抱かれてみたい

小桃沢ももみ

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ライム先輩との冬

兄に相談

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 土曜日の夜、と言っても昨日からずっとそうなのだが、火の国の二人はご機嫌だ。

 「これ本当に凄いっすよ」
 「おー、良かったなー」
 「セーターを着なくて良くなりました」
 「おー、良かったなー」

 答えているのは、アーロンの三番目の兄、ケビンだ。今日の献立は塩ちゃんこと、天丼だ。天丼はケビンの要望である。
 アーロンは囲炉裏端で黙々と天丼をかき込んでいた。

 「なんか、昨日からアーロン様大人しいっす」
 「本当だなあ。腹でも壊したか?」
 「いや、いつも通り飯は沢山食ってるっす」
 「アーロン様、この胡瓜と蕪の糠漬けを召し上がって下さい。今年一番の出来だと」

 とイチロウが糠漬けの鉢を勧めると、アーロンは頷いて箸を伸ばすが喋らない。

 「黙ってるとお人形さんみたいっす」
 「見た目は最高級のかわい子ちゃんだからなー、俺の弟は」
 「どうしたのでしょうね」
 「うーん。何か考えてるんだろ? 大丈夫、食ってる内は問題無い。ほっとけ」
 「そうですか。なら良かったです」

 とイチロウが胸を撫で下ろすのに、タイスケはだったら自分の話を聞いてくれとばかりに話し出す。

 「そうだ、師匠聞いて下さいよ。銀鼠は物凄くでかくって、色んな物が売ってたっす。じじシャツなんて、三種類もあって迷いました。全部買いましたけど!」
 「おうおう、楽しくて何よりだ。オペラ座の近くの銀鼠だったらちょっとデパートっぽい感じで、高級感があっただろう」
 「デパートってちょっと分かんないけど、広かったっす」
 「うんうん」
 「あ、それで聞いて下さいよ」
 「あ、ここからが本題なのね」
 「そうっす。じじシャツの色も何種類かあったんすけど、おいら寮長に言われた通り上は白にして、下は無難には黒にしたのに、若ったら下は菫色にしたんすよ」
 「あ、これ、タイスケ」

 とイチロウが慌ててタイスケの口を塞ごうとするがタイスケはするりと逃げてしまう。イチロウはアーロンの様子を伺ったが、アーロンは先程迄と変わりなく、ただ黙々と天丼を食べ続けている。

 「おお、俺とお揃いだな!」

 とケビンがイチロウにズボンの裾を捲って下に履いているじじシャツを見せたので、タイスケは勢いが削がれた様だ。

 「なんか、おっさんがその色とかうきうきしないっす」
 「何言ってるんだ、俺ん家の兄弟は皆これだぞ」
 「え、アーロン様も?」
 「いや、アーロンは自分の瞳の色だなんて嫌だって、黒か紺だな」
 「茶色もあるよ」
 「お、アーロン。今の話聞こえてたか」
 「うん。全部聞こえてたよ」

 とアーロンが応えるのにイチロウが「え」と顔を赤くしたが、アーロンは気付かず、

 「茶色は父上と兄上達の瞳の色」

 と言って食べ終えた天丼の丼を横へ置くと、今度は塩ちゃんこを装って食べ出した。



          ☆



 寝室に入ると、アーロンは紙袋からライム先輩に渡された冊子を出して、ケビンに差し出した。

 「兄上、ちょっとこれ見て欲しいんだけど」
 「え、なんだこれ。うわ」

 とケビンは受け取ると、ぱらぱらと捲りげらげらと笑い出した。

 「ウケる。何この厚さ!」
 「ちょっと、兄上真面目に見てよ」
 「分かってる。防音の魔道具使うわ」

 ケビンが左側の耳元で何やら弄るときーんと耳鳴りがした。

 「よし、オッケー。これだったんだな、アーロンちゃんが悩んでたの」
 「うん」
 「っ、はあ」

 とケビンは冊子を見ながらベッドに寝転んだ。アーロンはその横に、力無く座り込んだ。

 「ライム先輩が兄上と相談していいって」
 「おう。アーロン、いい奴捕まえたなあー。こんなちゃんとした契約書、俺初めて見たわ。さすがライムん家、糞真面目」
 「そうなの?」
 「おお。大抵は、用紙二、三枚だな、それかぺら一枚きり。酷いとこなんか、口約束だけだぞ」
 「ふうん」

 それなら喜んでもいいのかなと、アーロンは兄の横に寝転ぶ。

 「アーロン、この給与のとこだけど、使用人の初任給聞いたか? ライム伯爵家の愛し子じゃない」
 「え? ううん」
 「あー、それは聞いとくべきだったな」
 「そうなの?」
 「ああ。俺が見た感じ、いい金額だと思うけど、比較対象がなきゃな。普通の使用人と同じ金額なのか、それとも愛し子としてプラスアルファを付けてくれてるのか」
 「ごめん、金額の事なんて一切頭に浮かばなかった」

 そう答えるとケビンに頭をぐるぐると撫でられた。

 「まあ、初めてだからなあ。仕方ないか。俺が調べといてやる。あと、ジェフにも見せよう」

 その言葉にアーロンはすくっと起き上がった。

 「え! 二の兄上に見て貰えるの?」

 目が期待できらきらと輝いたが、直ぐにライム先輩の言葉を思い出してぽすんと寝っ転がった。

 「駄目だよ。ライム先輩と伯爵様とマーリー、僕と三の兄上の五人にだけ読めるようにしてあるって言ってたもん」

 それを聞くと、ケビンは持っていた冊子をひっくり返したり透かしてみたりして、

 「ふえー、マジかよ。ライムの息子、真面目な上に慎重派かよ」

 と感心したが、

 「誓約文書でも問題ねえ、ちょっと預からせてくれ。来週には返す」
 
 と受け合った。アーロンは力無く、

 「別にいいけど、無くさないでね」

 と答えるとごろりと兄に背中を向けた。その背中にケビンが引っ付いて来た。

 「何だアーロンちゃん、何で元気がそんなにねえんだ?」
 「なんか」
 「うん?」
 「なんか、このままじゃ駄目なのかなあって」
 「このまま?」
 「今の食事をしたり、お話ししたり」
 「そりゃあ駄目だ」

 アーロンの嘆きをケビンはばっさり切った。

 「だって、彼方さんはエッチがしたいんだからな。大体さ、なんのメリットも無いのに、お金だけ出します、なんて付き合いがある訳ないだろ?」
 「そうなの?」
 「うん。まあエッチがしたく無いなら、やらないで済ます方法はあるんじゃねえ? ゼロは無理だろうけどさ、たまに位にとか? 俺はやり方は知らないけどさ。逆なら教えてあげられるんだけどなあ。その気がない奴をその気にさせる方法とか」
 「そっか、そうだよね。僕、ライム先輩の家の馬車に乗せて貰ったり、夕飯をご馳走になったりしたんだった」
 「知りたいか? アーロンちゃん、俺の必殺技」
 「いらない。それより、それ一回返して。二の兄上に見て貰う前にちゃんと自分で読む」

 アーロンはケビンに背中を向けたまま、背後に手を伸ばした。

 「ほらよ」
 「ありがと」
 「じゃあ、俺は先に寝るわ。電気点けといていいから、アーロンが寝る時ちゃんと消せよ」
 「うん」

 ケビンは少し丸まって頼りなげな弟の背中を暫くの間じいっと見つめていた。
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