーロンは何となくイアンから離れて歩いた。唸られたのが気になっていた。自分だけお菓子を食べたのも後ろめたかったし。
でも元々の原因は何かというと、タイスケがお菓子をアーロンの分迄取ってくれたからだった。あの時「僕は話があるのでいりません」ってどうして言えなかったのだろうと後悔する。それを思い出すと、タイスケの事も恨めしくなり、何となく皆から離れて歩いてしまう。
しかし離れて歩くと、「アーロン様危ないですよ」とイチロウに見咎められ、アーロンはいつもの様に皆と一緒にいるのが何故かとても苦しく煩わしく感じたのだった。
コンコンと扉を叩く音がした。
「アーロン様、おはよう」
「イアン様、おはよう」
「食堂行かないの?」
「うん、やめとく」
「えっ! 具合悪い?」
「大丈夫」
イアンの足音が遠ざかって行くのを聞きながら、寝台の上でごろごろする。今日はこのまま講義も休もうかなと考えて、あ、と慌てて起き上がった。火曜日の四時間目は魔道具の講義だ。ライム先輩の家に魔道具師として雇って貰うなら休む訳にはいかない。
「はあ」
溜息を吐くと今度は別の声がした。寮長だ。
「イアンから具合が悪そうだと聞いたのだが、大丈夫か?」
「あ、はい。今から起きます。後から行きます」
「いや、午前中だけ休んで午後から出る事も可能だ」
「……じゃあ、そうします」
「リバー先生に伝えておく。ただし、先生が様子を見に来たときにもし具合が悪くてアーロン様が扉を開けられなかったら、先生が外から鍵を開けて入る事になるから」
「分かりました」
「お大事に」
最後に聞こえたのはイアンの声だ。アーロンは昨日の事でイアンを疎ましく思った自分が情けなくなり、頭まで布団を被った。
うとうとしていると、甘くて良い匂いが漂って来た。
「お、アーロン。目が覚めたか? ミルク粥食えるか?」
三番目の兄、ケビンの声だ。
「兄上?」
「うん。丁度、母上から荷物が届いてたからな、リバーと一緒に持って来てやったぞ」
「いや、お前は荷物運んで無いだろ」
「いいからいいから、それ置いたら出てけ」
「何言ってんだ。熱測って、医者に見せるか判断しないと」
もぞもぞと布団から顔を出すと、ケビンとリバーが居た。
「アーロン、おっきして、熱測ろうな」
とケビンがアーロンを支えながら、枕を立てて寄りかかれるようにしてくれたのにもたれる。ケビンから体温計を渡されて寝巻きの下から脇に挟んでいると、ミルク粥をのせたお盆を手にケビンがアーロンの隣に腰を下ろした。匙で掬って口に入れようとしてくれるが、アーロンは拒否する。
「林檎がいい」
お盆には、林檎をすり下ろしたのが入ったガラスの器もあったのを目敏く見つけたのだ。
「うん、林檎も食べような。その前にこっちを食べてからだ」
黙って口を開けると、匙が入って来る。何口か食べたところで、リバーが「そろそろ体温計いいんじゃないか」というので、出して渡す。
「三八.七度。ちょっと熱あるか」
「大丈夫だろう。アーロン、喉とか痛いとこあるか?」
「無い。怠いだけ」
「そうか、じゃあ昼にもう一回計ろう。それで下がってたら午後の講義には出てもいい」
「はい」
それで出て行くのかと思ったがリバーは所在なさげに立って、ケビンがアーロンにミルク粥と林檎のすりおろしを食べさせるのを見ていた。ケビンが食べ終わった食器をのせたお盆をリバーに押し付ける。
「これ片付けといて」
「いやでも俺がさ」
「アーロンたんはこれからお着替えなの。お前見てくつもり?」
「あ、いや。分かった。じゃあお前終わったら下に顔出せよ」
「おうおう。おっけい」
ケビンはしっしっと犬でも追い払う様に手を振って、リバーを追い出した。そしてリバーが運んで来た箱を開け、中をごそごそと探る。
「あったあった。アーロン、寝巻き交換しような。銀鼠の新製品だぞ。もっこもこで可愛いからアーロンにぜってえ似合う筈」
ケビンが取り出したのは、菫色のもこもこした部屋着の上下だった。丸首の長袖と長ズボンで、上衣の胸元には銀の鼠が刺繍されている。元気な時のアーロンならそんな可愛らしい色を着せられるのに抵抗するのだが、今は言われるままだ。
「今着てるの脱ごうな」
ケビンの言葉にアーロンは素直に枕に寄りかかった体勢のまま着ていた綿の寝巻きを脱ぎ出した。上下を脱いで、寝台の上でパンツ一枚になったところでケビンに渡された新しい部屋着を身に付ける。
「うん、出来たな。そろそろ綿のパジャマじゃ寒くなって来た頃だったもんな。母上ナイス」
ケビンは背中の生地が寄ってしまった所を引っ張って直してくれたので、アーロンはそのままもぞもぞと布団に潜り込む。丁度良い具合に枕も直して貰って、海豚の抱き枕を抱き締めてうとうとし出したところでケビンに頭を撫でられた。
「兄上、お昼に起きたい」
「ああ、任せとけ。起こしに来てやる」
兄の返事を聞き、アーロンは安心して目を閉じた。
0
お気に入りに追加
146
あなたにおすすめの小説
怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人
こじらせた処女
BL
幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。
しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。
「風邪をひくことは悪いこと」
社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。
とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。
それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?
出戻り聖女はもう泣かない
たかせまこと
BL
西の森のとば口に住むジュタは、元聖女。
男だけど元聖女。
一人で静かに暮らしているジュタに、王宮からの使いが告げた。
「王が正室を迎えるので、言祝ぎをお願いしたい」
出戻りアンソロジー参加作品に加筆修正したものです。
ムーンライト・エブリスタにも掲載しています。
表紙絵:CK2さま
からっぽを満たせ
ゆきうさぎ
BL
両親を失ってから、叔父に引き取られていた柳要は、邪魔者として虐げられていた。
そんな要は大学に入るタイミングを機に叔父の家から出て一人暮らしを始めることで虐げられる日々から逃れることに成功する。
しかし、長く叔父一族から非人間的扱いを受けていたことで感情や感覚が鈍り、ただただ、生きるだけの日々を送る要……。
そんな時、バイト先のオーナーの友人、風間幸久に出会いーー
こっそりバウムクーヘンエンド小説を投稿したら相手に見つかって押し倒されてた件
神崎 ルナ
BL
バウムクーヘンエンド――片想いの相手の結婚式に招待されて引き出物のバウムクーヘンを手に失恋に浸るという、所謂アンハッピーエンド。
僕の幼なじみは天然が入ったぽんやりしたタイプでずっと目が離せなかった。
だけどその笑顔を見ていると自然と僕も口角が上がり。
子供の頃に勢いに任せて『光くん、好きっ!!』と言ってしまったのは黒歴史だが、そのすぐ後に白詰草の指輪を持って来て『うん、およめさんになってね』と来たのは反則だろう。
ぽやぽやした光のことだから、きっとよく意味が分かってなかったに違いない。
指輪も、僕の左手の中指に収めていたし。
あれから10年近く。
ずっと仲が良い幼なじみの範疇に留まる僕たちの関係は決して崩してはならない。
だけど想いを隠すのは苦しくて――。
こっそりとある小説サイトに想いを吐露してそれで何とか未練を断ち切ろうと思った。
なのにどうして――。
『ねぇ、この小説って海斗が書いたんだよね?』
えっ!?どうしてバレたっ!?というより何故この僕が押し倒されてるんだっ!?(※注 サブ垢にて公開済みの『バウムクーヘンエンド』をご覧になるとより一層楽しめるかもしれません)
【BL】【完結】神様が人生をやり直しさせてくれるというので妹を庇って火傷を負ったら、やり直し前は存在しなかったヤンデレな弟に幽閉された
まほりろ
BL
八歳のとき三つ下の妹が俺を庇って熱湯をかぶり全身に火傷を負った。その日から妹は包帯をぐるぐるに巻かれ車椅子生活、継母は俺を虐待、父は継母に暴力をふるい外に愛人を作り家に寄り付かなくなった。
神様が人生をやり直しさせてくれるというので過去に戻ったら、妹が俺を庇って火傷をする寸前で……やり直すってよりによってここから?!
やり直し前はいなかったヤンデレな弟に溺愛され、幽閉されるお話です。
無理やりな描写があります。弟×兄の近親相姦です。美少年×美青年。
全七話、最終話まで予約投稿済みです。バッドエンド(メリバ?)です、ご注意ください。
ムーンライトノベルズとpixivにも投稿しております。
「Copyright(C)2020-九十九沢まほろ」
表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
首輪 〜性奴隷 律の調教〜
M
BL
※エロ、グロ、スカトロ、ショタ、モロ語、暴力的なセックス、たまに嘔吐など、かなりフェティッシュな内容です。
R18です。
ほとんどの話に男性同士の過激な性表現・暴力表現が含まれますのでご注意下さい。
孤児だった律は飯塚という資産家に拾われた。
幼い子供にしか興味を示さない飯塚は、律が美しい青年に成長するにつれて愛情を失い、性奴隷として調教し客に奉仕させて金儲けの道具として使い続ける。
それでも飯塚への一途な想いを捨てられずにいた律だったが、とうとう新しい飼い主に売り渡す日を告げられてしまう。
新しい飼い主として律の前に現れたのは、桐山という男だった。
とある隠密の受難
nionea
BL
普通に仕事してたら突然訳の解らない魔法で王子の前に引きずり出された隠密が、必死に自分の貞操を守ろうとするお話。
銀髪碧眼の美丈夫な絶倫王子 と 彼を観察するのが仕事の中肉中背平凡顔の隠密
果たして隠密は無事貞操を守れるのか。
頑張れ隠密。
負けるな隠密。
読者さんは解らないが作者はお前を応援しているぞ。たぶん。
※プロローグだけ隠密一人称ですが、本文は三人称です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる