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愛し子
歓迎会
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壁越しにがたがたと物を動かしている様な音がしてきた。
「あー、そろそろそんな時間か」
と寮監のリバーが懐中時計を取り出して時間を確認した。
「悪いな。歓迎会の準備が始まったみたいだ」
「そろそろお暇します」
「え」
アーロンは慌ててライム先輩を見た。エクレアを食べてコーヒーを飲んだだけで、別に会話らしい会話もしていないのに。
「アーロン君の元気な顔を見る為に来ただけだからね」
「でも」
不意にリバーが立ち上がる。
「ちょっと俺は監督して来る。ライム君の馬も回すように行って来るからここで待っていてくれ」
「分かりました」
リバーが出て行くと、ライム先輩がアーロンに「そちらに行っても良いかい?」と尋ねて来た。別に構わないので了承すると、ライム先輩はアーロンの隣に移動し、そっとアーロンの手を取った。嫌ではない。ライム先輩の手は相変わらずひんやりとしていて、ざらついたキースのとは違って滑らかだ。
手の持ち方もそっと優しく包み込む様な力加減で安心出来る。
「本当に心配したのだよ。君に何かあったらと思って」
「大丈夫ですよ」
「君と友人関係にあると周りに言っても良いかい?」
「え?」
「愛し子程では無いが、周りに対しての牽制になるだろう。今日の様に君におかしな事を言って来る人間は居なくなる筈だよ。少なくとも子爵家の生徒に何かされる心配は無い」
「でもそんな風に先輩を使うなんて」
「気にしないで。私は、もし君が私の愛し子になるのを断ったとしても友人として付き合って行けたらと思っているから」
「それはありがたいですし、僕も先輩と食事したりお話ししたり出来るのはとても嬉しいです。けど何だか凄く急で。その、例の件、も、本当は直ぐにご返事するべきだと思っているのですが」
「返事は急がなくて大丈夫。それに返事を急かしたら君は断りそうな気がする。本当は愛し子という制度に抵抗感があるのでは無いかい?」
「……確かにそうです」
「うん、そんな気がした」
とライム先輩は微苦笑した。
アーロンは申し訳なくなる。先輩はこんなにも良くしてくれて、多分アーロンの身の上からしてみたら願っても無い申し出で、しかも最高の相手だろうに。
段々目線が下がってしまい、先輩の手をじっと見つめてしまう。白くて美しい手だ。爪の形も美しい。ほんのりとピンク色で綺麗に磨かれている。対して自分の小さな手は如何だろう。こんな自分が先輩と並び立って相応しく見えるのだろうか。
「そうだ、暫く友人として食事をしたり会ったりするのは如何だろう? そうして私の事を知って貰い、君が不安に思っている事を話して貰うのは如何だろう?」
明るく提案してくれる先輩に嫌われたくなくて、アーロンは頷くしかなかった。
☆
「はー。ライム様素敵だったー」
まるで目の前で見たようにキースがうっとりしているが、ライム先輩来訪中はしっかりアーロンの部屋に隔離されていた。ずっと付き合わされていたイアンは疲れ果てた様にぐったりしていたが、アーロンがライム先輩のお土産であるエクレアを取り皿に全種類のせて渡すと途端にしゃきっと背筋が伸びた。
男爵家の寮の談話室は、全て椅子の類を取り払い、立食形式で歓迎会が行われていた。
三年生の所へ行けば良いのに、キースはずっとアーロン達の側に居る。
「アーロン様、この赤いのと緑のは何味?」
「赤いのはラズベリーで、緑のは何だったっけかな?」
イアンの質問に首を傾げていると、タイスケが話に割り込んで来た。
「抹茶じゃないっすか?」
「いや違う……、ピスタチオだ!」
「ピスタチオかー」
タイスケは片手でかぶりつける大きさのミートパイを皿に山盛りにして、むしゃむしゃと食べている。
「これ堪んないっす」
米が無いと駄目だと言っていた割には何でも食べられるようだ。
主のイチロウは牡蠣フライと鱈のコロッケにタルタルソースが山盛りに掛けられたのを食べながら、アーロン達とは離れた所で寮長と話し込んでいる。如何見ても、タルタルソースの量の方がフライより多い。
アーロンはフィッシュ&チップスを見つけたので取りに行く。甘い物は今は気分では無い。
「君達、揚げ物とかパイとかお菓子とかじゃなく野菜も食べなよ」
キースはさっきからずっとサラダばかり食べている。ここにも葉っぱを食べる系男子が居た、とアーロンは感心して寮長の皿を確認すると、やっぱり葉っぱがのっていた。
「ミートパイに玉葱入ってるっす」
「ラズベリーとピスタチオは植物なので野菜の仲間」
「野菜か、じゃあオニオンリングも取ってこよ」
「そういう意味じゃ無いからー」
「好きな物を好きな様に食べるのが一番っすよ」
「うんうん」
「それは若いから言える事だよ。お肌が荒れたら如何するのさ」
「先輩だってそう年は変わらないじゃ無いっすか」
「僕はお通じが気になるから仕方ないの」
「今、お通じの話聞きたくなかったっす」
さすがのキースだ。
「ところでアーロンちゃんはさあ、ライム様と如何なのよ」
「如何って何がですか?」
「だからさー、関係性とか」
「お友達です」
「またまたー、隠さなくったって大丈夫だから、僕達愛し子仲間だからー」
ばっとアーロン達三人はキースを凝視した。
「あれ? 知らなかった?」
アーロンとタイスケは頷く。イアンは知っていたのか可笑しな顔をしていた。
「その、差し支えなければ先輩のお相手って如何いう方かお聞きしたいっす」
「全然良いけどー、卒業生だよ、この学院には今は居ないよ」
「そうなんすか」
「うん、だから僕、休み時間毎に魔道具で通話してるんだあ」
「ああ、それで直ぐ居なくなるなんすね」
「そうそう」
タイスケも『愛し子』という言葉を知っているようだ。
「卒業しちゃったから、今は週末しか会えないんだー。先輩がお部屋を借りてくれたから、土日はいつもそっちで生活してるの。お料理も僕が作ったりするんだよー」
「えっ、キース先輩料理出来るんすか!」
「出来るよー、お掃除したりとかもしてるしねー。二人で過ごす用の小さいお部屋だから、使用人置いてないんだよ」
さすが、キース先輩。どんどん話してくれる。そして手が荒れていた理由が判明した。
「へえ、二人だけの部屋っすか」
「うん、僕が卒業したら先輩のお家に入る予定だけど」
「あの、先輩が一般教養しか取っていないのは意味があるんですか?」
アーロンは勇気を出して、二人の会話に割り込んでみた。実はずっと気になっていたのだ。
「え? もしかしてアーロンちゃん知らないの? 愛し子はみんなとってないよ。まあ、人によっては内政を手伝う為に勉強したりする人もいるけど、少数派だね」
「そうなんですか」
「あ、でもライム様なら相談したら、魔道具の勉強もさせてくれるんじゃないの? 優しそうだし」
「そうでしょうか」
如何だろうと考えていたら、イアンに問い質された。
「アーロン様、ライム様に愛し子の申し出されたの?」
「あ」
「あー、そろそろそんな時間か」
と寮監のリバーが懐中時計を取り出して時間を確認した。
「悪いな。歓迎会の準備が始まったみたいだ」
「そろそろお暇します」
「え」
アーロンは慌ててライム先輩を見た。エクレアを食べてコーヒーを飲んだだけで、別に会話らしい会話もしていないのに。
「アーロン君の元気な顔を見る為に来ただけだからね」
「でも」
不意にリバーが立ち上がる。
「ちょっと俺は監督して来る。ライム君の馬も回すように行って来るからここで待っていてくれ」
「分かりました」
リバーが出て行くと、ライム先輩がアーロンに「そちらに行っても良いかい?」と尋ねて来た。別に構わないので了承すると、ライム先輩はアーロンの隣に移動し、そっとアーロンの手を取った。嫌ではない。ライム先輩の手は相変わらずひんやりとしていて、ざらついたキースのとは違って滑らかだ。
手の持ち方もそっと優しく包み込む様な力加減で安心出来る。
「本当に心配したのだよ。君に何かあったらと思って」
「大丈夫ですよ」
「君と友人関係にあると周りに言っても良いかい?」
「え?」
「愛し子程では無いが、周りに対しての牽制になるだろう。今日の様に君におかしな事を言って来る人間は居なくなる筈だよ。少なくとも子爵家の生徒に何かされる心配は無い」
「でもそんな風に先輩を使うなんて」
「気にしないで。私は、もし君が私の愛し子になるのを断ったとしても友人として付き合って行けたらと思っているから」
「それはありがたいですし、僕も先輩と食事したりお話ししたり出来るのはとても嬉しいです。けど何だか凄く急で。その、例の件、も、本当は直ぐにご返事するべきだと思っているのですが」
「返事は急がなくて大丈夫。それに返事を急かしたら君は断りそうな気がする。本当は愛し子という制度に抵抗感があるのでは無いかい?」
「……確かにそうです」
「うん、そんな気がした」
とライム先輩は微苦笑した。
アーロンは申し訳なくなる。先輩はこんなにも良くしてくれて、多分アーロンの身の上からしてみたら願っても無い申し出で、しかも最高の相手だろうに。
段々目線が下がってしまい、先輩の手をじっと見つめてしまう。白くて美しい手だ。爪の形も美しい。ほんのりとピンク色で綺麗に磨かれている。対して自分の小さな手は如何だろう。こんな自分が先輩と並び立って相応しく見えるのだろうか。
「そうだ、暫く友人として食事をしたり会ったりするのは如何だろう? そうして私の事を知って貰い、君が不安に思っている事を話して貰うのは如何だろう?」
明るく提案してくれる先輩に嫌われたくなくて、アーロンは頷くしかなかった。
☆
「はー。ライム様素敵だったー」
まるで目の前で見たようにキースがうっとりしているが、ライム先輩来訪中はしっかりアーロンの部屋に隔離されていた。ずっと付き合わされていたイアンは疲れ果てた様にぐったりしていたが、アーロンがライム先輩のお土産であるエクレアを取り皿に全種類のせて渡すと途端にしゃきっと背筋が伸びた。
男爵家の寮の談話室は、全て椅子の類を取り払い、立食形式で歓迎会が行われていた。
三年生の所へ行けば良いのに、キースはずっとアーロン達の側に居る。
「アーロン様、この赤いのと緑のは何味?」
「赤いのはラズベリーで、緑のは何だったっけかな?」
イアンの質問に首を傾げていると、タイスケが話に割り込んで来た。
「抹茶じゃないっすか?」
「いや違う……、ピスタチオだ!」
「ピスタチオかー」
タイスケは片手でかぶりつける大きさのミートパイを皿に山盛りにして、むしゃむしゃと食べている。
「これ堪んないっす」
米が無いと駄目だと言っていた割には何でも食べられるようだ。
主のイチロウは牡蠣フライと鱈のコロッケにタルタルソースが山盛りに掛けられたのを食べながら、アーロン達とは離れた所で寮長と話し込んでいる。如何見ても、タルタルソースの量の方がフライより多い。
アーロンはフィッシュ&チップスを見つけたので取りに行く。甘い物は今は気分では無い。
「君達、揚げ物とかパイとかお菓子とかじゃなく野菜も食べなよ」
キースはさっきからずっとサラダばかり食べている。ここにも葉っぱを食べる系男子が居た、とアーロンは感心して寮長の皿を確認すると、やっぱり葉っぱがのっていた。
「ミートパイに玉葱入ってるっす」
「ラズベリーとピスタチオは植物なので野菜の仲間」
「野菜か、じゃあオニオンリングも取ってこよ」
「そういう意味じゃ無いからー」
「好きな物を好きな様に食べるのが一番っすよ」
「うんうん」
「それは若いから言える事だよ。お肌が荒れたら如何するのさ」
「先輩だってそう年は変わらないじゃ無いっすか」
「僕はお通じが気になるから仕方ないの」
「今、お通じの話聞きたくなかったっす」
さすがのキースだ。
「ところでアーロンちゃんはさあ、ライム様と如何なのよ」
「如何って何がですか?」
「だからさー、関係性とか」
「お友達です」
「またまたー、隠さなくったって大丈夫だから、僕達愛し子仲間だからー」
ばっとアーロン達三人はキースを凝視した。
「あれ? 知らなかった?」
アーロンとタイスケは頷く。イアンは知っていたのか可笑しな顔をしていた。
「その、差し支えなければ先輩のお相手って如何いう方かお聞きしたいっす」
「全然良いけどー、卒業生だよ、この学院には今は居ないよ」
「そうなんすか」
「うん、だから僕、休み時間毎に魔道具で通話してるんだあ」
「ああ、それで直ぐ居なくなるなんすね」
「そうそう」
タイスケも『愛し子』という言葉を知っているようだ。
「卒業しちゃったから、今は週末しか会えないんだー。先輩がお部屋を借りてくれたから、土日はいつもそっちで生活してるの。お料理も僕が作ったりするんだよー」
「えっ、キース先輩料理出来るんすか!」
「出来るよー、お掃除したりとかもしてるしねー。二人で過ごす用の小さいお部屋だから、使用人置いてないんだよ」
さすが、キース先輩。どんどん話してくれる。そして手が荒れていた理由が判明した。
「へえ、二人だけの部屋っすか」
「うん、僕が卒業したら先輩のお家に入る予定だけど」
「あの、先輩が一般教養しか取っていないのは意味があるんですか?」
アーロンは勇気を出して、二人の会話に割り込んでみた。実はずっと気になっていたのだ。
「え? もしかしてアーロンちゃん知らないの? 愛し子はみんなとってないよ。まあ、人によっては内政を手伝う為に勉強したりする人もいるけど、少数派だね」
「そうなんですか」
「あ、でもライム様なら相談したら、魔道具の勉強もさせてくれるんじゃないの? 優しそうだし」
「そうでしょうか」
如何だろうと考えていたら、イアンに問い質された。
「アーロン様、ライム様に愛し子の申し出されたの?」
「あ」
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